三流悪役令嬢の災難 8
――残り零日。
結局なにもできず、なんの解決策も見いだせないまま、この日になってしまった。
クライス様とは、倒れてしまった日から会えていない。
昨日、一昨日と学園をお休みしていたそうだ。
今までは何とか切り抜けてきたけど、さすがに今回はどうしようもない。
運命の相手なんてものを見付けるのですら困難なのに、その相手と結ばれるなんて無理難題すぎる。この世界の悪役令嬢に、何て過酷なことをさせるんだ。
「やっぱり、もう必要のない人間だからかなぁ……?」
だから、こんなことが起こってしまったのだろうか。
そんなことを考えながら、私はいつも通り制服に袖を通し、髪の毛を整える。
「……うん。今日も完璧な悪役令嬢アルメリア・スピネルね」
眉根を下げながら小さく笑うと、サルファー君が指輪の中から出て来た。
『おい。今日が期限だぞ、どうするんだ?』
「……どうもしませんわ。――というか、慣れませんわねぇ、その姿……」
『あんたが、オレに名前なんか寄越したせいだろうが』
悪態をつくサルファーくん。これまでは少年のような姿だったのが、今では二十歳前後の青年のような姿になっていた。
「確か、ヌメ太の時もこんなことがありましたわね……」
名前を付けると、成長してしまうのだろうか? よく分からないけど、今後は気を付けよう。
――いや、今後なんてものは私にはないんだったと苦笑する。
『ぬめた? まあ何でもいいけど……このままじゃ、あんた日が変わる前に死ぬんだぞ?』
「……そうですわね」
『それでいいのかよ?』
「……いいも悪いも……仕方のないことです」
私は、指輪に触れると息を吐く。
「これは……運命の相手と結ばれないと、死んでしまう呪いの指輪なんでしょう?」
どうしようもないことです、と諦めたように笑うとサルファーくんが舌打ちする。
『――なんで、さっさとあの男に告んねぇんだよ。意味分かんねぇ……死ぬんだぞ? 今日で、あんたは死ぬ。ここで終わりなんだ。ほんとに分かってんのかよ?』
「……っ……」
返す言葉がなく、視線を下げてしまう。
『だったら、いっそのことオレにして……』
「……え?」
顔を上げると、サルファーくんの頬に赤みが差していた。
「あの……?」
『なっ、なんでもねぇよ! もういい! あんたなんか、さっさと毒針に刺されて死んじゃえ!』
死んじゃえ、と言わて自分の顔がくしゃりと歪むのが分かる。さすがに面と向かって言われるのはキツいなぁ……。
そんな私を見てサルファーくんが慌てた様子を見せる。
『あっ、ち、違っ! ごめん、そんなつもりじゃ……!』
「……そうですわね。私は、もうこの世界に必要のない人間ですから、それが運命なのでしょうね……」
『……あっ……ぅぐっ……』
私の言葉に、今度はサルファーくんの顔が泣きそうな表情になってしまった。
『――もういいっ! バーーカ!!』
そう言って、彼は指輪の中へと戻って行った。
私は一つ息を吐くと、朝食をとることなく学園へと向かう。
◇
女子寮を出ると、門の前に誰かがいて驚く。
「(こんな朝早くに、人が居るなんて珍しい……)」
そんなことを考えていると、相手と目がかち合う。
「おはよう。アルメリア」
「……く、クライス様!?」
思わず大きな声を出してしまい、口を押さえる。そんな私を気にすることなく、こちらに駆け寄ってくるクライス様。
「朝食は食べた?」
「……い、いえ」
「やっぱり。じゃあ、これ」
そう言って紙袋を手渡される。
「中身はミルクティーとサンドイッチとスコーンだよ」
「……あ、ありがとうございます」
お礼を言うと、クライス様がにこりと微笑む。
「うん。それを食べたら出掛けよう」
「え?……ど、どちらにですか?」
「君と行きたいところ全部」
「え?」
「俺とデートしよ。今日一日、君の時間を全部俺にちょうだい?」
「で、ですが学園は……」
「サボろうよ」
……サボる。
少し悩んでしまったが、今日で死んじゃうのなら学園になんて行かなくてもいいのかも。
「……そう、ですわね」
「うん。じゃあ、それ食べて。後で馬車が来るから、一緒に街に行こう」
私は頷くと、門の近くにあるベンチに座って朝食をいただくことにした。
◇
街に着くと、最初に以前ワンピースを買って貰ったお店に連れて行かれて、またもやクライス様が新しい服をプレゼントしてくれる。
「あの、これは……」
「制服のままだと目立っちゃうでしょ?」
――確かに。今更だがクライス様も私服なことに気付く。
「そのワンピースも良く似合ってるね。すごく可愛い」
目をとろりと細めて笑うクライス様。
何だろう……とんでもなく、気恥ずかしい。
「あ、ありがとうございます……」
「じゃあ、行こうか」
クライス様に手を引かれると、さまざまな場所へと連れて行かれる。
街の時計台、老舗のカフェ、美術館、森林公園……。
時計台からの眺めは素晴らしく、カフェの飲み物とお料理は大変美味で、美術館は壮観で美しく、森林公園は穏やかで非常に癒された。
クライス様は、どの場面でも私を丁寧にエスコートしてくれて、とても楽しい時間だった。
うん、楽しかった。最後に好きな人とこんな風に過ごせるなんて夢のようだと無理やり笑顔を作る。そんな私を見て、クライス様は時折寂しそうな笑みを浮かべていた。
――夕刻が過ぎ帰寮すると、寮ではなく学園へと連れて行かれる。
「……あ、あの、もう学園は閉まっているのでは!?」
私の問いにクライス様は、口元に人差し指を当てて鍵を見せてくる。
「学園の鍵。セドリックに借りたんだ」
「……セドリック様に?」
「そう」
クライス様は門を開けると、そのまま先へと進み学園の正面玄関も開けてしまう。
学園内に足を踏み入れると、階段を登り屋上へと辿り着く。
「屋上は、立ち入り禁止では?」
「うん。だから、特別」
屋上のドアを開けると、心地良い風が頬に触れる。
何も無いその場所は綺麗に手入れされていて、清潔感のある場所だった。
「……気持ちいいですわね」
「そうだね」
「……ねぇ、アルメリア」
「はい?」
隣に並ぶクライス様と視線を合わせると、彼の目が切なげに細められる。
「……ごめんね。君を助ける方法が、見つからなかった」




