三流悪役令嬢の流儀 2
――その日は校外学習があり、学年全員で近くの森へと来ていた。魔獣や特殊な生き物のいる薄気味悪い場所ではあるが、私はこの場所が嫌いではなかった。ここにしかない不思議な花や植物を見れるのは楽しいし、何よりゲームの中でも様々なイベントの起こる場所だったので、私としてはとても思い出深い森なのだ。
のんびりと辺りを眺めていた時――。
「きゃあああああああ!!」
一人の女子生徒の悲鳴が、森の中に響き渡る。
「――っ、あ、アルメリアさん、そ、そ、その腕……っ、ど、どうなさ……っ……ふっ……」
女子生徒は、言葉の途中で気を失ってしまう。
「(――私の腕……?)」
自分の腕に視線を移すと、左腕が異形化していた。
「……ひっ!?」
どろりとした赤黒い剥き出しの肉塊……そこに、ギザギザの歯のようなものが刺さっている……もしかして、これは口……なのだろうか? 指先辺りが口のような形状で、肘の辺りは鎌のような鋭い形になっていた。……グロい……グロすぎる……。
「なっなに……なんでっ!?」
私の叫び声に、周囲がざわつき始める。
「きゃあああ!!」
「寄生生物だ!!」
「だ、誰か先生を! 早く!!」
〝寄生生物〟の言葉で思い出す。これは本来、主人公に起こるイベントだ。
寄生された主人公が攻略キャラに助けられる大好きなイベントの一つ……それに、見た目も主人公の背中に妖精の羽が生えるという、それはそれは美しいものだったのに……。
――なのに、私は……。
「な、なんですの……アレは……口?」
「……鎌のような物も、ありますわ……悍ましい……」
「……うっ……恐い……気持ち悪い……」
「……なんて、醜いのかしら……」
私の左腕の醜さに生徒たちが、絶句し奇異の目を向けてくる。
先生方も、他の生徒の混乱を収めるのに精一杯なのか助けてくれない。いや、この寄生生物のあまりの醜さに近付いて来ないだけなのかもしれない。
――このように謎の生物に寄生されたら最後、死ぬまで寄生され続ける。腕を切り落とすか、綺麗に剥がしきらない限り無理だ。
「……っ、この……っ!」
私は何とか剥がそうと試みるが、どうにもならない。
「……うぅ……っ……」
思わず周囲を見渡すと、元お供の二人と目が合うが、すぐに逸らされてしまう。
「(……そうだよね……助けてくれるわけがないよね……)」
もし私が、セレステちゃんだったら助けもらえたのだろうか……そんなことを考えそうになって、大きく頭を振る。
すると、クライス様と視線がかち合う。彼は私を見ると、にんまりと楽しそうに笑うだけだった。
「(――ああ、こんなものか)」
当然だ。私は主人公じゃない……悪役令嬢だ。それも三流の雑魚だ。私には助けてくれるような人は誰一人としていないんだ。
――もういい。
誰も助けてくれない……。
自分でも、どうすることもできない……。
それならば、いっそ……いっそ……
「どうにもならないのでしたら、このまま生きて行ってやりますわ!!」
私は声高に叫ぶ。
「寄生生物も慣れれば可愛いものですわよ! いっそ、名前でも付けます? 左手なのでヒダリーなんてどうかしら、お気に召しまして!?」
返事なんてあるわけないのに、私は左腕に問いかける。
「指先の形状は口っぽいので、こちらからも食事を摂ることが出来れば何かと便利ですし、肘には鎌もあって防犯にもなりますわね! お手紙も楽に切れてしまいますわ! おーほほほほ!!」
こうなったら、三流悪役令嬢キャラとして面白おかしく生きてやる。
とはいえ、どんなに惨めで無様な雑魚キャラであろうと悪役令嬢。いかなる時でも美しくあれですわ!
「……ふっ、はは……あははっ!」
突然、笑い声が聞こえたのでそちらに視線を向けると、先ほど目の合ったクライス様だった。
「――クライス……君、なんて顔をしているんだい」
彼の隣にいた攻略キャラの一人が、呆れたようにクライス様に問いかける。
「あっは、やばっ、やっぱりあの子すっごく面白い♡」
恍惚だといわんばかりの表情を見せると、こちらに向かって来た。
「……っ……」
目の前でピタリと止まると、私の左腕を取ってまじまじと見つめる。……気持ち悪くないのだろうか?
学年中の生徒どころか、先生たちでさえこの腕のグロさにドン引いて近寄って来ないのに。
「アルメリア嬢、そのまま大人しくしててね」
そう言うと、制服の内ポケットからナイフを取り出し寄生生物をゆっくりと剥がしてゆく。
私を傷つけないように、とても丁寧な手つきだ。剥がしきると、右手でぐちゃりと寄生生物を握りつぶした。怖っ……。
「はい、これで終わり。大丈夫だった?」
凄く簡単そうに剥がしてくれましたが、寄生生物を剥がすって、とてつもなく面倒で厄介な作業なのだけれど……。私自身一生この寄生生物と生きて行く覚悟を決めたくらいですし……それを、こんなにも早く完璧に剥がし切るなんて……。
さすがは、攻略キャラというべきなのか。
「……え、ええ。ありがとうございます……」
「こちらこそ、面白いものを見せてくれてありがとう」
それは寄生された私が面白かった……ということだろうか?
「……随分と悪趣味ですわね」
「あっはは! すっごい褒め言葉♡」
私は呆れて溜め息を吐くと、傍観していただけの教師に騒ぎになってしまったことを形だけでも謝罪しておこうと足を進めた時、腕を掴まれてしまう。
「――は? なに……」
「俺、本気で君のこと気に入っちゃったみたい。――だから、これからもよろしくね?」
首をこてんと傾けるクライス様の目が、とろりと歪むのを見て、私は頬を引き攣らせることしかできなかった。