三流悪役令嬢の災難 5
――残り三日。
「あ〜〜……一睡も出来なかった……」
一晩中ぐるぐると、いろんなことを考えてしまった。呪いの指輪のこと、クライス様のこと、この先のこと……。
「まさか、こんな状況になってから自分の気持ちに気付くなんて……」
そもそも、こんな状況で運命の人とやらに出会ったとして、折り合いがつけられるのだろうか。
私はクライス様が好きで、けどクライス様は攻略キャラなので、彼が運命の相手なんてことはあり得なくて……。
ああ〜〜昨日から、ずっとこれ。これの繰り返し。堂々巡り。
「……どうすれば、いいのよ」
項垂れながら登校していると、声を掛けられる。
「おはよう。アルメリア」
――ドッ!!
心臓が、とんでもない跳ね方をした。
「……おっ、おはよう、ございます……」
朝の光に包まれるクライス様の美しさたるや……まるで宗教画のようだ……私は今まで平然とこの光景を見ていたのか……。
「どうかした?」
こてんと首を傾けるクライス様。
ひえぇ……かわいい……美の暴力……。
「ど、どうもしませんわ!」
「顔が赤いけど、大丈夫? 無理しすぎてない?」
クライス様の長い指が私の前髪を掻き分けると、整った額が私の額へとくっ付けられる。
「…………は?」
「……熱は、ないみたいだね」
ち、近っ!!
やばい……顔がいい、声もいい、いい匂いもする。完璧か!?
しっかりしろ、悪役令嬢!! 気をしっかり持て!! 狂わされるな!!
私は、ぱっと距離を取ると息を整える。
「ご、ごごご安心ください、今日も完璧な健康体でしてよ!!」
「そう? それならいいんだけど。……でも」
長い指が今度は私の目の下をなぞる。
「ちゃんと寝ないとダメだよ? 綺麗な目の下にクマができてる」
「………………」
……ダメ。死ぬ。無理。
私は、倒れそうになるのを何とか堪える。
「ところで、何か進展はあった?」
「……え? あっ、い、いえ、特には……」
「……そっか。こっちでも、いろいろと調べてるから無理はしないで?」
「あ、ありがとうございます。……あの、そのことでお話があります」
動揺していたけれど、ちゃんと伝えなければと息を吐く。
「あとは、私一人で何とかしてみるので、クライス様は気になさらないでください」
「――え?」
「これ以上、お手を煩わせるのも申し訳ないですし、私だけでも……」
「……俺では君の役に立たない? 邪魔?」
「そ、そんなことありません! ただ、これは私がどうにかしなくてはならない問題ですので……」
「……ふぅん」
あれ、何だろう……この空気……凄くピリピリしてて重い……。
「それで、もし君が死んだらどうするの?」
「そ、そうならないように、頑張るつもりです……」
「まだ何の解決策も見つかってないのに? あと三日しかないに、一人でどうにかできるの?」
「そ、それは……」
「残り三日で自分が死ぬかもしれないんだよ? それを分かって、口にしてる?」
「……っ……」
それは、そうだ。あと三日しかない……それなのにまだ解決の糸口が見えない。
言葉に詰まっていると、クライス様が小さく息を吐く。
「――俺も協力するよ。君を失いたくないんだ、アルメリア」
真剣な眼差しを向けられて、きゅっと唇を結ぶ。
「……ありがとう、ございます……」
自分一人だけで、どうにかなるなんて驕っていたのだろうか。
そんなことを考えながら、クライス様と共に学園へと足を進めた。
◇
――放課後。
クライス様は手伝うと言ってくれたが、私がさっさと呪いを解けばいいだけなのだと、行動を開始する。
私はクライス様が好きだ。だが、残念ながら彼は私の運命の人ではない。
ならば、ここは割り切って手当たり次第に告白してみようと考えた。
もしかしたら、その内の誰かが運命の相手かもしれないし、今はもう形振りなど構っていられない。
私は私に出来ることをやって行くしかない。生きるか死ぬかの状況なんだ。
それに、これ以上クライス様に迷惑をかけたくもない。
よし、と気合いを入れて私は目的の場所へと向かう。
人通りの少ない渡り廊下に辿り着くと、誰かが来るのを待つ。しばらくすると人影が見えた。
――よし。まずは、あの人に告白してみよう!
「あのっ……」
「はい?」
「お、オリバー君!?」
声を掛けた相手は、元お供の一人であるオリバー君だった。なんで、よりによってこの人なのよ!? いつも一緒にいるアレン君とセレステちゃんは!?
「……アルメリア様? 何かご用ですか?」
「……え、えっと……」
オリバー君とアレン君は攻略キャラではなかったので、もしかしたらもしかするかもだけど……。いや、でも……だからといって、オリバー君は……さすがにないでしょう……ないよね?
「用がないのでしたら失礼します」
「え!? ま、待って!!」
「何です? 急いでいるので、早くしてもらえますか?」
相変わらず冷たい……だが、怯んでいる場合ではないと口を開く。
「あ、あの……その、ですね……実は私……あなたのことが――」
――コツッ。
そのとき、誰かの足音が耳に入ってくる。
「……何してるの、アルメリア?」
こ、の……声は……。
「……くっ……クライス様?」
「あなたの……なに? 何て言おうとしたの? 教えてよ。ねぇ、アルメリア?」
口元は笑っているのに、目が一切笑ってない……めちゃくちゃ怖い……。
クライス様がオリバー君を一瞥すると、彼は飛び上がって全身を震わせる。
「ひぇっ⋯! で、では、俺はこれで失礼します!!」
急いで逃げて行くオリバー君に、置いて行かないでと泣きそうになってしまう。
カツンと音を立てて、私の前まで来るクライス様。怖い……顔がいい……怖い……。
パニックになる私の顔を覗き込むようにして、クライス様が見つめてくる。
「ねぇ、アルメリアはあいつのことが好きなの? どこがいいの? 顔? 性格? 家柄? ねぇ、教えてよ」
「そ、そういうわけでは……」
「じゃあ、なんて言おうとしたの? 教えて?」
私の手を取ると、するりと指を絡めるクライス様。反対の手が腰に回されると、互いの身体をピタリと合わせて、まるで口付けをするような体勢になる。
こ、この体勢……胸がくっついて……私の心臓の音が丸聞こえなのでは……? いや、そんなことよりも近い……近すぎる……なんなの、この状況……?
クラクラする。まずい……倒れそう……。
「ねぇ、聞いてる? アルメリア」
なんで、こんなに怒ってるの? 私がオリバー君に告白しようとしていたから?
確かに、クライス様からしたら自分は呪いを解くために動いてくれているのに、私は悠長に告白なんかして……ってことになるのかもしれない。
「ご、誤解です! これは、ただ呪いを解くためにしようとしたことで……」
「呪いを解くために、告白しようとしてたの?」
絡められた指に、少しだけ力が込められる。
「……そ、それは、必要なことと言いますか……」
「……なんで、あいつなの? あいつじゃなきゃダメなの?」
「そういうわけでは……」
「だったら、俺にしてよ」
「……は?」
「俺じゃダメなの? なんで?」
だって、あなたは攻略キャラだから……なんて言えるわけがない。
クライス様に運命の相手がいるのなら、セレステちゃんしかいない。私ではない……私じゃダメなんだ。
だいたい、昨日だって二人は仲睦まじげにバラ園に居たではないか。
もともと私が知らなかっただけで、二人には交流があったのかもしれない。
私は、ぎゅっと唇を結んでから口を開く。
「あなたには、セレステさんがいるではないですか……」




