三流悪役令嬢の災難 2
「……あ、クライス様のところに戻らなきゃ……」
呪いの指輪とかいう、クソアイテムを手に入れてしまったせいで混乱していたが、お花を摘みに行ってくると言って、そのままだったことを思い出す。
重い足取りで戻ると、クライス様が手を振って迎えてくれる。
「おかえり。……アルメリア、どうかした?」
「いえ。特に何もありませんわ」
「……ふぅん。ところで、それなに?」
クライス様が、私の左手の薬指を指差す。
「こ、れは……」
「さっきまで、そんなの着けてなかったよね?」
ベンチから立ち上がると、私の目の前に立つクライス様。
「ねぇ……何で、よりによってその場所なの?」
口角は上がっているのに、目が一切笑っていない。
「誰かに貰った? 勝手に着けられたりした?」
「そ、そうではなく……!」
「なんで、君の左手の薬指を奪ってんのかなぁ?」
怖っ……。
いや。でも、何か記憶にある……この人、ゲームでは大体こんな感じだった気がする……。
何で悪役令嬢の私に対して、こんなことになってるのだろうか……。
「実は、たまたま拾ったのですが……その、曰くのある物だったみたいで……」
クライス様に、指輪のことをかいつまんで説明する。
「……呪いの指輪?」
私の左手を取り、まじまじと見つめるクライス様。
「試しに、抜いてみてもいい?」
「え、ええ。構いませんが……」
ぐっと力を込めて指輪を引っ張るが、当然抜けるわけがない。
「あー……ほんとに、無理みたいだね」
「そうなんです……」
「忌々しいなぁ……いつまで、その場所に居座るつもりなんだろうね?」
いや、だから怖いって!
「外せる方法は、分かっているんだよね?」
「……え、ええ。まあ、一応……」
「試さないの?」
「た、試せる方法が、分からないといいますか……」
「……? 教えてもらってもいい?」
じっと目を見つめられて、うっ……と言う声を漏らしてしまう。
どちらにしろ、この人なら何としてでも聞き出そとするはずだと、観念して口を開こうとした時――。
「…………んっ、ぐ……むぐぐ……っんんんーーっ!」
「……アルメリア?」
「……っはっ! はぁ……はぁ……な、なに!?」
喋ろうとしたのに喋べれない。どういうこと!? 私はもう一度、口を開く。
「…………んっ、ぐぐっ……ぷはっ!」
ぜぇぜぇと肩で息をする。
「しゃ、喋れない? 何で……?」
「――恐らく、外せる方法を口にできないようにされているんだろうね」
「……え……」
「……厄介だなぁ……」
クライス様が小さく呟く。
「指輪の中には精霊がいるんだったよね? 俺の知り合いに、そういうの得意な奴がいるから頼んでみようか?」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。……君のことは、必ず助けるから安心して?」
「あ、ありがとうございます!」
正直、凄く助かる。怖いけど、頼りになるなぁ〜さすがは攻略対象キャラ!
安心すると、お腹が空いて来たので昼食を再開する。
そんな私を、にこにこと見ているだけのクライス様。食べている私の何がそんなに面白いのだろうか……。そう思いながら、黙々とベーグルを頬張るのであった。
◇
二日後、街に出て店の個室でお知り合いの方を待つ。
「アルメリア。もしかして、緊張してる?」
「え!? そ、そうですわね……」
「そんな、緊張するような相手じゃないよ」
「……そ、そうですわね……」
「うん。だからリラックスして?」
――その時、ドアが開けられる。
「ども〜! ご指名ありがとうこざいまっす!」
なんか、胡散臭い人が入って来たな……。
「あ、困ってるのって君? うわっ、めちゃくちゃ可愛い〜! 恋人いる? 婚約者は? いないなら、ボクと……」
「――リュウ。馴れ馴れしく彼女に触らないでくれるかな?」
勢いで握られた手を、クライス様が振り払う。
「え、怖っ……ただの挨拶じゃん。ねぇ?」
「は、はあ……」
「改めまして、ボクはリュウ。今日はよろしくね」
「アルメリア・スピネルです。こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします」
「うん」
にこりと笑うリュウさん。
長い黒髪を後ろで一つに結び、丸いサングラスを掛けている非常に整った容姿の青年。中華風の衣装を身に纏っていて、雰囲気も相俟って怪しさが凄い。
「大体のことはクライスから聞いているよ。それで、呪いの指輪っていうのは?」
「こ、こちらになります」
私は左手を差し出す。
「……へぇ」
リュウさんが私の左手を取り、まじまじと見つめる。
「こんな物、どこで見つけたの?」
「……学園内にある、大きな木の下に落ちていました……」
「ふーん……まさに〝呪い〟だね、これ。さて、ボク程度の人間にどうにか出来るかなぁ……」
そう言いながら、懐から長い針のような物を取り出す。
「アルメリアちゃん、そこ動かないでね。クライス、彼女のこと支えてて」
「分かった」
クライス様は立ち上がると、私の後ろに回り背後から支えてくれる。
「大丈夫だから」
「は、はい……」
「じゃあ、行くよ!」
リュウさんが、手に持っていた針を指輪に突き立てると、中央にある小さな宝石の中へと針が入って行く。
「ど、どうなっていますの!?」
深く深く、長い針が全て入りきってしまう直前――。
『いっでえぇぇぇぇぇぇ!!!!』
大声で叫びながら、精霊が指輪の中から飛び出て来たのだった――。




