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第三章 夏至の鐘と属性鑑定

第三章 夏至の鐘と属性鑑定

祭りの始まり


 夏至の朝、村はまだ太陽が昇りきらぬうちからざわついていた。

 窓から差し込む光は澄んでいて、冬に比べると随分と強い。外からは笑い声や木槌の音が響いてくる。年に一度の祭、夏至の鐘の日が訪れたのだ。


 僕は寝台から顔を上げ、耳を澄ませた。

 小鳥のさえずりがいつもより大きい。人の声があちこちから混ざり合い、普段は静かな村がまるで別の場所のようだ。


「レオン、起きたの?」

 母が戸口に立ち、白い布服を抱えている。いつもの生成りの衣ではなく、祭の日の特別な服だ。

「今日は特別な日。きれいにしておきましょうね」


 麻布の服は硬かったが、新しい匂いがして心地よい。袖を通すと体がきゅっと締まり、胸の奥で鼓動が早まる。

 母は髪を指先で梳き、笑って言った。

「よし。立派に見えるわ」

 その声が少し震えているのに気づいた。


 裏庭では父が剣を磨いていた。剣の刃を布で丁寧に拭う音が、涼しい朝の空気を切り裂く。

「レオン」

「うん」

「鑑定なんざ遊びみたいなもんだ。だが、その遊びの結果で人はお前を決めつける。気にするな」

 父は剣を置き、僕の目をまっすぐ見た。

「結果がどうであれ、お前はお前だ。それを忘れるな」


「父さんは、どの属性だったの?」

「火だ。俺にはそれが合ってた。だが火は便利だが恐ろしい。仲間を照らすこともできるが、油断すれば自分を焼く」

 父はふっと笑った。

「さて、お前は何を照らすかな」



---


 広場に近づくと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。果実を切る音、焼き台に薪をくべる音、羊肉の油が滴る匂い。

 広場の中央には長い机が並び、布を張った屋台が色とりどりの果物や焼き菓子を並べている。


「おはよう、ロウランさん!」

「今日は大きな日だねえ」

 父と母に声をかける村人たち。その視線はすぐに僕へと向かい、笑顔を浮かべる。

「レオンも、もう鑑定か。早いものだ」

「どんな属性かなあ」


 僕は小さく会釈をした。村人の笑顔に包まれるのは悪くない。けれど心の奥では、科学者としての自分が冷静に囁いていた。

(“属性”……生まれつき決まる? 本当にそうなのか。僕が知っている法則は、この世界の“常識”と矛盾している)



---


 子どもたちはすでに広場の端に集まっていた。ミーナとトマも見つけて、僕は駆け寄る。

「おはよう、レオン!」

 ミーナは白い花を髪に差していて、普段より少し背伸びして見える。

「俺は眠れなかったよ」

 トマは緊張で顔を赤くしながら、小枝をいじっていた。


「今日は僕らの番だね」

「……なあ、レオン」トマが小声で言う。「俺、水がいいな。畑に役立つし……それに、かっこいいだろ?」

「私は光がいいな。光なら、祈りで人を助けられるんだもの」ミーナは胸を張った。

「レオンは? 何がいい?」


 僕は二人に微笑んだ。

「どれでもいい。大事なのは、どう使うかだよ」

 二人はきょとんとした顔をした。けれど、ミーナが「やっぱり変わってる」と笑い、トマは「そりゃそうだな」と照れくさそうに頭をかいた。


司祭の説教〜鑑定


 正午が近づくと、広場の中央が自然に空いた。

 石造りの壇の上に、白い布で覆われた台が据えられている。台の中央には、拳ほどの大きさの灰色の石――教会ではそれを「聖具」と呼ぶ。表面は滑らかで、光を吸い込むような鈍い艶があった。


 司祭がゆっくりと壇に上がる。法衣の裾がひらりと揺れ、鐘の縄に結ばれた花飾りが風で小さく鳴った。

 人々のざわめきが、潮が引くように遠のいていく。


「……人は、生まれながらに器を授かる」

 司祭の声はよく通った。

「その器には、六つの道のうち、ひとつの“色”がもっともよく満ちる。火、水、風、土、光、闇。――それぞれは神の秩序の表であり、世界の調和を保つ柱である」


 間。沈黙。

 司祭は視線を巡らせ、ゆるやかに続けた。


「火は情熱と創造。だが驕れば焼き尽くす。

 水は癒やしと律。だが停滞すれば腐る。

 風は自由と機転。だが無節操は秩序を壊す。

 土は忍耐と実り。だが固執は成長を鈍らせる。

 光は希望と慈しみ。だが独善は影を増やす。

 闇は静謐と探究。だが孤高は断絶を招く」


 ひとつひとつに村人たちの顔が重なるのが分かった。畑の主、鍛冶屋の兄弟、旅商の女、治癒師の老人――それぞれの“色”を背に立っているように見える。


「ゆえに、己の“色”を知ることは、己を知ること。己を知ることは、隣人と歩むこと。これより行う鑑定は、ただの占いではない。――神の秩序に自らの歩幅を合わせ、無用な衝突を避け、世界を生かすための作法である」


 説教の最後に、司祭は聖具に両掌をかざし、短い祈りを捧げた。

 石の奥で微かな燐光が瞬き、熱ではなく“温度の気配”だけが空気にふわりと立った。

(なるほど……道具の中に、六つの“窓”がある。手のひらから流れ込むものの“通りやすさ”で光の色が出る仕組みだ)

 僕は胸の器に指先ほどの意識を落とし、静かにその反応を観察した。

(問題は、僕の器は六つの窓全部に“細い道”が通っているらしいこと、だ)


 子どもたちが呼ばれ、鑑定が始まった。

 名を呼ばれた子は壇に上がり、聖具に手を置く。石は淡く輝き、司祭が属性を告げる。

「火」

 まっすぐな赤が咲き、鍛冶屋の兄弟ががっちり拳を合わせた。

「水」

 青がさやさやとひろがり、薬草屋の祖母が胸に手を当てて涙ぐむ。

「土」

 鈍色の光が石の内側から押し出されるように満ち、畑の主が娘の肩を抱いて頷いた。

「風」

 軽やかな緑がひと刷毛で塗られたみたいに舞い、旅商の女が口笛を吹いた。

「光」

 白がきらり、教会の年配の女たちが祈りの指を重ねた。

「闇」

 黒は光らない。ただ、周りの色が一瞬だけ深くなる。呼ばれた少年は驚いて肩をすくめ、司祭は穏やかに微笑んだ。

「恐れるな。闇は悪ではない。静けさと探究を司る色だ」


 列の空気は、祝祭と緊張が交互に揺れていた。

 ミーナの番が来る。

 彼女は両の掌を石に置き、ぎゅっと目をつぶった。

 ひと呼吸、ふた呼吸――

 白が灯った。雨上がりの雲間の光みたいに柔らかい。

「光」

 司祭の声に、広場がぽっと温かくなる。ミーナがはにかみ、こちらを見た。僕は親指を立てた。彼女は小さく笑って頷く。


 次はトマ。

 彼は喉を鳴らし、肩に力を入れて石に手を置いた。

 青が、静かに湧き出すように広がった。

「水」

「や、やった……!」

 トマは涙目で両手を握り締め、こちらを見て、おどけたみたいに顔を歪めた。僕は笑い返した。

(よかった)


 呼ばれる名前が、順々に消えていく。

 僕の足元の石畳は熱を帯び、空では鳥が鳴いて、香ばしい匂いが風の向きを知らせる。

 胸の器は静かだ。深い湖面のように、ただ光を映している。

 僕はひとつ息を吸い、吐いた。

(“見せ方”だ。器の深さは、今日の主題じゃない)


「――レオン・ロウラン」

 僕の名が、広場の空気の表面に置かれた。


 壇に上がると、視線が集まるのが分かった。

 父は腕を組んで立っている。眉間に皺はないが、目が冴えている。母はぐっと息を呑み、微笑もうとして微笑みになりきれていない。

 司祭は、さきほどと同じ柔らかな声で言った。

「緊張はいらないよ。手を置いて、ひとつ呼吸を合わせるだけだ」


 僕は聖具に掌を置いた。

 表面は冷たくも温かくもない。ただ、こちらを測ろうとする“目”が無数にある感じがした。

 胸の器の縁にそっと触れる。深呼吸――

 最小出力。細い糸を一本だけ、石の中の“窓”へ。


 ――赤が灯る。

 豆粒ほどの火が、確かにそこに生まれる。観衆が小さく息を飲む。

 すぐに青が重なった。透明な薄布が一枚、赤の上に乗る。

 緑、黄、白、黒――

 遅れと順序はあるのに、六つは互いを邪魔しなかった。むしろ、ひとつがひとつを支えるようにあらわれ、色はほどけず、混じらず、石の奥で“六角形の窓”を満たしていく。


 広場の音が止んだ。

 どこかで串の肉が焼ける音、子どもの笑い声、屋台の硬貨の触れ合う音――全部が、遠い。


 光は、眩しくはなかった。

 ただ、“世界の輪郭”が一瞬だけはっきりした。

 石畳の亀裂に詰まった砂。司祭の靴の擦り減り。父の手の小さな古傷。母の指の震え。

 六つの色は、それらに影響を与えないまま“在る”ことを示し、そして――


 ふっと、消えた。


 誰かが落とした焼き菓子が、石に当たって乾いた音を立てた。

 ざわめきが戻る。

「全部……?」「そんな、ありえない」「見間違いだ」

 司祭は、初めて表情を曇らせた。すぐに整え、ゆっくりと口を開く。


「……稀に、魔力の乱れが起こることがある。重なる光は幻だ。驚かせてしまったね。鑑定は――」

 言葉を探す気配。

 司祭の眼は僕をまっすぐに見ていた。笑ってはいるが、さっきまでとは違う“測る目”だ。


 僕は視線を受け止め、ほんのわずかに首を傾げた。

「僕は、ちゃんと見えました」

 子どもの声音で、それだけ言う。断言でも弁明でもない。ただ、事実を置いた。

 司祭の眼が細くなる。けれど、その先には何も言わなかった。


 壇を降りる。

 人垣が開く。父がそこにいた。

「どうだった」

「六つが少しずつ。……でも、すぐ消えた」

 父は頷き、僕の肩を軽く叩いた。

 母は固く抱きしめてから、そっと離し、耳元で囁く。

「大丈夫。何色でも、あなたはあなた」


 ひとつ、拍手が起きた。誰が始めたのか分からない。

 それはすぐに別の歓声に飲み込まれ、屋台の呼び声と混じっていく。

 祭りは祭りとして、滞りなく進む。

 でも、いくつかの視線だけは、しばらく僕の背中に残っていた。


 列の最後の子が鑑定を終え、司祭が締めの祈りを捧げる。

 鐘が六度、ゆっくり打たれた。

 音が石壁で跳ね返り、空高くほどけていく。


(“誤反応”。――それでいい。今日は、それでいい)


 胸の器は深いまま、何も揺れていなかった。

 ただ、底のどこかで、新しい“段”が生まれた気がした。

 見えない階段。どこへ続くのかは、まだ分からない。

 それでも、上がる方法を僕は知っている。

 観察して、考えて、確かめて、記す――いつも通りに。



祭りの余韻と決意


 祭りは続いていた。

 鑑定が終わったあとも、村人たちは屋台を回り、果実酒を酌み交わし、踊り子の輪に加わっていた。

 空はすでに茜から群青へと変わり、吊るされた松明の炎が広場を金色に染めていた。

 歌声が重なり、子どもたちが駆け回る。肉の焼ける匂いが夜風に乗り、どこからか鈴の音が聞こえる。


 僕は少し離れた場所に座り、広場の様子を眺めていた。

 ミーナとトマは親に囲まれて嬉しそうだ。二人とも自分の“色”を得て、誇らしい笑みを浮かべていた。

 ――僕だけが、あいまいなまま。


「……レオン坊や」

 声をかけてきたのは、草の匂いをまとった老人だった。祭りの端で薬草を並べていた治癒師だ。深い皺の刻まれた顔に、灯火の影が揺れる。


「さきほどの光。あれは“誤反応”などではない」

 老人の声は低いが、澄んでいた。

「六つの流れが確かにお前を通っていた。わしの眼は節穴ではない」


 僕は息を呑んだ。老人は僕をじっと見つめ、さらに続けた。

「だが、世の常識に収まらぬものは、ときに災いを呼ぶ。人は理解できぬものを恐れ、恐れを憎しみに変える。……忘れるな。見せ方を間違えるな」


 老人の眼は、焚き火のように静かに燃えていた。

 その言葉は警告であると同時に、祝福にも思えた。


「ありがとう」

 僕は子どもの声で小さくそう告げた。老人は微笑み、煙草草を口にくわえて去っていった。



---


 家へ戻ると、母は祭りで買った焼き菓子を並べていた。甘い香りが部屋に広がる。

「今日は疲れたでしょう。甘いものを食べて、休みなさい」

 母の声はいつもより少し震えていた。

 父は黙って火を焚き、剣の鞘を点検していた。


 僕は焼き菓子を一口かじり、胸の中で静かに思う。

 六つの光。科学者としての直感が告げていた。あれは幻ではない。

 器の奥に、確かに六つの道がある。


(世界はまだ、僕に語りきっていない)

(この世界の理を解き明かす。魔法と呼ばれる現象を、すべて理解する。そのために僕は生まれたのだ)


 外ではまだ祭の歌が続いていた。

 僕は布団に入り、目を閉じる。

 器の奥で静かに波が揺れ、六つの流れが遠い鐘のように響いていた。


(必ず、探し尽くしてみせる)


 そう誓った夜、祭りの鐘は、まだ夢の中でも鳴り響いていた。





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