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「ん?赤いな。」
私の顔色を見て呟いたリオに、意識しているのが自分だけなのかとムッとする。
「……貴方が私を恋人のように扱うからよ。」
私の言葉にリオの手が止まり、黙り込んでしまった。そっと見上げると、考え込むような表情をして私を見ていた。
しばらく黙っていたリオは、突然納得したかのように「そうか」と呟いて顎に手を当てた。
「俺はこの呪いを受けた時から、人を信じきることが出来なかった。……親しかった友人に裏切られ、ずっと憎らしかったのだと言われ、騎士団を辞めたんだ。」
遠くを見て思い出すかのようなリオは、そこまで言うと私へ目を向けた。そして、フッと笑うと私の頬を撫でる。
「……俺は無意識に、ミラを信頼できると理解していたようだ。……丁寧に声をかけながら、治癒魔法をかけるミラに惹かれていたらしい。」
リオのストレートな言葉に鼓動が早くなった私は、「えっ」と驚き固まる。そんな私の頬を優しく撫でたあと髪を耳にかけた。
「……俺の傷に触れ癒すミラを。人の痛みを理解しているミラを、俺は今愛おしいと思っている。」
リオの真剣な瞳に見つめられ、ジリジリとやけるように顔が熱い。真っ赤に染った私を楽しげに見たリオは、フッと笑うと私の顔を覗き込む。
「慣れてないのか?可愛いな。」
「……っ!慣れてるわけないじゃない!」
からかうようなリオに言い返し、ふいっとそっぽをむいてしまう。
「……それはいいことを聞いたな。」
不敵に笑うリオは、私の頬を撫でながらこっちを見ろというように、目元や口元をなぞる。
恥ずかしくなり、顔に熱がのぼる。ギュッと目をつぶると、リオの手に少し力が入り顔の向きを変えられる。
「ミラ。」
丁寧に私を呼ぶ声に目を開けると、熱の篭った瞳で見つめられる。
「……俺の事どう思う?」
静かな部屋でリオの声だけが響いていた。
「……わ、分からないわ!……こんなこと言われたのは初めてなのよ!勘弁して……。」
降参というようにリオに告げるが、リオは軽くフッと笑うと指で顎をなぞる。
「俺も言ったのは初めてだ。……誰かを愛おしいと思ったのも。」
目を細めたリオは私を慈しむように眺めている。その様子に、先程の探し人の紙を思い出して、俯いてしまう。
「……私は、誰かのそばにいていい人間じゃないわ……。」
「俺がいいと言ってもか?」
リオの言葉に胸がぎゅっと苦しくなった。
「……一緒にいると、きっと迷惑をかけてしまうわ。」
泣かないように握りしめた手を、リオの大きな手が覆う。私の言葉にリオはため息をついて、頭を私の肩へ寄せた。
「それくらい構わない。……ミラなら、迷惑だと思わない。」
リオの優しさに、堪えきれなくなった雫がリオの手に落ちる。私の様子に気づいたリオは、また私のこめかみや頬に口を寄せた。今度はもっと甘く優しく、私の存在を肯定しているかのようだった。
「……カイラ・バーディン。」
呟いた私の声は思ったよりもずっと小さかった。
「……ギルドの張り紙か?」
リオの問い掛けに、心臓が大きく跳ねる。少し深く息をついた私は、意を決して口を開く。
「……私の、捨てた名前よ。」
私の手を握っていた、リオの大きな掌がピクリと揺れた。顔を見なくても驚いているのが分かる。
「私を探しているのは、きっと元夫だわ。……今更、意味が分からないわよね。」
ぎこちなく笑った私は、リオを見上げる。リオは、眉を顰めて私を見ていた。
「……姿絵だって私に全く似ていなかったもの。どれだけ私に興味が無いのか、すごく伝わってくるわよね。」
「……ミラ。」
私の名前を呟くリオに反応せずに、私は早口で続ける。
「もう離婚は成立しているのだし、やめて欲しいわ。私は仕事をする道具ではないのよ。」
「ミラ。」
私の言葉を遮るように呼ぶリオは、なんだか焦っているような顔をしている。
「ミラはミラだ。俺がそばにいる。……だから、辛い時に笑うな。距離を取らないでくれ。」
いつの間にか、ジリジリとリオから離れるように、距離をとっていたようだ。そんな私を、リオはそっと抱き締める。
「……でも。」
「お前が国を出たいなら、俺も着いていこう。ミラのおかげで、右手で剣が握れるようになった。以前のように振るには、もう少し練習が必要だが。」
リオの言葉に決意が揺らいでしまう。私だってリオとの時間が好きだったのだ。穏やかで静かで、でも暖かいそんな時間が。
「……ミラ。お前の気持ちを聞かせろ。」
リオの真っ直ぐな声が耳元で聞こえる。
「…………捨てないで。」
絞り出した音は、蚊の鳴くような声で弱々しい。
リオは、私を抱きしめている腕にぎゅっと力を入れ、強くけれども優しく答える。
「ああ。望む限りそばにいてやる。」
飾り気のないリオの言葉に安心してしまった私は、そっと腕を回して縋りついていた。リオの暖かな体温と、陽の光のような匂いに包まれて、初めて彼のそばにいたいと願っていた。