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「……こんなものかしら。」
混ぜていた手を止め、息をつくとリオと目が合う。
「面白くないでしょ?」
そう聞いた私の言葉にリオは、組んでいた腕を下ろして感心するように呟いた。
「手馴れているんだな。」
「まぁ、私の資金源だもの。」
少し俯いてフッと笑うと、黙ったまま表情を変えないリオをじっと見る。
「……何故だかは聞かないの?」
私が静かにそう問うと、私を見たまま眉を顰める。
その様子に首を傾げると、リオは少し迷って口を開いた。
「……探られたくないことは誰にでもある。」
リオ自身に経験があるような言い方に、「そうね」と言って俯く。
「……でも、私は貴方なら不快では無いわ。」
私の言葉に続きを待つようなリオから顔を背け、片付けをしながら話し始めた。
「……私はね、望まれない子だったみたいだわ。勝手に全てを決められ、政略の駒として生きていた。……それが嫌だったの。もう二度と戻らないつもりで家を出たわ。やっと自由になれたの。」
「……強いんだな。」
「……そうかしら?自分ではよく分からないわ。……自由のために頑張っただけだもの。」
私の言葉に俯いてしまったリオにゆっくり近づいた。そっとリオに手を伸ばして、頬に触れると深い青に見つめられる。
「……なんだ?」
「なんだか、リオが悲しげに見えて。」
そう言うとリオは私の手に大きな手を重ねて、擦り寄るように目を瞑った。そっと頬を撫でると、目元がピクリと動く。
「何も、聞かないのか?」
私の手を押えたまま、ゆっくりと目を開け私を見る。
「……聞かないわ。……話を聞かなくても、そばに居ることはできるもの。」
迷子の子供のような顔をするリオに、胸が苦しくなる。今にも崩れそうなリオを支えてあげたくて、掴まれた手をリオの頭へ伸ばす。そのままそっと引き寄せて、リオを抱き締めた。
「……何してんだ。」
「さぁ?」
短くそう呟くと、リオは私の体をふわっと抱き締めた。私の体温でほんの少しでも、心の傷を癒してあげることが出来れば、それで良かった。
その日以来、ギルドで部屋を借りて治癒や調薬をする私を、リオは時折見に来るようになった。
何かを話すわけでも、私に何かを要求する訳でもなく。ただ静かに私の行動を見つめていた。
薬草が切れると、リオが護衛を買って出てくれた。
静かで、何も言わなくても隣にいてくれるリオは、雛鳥のようだなと思っていた。
そんなリオと過ごす時間が、私も心地よく感じていた。
そんな日が半年ほど続き、本格的な寒さを感じる季節になったある日。
リオと薬草採取へ行く予定だった私は、ギルドのクエストボード横の掲示板を見て、足を止めた。
『探し人ーーカイラ・バーディン』
似てもにつかない姿絵の載った紙を見て、両手をぎゅっと握りしめる。
「……どうした?……っ!?」
リオに尋ねられ、顔を上げると驚いたように目を丸くしていた。きっと私の顔が青ざめていたのだろう。呼吸がしずらくなって、その場にしゃがみ込み蹲る。
「おい。しっかりしろ。……俺の声は聞こえるか?」
リオの問い掛けにコクコクと頷くと、何があったのか1つずつ確認される。どれもに首を振り応えると、リオは「場所変えるぞ」と言って、背中を摩っていた手を私の腰へ回した。
そのまま支えるように立ち上がり、私の膝裏に腕を当てると抱き上げた。
「……ゆっくり呼吸しろ。」
鼓動を聞かせるように、私の頭を自身の胸元に寄せたリオは、耳元で優しく声をかけてくれる。
「……そうだ。ゆっくり。……いい子だ。」
リオの声に少しづつ落ち着いた私は、力が抜けてリオに凭れてしまう。そんな私を気遣うようにリオは、人目のない部屋に入った。
ようやく意識がはっきりしてきた頃、私はリオの膝に乗せられて頭を撫でられていた。ぎゅっと握ったリオの服は、シワができてしまっていた。
「……落ち着いたか?」
上からリオの声が降ってくる。
「……ええ。ごめんなさい、取り乱して。」
私がリオの服を離してそう答えると、リオはまだここに居ていいと言うように、私の頭を撫でた。
「……何かあったか?」
ゆっくりと見上げると、心配そうに瞳を揺らしたリオが見えた。首を振って俯くと、心臓の辺りがザワザワとして、両手を強く握った。
すると、リオは私の顔を両手で包み自分へ向ける。大きな暖かい手に包まれて、少し安心してしまう。
「……俺は、お前の味方だ。」
宣言するようにはっきりと告げたリオは、じっと私の目を見ている。
リオの言葉が嬉しくて、今まで我慢していたものがボロボロと崩れていく。頬を伝う涙が止まらなくて、私は顔を歪ませた。
「……泣かれると、どうしたらいいか分からないな。」
小さく呟いたリオは、私の前髪を上げてサラサラと撫でると、額に口付けた。ポカンとしながらポロポロと涙を流す私へ、幼子を慰めるように顔中に口付けを落とす。
カチンと固まった私は、顔に熱が集まるのを感じた。
「……止まったな。」
リオにそう微笑まれ、私の思考はどこかへ飛んでいた。