6
恥ずかしさで無言で食べていた私は、リオからの視線で顔を上げる。
「……ついてるぞ。」
私をじっと見たリオが、私へ手を伸ばして口元に触れる。ビクッとした私はつい、リオから距離をとるように後ずさってしまった。
その拍子にフードが外れ、ライラック色の髪が視界の端で揺れた。
顔がはっきりと見えてしまった事に一瞬焦ったが、リオだからいいかと思った。
(人に言いふらす人には見えないし。)
目を見開いて驚いていたリオは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまない。」
「……大丈夫、びっくりしただけよ。」
「いや、顔。隠してたんだろう?」
私の返事にそう返したリオに、優しい人だなと笑いがこぼれた。
「ふふ。まぁ、そうなんだけど、貴方だからいいわ。」
そう言って今度は串焼きを食べ始めると、リオは私の髪にそっと手を伸ばした。
「切ったのか?」
「ええ。」
あの時のことを思い出しながら、短くなった髪を触った。自分で整えたので、少し不格好になってしまっている。そんな私をリオは静かに見ていた。
「……俺が整えてもいいか?」
「え?」
真っ直ぐに私を見るリオに驚いてしまう。少し考えて、自分では難しいのだからと任せることにした。
「……お願い、してもいいかしら?」
「ああ。」
穏やかに笑ったリオに少しときめいた私は、顔が見えないように背を向けた。リオはそっと私の背後により、優しい手つきで丁寧に整えてくれる。
リオの温かい手が肌に少し触れる度に、心臓の音が大きくなっている気がして、口を噤む。
「……なぁ、なんで髪切ったんだ。」
リオの問いかけは、私のことを見極めているようにも見えるが、それだけでは無いとなんとなくそう思った。
「……自由のためよ。私の義務はもう終わったの。」
「……そうか。」
そう言って黙々とリオは私の髪を整える。
さわさわと風が流れ、穏やかな時間が過ぎていく。
「終わった。」
そう言われて整えられた髪を触る。すっかり短くなった髪が、頬にあたり擽ったさを感じる。
「ありがとう。」
リオに笑いかけると、いつものように「ああ」と言われる。
食事を終え、そろそろ採取をしようと立ち上がる。
「周囲は俺が警戒する。」
そう言ったリオは左手で剣を握る。
恐らく右利きだろうリオは、怪我のせいで右手で剣を握れない。傷を受けた理由は知らないが、痛みを取ってあげたいと思ってしまった。
医者として、治癒士として彼を放っておくことは出来なかった。
木陰にしゃがみこみ、薬の調合に必要な薬草を採取していく。土や草の匂いがして、学園にいた頃を思い出す。
普通は調合に使わない薬草も採取をする私を、リオは不思議そうな顔で見る。
「……何の薬だ?」
「貴方の薬よ。」
「……なぜ?」
リオの質問がよく分からなくて首を傾げる。
「なぜ、無関係の人間の為にそこまでできる?」
リオはまだ私のことを少し疑っているのだ。
目をじっと見て少し考えて発言する。
「……私なら治せる。それを放っておくのは私の夢見が悪いからよ。人のためでは無いわ。私の為よ。」
「……そんなものか。」
「そんなものよ。」
私の答えに満足したのか、リオはまた周囲を見回す。私もリオに警戒を任せて採取を続けた。
「うん、十分かしら。」
ある程度の量が集まり、立ち上がる。ずっとしゃがんで作業していたため、伸びをする。
「もういいのか?」
横目で私を確認したリオに頷くと、街に戻るかと歩き出した。フードを被り直し街へはいる。ギルドに着くとロアナの受付へ並ぶ。
「あ、ミラさん。採取はどうでしたか?」
「彼がいたから何も無かったわ。」
ロアナにそう答えるとリオをチラッと見たあと、「そうでしたか」とほっとしている。
「部屋を貸してほしいのだけど。」
今日のうちに調合を済ませてしまおうと、ロアナに声をかけると、空いている部屋を確認してくれるという。
「……なんのためだ?」
後ろから声をかけられリオを見上げると、騒がしいのが苦手なのか、ヒソヒソと話す人たちを睨んでいる。
「薬の調合よ。」
「……俺がいたら邪魔か?」
「え?見ても楽しいものでは無いと思うけど。」
周りに威嚇するようなリオに、何が目的なのだろうとそう返すと「構わない」と言われる。リオに使う薬の為、なにか確認したいのかと思った私は、別にいいかと頷いた。
ロアナに空いている部屋へ案内され、机の上にアイテムバッグから取り出した道具を並べる。
「……では、退出の際は受付に言ってくださいね。」
ロアナがドアを閉める瞬間、少しだけ心配そうな顔をしているのが見えて、それだけが少し気になった。
しんと静まり返った部屋で、調合の為にローブを脱いで準備をする。リオにはじっと見られているが、彼の視線は不思議と不快なものは感じない。集中できないことは無いなと、気にせずに薬草の処理をしていく。
カチャカチャと器具の音が鳴る部屋の中で、私は静かに作業を始めた。