5
「……おい。飲みすぎだ。」
隣からグラスを奪われ、頬を膨らませる。人が気持ちよく飲んでいたというのに、空気が読めない人だ。
「なにするのよ。」
リオを睨むと、ため息をつかれる。
「護衛対象が酔っていると、俺の負担が増える。」
「……分かったわよ。」
そう言って立ち上がると、足元がフラっとしてしまう。久しぶりのお酒に浮かれて、酔ってしまったようだ。
「おい。どうした。」
「……帰る。」
お会計をして帰ろうとすると、呆れたようにため息をつくリオが立ち上がり、先に会計をする。
「おい。行くぞ。どこの宿だ?」
「……え?」
私の手を引くリオに困惑してしまい、素直に宿の名前を答える。そのまま歩き出したレオに、ふわふわとした頭で疑問に思う。
「……なに?この手。」
何も答えないリオに握られた手を、ブンブンと振る。
「おい、お前ーー。」
「私の名前はお前ではないわ。」
気に入らない呼び方に、ふいっと顔を逸らす。
「……ミラ。大人しくしろ。」
「……なぁに?私が子供みたいじゃない。」
冷たい態度に思えるが、本当の冷たさを知ってる私からしたら、リオは優しい。元夫のような冷たさを感じないリオに、正直戸惑ってしまう。初めて触れた人の温もりに困惑していると、宿の前に着いていた。
「明日、迎えに来る。ここで待ってろ。」
淡々と告げたリオは、そのまま私の手を放し背を向けた。離れていく温かな手を、少しだけ名残惜しく思ってしまう気持ちを振り払い、部屋に入った。
酔っていた私はそのままベッドに横になると、深い眠りに落ちていた。
明るい陽の光が窓から差し込む。
昨日の酔いは残っておらず、既に準備を終えた私は荷物を持って宿を出た。
(ここで待ってろって言われたけど、どうしようかしら。)
私が顎に手を当てて考え込んでいると、影がさした。見上げるとリオが私の目の前に立っていた。
「……朝食は?」
「……まだよ。どうしようかと思っていたところだったわ。」
そう言うと昨日のように手を取られ、驚く。リオは気にしていないのか、そのまま何も言わずに歩き始めた。
「……ねぇ、なんで手……。」
そう言うと、リオは私をちらっと見て足を止める。
「……嫌か?」
「え?……いや、そういう訳じゃないけど……。」
私の反応を伺う表情に、何となく嫌とは言えなかった。私の返事を聞くとリオはまた、黙って歩き出す。
(……この人、よく分かんないわね。)
「……貴方って硬派かと思ったけど、そうでも無いの?」
私がそう呟くとピタッと歩みを止めた。
「……誰にでもすると思っているのか?」
「そうじゃないなら、これは何?」
そう言って、繋いでいる手に力を入れて示せば、はぁと長いため息をついている。
「……ミラが、迷子になりそうだからだ。……好きに周りを見ながら歩けばいい。」
私が、色んなものに見入っていたのを、知っていることに驚き目を丸くした。フードを被っているので、そんなこと分からないと思っていた。
「……なんで、分かるのよ。」
照れ隠しのように呟いた声に、「さぁな」とだけ返したリオは、また私の手を引いて屋台へと向かった。
「……どれがいい?」
「よく分からないわ。どれも食べたことないもの。」
初めて見る屋台の料理に、どれがいいかと真剣に悩んでしまう。そんな私を見て、リオは適当に複数ずつ頼んで支払いを済ませ、受け取ったものをアイテムバッグへ入れた。
「あっ。そういえば昨日のも支払って貰ってたわね。半分でいいかしら?」
昨日のことを思い出した私はリオにそう言うが、私をちらっと見ると「気にするな」とだけ言い、どこかへ向かって歩き出す。
街の門を出て森に入っていく。流れる景色を見ながらリオについて行くと、開けた場所に出る。その景色を見て、私は感嘆の声をあげた。
「……わぁ……。初めて見たわ。」
森に囲まれた湖は綺麗で、周りには多くの植物が見える。透き通った湖は青く輝き、神秘的な雰囲気だ。
リオは私の手を放すと、木陰に布を敷き買ったものを用意した。
「ミラ。好きな物を食え。」
そう言って手渡された物を受け取り、布の上に座れというようにポンポンと示される。大人しく座ると、じっとリオを見つめてしまった。
「……なんだ。」
「私以外にこんなことしたら勘違いされるわよ。」
私の返事に眉を顰めたリオは、深くため息をついた。
「お前以外にしないと言っている。」
リオの直球な言葉に顔が熱くなるのがわかった。それを誤魔化すかのように「そう」とだけ呟いて、サンドイッチのようなものを手に取った。
パンにサラダとハムを挟んだものは、美味しいのだろうが緊張している私には、味など分からなかった。