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「……この薬は、なんなんだ。」
理解ができないというようにリオは呟いた。薬を塗り終わった私は、少し傷みが和らいだであろう傷に、包帯を巻いていく。
「……代金は?」
リオの問いかけに少し悩んだ。
「……そうだね、銀貨四枚くらいかな。」
「そんなもんでいいのか?」
私の答えに何故か不服そうなリオに頷くと、銀貨を取りだしながら、疑うように見られる。私はリオから銀貨を四枚受け取ると、視線をスルーして立ち上がり、片付けを始める。
部屋に入ってきたロアナという受付嬢が、部屋の空気に不思議そうにする。
「ロアナさん、護衛を雇うことは出来るの?」
片付けが終わり、ロアナを見て聞くと、いきなりの質問に戸惑いながらも頷く。
「だったら、薬草採取の間の護衛をお願いしたい。」
「……俺が受ける。」
「えっ。」
驚いたのは私もだが、ロアナが心底意外という顔でリオを見た。
「……リオさんがですか?」
聞き返したロアナにリオは頷き返す。その視線を受けてロアナは依頼書を準備すると、また部屋から出ていった。
「……いいけれど、貴方、多分高ランクだよね?」
「ああ、依頼料は通常でいい。」
「いや、そうではなくて……。」
勘違いしているリオは、だったらなんだという目線で私を見ている。
「貴方にとって、面白い依頼ではないと思うけど。どうして受けたの?」
私の問いに一瞬怯んだ彼は、「さぁな」とだけ答えロアナの持ってきた依頼書を雑に受け取ると、去っていってしまった。
ロアナと2人になった部屋は静まり返り、私は息をつくとロアナに尋ねる。
「彼って何者なの?」
ロアナは一瞬言い淀んだ後、困ったように笑う。
「リオさんは、冒険者の中でもBランクという高ランクで、実力的にはAランクだと思います。……何か事情があって冒険者をしていると聞きました。普段は護衛の依頼は受けないので驚きましたが、悪い人ではないんです。」
ロアナの言葉に「分かった」と返し、薬の調合のためにギルドの部屋を借りられるかを聞く。問題ないと言われたので、近いうちに借りることを伝えると、できた薬が余ったら、ギルドでも買い取るから売ってくれと言われた。ロアナに了承の意を伝え、ギルドを後にした。
ゆっくりと街並みを見ながら歩く。
(こんなにゆっくりした時間は久しぶりね。)
周りを見渡しながら、侯爵家はどうなっただろうと考える。恐らく侯爵家では、私の残した手紙が見つかった頃だろう。最後の意趣返しに、今までの待遇を書き記していたのだ。
(侯爵夫人の物を盗んで、平気な顔してられるのも私がただ黙っていたからよ。あの部屋に閉じ込めて、仕事させてきた貴方達に、私は一切情なんて感じない。……ゼオンがまともなら、処罰対象でしょうね。)
冷たい視線を思い出しながら、私が冷遇されていても、特に反応はないのでしょうねと鼻で笑った。
大通り沿いの宿屋へ入り、宿泊したいと伝える。最初は確認するかのように慎重だった行動も、3ヶ月繰り返してきた為にもう慣れたものだ。
部屋を取り、荷物を整理するとまた外へ出る。
情報収集の為に私は酒場へ足を向けた。
ガヤガヤと大きな声で騒ぐ男女は、冒険者なのだろうか。しっかりとした装備に豪快な飲み方。
カウンター席に着くと、私も酒と食べ物を少し頼む。この場で酒を飲まないのは、逆に浮いてしまうと思った。運ばれてきた酒を飲みながら、食事を進める。
こういった酒場では、耳を澄ませているだけで情報が集まる。酒の席では皆口が軽くなるのだろう。思った通り、大きな声で色々な話をしてくれる。
ーー魔物の増加のこと。
ーー城で働く魔法使いのこと。
ーー騎士団での噂話。
どれも真偽は不明だが、知っているのと知らないのでは全く違う。ちびちびと飲み進め、前世でも仕事終わりに飲んだりしていたなと思い出す。
すると隣の席に座った人物の声を聞いて、ピクっと肩が跳ねた。
「……女が1人でこんなところに来るなんて、危機感がないな。」
リオの言葉は心配しているのか、馬鹿にしているのかよく分からない。
「……女だと言った覚えは無いけど。」
「こんな細腕で女じゃないと?それに口調。」
ダメ出しをされてムッとしてしまう。
「……難しいわ。」
少し低くしていた声を地声に戻すと、リオは驚いたようにこっちを見た。
「……なによ。もうバレてる貴方に取り繕っても、仕方ないじゃない。……それよりも、なんで私の隣に座ったのよ。」
周りを見渡せば、空いている席はまだ幾つかある。それなのに私の隣に座るリオが分からなかった。
「別に。」
素っ気なく一言だけ返すリオに首を傾げて、ヤケクソになった私は追加の酒を頼んだ。