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「ミラ。」
いつものようにリオが私へ手を差し出す。その大きな手にそっと乗せると、きゅっと握られる。満足そうに頷くリオに手を引かれ、ギルドへ向かう。
「……そんなに心配しなくてもいいのに。」
可愛くない言葉が口から漏れるが、リオの体温に安心している自分もいる。そのことを分かっているのか、リオは私へチラっと顔を向けるとフッと笑う。
「俺がしたいだけだ。」
その言葉に何も言えなくなった私は、賑やかな通りをリオと歩く。冬になり、冷たくなった空気を吸い込んで、気持ちを落ち着かせた。
リオへ打ち明けたあの日以来、私は一人で出歩くことがなくなった。リオの態度は余り変わらないものの、時折熱の篭った瞳で見つめられ、触れられることが増えた。
そんな状況にドキドキして嬉しいと思う私は、既にリオに落ちているのだと思う。
リオに見送られ、ロアナの受付へ並び話をする。
「ーー分かりました。……あ、ミラさん。」
話が終わり、受け取った依頼料をカバンへ仕舞っていると、ロアナに呼び止められる。
「なぁに?」
顔を上げると少し心配そうなロアナが、私へ顔を寄せて小さめの声で話し出す。
「……最近、リオさんの雰囲気が柔らかくなってきて、女性冒険者から人気なんです。……その……。気をつけてください。……ミラさん、戦闘経験は……?」
「……え?そんなに野蛮なの?」
「……いえ、でも、ゴロツキに依頼する人もいるので、リオさんから出来るだけ離れないように。」
心配そうなロアナに頷くと、気遣ってくれたことに感謝を告げて外に出る。ロアナの言った通り、リオは人気なようで女性に囲まれている。
腕に手を添えられ、話しかけられているが、リオは全く反応を示してはいない。それでもほんの少しだけモヤモヤとしてしまうが、返事を返してもいない私が、何かを言うのは間違っている。
言葉を飲み込んで、リオに話しかけようと歩き出したとき、背中をトンと誰かに押される感覚がした。
「えっ。」
バランスを崩して転びそうになるところを、ギリギリで踏とどまる。体制を立て直して振り返ると、私を睨んでいる女性が見えた。
「……あんたなんなの?」
知り合いでもない顔に、首を傾げると怒った彼女は私へ掴みかかる。驚きはしたが、先程ロアナに教えて貰っていたおかげで、後ろへ跳んで避ける。しかし、咄嗟だったこともあり、フードが外れてしまった。
私の顔が晒されたことにより、周りの人が息を呑む音が聞こえる。
「ミラ。」
騒ぎに気づいたリオは、私を隠すように抱き締める。
「……おい。ミラに何をした。」
低く鋭い声を放つリオは、目の前の女性に問いかける。リオに凄まれ、固まってしまった彼女は、悔しそうに顔を歪めた。
「……なんでそいつなのよ!私の方が先に声をかけたじゃない!」
「だからなんだ?俺が好きでミラと居るだけだ。」
そう言ってリオは一蹴すると、私の手を引いてその場を離れた。雑踏の中をリオの後ろをついて歩く。ちらりと見上げた横顔は、なんだか悔しげに見えて不思議に思った。
「リオ?」
リオを見上げ、首を傾げると私の手を引いて建物の陰に入る。リオはそのまま何も言わずに私を抱きしめ、腕に力を入れている。
「どうしたの?」
いきなりの行動によく分からず、リオに問いかける。「なんでもない」と顔を上げたリオは、無理に作ったような笑顔で私は何も言えなくなった。
その日から、顔が見られてしまったことにより、ローブを被ることはなくなった。ローブを被っている方が、フードを外そうと、近づいてくる者が多かったからだ。
ライラック色の髪は肩につくくらいに伸び、今日も風で揺れている。
そんな私に視線が集まるのは、私の貴族らしい容姿のせいだろう。
ため息をつきながらリオの後ろを歩いていると、いきなり腕を掴まれる感覚に肩が跳ねる。思わず手を振り払って振り返ると、ローブを深く被った背の高い人物が立っていた。
「……なに?」
私の声で振り返ったリオに抱き寄せられ、ほんの少し安心した私は、目の前の人物を睨む。
目の前の人物は、ほんの少しだけたじろぐと、何か言いたげに口を開いて閉じる。
なんなのだろうと警戒していると、ゆっくりとローブを脱ぐ。その男の顔を見て私は息を飲んだ。
「……今更、なんなのでしょうか。」
顔を顰めてゼオンに低く問いかける。
そんな私に、ゼオンは酷く痛みを感じているようで、苦しそうな表情をしていた。
「……君を、迎えに来た。」
意味のわからない言葉が聞こえ、眉が寄る。
周りがザワザワとし始め、注目されていることに気づく。ハッとした私は、ゼオンへ冷たく突き放した。
「……お帰りください。私と貴方の関係は既に他人です。」
「待ってくれ!」
ゼオンに背を向けた私を、必死に呼び止めるゼオンにため息をついた。人だかりができてしまいそうな雰囲気に、リオの手をぎゅっと握って、仕方なくカフェの個室へ入ることにした。