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002[補給船団強襲/Osprey's hunting]/2

『おい、積荷に当てるな!』

「わかってます!」

 僚機を失いながらも、残り一機の“四○型バルト”に乗り込んだパイロットは母艦の通信士からの苦言に、苛立ちを隠せないままそう答えた。この輸送船団に配備されていたSGは二機。二分の一で僚機が先に撃破され、残るは自身。母艦から乗機を発艦させて、水面に脚をつけた。

 ベルクト社の開発した水陸両用SG――それが、“四○型バルト”だった。陸の王者とされるSGだが、その圧倒的な戦力から不適とされるにも関わらず海上でも運用が多い――その点に着目してベルクト社が開発したものだった。初めから海上で運用される事を考慮し、足先を大型のホバークラフトとした事で陸上、水上ともに高い機動力を実現していた。海面で姿勢を安定させながら、右手に持つ一六○ミリ|SG腕部携行用噴進弾投射銃ロケットランチャーの照準を敵機――真迅改に合わせる。

 乗機の起動中、その際にされた説明をパイロットは思い返す。

 ――敵機は因幡重工製“真迅”のカスタム機一機だ。傭兵が単独で仕掛けて来たらしい。そんな間抜けにこの船団を沈められてたまるか。なんとしても仕留めろ。

 ステルス、ジャミングによる索敵妨害に、唐突に狙撃されて轟沈した護衛艦、一瞬にして落とされた哨戒任務、対空監視の戦闘ヘリ。ありとあらゆる要素が重なった結果、確かに輸送船団は大きく混乱した。それが、SG一機が単独でやったらしいと聞かされれば、SGの搭乗者として驚かざるを得ない。

 同じ機体に乗ってたとして、輸送船団相手に単機で仕掛けろ、と言われて頷けるかと問われれば、彼には無理だった。そのような事を、目の前にいるSGが仕掛けてきたと聞かされても尚冷静を保つのはあまりにも難しい。パイロットとしては間違いなく自身よりも上。その事実を受け入れざるを得ない――それが、彼の結論だった。

 しかしながら、ここは“四○型バルト”のホームグラウンド、海上だった。これが地上であったのならば、彼の乗機が水陸両用で陸上でもパフォーマンスを発揮できたとしても敵にも利がある以上諦めるしかなかっただろう。だが、相手は通常のSG。対して、彼自身は水陸両用SGに搭乗している。水上での行動の自由さで言えば、間違いなくこの場では彼の方が上だった。沈めた船を足場代わりにする真迅改に対し、海上全てが足場になる四○型バルト。ぐるりと沈みつつある護衛艦の影に隠れる形で、敵機背後へと迫る。FCSが爆炎越しに敵機の姿を捉えて、ロケットランチャーを再度放つ。しかし、この一撃も左右に小刻みに揺れる見慣れない動きのせいか、弾頭は思わぬ方向に直進して海面に直撃。大きな水飛沫が上がって、メインカメラが敵機の姿を見失う。

「どこに行った……?」

 左肩に装備した索敵性能で優れるレーダー。ステルスやジャミングに対して完全な耐性とはいかないまでも、ステルス及びジャミングによって受けていた索敵妨害が終わってすぐに、その姿をレーダーは捉えていた。それを元に乗機を移動させればメインカメラに再度敵機の姿が映った。

 奇妙な動きを見せる敵機だが、船から船へと飛び移ろうとしている最中のようだった。彼が水飛沫で見失っている間に、僚機が載っていた母艦の艦橋が潰されてしまったものの、好機ではあった。一般的に陸戦兵器とされるSGは、海上は勿論の事、空中も適した戦場ではない。清暦以前とは桁違いの推力もあって“跳躍”するのは珍しくないが、完全な“飛行”を実現したSGは災暦四三年現在存在していない。一応、ホバリングの真似事は理論上可能とされているが、現実的ではない。推進剤を過剰に消費する上に、ブースタへの負担が大きい。その為、予めブースタへの過負担にならないように機械側で制御ないし制限されているのが一般的だった。

 そうである以上、SGはそのままで水上に浮く事はできない。空中に浮く事もできない。よって、このままなら真迅改は海に沈む。追い打ちのように、発艦したばかりの戦闘ヘリ数機からもロケット弾が放たれる。乗り移るのを防ぎさえすれば、後は落下するのみ。そうなれば、無力化したも同然――そこまで考えが至った瞬間だった。

 ――真迅改が急落下し、沈む事なく海面に浮いた。

 その事実を理解するのに数瞬を要する。そして、何が起きたかを理解して彼は口を開く。

「外付けのホバーだと!」

 真迅改の脚部には、小型のホバークラフトが外付けされていた。


 今回の作戦において、ハーミットにとって最も重要だったのが海面に浮く手段だった。幾ら船から船へと飛び移れば陸戦兵器でも海上での戦闘ができるとはいえ、常にそれでしか移動しないのは流石の彼女も厳しい。理論上は海面に足場が浮いている限りは可能であるものの、推進器にかかる負荷もバカにならない。そうなると、初めから何らかの手段で海面に浮く、というのは必須事項であった。アルカナ機関の保有する戦力の中にはベルクト社製の旧型水陸両用SGもある。しかしながら、今回のような強襲作戦においては、やはり真迅改が欠かせない。――そうして用意されたのが、脚部追加ホバークラフト“甲賀”だった。

 母艦のカタパルトで出撃する際には収納し、接敵して海面に着水するタイミングを見計らって展開。その様は、清暦以前の旧世代、旧菊花皇国にいたとされる特殊な諜報員――忍者とも言われる存在――が水面を浮いて移動するかのようだった。勿論、初めから水陸両用SGとして作られた“四○式バルト”と比べて水上での移動速度は劣るにせよ、沈む恐れがないというのは、搭乗者に与える安心感が大きい。

 レーダーで戦闘用ヘリや敵SG“四○式バルト”の位置と数を確認する。ヘリが七機にSG一機。計八機。護衛艦二隻と母艦を一隻沈めた事で船団に残った船は、敵母艦一隻と輸送船四隻の計五隻。手癖でレールガンの照準を敵母艦に合わせつつ、両手のライフルをヘリに向ける。戦闘用ヘリからは、脚部外付けホバークラフトを壊す事で真迅改を沈めようとしているのか、レーザーポイントが露骨に脚部の方へと向けられていた。

 SGに搭載されているFCSは、基本的にコックピットのある胸部に照準が合う仕組みになっていた。これは単純に被弾面積も考慮した上で“当たりやすい”箇所に照準を合わせた結果である。脚部も陽断面積としては大きいものの、歩行等で足が動く度に照準が狂うという事から、より動きの少ない胸部が照準に定められた。

 そういった都合から、敵SGが脚部のホバークラフトを狙うとしたら、FCSによるアシストを切った手動照準に切替るしかない。だったら初めから手動の戦闘用ヘリに任せようというのが、敵SGとその共同戦力の考えのようだった。その狙いは正しい。事実、ヘリに囲まれている以上、ヘリからのロケット弾を避けるだけでもハーミットはかなりの労力を求められる。

 手動照準である為、ハーミットが普段からやっている対SG戦用の回避術、左右への細かな動きは通用しない。レーザーポイントの位置に寸分たがわずロケット弾頭が叩き込まれる。救いがあるとすれば、移動先を予測した一撃でない以上、立ち止まらない限りはそう簡単に当たらなという事だった。海面を滑りながらロケット弾を避けながらも、レールガン側の照準を再度確認する。

 手癖で照準を少しだけ調整しながらも、トリガーを引く。超高速の砲弾が敵母艦を貫く。彼女を近づかせまいと必死の抵抗の一環として対空機銃、迎撃機銃によって張られていた弾幕が、艦橋を撃ち貫いた事によって停止し爆発を起こす。弾薬庫か、はたまた燃料タンクか。あるいは積荷か。ともかく、輸送船団に於ける護衛戦力は戦闘用ヘリと、水陸両用SGのみという事になった。


 あまりの威力に、四○式バルトのパイロットも、驚きの声を挙げざるを得なかった。

 高い貫通力、超高速の弾速。確かに驚異的ではあったが、より驚愕したのは敵機による正確無比な狙撃の精度だった。確かに、レールガンの並外れた貫通力によって、艦船に大きなダメージを与える事はよく知ってはいた。しかしながら、真迅改の狙撃は戦闘ヘリとの戦闘の傍らで行われていたにすぎない。戦闘ヘリが敵機に攻撃を仕掛けている間に、海上での速度差を活かして距離を詰め、独特な動きで照準がブレた所で命中する近距離まで迫れば敵機も痛手を負う筈、と戦闘ヘリたちの下に向かおうとしている最中の事だった。

『――うわぁっ――』

 情けない悲鳴のような声だけを遺して、母艦との通信は途切れた。乗機を載せていて、自身も寝食を共にした母艦の仲間たち。果たして彼らは退艦できたのだろうか。つい考えてしまう部分もあったが、理性では理解している。あまりにも一瞬の出来事、退艦できたものはいない筈と結論づける。そして、そうである以上、彼も心は決まっている。

「刺し違えてでも倒すぞ!」

 戦闘ヘリの乗員たちに通信を繋いだうえで、決意を口にする。『了解!』、『目にモノ見せてやる!』、『許さねえ!』と士気は上々だった。輸送船だけはまだ健在。自身の母艦を失っても尚、守らなければならない存在だけはまだ生きているという事実が、彼らの士気の高さに大きく影響しているのは間違いなかった。レーザーポインタを敵機の脚部へと向けながら、ロケット弾頭を放つ。流石に簡単には当たらない、とレーザーポインタの照射位置を微調整する。複数方向から常にポインタ照射している以上、あらゆる方向に警戒を向けなくてはならなくなる。

 そうなると、搭乗者への負担は大きい。これが、複数と単体の差である。照射されているレーザーポインタを避けながら、海面からブースタで離水上上昇をしようとする真迅改に向けて、彼はロケットランチャーと脚部ミサイルを放つ。これに対し、真迅改は咄嗟に姿勢制御用のブースタを吹かし、海面を滑る。ロケットランチャーから放たれた噴進弾は、既に真迅改のいない所をまっすぐ飛んで行く。そして、時間差でやってくるミサイルに、戦闘ヘリの噴進弾。こちらに対しては、くるりと海上で水平にターンしつつすぐ真横を弾頭が通過してゆく。

 ――まるで曲芸じゃないか。

 その曲芸をさせているのは自身と仲間達で、曲芸をしているのは自身の母艦を落とした張本人。だというのに、他人事のような事を内心で呟く。そんな呟きをしつつも、逃がさない、という強い意志でロケットランチャーの照準を合わせ続ける。これで敵機の自由は封じた、と思った瞬間――敵機の右肩に見える砲門から稲妻のような線が一瞬見える。

 一体何が、と思う間もなかった。唐突に彼の視界端で爆炎が上がった。真迅改のレールガンによって輸送船が一隻撃ち抜かれたという事実に、数瞬遅れて気づく事になった。戦闘ヘリ数機とSG一機で敵機を翻弄している筈だった。敵の自由を奪っている筈だった。有利なのも此方の筈だった。水上での機動力は“四○式バルト”の方が上で、戦闘ヘリが敵機のホバーを狙って水没を狙う。こうする事で、敵機は輸送船を狙う余裕はなくなる――その筈だった。

「バケモノめ! とっとと沈めよォ!」

 翻弄されているように見えてその実、虎視眈々と輸送船を狙っていた――その事に気づいて、恐怖が勝る。自身が相手の立場なら、同じ事をできるだろうか、等とは考えたくもなかった。できる訳がない。だからこそ、戦闘ヘリの仲間達も巻き込んで、四方八方から攻撃を仕掛けていたというのに。

 抑え込んでいた恐怖がじわりじわりと彼らを汚染してゆく。適度な恐怖は適切な状況判断には必要だ。しかしながら、過度な恐怖はありとあらゆる動作や判断を鈍らせる。無意識に身体が震えている事にすら気づかないまま、彼らは敵と対峙し続けなければならなかった。


 ――敵の動きが鈍って来た。

 淡々とハーミットは戦闘ヘリと四○式バルトの動きを見ていた。危ない場面がなかった訳ではないが、だとしても顔色一つ変わらない。輸送船は残り三隻というのをメインカメラ、マップ上の両方で確認しつつも、乗機の足を止めない。そして、左手のライフルを放ち、ローターを撃ち抜く。一発、二発、三発と流れるように撃ち抜いて、立て続けに三つの花火が花開く。

 彼女にとって一対多の状況は厳しいものでありつつも、敵にとっても有利な状況ながら仕留めきれない状態というのが如何に心理的負担がかかるかというのを、経験則として理解していた。精神的に揺らぎがなく、冷静に耐え切るという選択をする事によって、逆に多数を根負けさせるという結果を得るに至っていた。戦闘ヘリを撃ち落し、数を減らした事で当初よりも動きの自由度が上がっていた。

 コックピット内には警報音が鳴りっぱなし――敵SGの構えるロケットランチャーは相変わらず真迅改を狙い続けているものの、メインブースタ、姿勢制御ブースタを駆使して強引に水上で機体を滑らせて回避し続ける。グルリ、とターンを決める流れでライフルの射線上に戦闘ヘリが入った瞬間にトリガーを再度引いてゆく。燃料タンクやローターを貫かれたヘリが落下し、爆散してゆくのを視界端に入れながら、レールガンを残る輸送船へと更に放つ。

 輸送船が沈む度に、より護衛側の動きが鈍っていく様を確認する。ただ、それでも一機。四○式バルトだけは執拗に狙ってきているというのも同時に把握する。

「しつこい……っ」

 つい、その言葉が口に出る。耐え続け、避け続ける分には問題はない。だというのに士気が高いのか、あるいは運が向いているのかSGを仕留める隙というのだけは見当たらなかった。動きに冷静さは見当たらないというのに、隙が見当たらないのは奇妙過ぎて気味悪いとまでハーミットには感じられた。故に、それを後回しにして戦闘ヘリの残りに対して、ライフルを叩き込んでゆく。残りは輸送船一隻に、SG一機。

 一瞬、相対して静寂の瞬間が訪れる。ほんの僅かの瞬間、互いに息を合わせた訳でもなく、ほんの偶然の瞬間。そして、どちらともなく互いに動き始める。四○式バルトはロケットランチャーを構え、必中の間合いを測る。対して、ハーミットの駆る真迅改は離水上昇しつつメインブースタを吹かして一気に接敵する。

 真迅改の一直線な動き。それを見て、四○式バルトのロケットランチャーが火を噴く。ロケット弾頭が真っすぐに真迅改へと向かう。射手からすれば必中の間合いそのもの。――しかしながら、それを読み切って姿勢制御ブースタを上方に吹かし、脚部外付けホバークラフトも元の箱状の装備の中に格納してで敢えて落下する。四○式バルトのパイロットからすれば突如として対象が視界から消える形。しかも、大きな水飛沫が上がり、完全に真迅改を見失う。

 ――そうして、四○式バルトの真下をハーミットは勝ち取る。四○式バルトは水陸両用SGだが、それは脚部のホバークラフトによって実現している。つまり、先程まで真迅改が狙われていたように、ホバークラフトの部分が一番の弱点である。その弱点を一番露出している箇所というのが、機体の真下――水中からの一撃だった。

 真下から、ライフルの照準がホバークラフトに向いた瞬間、両手のトリガーを一つ、二つ。真下を通り抜けてからメインブースタを吹かして強引に水中から浮上し、そのまま離水上昇する。その背後で、ホバークラフトを破壊された四○式バルトが浮力を失い、海中へと没してゆく。それを視界隅に入れつつ、残った最後の一隻――輸送船の甲板に着地する。その艦橋に向けて、レーザーブレードを一振り。機械の爆発が積荷を巻き込み、大きな爆発を起こす。それに巻き込まれないよう、後退しつつ上昇し、脚部のホバークラフトを再度展開して着水する。

 周囲に機影なし。マップには乗機の現在地と、母艦との合流予定海域を示すマーカーのみが残されている。意味はなくとも安堵の息を一つ吐いて、乗機を合流予定海域の方へ向けて進ませたのだった。


 災歴四三年八月三日夜。アルカナ機関。

 ハーミットは久々の陸地に対しては何か思う事もなく、シャワールームへと向かう。何方かと言えば、出発した時から帰還するまでの一週間以上をパイロットスーツ姿のままで過ごしていたという事実の方が、衛生面的に余程思う所があるようだった。真っ先にシャワールームへ入ると、先客の姿を視界に捉える。先客も気づいたのか、ハーミットに声をかける。

「あら、ハーミット。長期任務の帰り?」

「……ラバーズ……」

 何かを察して気遣うようなラバーズの声。だが、そのような事よりもハーミットはラバーズのある部分に目を奪われる。怪訝そうに首を傾げる様子、それは間違いなく普段のラバーズではある。他の強化人間と比べて、人間らしい仕草が仕込まれているだけあって、会話に於ける絶妙な間においても、人間らしさを発揮している。

 ――その機械仕掛けの両脚を除けば。

 ハーミットの視線に気づいたのか、「あー……」とラバーズは声を漏らす。

「ついさっきの出撃で、少しだけミスをしちゃってね」

 強化人間の身体は、SGの操縦に最適化されている。その都合上、首だけは操縦時のGに耐える為、頑丈に設計されている。しかしながら、それ以外の部分は“直撃を食らわなければ”痛手にはならない、と軽視されていた。事実、ハーミットは被弾そのものが少なく、四肢に対して大きなダメージを負った事はない。

 ――しかし。どのようなパイロットと言えど、前線から退くまでに一度も大きな被弾を受けないなんて事は滅多にない。もしあるとすれば、数少ないレアケースか、前線でそのまま死ぬか、である。

 そして、それはラバーズも例外ではなかった。肉付きの良い脚は、硬い金属の骨格と関節が露出した義足に置き換えられていた。ラバーズが少し脚を動かすだけで、ハーミットの耳には微かにモーターの駆動音が届く。ラバーズの脳波を機械が受信して、彼女の思う通りに動いている。アルカナ機関から脱走したウィンザー主任が開発した超高性能義足によって、ラバーズにとっては生身の変わらない間隔で脚を動かせているようだった。

「まあ、もう私は諜報活動なんてやらないから。こっちの方がSGの操縦には向いてるわよ」

 事実、強化人間の生身の脚よりも、この義足の方が頑丈さで言えば上なのは間違いなかった。関節部などの細かな部分こそ時間経過による劣化や消耗はあり、時には交換も必要になるかもしれない。だが、同じ状況に陥った場合、生身と義足とでどちらが無事かで言えば、義足の方が無事である。それが事実だった。新たに強化人間を生産するよりは、義手義足で再度出撃できるようにした方が一応は安価で手間がかからない。そういった理由で、ラバーズはこうして生き長らえていた。

 ――同時に、人間らしさを失いながら。

「ハーミット」

 かける言葉が思いつかないでいた。ただただ、精神的に揺さぶられているのをハーミットは感じていた。いつかはそのような日が来る、あるいはそもそも次はもう会えない事もあり得る――そんな事は、とっくに理解している。理解していたというのに、いざそのような現実がやってくると、その度に彼女の精神が揺れ始める。

「やっぱり、あなたって――私達とは違うわよね」

 その様子を見て、ラバーズは笑みを浮かべる。なぜ笑っていられるのだろう、とハーミットは一瞬考えてから思い出す。

 ――強化人間は皆、恐怖を抱かない。

 どのような戦況であっても、恐怖しない。退く事を知らない。命じられた事を、最期まで成し遂げる。乗機と共に運命を共にする、SGの生体部品。それが強化人間なのだと。だからこそ、身体が機械に変わろうとも生体部品は気に留めない。それは、諜報員候補としても設計されていて、多少の感情は理解しているラバーズも同様だった。

 故に、義足を見て僅かでも動揺を見せるハーミットこそがこの場における異端だった。

 

「あなたはそのままでいて。ハーミット」

 だからこそ、ラバーズはそう言った。例え恐怖を忘れた心であっても、人間らしさを失いつつある身であっても、僅かながらに心を理解しつつあるラバーズにとって、ハーミットは特別な存在に等しかった。

 ラバーズは、他の同期――第一世代の強化人間達を思い返す。ラバーズ以外は皆、他の用途は考慮されておらず、SGの操縦者としてだけ設計されていた。その中に混じって訓練や調整を受けて来たラバーズは覚えている。ラバーズ以外の強化人間は、多少の容姿を差はあれど、どれもが人形のように見えた事を。そして、ハーミットも同様であったが、初めて会話した時に他の強化人間とは違うものを感じ取っていた。後の世代の強化人間とも、ハーミットは間違いなく違う。

 だからこそ、ラバーズは思う。


 ――ハーミットは、人間であると。

 

 ハーミットは何事かと困惑するばかりだった。ラバーズの言葉に、思い当たる節が無かった。

「ラバーズ……?」

「――さて、と。先に洗浄してくるわね、ハーミット」

 何か重要な事を言っている素振りの直後に、普段通りのやりとり。「あ、はい」とハーミットは困惑した声を漏らすのみ。

 わからないなりに思案してみても、やはり思い当たらない。ハーミットは諦めて、シャワーの個室へと向かう事にしたのだった。

【TIPS】


Osprey's huntingサブタイトル

魚を主食とするミサゴ(鳥)による狩猟の意。

輸送船団を魚とすれば的を射ているだろう。


CSCカムラン・サイエンス・カンパニーズ(企業群)

旧カムラン王国領周辺の大小様々な現地企業の集まり。いつも内部分裂しそうでしない。

ゲーム“ルート・ゼロ”内でも同グループ同士が傭兵(外部戦力)を使って争ってたりする。


レールガン(武器)

SF的にはよく見る武器。架空の武器と思われがちだが現実でも研究は進められていて、日本では洋上実験に成功させたりと開発継続中。

作中に登場している四○式七八ミリレールガンは、因幡重工――日本がモデルとなった企業のもの。


次話、003[孤立部隊合流支援/Break the siege](前)

2025/01/29 18:00頃投稿予定

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