002[補給船団強襲/Osprey's hunting]/1
災暦四三年七月二四日夜。
強化人間フールと主任研究員チハヤ・ウィンザーに脱走されてから一週間と少しが経った頃。
ハーミットはアルカナ機関にある強化人間用のシャワールームにいた。シャワールームというと聞こえはいいが、要は“生体部品の洗浄器”に過ぎない。全裸で個室に入ると頭上から洗浄液が降り注ぎ、全身を洗浄した後にそのままの姿勢で乾燥される。その後、同じく洗浄済のパイロットスーツに着替えて私室に戻る、というものだった。
乱暴な仕組みのように見えるがハーミットも含め、強化人間の身体は一部を機械あるいは精巧な義肢に置換している者が大半だ。濡れている時間は最小限である必要があり、結果として素早く洗浄して素早く乾燥させる仕組みが強化人間用のシャワールームの実態だった。
一日の終わり、就寝前の規則となっている身体の洗浄。“男性”の記憶を持つハーミットにとって、最初こそ自身の裸体に思う所があったのだが、毎日繰り返し見続けていれば“単なる自身の身体に過ぎない”という認識に至るのにそう時間はかからなかった。どちらかと言えば、湯船に浸かるという文化を知っている身として、風呂に入りたいという思いの方が長い事残っていた。とはいえ、長い年月を経てそのような思いすら消え去っていた。
個室で洗浄液を全身に浴びながら、彼女は物思いに耽る。考えるのは先日の事について――フールとウィンザー主任の事だった。
脱走の阻止に失敗した彼女だったが、今の所更なる追撃命令は下されていなかった。ICTLの動作記録から推定到着地点を割り出す事はそう時間がかからない筈だったが、通常通りの傭兵としての出撃の他には何もない日がずっと続いていた。フールとウィンザー主任は少なからず、アルカナ機関にとっては流出して欲しくない筈。それにも関わらず、脱走された後に追いかける事すらしないのはなぜだろう、と考えを巡らす。
ウィンザー主任については、義肢の技術が既に完成していて他企業とも契約済というのが追撃をしない理由だというのならばハーミットにも理解できる。しかしながら、フールについては彼女はいくら考えてもわからないままだった。また、自身が“ハーミット(隠者)”である以上、“フール(愚者)”とはどのような存在なのか、というのはゲーム“ルート・ゼロ”のプレイヤーだった“男性”としても考察したい内容でもあった。
“ハーミット(隠者)”を九番目としたら、“フール(愚者)”は○番目となる。だが、○番目というは違和感があった。大前提として、物事の最初のものを一番目とするのが自然であり、大アルカナの“一”は“マジシャン(魔術師)”である。そして、“ルート・ゼロ”のストーリーモードに搭乗する強化人間の中に、その“マジシャン”はいる。こうなると○番目というのは非常にややこしい。また、この何番目というのがそのまま直接生まれた順を指す訳ではない、という事を彼女は知っていた。
また何よりも、他の大アルカナにあたる強化人間は、少なくとも一回は顔を合わせた事がある。だが、フールと“ジャッジメント(審判)”、“ワールド(世界)”に関してはまだ一度も会った事がないという事に思い至る。フールとジャッジメント、ワールドだけは何か特別な意味があるのだろうか。等と考えてみたりもするが、だとしてもどのような意味があるかは検討もつかない。
ため息を一つ。考えた所で答えがわかる訳でもない。分かった所で何かができる訳でもない。今日もまた諦める。そのような考え事をしているうちに身体の乾燥まで終了し、手癖で清潔なパイロットスーツを着直していた。身体に密着する衣服である以上、着難くはあったが、そのあたりはこれまでの経験で手早く済ませられるようになっていた。その事実にも改めてため息をつきながら個室を出る。
「あら、ハーミット。珍しいわね」
「ラバーズ」
するとそこには、金髪碧眼の少女――ハーミットの同類である強化人間、生体部品の“ラバーズ”がそこにいた。ハーミットとは違い、身長は一五○センチ半ば程、豊満な胸部に肉付きの良い太股――要は、色気のある体型をしていた。
大アルカナの六番目にあたる“ラバーズ(恋人)”は、ハーミットとは同時期に生産された強化人間の数少ない生き残りだった。アルカナ機関の強化人間は、今でこそ戦力として高く評価され傭兵事業がアルカナ機関の大きな収入源となっているが、最初期は今よりも性能差が大きくあった。
その中でラバーズは他の強化人間とは違い、身体的特徴を活かした諜報員という役割も兼ねて設計、生産されていた。しかしながら同時期に生産された強化人間の中では、ハーミットとラバーズ以外の多くは早期に戦死してしまった為、諜報員としての調整は中断されてSGパイロットに専念する事となり今に至る。尚、後にラバーズ同様の身体的特徴を持って生産された強化人間は早々に戦死してしまった為、このような体型の強化人間は現状ラバーズのみという事になっていた。
強化人間の呼称は大アルカナから来ているのだが、それはハーミットと同期の強化人間だけでなく、最近になって生産された強化人間も当てはまる。これは、新しく生産された強化人間の呼称は戦死して欠員になった呼称をつけるという慣例があるからだった。
過去に、ハーミットは五人の“ハングドマン”を見た事があった。その中の一人が現在のハングドマンだが、残り四人は例外なく戦死していた。そういう意味では、このラバーズはハーミットにとっても一人目のラバーズであり、長年の付き合いのある同僚という認識になっていた。
「久々に見たわよ、あなたのそんな顔。何かあったの?」
あれこれと考え混んでいるのがそこまで顔に出ていたのだろうか、とハーミットは考えようとしてやめた。自身の顔というのは、鏡をちゃんと見ない限りわからないものなのだから。そして、「いや、なんでもない」とラバーズの問いに返す。答えになってない答えだが、それ以上にどのように回答するべきか、ハーミットにはわからなかった。
「嘘ね」
「ついてるつもりはない」
ハーミットの返しに、ラバーズは大きなため息を一つ。諜報員という役割も兼ねる筈だったラバーズは、他の強化人間と比べて感情表現が豊かに作られていた。表情もコロコロと変わる。一般社会に溶け込めるようにある程度の一般教養を与えられている事もあり、如何にも“人間らしい”強化人間である。
「他のみんなは嘘をつかないのに、あなただけは嘘をつく。不思議よね」
生体部品として生産される強化人間は、間違いなく“真っ当な人間”ではない。それは身体的な面も勿論だが、精神的な面も当てはまる。戦場という非日常を日常とする為には、真っ当な人間からは外れている必要がある。そうする為に強化人間にはあらゆる教育、調整が施される。SGの操縦技術や、戦場における精神の安定といったものがそれにあたる。その日々の積み重ねによって、保身など考えない、SGを動かす為の生体部品としての強化人間が完成するのだ。
そして、嘘というのは保身を考える人間でないとつく理由がないものだ。ラバーズ含む、他の強化人間には保身という概念があまりない以上、嘘をつくという行為をしない。――だが、ハーミットは嘘をつく。この事は、古くからハーミットと付き合いのある同類であるラバーズしか知り得ない、ハーミットの一番の秘密だった。
「あなたの方が諜報員、向いてるんじゃない?」
「それは無理」
ラバーズからの純粋な質問に対し、ハーミットは心底からの否定で返した。幾らラバーズから暗に“人間らしい”と言われたとしても、ハーミットの表情の変化はあまりにも乏しい。傍から見れば感情があるようには見えない。そのような状態で人間社会に溶け込もうというのは流石に無理があった。ただラバーズからすれば、そもそも人間社会に溶け込もうとした場合、ハーミットのように平然と嘘をつけるような人間の方が向いているのではないか――とも考えていた。
そのように考えているラバーズだが、ハーミットとは違い身体能力については一般人並にはあった。少なくとも、アルカナ機関から脱走して一般社会に溶け込もうと思ったら問題なくできるだろう。嘘をつく云々については、普通の人間でも苦手なものは多い。その点で言えば、ラバーズの懸念は的外れと言える。少なくとも、諜報員の候補として最初は設計されていただけあって、アルカナ機関の外部にいる際、他人に不審に思われにくいというのは間違いなくあった。
だが、そんなラバーズが脱走をしないのは、本人が一般社会に溶け込めるか否かを気にしているという理由以上に、積み重ねられた教育、調整によって従順な生体部品として仕上がったからというのもあった。また、どちらにせよ生身ではアルカナ機関の警備員すらも倒せないのはハーミットと同じである。少なくとも、ラバーズは脱走しようとは一切考えていない。
「さて、そろそろ出ましょうか、ハーミット」
話題が一通り尽きたからか、あるいは就寝時間が迫っているからか。ラバーズは会話を打ち切って私室に戻る事を選択したようだった。ハーミットにとっても、特にこのままラバーズと話したい内容もない為、無言で頷いてラバーズの後ろに続いてシャワールームを出る。すると、「ああ、そう言えば」と何かを思い出したかのようにラバーズが口を開く。
「――二人目の“ハイプリエステス”はどんな子だった?」
その言葉に、ハーミットは数日前の事を思い返す。ハーミット、ラバーズ両名にとって“一人目のハイプリエステス”は数少ない初期型強化人間の生き残りだった。ラバーズと比べれば表情の変化も乏しく、またハーミットのように嘘をつく事もない。接する機会こそ少ないものの、長い年月を経て多少はコミュニケーションができるようになってきた頃の事だった。一人目のハイプリエステスが稼働停止――つまりは、戦死したという事を二人が耳にしたのは。
「彼女とは違う」
「そうよね」
強化人間は一般的なパイロットと比べると、SGの操縦に最適化された身体能力を持っており、どれも優れたSGパイロットであるのは間違いない。しかしながら、強化人間は決して無敵の存在ではない。一対多なら策がなければ多勢に無勢、生き残るのは至難だ。そして、どうしてもそういった窮地から逃れられない時というのは、いつかやってくるものだ。そうやって欠員になった“ハイプリエステス”には新しく生産された生体部品が割り当てられる。
そこには、一人目の面影は何一つない生体部品――“|A-SGLP-8-02《アルカナ機関製SG生体部品第八世代二系型》”がいただけだった。これまで戦績を残してきた強化人間達のデータをもとに、よりSGパイロットに最適化された強化人間である事は間違いない。だが、それはこの際彼女らには関係がない。重要なのは、“彼女らの知るハイプリエステスはもういない”という事実だけだった。
「こういう時、普通なら泣くんでしょうね。でも――」
――生体部品に余計な機能は不要。
つまりは、そういう事だった。とある“男性”の記憶を持つハーミットと諜報員候補として人の心についても多少は造詣のあるラバーズ。この二人には、ハイプリエステスの死は大きなものと捉える事はできていた。だが、それでも。身体の機能はそれを許さない。二人とも、経緯こそ違えど“普通”を知ってしまっていたからこそ、その事実に自己嫌悪せざるを得なかった。
『起きろハーミット』
そのような通信が部屋に届いたのは、就寝してから暫く経ってからの事だった。時刻を見てみれば、通常の起床時刻と比べればまだまだ早い事が見てとれた。どうやら、今日の睡眠はキャンセルのようだ、と内心でため息を一つ。実際には、「はい」と淡々と返事をする。すると、ドアロックの外れる音が彼女の耳に届く。どうやら、SGの中で詳細を説明する気らしい、と彼女は感づいた。
諦めて大人しく兵士に連れられて乗機である“真迅改”に乗り込むと、座席後部に糧食が数日分詰め込まれていた。どうやら、長期的な任務がこれから伝えられるらしい、と他人事のように彼女は考えを巡らせる。災暦の世の中では、空路での長距離航行が現実的でなくなった以上、長距離移動において最も用いられるのは海路だった。だが、海路は空路と比べれば移動時間がどうしてもかかってしまう。その為、単に移動距離が長いというだけで、どうしても拘束時間が長くなってしまうのが常だった。
『作戦を説明する。依頼主はAA社。大東海上に展開しているベルクト社の輸送船団の強襲がハーミット宛てのものだ』
アルカナ機関の保有戦力ではあるが、あくまでも表向きないし書類上は独立傭兵となっているハーミットには、時折このように彼女個人を名指しした依頼が届く事もある。無論、それは単に表向きの話であり、実際にはアルカナ機関に依頼が届いている訳だが、今回のように特定個人への依頼というのは不特定多数に依頼するものよりも報酬が高価になる傾向がある。ハーミットの戦力を求められている状況、というのはアルカナ機関にとっても資金源としては悪くない話だった。
『どうやら、CSCそのものか、あるいはその中の一派がベルクト社に支援物資を流しているようだ。今回狙う補給船団はそのCSCからの物資を積み込んでベルクト社へ向かっている輸送船団だ』
清暦にあった旧カムラン王国領を元に現地企業等が集まってできた企業群。それがCSCだった。清暦以前はNFUとは対立関係にあったが、ベルクト社が旧NFU領での実権握った事やAA社が災暦においてその勢力を強めている事もあって、その関係は大きく変わりつつあるようだった。無論、CSCそのものも様々な企業の集まりという事もあり、内部で意見が割れているというのもあり得る話だった。事実、CSC内部でも様々な争いが起きているというのはアルカナ機関の単なる一戦力に過ぎないハーミットの耳にも届く位には周知の事実であった。
そんなCSC内部の問題は兎も角として、ハーミットが考えるべきは補給船団を如何にして沈める、という事だった。
『今回の件がCSCの総意かどうかは関係ない。しかしながら、ベルクト社に利がある補給船団はAA社にとって見逃す事はできない。輸送船団の予想される航路のうち、CSCとベルクト双方の勢力下にない空白海域にて強襲する。無論、ベルクト社も警戒して護衛艦隊をつけているとの報告もあるが、こちらは攻撃目標ではない。尤も、可能であればこちらも撃沈してもらって構わない』
淡々と説明してはいるが、言っている事は一般的に考えれば難題と言って差し支えなかった。補給船団に護衛艦隊がついているのはごく自然な話であるし、できれば護衛船団も撃沈して欲しいというのも納得の流れではある。だが、本来ならAA社もそれなりの戦力を用意して直接ぶつかるのが最も自然な形であった。――つまり、AA社はなんらかの事情で戦力を動かせない状況にある。
ハーミットは薄れつつある“男性”の記憶――“ルート・ゼロ”での知識を掘り起こす。“ルート・ゼロ”ストーリーモードの序盤、AA社はベルクト社と“明華企業群”、“ペドロテクニカ(PT)”社という三つの陣営と対立関係にあった。ベルクト社、明華企業群とは清暦以前の国家が健在の頃からの対立関係を引きずっており、PT社とは災暦以降の混乱期において関係を悪化させていったという経緯があった。――尤も、こういった事は災暦では珍しい事ではないというのが、この世界の物騒さをよく表してる。
『以上だ。何か質問はあるか、ハーミット』
これに対し、ハーミットは「いえ」とだけ返す。質問はあるかという問いかけのように見えても、実際に質問をした所で彼女の求める返答があるかは疑問があると彼女は知っていた。これについては、アルカナ機関が不親切という訳ではなく、単に依頼主とハーミットとの間にアルカナ機関が挟まっているだけであり求めた情報を持っているとは限らない、というだけだった。尤も、今回に関してはそもそも尋ねる事を特に思いつかなかった、というのもあったのだが。
数日後、ハーミットの姿は相も変わらず真迅改のコックピットにあった。
真迅改を甲板に載せた船は空白海域に到達し、あとはベルクト社の補給船団が海域に来るのを待つのみという状況であるが、彼女自身は狭いコックピットの中で過ごしていた。というのも、ハーミットは大前提として強化人間――生体部品である。部品がSGの中から動かないというのは、アルカナ機関の人間からすれば至って自然な事ではあった。また、既にハーミットもそういう扱いをされる事については最早なにも感じていない。最低限の栄養を補給するべく糧食に手をつける以外は、ただ操縦席で丸まってるだけだった。
これが“男性”だった頃なら所謂エコノミークラス症候群とやらを危惧するべき状況なのかもしれないが、ハーミットはSGパイロットとして最適化された身体を持つ生体部品だ。このような狭いコックピットの中で丸まっていようとも、その程度で身体が不調を訴える事はまずありえない。精神的な苦痛はあり得るかもしれないが、そういった苦痛を感じないような調整を後天的に受けている。それが、アルカナ機関の強化人間だった。
ハーミットにとっては糧食を口にする時が、数少ない人間らしさを感じられる時間でもあった。あくまでも部品扱いが主とは言え、カロリーの摂取や栄養補給は糧食を実際に口に入れていた。これが例えば点滴でしか栄養を摂取できない身体であったならば、より感情というものを喪失していただろう、と彼女は感じていた。
本来、アルカナ機関が目指していたのはSGの無人操縦技術だった。だが、清暦以前では研究が進められていた無人操縦技術は、大災害や世界大戦によって世界中のインフラに大きなダメージを負った事でその多くが失われた。清暦以前の無人操縦黎明期の頃にあったらしい単純な無人操縦ならば現在でも再現できているが、そこから先の技術については現状失われているといっても過言ではない。少なくとも、SGを無人で動かし、戦況に合わせた動きをするような技術は、今の所どの陣営も持ち合わせていなかった。
その代わりにアルカナ機関が手を付けたもの、それが強化人間だった。無人操縦ができないのであれば、SGの操縦に最適化されたパイロットをSGのパーツとして考える――つまりは生きたSGの部品、生体部品である強化人間を生み出す。それが、ハーミットら強化人間を生産するに至った発想だった。
そういった背景もあってハーミットはただただ狭いコックピットの中で、黙って動かず指示を待つ。如何に狭いコックピットだろうとそれで心身の調子を崩す事は無い。寧ろ、そういった姿勢に適した身体である以上、真っすぐ立つ事よりもラクであるとハーミットは感じていた。
そうやってコックピット内部でハーミットがじっとしている時、その瞬間は訪れた。
『対象の輸送船団を確認。カタパルト接続。ユーハブコントロール』
「了解。アイハブコントロール」
母艦の優れた索敵能力によって、敵性反応を一早く掴んでいたようであり、それをハーミットへと伝えて来た。それを受けて、彼女はそう答えながら、コックピット内の計器類の表示に目をやる。そのどれもが正常な値を示しており、乗機には何ら異変がないという事を手早く確認する。
今回の出撃は強襲任務。一気に接近する事が求められる事もあって、数ヶ月前にあった基地襲撃の時同様、腰部には大型の外付けブースタが取り付けられていた。そして、その時に取り付けられていた脚部のミサイルは、箱状の別装備に変更されていた。他にも、普段は背中に一対装備しているシールド一体型レーザーブレードの内、右肩側にあるものだけ大砲のようなものと交換されている。待機状態という事もあって、乗機の接地面に対し垂直――砲身が機体に対し並行になっている。
そして、脚部――足裏がカタパルトに接続している。後は、ブースタ点火のタイミングとカタパルト射出のタイミングを合わせるのみ。
『本艦はSG射出後離脱する。マップに合流予定地点だけマークしておいた。終わり次第、そこへ迎え』
このまま母艦も待機しようものなら、補給船団の護衛戦力から母艦を狙われるのは目に見えていた。故に母艦は早々に海域から離脱し、ハーミットだけが単独で船団に接敵する必要があった。母艦も命欲しさに離脱している訳ではない。母艦が無事でなければ、ハーミットも帰る事はできないからだ。
海上におけるSGは地上のそれと比べるとやはり適切な戦力とは言い難い。陸の王者とも言えるSGは、地に脚がついている状態を基本としている。両脚で大地に立ち、地を駆けるというのがSGの主な動きである。だからこそ、地に足がつかない場所ではSGの性能は大きく落ちるのが定説ではある。そういった弱点があるにも関わらず、こういった作戦においてSGという戦力を求められるのは、如何にSGという戦力が規格外なのかというのを示していた。少なくとも、外付けのブースタを用意してやれば、海を渡って一気に接敵する事すらも可能にするのだから。
「了解。これより状況を開始する」
その宣言と共にハーミットはブースタ点火、カタパルトを作動させた。カタパルト、外付けのブースタの両面による超加速によって、ハーミットの駆る真迅改は一気に母艦から視認できない所まですっ飛んでいく。彼女はマップをチラリと見やる。母艦のレーダーによって発見した補給船団の位置を確認しながら、両肩のステルス、ジャミング機能を作動させる。状況として敵戦力には索敵能力に優れた機体や機材があってもおかしくはないが、だとしても有効な一手には違いがない。
「武装展開」
右側の背に積んでいた大砲の砲身が、待機状態を解かれた事でぐるりと垂直方向に砲身が二七○度回転して、下方を向いていた砲口が前方を向く。そして、外付けブースタの使用限界を迎えると同時に、メインカメラでも輸送船団の姿を捉えていた。大砲の照準を少しだけ微調整しながら、彼女はブースタの投棄ボタンを押す。
「外付けブースタ投棄、交戦開始」
外付けブースタが乗機から切り離され、バラバラに分解しつつ海に落ちてゆく。その最中にも真迅改は慣性に従う形でそのまま輸送船団へと近づいていく。その状態のまま迷いなくトリガーを引くと、右背部で構えられていた砲身から超高速の弾頭が放たれる。その弾頭は、あっという間に輸送船団の内一隻、幾つかの砲塔を備えた護衛艦の艦橋へと寸分違わず突き刺さり、そのまま貫通してゆく。
四○式七八ミリ|SG背部携行型電磁加速投射砲――砲身内部にある二本の電極棒に通電する事で、電極棒間にある弾頭を砲口から高速で射出するというもの。それが、今回の真迅改の右背に携えられた兵装だった。火薬による燃焼を用いた実弾兵器と比べた際に、弾頭が安価である点や有効射程の長さといった点で、清暦以前では実験段階とされたレールガンも災暦では実用的な兵装の一つとして数えられている。
そんなレールガンによる一射で護衛艦を一隻を沈めつつも、ハーミットの手は止まらない。乗機の右背ではレールガンの弾頭再装填が行われている間に、両手のライフルで哨戒任務中であろう戦闘ヘリを同時に二機撃ち落としながら、周囲を確認する。砲塔を備えたSGの母艦兼護衛艦が残り二隻。強固な装甲と砲塔を兼ね備えた護衛艦が、既に一隻を沈めていて残りは一隻。――そして、最優先目標である大きな積荷に最低限度の砲塔が僅かに見える輸送船が残り四隻。
瞬く間に護衛艦一隻が沈み、哨戒任務中のヘリも堕ちる――輸送船団は未だ混乱の中にあるのは間違いなかった。多勢に無勢といった数的不利だが、この混乱の中であればまだ緩和される。再装填の完了したレールガンを早速護衛艦に向けて放つ。優先目標は輸送船である、というのはハーミットも重々承知ではあった。だが、それ以上に護衛戦力の無力化が急務であると彼女はこの場で判断を下した。先程同様、桁外れの貫通力を誇る弾頭が、護衛艦の装甲を貫いて燃料タンクを破壊し、誘爆を引き起こす。護衛艦二隻を僅かな間で沈めつつ、真迅改を一射目で艦橋を貫いた護衛艦の甲板上に着地させる。
混乱の中にいる輸送船団は、ハーミットの駆る真迅改を撃退すべく保有する戦力――敵母艦に載せられたベルクト社製SG“四○型バルト”を起動させようとしていた。その動きを見逃さずに、メインブースタを吹かして護衛艦から敵母艦へ向けて跳躍する。決して戦闘機のような空中戦ができる訳ではないSGであっても、真迅改のような高速戦闘特化の機体であれば、ブースタの推力と軽量さを活かして船から船へと飛び移る事位はハーミットの技量をもってすれば不可能ではなかった。たった今起動して、単眼に光が灯るのを彼女はメインカメラにて確認した。それと同時に迷わず左手をライフルからシールドへと持ち替えて、レーザー刃を展開しながら眼前のSGへと乗機の左腕を振るう。
一閃。それで一機は片付いた。レーザー加工機から着想を得て開発されたSG用の近接兵器は、誕生から十年弱が経過した災歴四三年において近接戦闘に於ける最終兵器として君臨している。金属の掘削、切断といった加工に用いていたレーザービームを束ね、刀身の形に圧縮する。そうして超高密度のエネルギーの塊となったそれは、ありとあらゆる装甲にとっての脅威だった。このレーザーの刀身は距離によって減衰するという欠点を抱えている事から、必ずしも採用される武器ではないものの、重武装が難しい軽量機にとっての貴重なダメージソースなのは間違いない。
そうやって一機を切り裂いた直後、コックピット内に警告音が鳴り響く。その音が耳に届くと同時に、彼女はペダルを踏みこんで乗機を跳躍させると、先程まで乗機があった所をロケット弾が通過し、爆発する。
次話、002[補給船団強襲/Osprey's hunting]/2
2025/01/26 18:00頃投稿予定