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000[前線基地強襲/A bolt from the blue]/2

 世界大戦に大災害といった混乱の世においてAA社はその母国を武力と財力で支配下に置き、そのまま他の陣営に対しても影響力を持ったのだが、清暦以前から使われていた従来の資源こそ豊富にあったものの新資源エルピスについては他陣営と比較すると、AAは恵まれなかったと言っていい。その結果、あらゆる戦場においてSGの姿が当たり前になって来た災暦二○年あたりを境に少しずつその影響力が弱まってきていた。

 他陣営がSGを次々と開発生産していく中で暫くの間、戦闘車両や戦闘機、戦闘ヘリといった旧来の兵器で対抗していたAA社は、SGという存在が戦場においてどれほどの脅威かというのを理解した。そこからあまり間を置かずに自社製SGを開発生産に成功し、実戦配備できたあたりは元々のAA社の地力が出ていると言ってもいい。他陣営から遅れながらも自社製SGを投入した事でやや押し込まれていた戦線を押し返し、再び災暦の世での影響力をAA社は取り戻した。

 しかしながら、AA社の内部には“SGに用いられている新技術を旧来の兵器に取り入れた方が強いのではないか”という意見を主張するものが多くいた。そうして生み出されたのが、“NBT(ネクストバトルタンク)計画”だった。

 SGが陸戦兵器としての頂点に君臨しているのは、旧来の戦闘車両に比べて機動力、敏捷性に優れていながらも強固であり、多彩な兵装を携行できるという点である。四肢を有し脚部の動力だけで跳躍する事や、ブースタを用いる事でより上の高度まで跳躍できる走破性の高さも認めざるを得ない。無限軌道、履帯と呼ばれる機構を有する事で高い走破性を持つ戦闘車両でも、流石に垂直の高い壁を走破する事は叶わない。SGの関節部に用いられるような高出力のモーターを戦闘車両に採用した例もあったが、速度こそ従来のものを凌駕していたものの、履帯がその速度に耐えられないといった問題や、その走行速度での砲撃精度があまりにも劣悪といった問題から頓挫していたのだった。

 そうであるならば、速度を高めるという方向性ではなく、戦闘車両にもSGのような走破性の高さを持たせよう、というのが現在ハーミットの眼前にいる“パシング”だった。これまで車体の左右一対の履帯という所を、車体の前後に履帯を分ける事で計四つの履帯となっている。そして、これらは状況に応じて上下に移動する事でSGに於ける脚部のような役割を果たす他、車体のあらゆる部分にブースタを備える事で、推力による水平及び垂直移動をも可能にする化物となっていた。それでいて、SGには携行できない程の大型の砲塔を有し、機関銃や小型のミサイル発射口も備えており、戦闘車両としては最高の出来と言っても過言ではない。

 その存在と概要についてはハーミットは耳にした事はあったのだが、そのようなものがこの場にいるというものは事前情報にはなかった機体であり、明らかに依頼主側の不手際である。しかしながら、だからと言って今から眼前の敵機を無視して撤退するのは不可能という事をハーミットは察していた。そして、再びの警報音を耳に入れながら咄嗟に彼女はペダルを踏み込む。


「くそ、友軍は全滅か……!」

「だがこれはNBTが対SGにおいて有用であると示す好機でもある! アイツを仕留めるんだ!」

 パシング社内には、四人のAA社の兵士が乗り込んでいた。清暦の終わり頃には技術の進歩もあって戦闘車両の乗員は削減されて、二名もいれば問題なく使えるようにはなっていた。これは、災暦においても変わっていないが、NBTという新たな枠組みであるパシングにおいては当てはまらなかった。

 SGの新技術を旧来の兵器に取り入れる。その思想によって生み出されたパシングは、旧来の戦闘車両と比べて多くの機能や兵装を有している。その結果、従来の操縦方法では乗員の手が足りず、乗員を増やす事で対処せざるを得なかった。それもあって、AA社内部でもパシングの有用性については疑問視する声も少なからずあったが、社内での自社製SGを相手にした模擬戦では勝利という結果を残していた。そして、その模擬戦でパシングに乗っていた四人は今、この戦場にいた。

 新兵器であるパシングとその乗員四人がこの前線基地に来たのはつい数日前の事。パシングに期待する声も耳にしつつ、他の戦闘車両と同じくあくまでも旧来の兵器とする声も耳にしていた。否定的な意見に対しては“そんな事はない、このパシングは間違いなくSGに代わる新たな一般的な兵器となる筈だ”と彼らは心から信じていた。

 パシングの乗員である彼ら四人は、全員がSGの操縦者としての適性がないと宣告された兵士だった。強力な陸戦兵器とされているSGは操縦者の技量によってその脅威度が大きく変わる兵器である。それは、SGという兵器の欠陥とも言えるが、災暦四三年の戦場の華は間違いなくSGである。社内におけるエースと言えば、優れたSGの操縦者の事を指しており、間違っても戦闘車両乗りではない。敵拠点にむけての制圧砲撃や、友軍の駆るSGを援護する砲撃といった形での貢献しかなく、生粋の戦車乗りには寒い時代となっているのが現状だった。

 だが、仮にNBTがその有用性を示し続ければ、いずれはSGではなくNBTこそが戦場の華となり、その乗員である彼らは英雄となる事が出来る――彼らはそう考えていた。生粋の戦闘車両乗りであった彼らは、NBTの開発に関わったテストパイロットでもあった。開発スタッフらと意見交換も行いながら、共同作業によって生み出されたのがこのパシングだった。故に、敵機がSGというのならそれを撃破しなければと彼らは心を決める。

 前線基地は既に陥落していて、孤立無援。後方の基地へ撤退をしようにも眼前のSGを対処しなければ撤退もままならない。パシングの砲手がSGに照準を合わせてトリガーを引く。車体上部の大砲が火を噴き、前方にある機関銃が弾幕を張る。車体側面のミサイル発射口からは小型のミサイルを立て続けに放つ。


 砲弾や弾幕、ミサイルの雨に対し、ハーミットはブースタを吹かして速度で強引に振り切りながら、それでも被弾を避けられないものについては、シールドでガードする。そして、せめてパシングの大砲の射角からは逃れようと接近して死角に潜り込もうと試みるが、パシングもまたブースタの推力を使ってSGに劣らぬ速度で後退する。死角に潜りこむ事は叶わず、砲口は相変わらず真迅改の方を向いており、咄嗟に左へとブースタを吹かして跳躍する。右に着弾したのを音だけで察しつつ、ハーミットは思案する。

 SGに代わる新兵器として生み出されたNBTというだけあって、パシングは間違いなく驚異的な兵器であった。少なくとも、一般的なSGと比べれば間違いなく、火力や装甲といった面では圧倒しており、速度も負けていない。それでいて、砲手や操縦手と乗員の役割分担もあって、SGと比べると搭乗者の力量の差が出づらいというのも利点である。AA社のように人材や資材が豊富な陣営であれば、間違いなく今後の戦場においてはNBTが台頭してくるだろう、とハーミットは感じていた。

 しかしながら、現状考えなければならないのは“如何にして眼前のパシングを攻略するか”である。機動力、最高速度に優れる真迅改と言えど、こうして接敵した状態から撤退するのは得策でなく、大砲の死角に入り込むのも至難。装甲も強固である事から、ライフル程度でその装甲を貫通させるのは現実的でない。そうなると、レーザーブレードだけが決定打となり得るが、レーザー刃が届く距離となるとやはり大砲の死角にまで接近する必要がある。どうやって近づこうかとハーミットは考える。

 考えながらも、その手と足は操縦桿とペダルからは離れず、パシングの放つ砲弾を避けながら、機関銃による弾幕はシールドで防ぐ。牽制のように右手のライフルを時折放つものの、装甲はどこも強固で貫通しそうな箇所は見当たらない。となると、次点で狙う箇所となると、履帯やブースタとなるが、互いに動いている状態で小さな的を狙うのは至難であった。だが、不可能ではない。

 息を吸って、吐く。瞬きを一つして、画面上に映るパシングを睨みつける。


「くそ、あのSGは何だ!」

「落ち着け! 相手はあくまでもSGなんだ! 一発でも大きいのを入れればこっちの勝ちだ!」

 対するパシングの乗員達も、ハーミットの駆るSGを仕留める事ができずにその顔には焦りが浮かび始める。車体上部にある主砲――五○口径二二○ミリメートル滑腔戦車砲が一発でも的中すればSGは撃破できるにも関わらず、その一つが彼らには遠く感じられた。これまでの模擬戦や、対FNU及びベルクトにおいて、ここまで速いSGというのを彼らは見た事が無かった。照準を合わせて砲撃しても、その瞬間に地を蹴りつつブースタの推力で跳躍し、着弾地点からその姿を消している。その動きを封じるべく、副兵装である機関銃や小型ミサイルによる波状攻撃を仕掛けても揺るがないその姿に、彼らは焦りを感じざるを得ない。

 ――眼前の敵はいつになったら倒れるのか。

 ――この敵機はどうすれば撃破できるのか。

 考えても答えは出ない。操縦手の手とレバーは忙しなく動き続け、砲手も敵機に照準を合わせ続け自動装填が完了し次第そのトリガーを引いている。副砲手が機関銃やミサイルを常に放ち続け敵機に圧をかけながら、車長は敵機の動きを常に乗員に伝える。車外の様子を視認できるモニターを車長は凝視する。その画面端には敵性反応の位置を表示し続けるマップもある為、これらを常に確認し敵機を捉え続ける。

 敵機にはステルス及びジャミングがあるというのはこれまでの友軍機の通信から知っており、そもそもこのパシングについてはそういった索敵能力の妨害への対策として、大型の索敵用レーダーが標準装備となっていた。これもSGであれば標準装備は難しい代物であり、大型かつ重量もあるというのがネックではあったが、戦闘車両として作られたパシングにとっては無視できる問題であった。

「くそ、残骸の多いところに行ったか」

 とはいえ、障害物がそもそも多いと敵機を捉え続けるのはやや難しくなる。大体の位置はマップ上に表示される敵性反応を追えば問題ないのだが、具体的な位置となるとモニター上での目視確認という事になる。しかしながら、ここは散々敵機が大暴れして友軍機や基地の残骸が転がっている所であり、障害物越しだと幾ら照準があっていようと敵機には的中しない。

 無論、障害物となる残骸を壊し続ければ敵機は隠れる事ができなくなる。できなくなるのだが、しかしながらそれらの残骸には生存者がまだいるかもしれない、という事実が彼らのトリガーを引く指を重くさせる。もしかしたら、自身の指で仲間の命を奪う事になるかもしれない、という想像が彼らの頭に過ぎる。

「……構わない、撃て!」

 だが、その生存者がいるかもしれないというのは単なる願望に過ぎない。そもそも、その生存者もここで彼らが倒れてしまえば余計に助かる目がなくなってしまう。そうである以上、彼らにできるのはそこには生存者がいない事と別の場所に生存者がいる事を祈る事のみ。車長の言葉に「……了解!っ」と返した砲手は意を決してトリガーを引く。

 主砲から砲弾が放たれ、残骸に着弾して爆発する。すると、その障害物は既に役に立たないと判断した敵機が飛び出してくる。他の残骸へとその身を隠そうとするところに、再び自動装填を終えた主砲の一撃が放たれる。一つ、二つと障害物を破壊した所で、再度敵機が飛び出してくる。その瞬間、その手に握られたライフルから銃弾が放たれるのを車長は視認する。

 SGの携行できる火器、それも手持ちの銃火器程度でこのパシングの装甲を貫通させる事はまず不可能だった。

 だが、その弾丸は装甲には的中せず、主砲を脇を通り抜けて車体後部にある大型のレーダーユニットに的中する。パシング車内から車外を視認する為には、車外にあるカメラやセンサー、レーダーの情報を機体内部のコンピュータが収集してそれを車内モニターに表示するという形式をとっている。故に、モニターに車外の様子を写す際に関与するレーダーユニットが破壊された事で何が起きたかと言えば、車内モニターの映像が大きく乱れる。それに連なって、近辺のセンサーユニットにも命中したのか、敵性反応を検出するマップにも敵機の位置が表示されない。

「くそ、レーダーユニットがやられた!」

「車長! これでは敵機の位置がわかりません」

「狼狽えるな! 映像を切り替える!」

 だが、車長はここで慌てずにモニターの表示をカメラからの映像をそのまま採用する形式に切り替える。こうなると、障害物に紛れ込まれると視認しづらいという難点があるが、モニターそのものが不調となっている以上は背に腹を変えられないと判断を下す。こうしてモニターの映像を切り替えるが、敵機は映らない。だが、予備のレーダーユニットは敵機の位置を表していた。

「上だと!?」

 パシングのレーダーユニットが破壊され、一時的に視界を奪われていた瞬間に、SGは大地を蹴ってブースタの推力でパシングの頭上へと跳躍していた。車長の声に砲手が反応して、砲塔を上へと向けようとするが戦闘車両の砲塔は左右への旋回は兎も角、上下については不向きというのは否めなかった。砲塔だけを上に向けようとも、SGの姿を照準内に収められない。それを察しているが故に、操縦手が指示を受けるまでもなく後退する。だが、砲塔の照準が合っていない間にSGがパシングの砲塔に向けてレーザーブレードを向ける。

 ――左腕を振るってレーザー刃による一閃。

 その瞬間に、砲手が覗きこんでいたモニターが何も映さなくなる。車長とは別に砲塔にあるカメラを通して車外を確認していた砲手だったが、砲塔そのものが壊されてしまった為に、そのモニターはもう何も映す事は無い。副砲手がなんとかしてSGを引き離そうとミサイルや機関銃を乱射するも、射角の問題でかすりもしない。そのまま、レーザー刃が真下――乗員四名のいる操縦室へと向けられたのだった――。

 

 パシングの操縦室をレーザー刃で突き刺し動力部にも致命的なダメージを与えたハーメットは、そこで止まる事なく乗機を跳躍させてパシングから離れる。すると、動力部の破損によって散った火花が燃料に引火して爆散する。これまでの敵戦力と比べても大型の兵器という事もあって、この戦闘で一番大きな爆発であった。

 それを視界の隅に入れつつコックピット内のモニターに目をやると、モニターのマップ上に表示されている敵性反応はない。機体をぐるりと旋回させてメインカメラの拾う映像を見ても、健在な敵影が映る事は無い。

『周辺に敵性反応なし。目標地点をそっちのマップにマーカーしておいた。その地点で機体を回収する。そこまで移動しろ、ハーミット』

 自身で確認し、離れた所からより広範囲の索敵能力を持つヘリコプターからの通信がそう判断した以上、今回の作戦については完遂できた、と言っても何ら問題はなかった。その事に、ハーミットはため息を一つ。あらゆる意味で色んな事に慣れているとはいえ、今日も一つ生き残ったという事実は、安堵の息を一つ吐いた所で責められる理由はないだろう。

「了解。これより離脱する」

 口ではそう返して、通信を切る。そして、真迅改の進路を指定された地点へとブースタを吹かして向かう。


 指定された地点には既に、大型のヘリコプターが高度二○メートルほどでホバリングしていた。

『よくやった、ハーミット』

 先程、真迅改を前線基地の近くまで運んでいたヘリコプターが、今度はハーミットの本拠地へ戻る為に待機していたのだった。それを見てハーミットは、「いえ」と返事をしつつヘリコプターの真下に機体を滑り込ませる。その数秒後、ヘリコプターが高度を落としながら下部アームを開き、ガシリと掴む。更にガコン、という金属音が鳴りしっかりと固定された事がハーミットにも聞き取れた。

 そこまでして漸く緊張が緩んだのか、先程よりもより大きなため息をしつつ、ヘルメットを外す。

 そうして露わになったのは、あまりにも場違いな幼い少女の顔だった。ヘルメットに無理矢理収められていた長い漆黒の髪の毛がハラリと下がる。前髪の隙間からは翡翠色の瞳が微かに見てとれる。あまりにも整った容姿だが、生気は一切感じ取れない。ため息をついたり、言葉を発したりと人間らしい動作はあれど、表情の変化は乏しく人形のようにも感じられる。

「今日もまた、生き残ったか」

 そのような事を口にしながら、少女は一人考える。


 ――自分の知る“ルート・ゼロ”本編まであと二ヶ月くらいだったか、と。

【TIPS】


A bolt from the blueサブタイトル

「寝耳に水」の意。実際、今回は強襲作戦であり、襲撃を受けた側にとってはまさしく寝耳に水だろう。


SGスティールジャイアント(用語)

本作中の人型機動兵器の事。命名由来としては作中にもあるように『鋼鉄の巨人』の意。

要はモ〇ルスーツみたいなもの。作中の雰囲気的にはアー○ードコアっぽいが、あそこまで自由度の高い換装はできない。


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次話、001[研究員脱走阻止/Jailbreak prevention]/1

2025/01/20 22:00頃投稿予定

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― 新着の感想 ―
文章力も高く、設定もかなり細かいですが、 些か情報密度が濃すぎる気がします。 程よく行間を空けるだけで、 随分と読みやすくなると思います。
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