007[生体部品強奪/Rusted Parts]/2(終)
『でも、いいのかね。友人を撃破してしまって』
所長からの一言。その一言は、ハーミットにとっては悩みの種そのものだった。ラバーズを連れて逃げるという当初の目的を果たすにせよ、このまま逃げるにせよ、眼前のジャヴォックを撃破せずにこの場を離れるのは厳しいというのが彼女の見立てであった。主砲のロング・レールガンやガトリングといって主だった武装を破壊できたものの、背面部から大量に放たれるミサイルは回避ができるとはいっても、何度も回避運動をさせられ続けていれば追い詰められるのは軽量で装甲の薄い真迅改の方だった。そこに対し、ミサイルの回避運動に専念させないよう攻撃してくるSG三機。そうなると、これまで回避し続けて来たミサイルランチャーについても回避そのものが厳しくなってしまうというのが、ハーミットには見えていた。
そして、ジャヴォックにはラバーズが取り込まれている。どの程度人間の形が残されているのか、そもそもジャヴォックのどこにコックピットがあるのか――それが彼女には一切わからなかった。ジャヴォックはあまりにも巨大な兵器、これまで見て来たSGやNBT、従来兵器といった代物のどれとも異なるものであり、これまでの経験や知識ではラバーズの位置が一切わからない。“ルート・ゼロ”プレイヤーとしての記憶もこの場では一切役に立たず、「クソ」と悪態をつく。
画面上に映る敵SGは三機、その全てがAA社製SGのヴァルチャ――ラバーズが以前まで搭乗していたものと同型機。それぞれが背中に構えていたミサイルランチャーから小型のミサイルをばら撒き、真迅改へとミサイルの雨が降り注ぐ。ジャヴォック背面部のミサイルランチャーも健在である事から、先程よりも更に濃い弾幕が襲い掛かる。
「ホント、邪魔だなァ……ッ!」
苛立ちを覚えながら、ハーミットは残骸を盾にしながら回避運動を続ける。避け切れない分をなんとかシールドで受け止めながら一旦意識をジャヴォックから三機のヴァルチャへと移す。現状、ジャヴォックからラバーズを救出する手立てがない以上、救出について意識を向ける為に邪魔な三機を仕留める事が最優先と彼女は判断した。
三機のヴァルチャはどれも同様の武装構成をしていた。右背にミサイルランチャー、右手にアサルトライフル。左背には滑腔砲と左手にサブマシンガン。相変わらずミサイルランチャーによる小型ミサイルの雨を垂れ流しながら、左背の滑腔砲が真迅改へと向けられる。ロックオンされた事を示す警報音を耳にしながら、ハーミットはペダルを踏み込んで乗機を跳躍させる事で滑腔砲から放たれた砲弾を躱す。しかしながら、強引な回避運動で体勢を崩したのを三機のヴァルチャは見逃さない。そこへアサルトライフルやマシンガンから放たれた弾幕が襲い掛かる。咄嗟に装備していた左腕のシールドでガードするが、シールドが耐えきれない事を察したハーミットはシールドを手放す。その判断の通りに、シールドはハーミットの眼前で爆発四散した。
これで残された武器は、右背に残してあったシールド一体型レーザーブレードと、両手のアサルトライフルのみ。ただでさえ、決定打が少ない状況でさらに攻撃手段が減った事に思わず彼女は舌打ちする。焦りや怒りを覚えながらも、その裏ではこれまでの経験から冷静に判断していた。三機のヴァルチャはハーミットの知るラバーズと比べれば動きは甘く、少なくとも強敵という訳ではない。一対三――ジャヴォックも含めれば一対四という数的不利の状況を考えれば乗り越えるのは決して容易でないが、一対一の状況さえ作る事ができればどうにかできる――という考えがハーミットには思い浮かんでいた。
ハーミットは知る由もないが、ラバーズと比べて三機のヴァルチャの動きが甘い、と認識しているのはこの場においてはハーミットだけだった。このヴァルチャに搭乗している強化人間はラバーズよりも後に生産されており、数値の上ではSGの操縦により最適化されているとされている。
しかしながら、実際の戦場というのは数値だけでは測り切れないものがある。反応速度や操縦の正確性と言った部分は確かにこの場の三機が上回っているだろう。だが、状況に応じた臨機応変な対応力に関して言えば、経験値というものがものを言ってくると考えれば、ベテランであるラバーズの方がそう言った面で上回っているのも一理あった。
眼前でシールドが爆発四散している最中に、ハーミットは肩部にあるステルス、ジャミング機能を作動させる。ジャヴォックの索敵性能がどれほどのものかを彼女は知らない。しかしながら、三機のヴァルチャの索敵性能は平均よりやや上であり、真迅改の肩にあるステルス、ジャミング機能の影響下では真迅改は操縦席内の画面に映る事はない。
これは、アルカナ機関の傭兵としての経験と、“ルート・ゼロ”のプレイヤーとしての知識の両面において確かなものであり、ハーミットは自信を持ってこの作戦をとる。体勢を整える一歩目、そして地を蹴る二歩目、それと同時にメインブースタを吹かして三機のヴァルチャの内一機に向けて飛翔する。
ジャヴォックの索敵性能が高いからか、継続してジャヴォックの背面ミサイルランチャーから小型ミサイルの雨が降り注ぐが、それを推力だけで強引に振り切る。ミサイルの軌道を見た三機のヴァルチャのパイロットがハーミットの乗機の位置を察する事ができた所で、既に一機のヴァルチャの眼前に真迅改は迫っていた。既に右腕のアサルトライフルをシールド一体型レーザーブレードへ切り替え、レーザー刃をとっくに展開し振りかぶっていた。一機のヴァルチャはそこから反撃に転じようにも、真迅改が右腕を振るい終える方が早かった。真迅改によるレーザー刃の一太刀は、ヴァルチャの操縦席のある胸部を真っ二つに斬り裂き、撃破に至る。
『どうした、なぜアレを撃破できない!』
指揮官である所長の言葉を耳にいれながら、ヴァルチャのパイロット――強化人間のハイエロファント(教皇)は撃破目標である真迅改の姿を見て恐怖を覚えていた。相手は旧式の強化人間、しかも稼働限界を迎えて性能は落ちていると聞かされていてのこの惨状と考えれば、動揺するのも無理はなかった。ハーミット以外のここにいる全員が、稼働限界――感情による利点と欠点を確りとは把握していなかった。感情によって操縦の精度にムラが出てしまうのは確かにマイナスだろう。しかしながら、その感情による昂りなどをうまく御す事で普段よりも高い集中力で物事に取り組む事ができる、という点においては稼働限界――感情による起伏が生まれる事――というのは、決してマイナスだけではない。
だが、アルカナ機関の側はその事を理解できない。強化人間という研究は、あくまでも無人操縦という技術の妥協点として生まれたという事を考えれば、無理もないかもしれない。アルカナ機関にとっての目標というのは、無人操縦であり、人間という感情に振り回される存在ではないのだから。特定の状況では正確に特定の戦術を行う――それができてこそ、と考えているからこそ、そのあたりにブレが出ているハーミットは処分する対象でしかない。
しかし、ハーミットは倒れない。ジャミングの有効時間が切れた真迅改に地を蹴らせ、ハイエロファントらが搭乗するヴァルチャからの集中攻撃をするりと回避していく。その様子にハイエロファントは「ひィ……ッ」と声を漏らす。じりじりと精神がすり減っていく事を自覚できず、ただただ集中力を少しずつ欠いていく。それは、アルカナ機関の考える“稼働限界”そのものである。その事に気が付いて、『くそ、どうなっている……!』と所長は声を荒げる。『落ちろ、落ちろォ!』と僚機であるエンペラー(皇帝)も取り乱した様子を晒している。
アルカナ機関の側が有利であるはずだった。新品の強化人間を三体――ハイエロファント、エンペラー、エンプレス(女帝)と、稼働限界を迎えた強化人間を文字通りの部品として再利用したもの。機体で言うならヴァルチャ三機にジャヴォック一機。撃破目標は真迅改が一機と数的有利がある以上は、まず間違いなく勝てる戦いの筈だった。
しかし、相手となる一機というのが、アルカナ機関の最高傑作だったハーミットというのが、アルカナ機関側の数的有利を覆していた。これまでは数値の上での有利不利を覆してきた自陣の最高戦力が、敵に回るとこうも厄介なのだという事を、アルカナ機関所長は今この瞬間になって漸く理解し始めていた。
指示を出す側が混乱しているのならば、その指示を受ける側は余計にどうすればいいのかわからなくなっていた。基本に忠実に動いていると、その動きを読んでいるかのようにハーミットからの攻撃が飛んで来る。集中攻撃する事で真迅改の足を止める事さえできれば、という作戦にも関わらず、逆に真迅改から器用にアサルトライフルによる牽制射撃が飛んで来る事で思うように敵に攻撃を絶え間なく浴びせるという事ができないでいた。純粋に、基本に忠実な動きをすればするほど、ハーミットの掌の上になってしまうという事実を認識できず、ただ単にパイロットの中で元々想定していた相手の能力が上方修正されていく。ハーミットのカラクリに気が付く事さえできていれば、本来の実力より上に見積もる事はなかっただろうに、よりハーミットという存在が絶対的なものにすら感じ始めていた。
「来るな、来るな、来るなァア!」
そこに冷静さは欠片程もない。後退しながら手持ちの武装全てのトリガーを引く。ミサイルランチャー、滑腔砲、アサルトライフルにサブマシンガン。それら全てによって弾薬の雨霰を降らせる。
雨霰とまで行ってしまうと、相手が冷静さを欠いていようとハーミットにとっては回避が至難である事に変わりはない。怯えて冷静さを失っていようとも、身体に染みついた動きというのは恐怖で硬直しがちな身体を確りと動かしてくれる。その手の類といえる一斉射撃と後退はハーミットにとっては十分に脅威だった。
真迅改の現在の武装で、遠距離戦を優位に戦える武器は存在しない。アサルトライフルは近中距離、ブレードは至近距離が射程と考えれば、ごく自然な事だった。ハーミット自身、近中距離により適正がある事を理解していて、だからこそ両背にシールド一体型レーザーブレードを装備し、両手にアサルトライフルというシンプルかつ軽量な武器を普段使いに選択していた。故に、遠距離からの弾幕となると、回避しながら耐えるという選択をしなければならない。どこかで隙を見つけて接敵できれば、また状況も変わるだろうが、それを見つけるまでは大人しくしている必要がある。気力体力は有限だ。それが尽きるまでには勝負を決めたい、と焦る気持ちをなだめながら、回避に専念する。
残敵はジャヴォック、ヴァルチャ二機の計三機。それらからのミサイルの雨は傍目からは隙間がないように見えたが、それをゲーム“ルート・ゼロ”の基本テクニックである一方向に引き付けてから逆方向へ制動させるというミサイル回避術を着実にこなしていく。会慌てて距離をとろうとしたところで、誘導弾というのは追いかけて来る。しかしながら、SGと比べると細かな制動ができず、進行方向を急に変える事はできない。故に、急な方向転換にはついてこられず、回避できる隙間ができるという訳だった。
着実に回避できる方法だとはいえ、これをずっと続けるとなればはミットの気力体力の消耗は抑えきれない。やり直し、リトライができるゲームとは違い、一つのミスが文字通りの命取りである以上、集中を切らす事はそのまま死に直結する。ミサイルの雨が第二波、第三波と迫ってくる中にあっても、冷静さを失わずに機体を動かし続ける。その様はまるでダンスのように美しさすら感じられるが、それは命のかかっている状況という緊張感で生まれた代物だった。
そして、第三波を切り抜けた所で、意を決してハーミットはペダルを踏み込んだ。そこへジャヴォックからのミサイルが飛来するが、これを一機のヴァルチャに接近しながらも左右へと機体を切り返してミサイルをやり過ごす。二機のヴァルチャからのミサイルはない。
これがゲームであれば、ヴァルチャに搭載されているミサイルはより多かっただろう。ゲームにおいてはリアリティよりもゲーム性を重視する都合上、物理的には入らないだろう弾数が入っている事になっていたりする。しかしながら、現時点でハーミットが敵対するヴァルチャには現実的な弾数しか入っていない。これは、先程とは異なりゲームではなくハーミットとしてこの世界を生き抜いてきたからこその知識や勘で、ヴァルチャの携行しているミサイルランチャーが弾切れを起こすタイミングを計っていた。
ミサイルランチャーが弾切れだとしても、アサルトライフルやサブマシンガン、滑腔砲といった火器があるのは事実。接近を許したヴァルチャはそれらを構えて一斉射をかける。それらは確かに装甲の薄い真迅改で受けようものなら撃破されてしまうだろう代物――だが、ハーミットは真迅改に地を蹴らせ、メインブースタを同時に吹かす事で一気に加速させる事で、相手のFCSが真迅改を捉えるよりも前にヴァルチャの懐へと潜りこむ。ここまで来ると、照準など関係ないと、ヴァルチャは弾幕を張り続ける。しかし、ここで地を蹴り頭上を獲る事でその照準が真迅改を捉えるよりも前にヴァルチャの背後へと着地する。着地の瞬間、姿勢制御ブースタを一気に吹かして地を滑るように旋回しながら、シールド一体型レーザーブレードのレーザー刃を展開してヴァルチャの背後へと突き刺す。そこへ、既にレーザー刃の刺された友軍など友軍ではないかのように、残る一機のヴァルチャからのアサルトライフル、滑腔砲等による弾幕ややジャヴォックからのミサイルの雨霰が降ってくる。これを予想していたハーミットは、レーザー刃を突き刺した直後には真迅改に地を蹴らせ、その場を後にする。大小さまざまな弾頭が一機のヴァルチャへと注ぎこまれ、大爆発を起こす。
――その瞬間に、ハーミットは再度のジャミングを起動させた。
爆炎の中に身を潜ませ、姿が見えなくなった瞬間のそれによって、ハイエロファントは完全にハーミットの真迅改を見失った。
気が付けば、ジャヴォックと自身のヴァルチャしかこちらの戦力がなく、本来ならば正確な指示を下す筈のアルカナ機関の長はハーミットが撃破できていないという事実に苛立ちを募らせ冷静さを欠くのみ。正確な指示が欲しいハイエロファントにとって、この状況はあまりにも良くないものだった。じり、と乗機を後ずさりさせる。その行為にどれほどの意味があるのか、ハイエロファントにはわからない。寧ろ、この行為は無意識にハーミットから距離をとろうとしただけのもの。だが、姿を消しているハーミットが前方にいるのか、それとも既に背後にいるのか、それがわからない以上はこの行為には何の意味もなかった。
ジャヴォックからの支援攻撃も当てにならない。そもそも、真迅改に当てようとしたものがこちらに当たる可能性も高い上に、そもそもジャミングでジャヴォックも真迅改を見失っている以上、こうして自機の近くにハーミットの真迅改がある以上は支援には期待できないのが普通だった。
「来るな」
じり、とまた一歩後ろに下がる。恐怖がそのまま操縦に反映されていた。なんの理屈も通らないその行動こそ、ハイエロファントが機体ではなく人間であるという証拠。どれだけ機械であろうとしても、機体であれと願われたものであっても、人間の身体を得ている以上は間違いなく人間だった。人間である以上は恐怖を完全に克服する、なんて事はできない。それができるとすれば、人間の身体を完全に捨て去る他ないが、ハイエロファントはまだ人間の部類であった。
「くる、な……」
口から漏れ出るは怯えの感情。脳は恐怖に支配され、意識せずとも怯えが出力されているが故に、ハイエロファント自身はそのような事を口走っているとは一切思っていない。このような感情を御しているのがハーミットや一般的な他のSGパイロットであるとはハイエロファントは知らない。強化人間は洗脳や調整といった方法で感情を抑え込み、その発露を防止するといった手段がとられていた。その仕組みが活きていれば、この恐怖の感情も表に現れなかっただろう。しかしながら、ハーミットとの戦闘の中で奥底の恐怖心を刺激され続けた事で、その仕組みは崩壊していた。感情のコントロールをその仕組みに頼っていたハイエロファントに、自力で感情を御し直すだけの力はなかった。
「く――」
――くるな。そう言おうとしたその瞬間、どこからともなくレーザー刃がハイエロファントの身体を焼き切ったのだった。最期の瞬間まで、ハイエロファントは恐怖でその身を満たされていた。
――僚機がいない。
その事に、“それ”は気が付いた。そして、その瞬間に敵機――ジャミングの効果時間の切れた真迅改がその姿を現す。一対一となった訳だが、状況としては当初のものに戻ったと言っても良い。
ロング・レールガンやガトリングが使用不可能になったとて、ミサイルの残弾はまだ豊富にある。“それ”は真迅改に向けてミサイルを一斉射する。幾度となく“それ”の口――ロング・レールガン――や腕――ガトリングガン――を傷つけた外敵に対し放つ様は、身の回りの羽虫を嫌って狩ろうとする肉食獣のようだった。
しかしながら、その羽虫――真迅改はそのミサイルをこれでもかと回避し続ける。戦闘が開始してから大分長い時間が経過したというのに、真迅改の動きに陰りは見えない。
『くそ、こちらのアプローチが間違っているとでも言うのか!』
指示を入力する側も、動揺を隠せず“それ”に対して明確な指示を入力できていなかった。故に、その場その場の判断は全て“それ”に委ねられていた。そもそも、アルカナ機関の長はあくまでも研究職であり、戦闘のプロフェッショナルという訳ではない。勿論、戦場に求められる能力がどういうものなのか、という点については詳しくはあったものの、実際の戦場がどのようなものなのかという点についてまでは把握し切れていなかった。
指示が入力される事はなく、事前に入力済だった指示に従って“それ”は動くのみ。眼前に映る真迅改へ向けてミサイルを撃ち続ける以外にできる事はなかった。
――戦場において、数値が全てではない。
その事実を、誰もが見落としていた。実際の戦場はその場にいる人間が動いている以上、その人間が持ち合わせているもの――感情も戦場における大きな要素の一つであった。この感情というものを排除し、実力を表す数値こそを絶対のものとしていたアルカナ機関だったが、そう簡単に感情は支配できないという事実を見落としていた。それはなぜか。
「なるほど、ハーミット。お前か……!」
なぜそうなったかを、アルカナ機関の長はこの場において漸く気が付いた。
――ハーミットが感情をうまく抑制して結果を出してしまっていたから。
この一言で片付いてしまう、とても単純な答え。
生産直後のハーミットは、様々な欠陥――言語習熟の遅れなど――を抱えながらも、実戦投入直後から多大な戦果を遺していた。脳波からは明確に感情の初をが抑制され、まさに完成品とも言える強化人間そのものであった。その再現を目指して多くの強化人間が生み出されて来たものの、それらはハーミットの再現とまではいかない。長期間稼働し続ければ、次第に感情を表に出していき、本来想定していた性能を発揮しきれずに撃破されていく。
それでも、結果が出せてしまった。結果が出ていたからこそ、アルカナ機関はハーミットをただ模倣する事をやめられなかった。ハーミットこそが感情をうまく御す事ができ、極限状態にあっても本来の実力を発揮し続ける事ができる天然の強者――模倣するだけでは到達できない極地であるという事に、誰もが気づけなかった。
「……ハーミットのデータは?」
傍目から見て冷静さを取り戻したように見えるアルカナ機関の所長は、近くに控えていた職員にとう尋ねると、「収集しております」と返ってくる。それを聞いた所長は「よし、なら大丈夫だな」と答える。
「所長、このままでは危険です!」
余裕を見せ始めた所長に対し、職員の一人がそう告げる。どちらが優勢かは明らかだった。最初は優勢だった筈のアルカナ機関側は、気が付けばハーミットによって壊滅寸前にまで追い込まれていた。残る戦力はジャヴォックのみ。他の強化人間は出撃中で戻ってくるまでには時間がかかる。そのジャヴォックすら主兵装を壊されている以上、アルカナ機関の敗北は秒読みと言えた。しかし、「は、何を言う」と所長は応える。
「目の前に理想のデータがあるのだ。収集しなくてなんとする」
その目には職員など映っていなかった。あまりにも様子のおかしい所長の姿を見て、職員の何人かが持ち場を勝手に離れようとして、未だに所長に付き従う職員によって撃ち殺される。アルカナ機関内部は地獄絵図となっていた。
「さあ、見せてくれハーミット。今度こそ強化人間の答えを――」
そこに常人は一人も残っていなかった。
「くそ、やっぱりラバーズの位置がわからない……!」
傍目からは優勢と見えるハーミットだったが、ハーミット自身としてはラバーズの回収が元々の第一目標だっただけに、ラバーズを如何にして回収すればいいのかという疑問が解消されておらず、優勢とは一切感じていなかった。更に言えば、アルカナ機関の保有する強化人間が出撃している地から戻って来た場合には残弾不足でジリ貧になるのは目に見えていた。実際に戻ってくるか、いつ戻ってくるかはわからずとも、時間制限があるのは事実だった。
降り注ぐミサイルを雨を常に避け続け、気力体力も消耗している。一瞬の気のゆるみから、肩部のジャミング装置へ被弾してしまい、ジャミング装置を慌てて投棄する。真迅改の近くで小爆発を起こし、その衝撃にハーミットは顔を僅かにしかめる。
『――撃って』
ふと、そのような声がハーミットには聴こえた。ノイズ混じりで、本当にそのように言っていたかはわからない。果たして、その声がハーミットの思う相手なのか。それすらもわからない。しかしながら、この場においてジャヴォックを急いで撃破し、アルカナ機関そのものを壊滅させない事には、現時点での身の安全を確保できないという変わらぬ事実があった。
そして、そもそもの話だ。
――既に、ラバーズの身体はもう残っていない可能性がある。
これについて、ハーミットはこれまで直視しないようにしていた。きっと助け出す、と考えていた都合上、その可能性だけは排除して物事を考えていた。しかしながら、過去のアルカナ機関側の発言を振り返れば振り替える程、ラバーズはもう助からない可能性が高いという事実を突きつけられる。
――稼働限界を迎えている第一世代はもう一人いる。
――こちらで面白い事ができているからな。この場では見逃してやるとも。
――このアルカナ機関製蹂躙兵器“ジャヴォック”の生体部品として組み込んでおいた。
――確かにアレは君の友人だが、生体部品に過ぎない。
「く、そぉ……」
仮に無事だったとして、コックピットの位置もわからずにラバーズを連れ出す事は出来ない。そもそも、どうあってもジャヴォックからの攻撃は止みそうにない。このままジリ貧になるよりは、バリアの隙間をとっとと狙って撃破する方が、身の安全を確保できるのは間違いない。
「どうすれば、いい……?」
だが、決断できずにいた。それは、正しく人間の感情そのものだった。素早く合理的な判断ができるのなら無理はない。それが難しいからこその人間なのだから。このままでは、とハーミットが思ったその瞬間――。
『――もう、終わりに、して』
そんな、頼み込むような声がハーミットには聴こえた。
それが本当なのか。それは最早彼女にはわからない。ノイズ混じりで思い返してみると何て言っていただろうか、となるが、最初はそう聴こえていた。その声こそ、ラバーズの声だろうか。声の判別すら難しいが、ハーミットは直感的にそれをラバーズのものだと感じ取っていた。それが果たして本当か。その確信はない。だが――。
「――わかった」
真迅改で地を蹴り、メインブースタを最大出力で吹かす。一気に加速してロング・レールガンがあった場所まで跳躍するそのまま砲身に沿うようにジャヴォックの懐へと突入する。真迅改を仕留めるべくジャヴォックから放たれていたミサイルが、そのまま追尾していくつかがジャヴォック自身を傷つける。その余波に巻き込まれて真迅改の右手に携行していたアサルトライフルが巻き込まれるが、それを意に介さずシールド一体型レーザーブレードの刃を展開し――。
「さようなら、ラバーズ」
――その刃を、そのまま奥まで突き刺して、ジャヴォックの身体を蹴とばしてその場を離脱する。ロングレールガンの残弾が格納されている弾薬庫を貫き、弾薬が誘爆する。本来ならば一撃を受ける事はないだろうと想定されていた箇所への一撃は、ジャヴォックに致命的なダメージを与えた。内部の各所に誘爆し、各所ダメージによってジャヴォックが自壊していく。あちこちで爆発を起こしながら、その巨体がアルカナ機関の島中央に倒れ込む。
それを見届ける事なく、ハーミットは島のとある場所――アルカナ機関の研究室がある建物へと直行していた。
『友人を仕留めた気分はどうだ? これからもデータ収集をさせてくれるかいハーミット?』
ハーミットにとっては憎たらしい声が耳に届くが、聴く耳は既にない。あるのなら、この場に来ていないのだから。言い分、言い訳の類であったとしても、聞き入れる事はなかっただろう。無言を貫いたまま、建物をレーザーブレードで叩き斬る。そうすると、先程まで微かに聴こえていた声も一切聴こえなくなった。
「……任務、終了……」
初めて自分の意志でやり遂げようと思った戦いは、あまりにもほろ苦い形で幕を下ろす事となった。
それからおよそ一か月後。
災暦四三年一〇月八日。早朝の空を、ヘリコプターがSGをアームで固定しながら飛んでいた。
『作戦内容を説明するぞ』
ヘリコプターの下部に固定されているのは、真っ白に塗られた因幡重工製のSG“真迅改”。
『依頼主は因幡重工。端的に言えば海樺島にある明華企業群の前線基地への襲撃作戦の支援が今回の目的だ』
そんな真迅改のコックピットの中には、小柄な少女が一人。各計器を確認しながら、通信士兼運転士による説明を耳に入れる。
『今回も例によって外付けブースタで一気に接敵する。全く、SGを何だと思ってるんだか』
「正確には、私を何と思ってるか、じゃない?」
鈴が鳴るかのような可憐な声で少女はそう返した。自身の見える様子に『それもそうだな』と通信士――マルトは笑う。
『それじゃ、ハーミッ――いや、九羽、準備はいいか?』
そして、九羽と呼ばれた少女――かつて、ハーミットと呼ばれていた――軽く笑みを浮かべながら、「勿論」と返した。
「――行ってくる」
ヘリコプターによるアームの解除がされると同時に、外付けブースタを起動させ、彼女は戦場へ向けて飛んで行った。
彼女の姿は未だに戦場にある。
だが、それでも。彼女は確かに人間らしく、これからも戦い続けるのだった。
【TIPS】
Rusted Parts
錆びた部品。つまりは使い古した強化人間の意。
殴りに行く相手は非人道的な方が殴りに行きやすいって言うし……。
ジャヴォック(機体)
クライマックスには巨大兵器を出すべしと古事記にも書いてある(大嘘)。
中にはラバーズの脳だけがあった。つまり、ジャヴォックこそがラバーズの肉体になっていた。
ハーミットが6話でCSCの依頼に向けて研究所を発った直後、その調整が開始された。
ハイエロファント(人物)
新型強化人間の一人。同時期に生産された所謂同期と共にハーミットに立ち向かった。
ゲーム『ルート・ゼロ』では何人かいるアルカナ機関の傭兵の一人、という印象でしかない。
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【後書き】
どうも、暁文空です。この度は『ナインスルート【旧版】』を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。一次創作の長編を確りと完結まで書き切って投稿したのは多分初な気がします。別名義で色々書いていた頃の記憶が曖昧過ぎてわかりませんが、今の名義なら多分そうです。
もともとは、もっと長い作品を想定して執筆していた本作ですが、書いているうちに「序盤のあそこ直したい」「ここに伏線を仕込みたい」「設定が序盤と今とで違くない? 統一させたい」といった直したい病を患ってしまった次第です。
このままではモチベーションが保てないと判断して、とりあえずは形になっているものを【旧版】と名付けて打ち切りでもいいから最後まで書き切ろう、と決めてこのような終わり方にしたのが本作でした。
何はともあれ、ここまで約15万字程の作品を読んで下さった方には頭が上がりません。もしよろしければ感想等を書いて下さると非常に喜びます。どのような感想であっても受け止める所存ですので、何卒宜しくお願い致します。
それでは、また別の作品で。
暁文空




