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007[生体部品強奪/Rusted Parts]/1

『本当にやるんだな?』

 マルトからの通信に対し、「勿論」とハーミットは返す。

 ハーミットは輸送船に残っていた予備の外付けブースタを強奪し、リニアカタパルトも使用しての長距離航行でアルカナ機関へと向かうというのが、今回彼女達の考えたアルカナ機関襲撃のプランだった。

 先程の戦闘でアルカナ機関に所属する強化人間がハーミットに対し攻撃をしてきたとなれば、明確にアルカナ機関ではハーミットは不要という事なのだろうと彼女は結論付ける。その場合、ラバーズはどうなるのだろうか。二日連続で待機が続いていた事を考慮に入れればラバーズもハーミットと同様にアルカナ機関にとっては不要であると推測できる。

 付け加えるならば――。


『稼働限界を迎えている第一世代はもう一人いる。こちらで面白い事ができているからな。この場では見逃してやるとも』


 この一言は確実にラバーズに対して何かをしようとしている、あるいはもうやっている可能性を示唆するものだった。

 ラバーズの現在地をハーミットは知らない。ラバーズは既にどこかの戦場で命を落としているという可能性も考えられ、もしそうだったのならば、ハーミットの行動は無駄足となる。しかしながら、仮にアルカナ機関の施設内にまだいるのなら、なんとかしてラバーズを強引に連れ出して、このまま脱走してしまいたい――というのがハーミットの考えだった。

 あまりにも幼稚で計画性の欠片もない。そもそも、アルカナ機関の動きが早ければもう間に合わないというもの。だが、アルカナ機関をこのまま脱走してやる、と意志を固めたハーミットに躊躇はなかった。脱走した後どうするのか、という問いについてはハーミットは一切合切考えていなかった。とにかく、今この瞬間のハーミットの脳内はアルカナ機関施設内のラバーズを如何にして救出するか、という事だった。

 アルカナ機関の施設に到着した際、乗機から降りるのは愚策だ。ハーミットの身体能力はアルカナ機関の一般職員にも劣る。携行する武器は一切なく、生身での戦闘でも敵わない。一般職員ですら拳銃は携行していると考えれば、その戦力差は明白。そうなると、ハーミットは乗機から降りずにラバーズと合流し、回収する事が必須だった。彼女は脳裏にアルカナ機関の施設の構造を思い浮かべる。このような事になるのなら、普段から施設内をちゃんと観察しておけばよかった――と悔いながらも、ラバーズの行動範囲を絞り込む。施設のどのあたりに着陸し、壁を破壊すればラバーズに接触できるのかというのを、ハーミットは考える。

 ここまで考えて、ラバーズがいなかった場合についても考えようとして、即座に止めた。結局の所、ハーミットがラバーズを助けるにあたっての大前提は、ラバーズがまだアルカナ機関の施設内にいる事だった。仮に、ラバーズが既に施設の外にいるのなら、ほぼ間違いなくラバーズは既に亡くなっている。それを理解しているハーミットだが、それでもと感情を優先した。これまで抑圧されていたからか、ここにきて妙に人間らしくなったなと彼女自身で自嘲する。

『オッケー。こっちとしても人道的に認められないものをぶっ壊すのは大賛成だ』

「でも、マルトにはメリットはないと思うけど?」

 そんな感情的で計画性のない作戦に乗り気なマルトに対し、ハーミットは感謝しつつも純粋に疑問だった。確かに、マルトの存在はハーミットにとっては非常にありがたい。いなければ今回の作戦は大前提から狂い成立していないのだから。故に、なぜ彼が協力したのかという点が、ハーミットには気がかりだった。どこまで信用していいのか、という点も含めて。

『ハーミット。人間ってのは時にメリットデメリットを一切考えずに気持ちで動くもんだぜ? ムカついたものは壊す。それでいいじゃねえか』

 だが、マルトからはこう返ってくる。あまりにも無鉄砲で、よくそんな気質でアルカナ機関のヘリコプターの運転士を務めていたものだ、とハーミットは思いながらも「ありがとう」と返す。それに対し、マルトは『よせやい。……さて、カタパルト、ユーハブコントロール』と真面目に声をかける。それに合わせて彼女も各計器をチェックしながら「アイハブコントロール」と返す。

「真迅改、発進します」

 リニアカタパルトによる超加速と、外付けブースタによる加速とで一気に速度は音速の域にまで到達する。その強烈なGに僅かに顔をしかめるも、数瞬後には平静を保つ。ここから外付けブースタの使用限界まで用いる事で、アルカナ機関のある島にまで到達するという計算だった。


 発進から暫く経った頃。外付けブースタの使用限界を迎えるのを察知したハーミットはそれを投棄、メインブースタを吹かしてアルカナ機関の施設がある島に着陸したその時、彼女が目にしたものは異形の機械だった。見覚えのある景色に見慣れぬ――いや、見た事もない大きな竜のようにも見えるナニカがいた。周囲の建物との比較で凡そ全高四○メートルはあるだろうと彼女は判断する。その異形の姿に最近戦った不明機体ベルゼブの姿を連想した彼女のもとに通信が届く。

『ハーミット。よもやジャッジメントを倒すとはね。君の活動限界はもう過ぎている筈だというのに、まさに君はイレギュラーだったって訳か』

 聞き覚えのない声を耳にして「あなたは?」と彼女は返す。状況的からアルカナ機関の関係者なのだろうと彼女は推測しているものの、その声を知らなければ声の主を知る筈もない。そもそも、ハーミットがアルカナ機関の施設内で顔を合わせた事があるのは、同じ生体部品である強化人間とウィンザー主任技師や警備員のような直接生体部品と接触する職員に限られる。故に彼女の問いは極めて自然なものであり、声の主も『あぁ、そうだった』と何かを納得したかのような声を発して再び口を開く。

『アルカナ機関の長、所長と言えば理解できるかな』

 その言葉にハーミットは怒りを覚える。アルカナ機関では様々な研究が行われている。その中には人道的で平和な研究もありながら、その実その研究資金を稼ぐ為に多くの人道に反した研究が裏で行われている。その内の一つが生体部品――ハーミットのような強化人間を生み出し、その戦力を傭兵という形で売り出すという商売だった。ハーミット個人としては、アルカナ機関の職員全員を恨んではいなかった。それは単に、職員の多くは自らの持つ才能を活かす為に仕事している者であり、生体部品に対して特別何かを感じるなんて事がないというのを知っていたからだ。

 だが、アルカナ機関の長、所長となれば話は変わる。あらゆる非人道的な研究も、アルカナ機関のトップがそれを認めなければ進む事は無い。アルカナ機関に所属する各職員、研究員の提案する内容を全て把握し、それぞれに対して指示を出すのは所長である。それを考えれば、この声の主――所長は、ハーミットのような非人道的な生体部品、強化人間を生み出した張本人という事になる。

 生体部品の研究がなければ、ハーミットは生み出されなかった。“男性”の記憶を持つ何かは肉体を得る事無く、どこかに散逸していたのだろう、とは彼女も思ってはいる。だがしかし、元から第二の生には興味がない上にこのような生体部品としての生を望んだ事は一度もなく、ハーミットが望んでいるのは人間らしい生活だけだ。その観点で言えば、所長は彼女にとっての敵に他ならない。

「あなたが……っ」

 怒りを口に出し、ライフルの照準を眼前の巨大兵器へと向ける。その巨大兵器の名称を、奥底にあった記憶が引っ張り出す。“ジャヴォック”と称されたそれは、ルート・ゼロのゲーム内においても強敵に類する敵機の一つだった。その巨体の通り、俊敏な動きはできないまでも、上半身がぐるりと三六○度回転する事から旋回力そのものは悪くない。背後をとろうとしても、上半身がぐるりと追従してきてその巨体の頭部と推定される箇所に配置された大型の主砲の照準が向き続けるというのは恐怖でしかない。ゲームのプレイヤーとしてこの強敵と対峙し、初見の時に幾度となく苦戦したという記憶が微かに蘇り、彼女の手が震える。

 そんな震える手であっても、トリガーを引く指は止まらない。一発の弾丸が、一直線にジャオックの頭部へと放たれるが、その弾丸はその寸前で見えない壁のようなものに阻まれて届かない。その様子を見て、ハーミットは舌打ちを一つ。最近戦ったばかりのベルゼブと同様、正面からの攻撃を阻むバリアのようなものを発生させているのを視認して彼女は苛立ちを覚える。ベルゼブと同様というだけあって、このバリアを生成する為に稼働しているジェネレータを狙い撃つ事ができれば、以後は攻撃が通るようにはなる。しかしながら、ベルゼブの時は僚機だったラバーズが不在という事を考えると、状況はかなり厳しいというのが実情だった。

『おや、いいのかい』

 そんな苦悶の表情を浮かべているハーミットを知ってか、ニヤリとした声が彼女の耳に届く。何かを愉しんでいるような、あまりにも気色悪い声を耳にして余計に顔をしかめる彼女は、「何が言いたい」と問いただす。その言葉に、何か意味があった訳ではなかった。ハーミットにしてみれば、どうせ何も情報を得られないのだろうが、何か有益な情報でも油断してポロリと吐いてくれないか――という程度のものに過ぎなかった。だから、耳に届いた言葉をハーミットが理解するのに幾分かの時間を要した。

『あれは君の友人だよ?』

「――は?」

 頭が真っ白になるのをハーミットは感じていた。それでも、照準を合わせられたという警報音に合わせて身体は無意識に乗機を回避運動をさせた。地を蹴り、ブースタを吹かして跳躍すると、先程までいた場所を主砲から放たれた砲弾が通過してゆく。SGの携行できる武器とは比べ物にならない程の大口径と砲身。そこから放たれる砲弾の弾速や貫通力は従来兵器やSGとは比べ物にならない。AAの開発したNBTが一番近いだろうが、それよりも遥かに大きいこの巨大兵器は、現状においてハーミットにとっての最大の脅威だろう。

 そんな存在と、“友人”という組み合わせ。ハーミットはその理解に時間を要した。――正確に言えば、理解した上でその事をちゃんと認識できるようになるまでに時間を要した、だろうか。生体部品、強化人間としての調整を施されて常に冷静な判断を下せる頭は、心情を無視して冷酷な事実をハーミットにつきつける。そのつきつけられた判断を理解するのにハーミットは時間がかかった。

 それは、あまりにも受け入れがたい事実。

「お前、ラバーズを!」

『あぁ、このアルカナ機関製蹂躙兵器“ジャヴォック”の生体部品として組み込んでおいた』


 ――誰かが耳元で叫んでいる。

 “それ”はそのように感じていた。“それ”の行動原理はあまりにも単純明快で、視界に捉えた友軍信号のない機体を全て蹴散らす事。それ以外には何も命じられておらず、視界に漸く条件を満たしたものが映った事で漸く自身に命じられた役割を果たす事ができる――と身体を動かした。ジャヴォックと称された身体は鈍重で動きづらいと“それ”は感じていた。今までにない身体の重さに、煩わしさを覚えたものの“今までにない”と思考した事に僅かな引っ掛かりを覚えていた。

 そんな引っ掛かりを思考の片隅へとおいやった時、視界には見た事がある機体の右手に握られたアサルトライフルの銃口がそれを捉えていて、そこから放たれた銃弾を“煩わしい”と認識した瞬間、眼前でその弾丸は見えない壁に見つかったかのように宙で弾かれて落下してゆく。

 目の前には小さな機体がいて、その事を視認した“それ”は主口を大きく開いて(主砲を構えて)砲弾を吐き出した(トリガーを引いた)。ジャヴォックの頭部――口に装備されている主砲、三六○ミリ口部長砲身電磁投射砲(ロング・レールガン)から超高速の弾頭が放たれる。巨体というだけあって、その砲身はあまりにも長く、SGが携行できるサイズのそれと比べてより弾頭を加速させる事に長けている仕組みである。その機構から放たれた砲弾は正しく必殺の一撃に他ならない。

 だというのに、“それ”の眼前にいるSGは地を蹴って跳躍して回避してゆく。その様子を視認している“それ”の思考に浮かんだ機体名は、真迅改――機動性能に特化した強襲用の機体であり、その装甲はあまりにも脆いという事をはっきりと認識する。

『ラバーズ、聴こえるか!』

 ――何かが聴こえる。“それ”はそう認識した。しかしながら、そこまでだった。

 “それ”――ラバーズのなれの果てはその言葉の意味を理解できなかった。言葉を発するための部品や、身体を抱きしめる為の部品は全て、眼前に映る敵機を屠る為の武器に転じている。そして何より、自ら考えて動く為の脳は全て機械的に敵を屠る為の人工知能と一緒になってしまったのだから。


『無駄だ。確かにアレは君の友人だが、生体部品に過ぎない』

 生体部品と称されていても、強化人間という優れたSGのパイロットとしてアルカナ機関に貢献してきた、という自負がハーミットにはあった。アルカナ機関が非人道的でハーミットやラバーズをモノ扱いしている事は重々承知のつもりでいた。しかしながら、一人の独立傭兵として、戦況を一変させるパイロットの一人であるという自負を持っているからこそ、眼前にいる友人のなれの果てと認める訳にはいかなかった。文字通りの部品と化しているという宣告は、ハーミットに怒りの感情を抱かせるには十二分過ぎた。

 コックピット内に警報音が鳴り響き続ける。常にジャヴォックの主砲の先にハーミットの乗機があり、砲撃を紙一重で回避し続けているもののそれは彼女の体力気力を削りながらの操縦であり、これが長時間続くようであれば彼女に勝機はない。そもそも、先程までジグルズやクランといった最新鋭のSGと戦闘した後、小休憩をとったのみであるが故に、気力体力は既に万全でない。それを理解しているからこそ、彼女は考える事を止めない――が、そう簡単に解決策が思いつく筈もなく、再び乗機に地を蹴らせて跳躍する。

『どうした、心拍数が上昇しているようだが?』

 ハーミットの乗機である真迅改は、当時は因幡重工の最新型SGだったものをアルカナ機関が性能試験を引き受けてハーミットの乗機としたという経緯があった。その際に、後頚部と機体をケーブルによって繋ぐ事で脳波による操縦を可能とする機構が追加されたのだが、それにはハーミット自身の身体情報を取得する機能が含まれている。その中で、所長はハーミットの心拍数が上昇――つまり、彼女が焦っているという事実をデータで知り、そのように声をかける。既にハーミットを処分する気でいる所長にとってハーミットの身体情報は既に不要であるのだが、だというのにわざわざそのような情報をハーミットに伝えるという行為は嫌がらせ以上の意味を持たないという事を彼女は理解している。だからこそ、「うるさい」と切り捨てながら、ジャヴォックからの砲撃を全て避けながらも考え続ける。

 真迅改の武器はアサルトライフルとレーザーブレード、この二種類しかない。そして、アサルトライフルについてはバリアのようなものに阻まれてその弾丸はジャヴォオックを射抜くには至らず、ブレードもそこは変わらない。ベルゼブのようにバリアを生成する機械を破壊できるようならそれが好機ではあるが、やはりその巨体の正面には配置されていない事からどうにかして背面へと回り込む必要があった。ルート・ゼロのゲーム内での攻略法としても、その驚異的な火力を前に臆することなく接近して、懐に入り込んだ上で背後に回るというものがある。それを実践するだけでいい、というのは彼女には理解できている。しかしながら、リトライができるゲームとは違い、一発勝負である現状はあまりにも意味が違う。

 息を吐きながら、再びペダルを踏み込んで乗機に跳躍させて砲撃を回避する。口径が大きい長砲身のレールガンというだけあって、その弾速や貫通力はあまりにも驚異的であり、仮にシールドでガードをした所でそのシールドを貫通されてそのまま本体にもダメージが入るだろうという推測をし――ある事に思い当たる。

 今、砲弾は砲口から放たれていた。それは間違いなかった。ジャヴォックの頭部、口部とも言える場所にあるロング・レールガンから砲弾がハーミットの所まで吐き出されていた。その口部に照準を合わせて、ハーミットはアサルトライフルのトリガーを引いた。

 ――その弾丸は弾かれこそしたものの、確かに弾痕は刻み込んだ。


 口部ロング・レールガンへの僅かな着弾に、それは微かな痛みを覚えた。しかしながら、ダメージとしてはあまりにも軽微。ロング・レールガンを破壊するには至らず、そもそも本体へのダメージとしては皆無である。それがそこに割いた意識は微々たるものであり、あくまでも砲撃を敵機――真迅改へと的中させる事に対して意識を集中させる。

 主砲である口部ロング・レールガンや背面に備え付けられているミサイルランチャー等、様々な火器を用いて真迅改へと攻撃を浴びせてゆく。しかしながら、雨のように降らせたミサイルに関しては、引き付けてから逆方向に切り返す事でその全てを回避され、主砲も発射のタイミングを読んだかのように跳躍して回避し続けられる。

『どうした、敵はSG一機だぞ。早く仕留めろ』

 それに対して、“早く仕留めろ”という指示が入力される。両手の六○ミリ|腕部一体型回転式多銃身型機関銃ガトリングガンも真迅改へと照準を合わせて、全ての火器が真迅改へ向けて放たれる。だが、これもやはり決定打とはならず、ガトリングガンの数発がシールドによって弾かれるのみ。ミサイルや主砲は相変わらず的中する気配を見せない。そして、今度は腕部へと真迅改のライフルから放たれた弾丸が的中する。

 それの正面には、背面にあるジェネレータのエネルギーを用いた視認できない障壁がある筈だった。エルピスは従来の化石燃料同様にエネルギー資源として優秀な物質だが、発電の際に電力とはならないロスした分が微かに粒子として放出される。この粒子には、凝縮して指向性を持たせる事で強固な壁を生成できるという性質があった。つまり、ジャヴォックと称される巨体の正面に構えられている視認できない壁は、そのエルピスを用いたバリアである。

 その強固さはジャヴォックの持つロング・レールガンに対しても一発は耐えられるという試算がされており、仮にその一発でバリアが霧散したとしても、常にエルピスで発電している事からロスした粒子は再びバリア生成器から放出される――つまり、二枚目のバリアがすぐに用意されるという事だった。

 それにも関わらず、口部ロング・レールガンと腕部一体型ガトリングガンに真迅改のアサルトライフルが的中した。それはつまり、口部ロング・レールガンと腕部一体型ガトリングガンの射線上にはバリアは展開されていないという事だった。エルピスの粒子を用いたバリアは、視認できない強固な壁によって攻撃を防ぐというもの。バリア越しに攻撃ができる訳ではなく、バリアの隙間に主砲やガトリングガンがあるという訳だった。

 バリアのない部分を狙われている――とそれは認識した。だが、その事に対する手段をそれは持ち合わせていなかった。ジャヴォック本体への攻撃は機体正面に展開したバリアと正面装甲によって防御するのが基本設計であり、武器へ攻撃される事を想定されていない。このあたりは、ジャヴォックがあくまでも正式量産の機体ではなく、実験兵器である以上致し方のない欠陥とも言えた。また、一般的なSGであれば照準は自動的にジャヴォック胸部の正面装甲へと合わせられる事が多い中で、現在それの眼前にいる真迅改は手動照準で確りとバリアのない部分を狙ってきた以上、このような状況は間違いなく想定外と言えた。

 一発、二発とガトリングガンに向けてアサルトライフルの弾丸が叩き込まれる。装甲部分と比べると砲塔部分の強度は明確に劣る。甲高い音を鳴らしながら、腕部一体型ガトリングガンの砲塔が少しずつ歪んでゆく。真迅改を捉えるべく連射していたガトリングガンは、その弾を発射する際に歪んだ砲身の中で詰まり、爆発する。他の砲塔も巻き込む形で、両手のガトリングガンは使用不可に陥る。

 残された攻撃手段は、口部ロング・レールガンと背部のミサイルランチャー。カタログスペック上の連続発射間隔での連射を続ける事で、ロング・レールガンの砲身内温度は危険域に迫りつつあった。従来の滑腔砲やライフル砲とは違い、レールガンは比較的新しい技術でありその信頼性という点においてはやや劣っている。その実用性は大分証明されたものの、連射したロング・レールガンを真迅改が幾度となく回避し続けた事でその砲身内部の温度が高まっていた。砲身内の温度が高まれば、砲身の形状にも影響を及ぼす他、レールガンの仕組みそのものに影響を及ぼす事から、その使用については制限がかけられるようになっていた。

 敵機を仕留めようと、口部ロング・レールガンから砲弾を放とうとして、放てなかったという事にそれは気づいた。

『何をしている! 早く仕留めないか!』

 再び“早く仕留めろ”という指示が入力されるが、使用できる火器が現状では背面のミサイルランチャーのみ。上半身をぐるりと旋回させて真迅改を常に正面に捉えながら全ての発射口からミサイルを放つが、やはりその全ての間を縫うように真迅改はジャヴォックへと接近する。副砲というよりも牽制用として備え付けられていた三○ミリ機関銃でも弾幕を張って近づかせまいとするが、ロング・レールガンやガトリングガンと比べて口径が小さい事から威力もお察しであり、それらは真迅改の左腕に装備されているシールドによって弾かれる。幾つかの弾痕をつけるが、それだけ。そのシールドからはレーザー刃が展開され、その状態のまま真迅改が迫る。


 ハーミットがペダルを踏み、メインブースタを吹かして真迅改が跳躍した先はジャヴォックの頭部の前だった。

 眼前にはジャヴォックの頭部。口部ロング・レールガンが真迅改を捉えようと向けられているが、発射される気配を見せない。先程まで防戦一方、主砲を避け続けていたハーミットにとっては我慢勝ちとも言える展開だった。ハーミットにとってレールガンは使った事がある武器であり、その欠陥もよく知っていた。尤も、ジャヴォックがこのようにレールガンを酷使するかという点については確信がなく、“こうなったら理想的”程度の計画だったが、薄氷の上とも言える薄い道を駆け抜ける事に成功したのだった。

 というのも、ハーミットとしてはレールガンを連射する場面というのはそう多くなく、確実に的中する距離から敵機を貫通させる為に撃つというものであるから、ハーミット自身はその欠陥に苦しめられた事はない。同様に、ラバーズも本来的中しない状態で連射するようなパイロットではない。その筈だった。

 恐らくはラバーズ本人の元から備わっている思考能力は失われているのだろう、とハーミットは結論づけた。ハーミットは決して、この世界における全ての知識を持っている訳ではない。ルート・ゼロというゲームについてはプレイヤーとしてあらゆる知識を持っていたであろう“男性”の記憶という微かな参考資料を持っているに過ぎず、強化人間と称される生体部品についての細かな知識というのは、ゲーム中あるいはゲーム関連書籍に記載されていない箇所については一切の情報を持ち合わせていない。この世界においてはハーミットは一人の強化人間、一つの生体部品でしかなく、技術者でもなければ科学者でもない。だからこそ、眼前にいるジャヴォックの動く仕組みもわからなければ、ラバーズが今どのような状態にあるのかすらもわかりはしない。

 ――だが、そうであったとしても、ハーミットの意志は決まっていた。

「ラバーズを返せェェ!」

 とうに失っていたと彼女自身が思っていたもの。彼女の奥底に眠っていた、誰にでもある特別ではないもの。理不尽な現状に対して抱いている激情が、彼女が突き動かしていた。目の前の巨大兵器を倒した所でラバーズが助かる可能性は低いという事を、ハーミットの冷めている箇所が脳裏で囁く。諦めた方が良い、逃げてしまった方が良い、と。だが、そうであったとしても、眼前にいると思われる友人にも等しい存在の助かる確率が微かでもあるのならと彼女は愛機を動かす。

 シールド一体型レーザーブレードを装備している左腕を一振り、レーザーブレードによる一太刀をジャヴォックの口部ロング・レールガンの砲身に浴びせる。強固な正面装甲を持つ戦車等であっても一太刀で一刀両断する切れ味を持つレーザーブレードに、砲身が耐えられるはずもなく真っ二つに切断して先端が地面に落ちてゆく。それを視界の端に入れながらも、警報音を耳にした瞬間、ジャヴォックの頭部を蹴りながらブースタを吹かしてその場を離れる。ジャヴォックの頭部を巻き込む形で砲撃が放たれていて、ハーミットが回避した事でジャヴォックの頭部へと直撃した。

「邪魔をするなァ!」

 砲撃が来た方へと咄嗟にアサルトライフルを向け、ハーミットはトリガーを引く。視認できていた訳ではないが、ハーミットの推測が当たっていたのか、アサルトライフルから放たれた弾丸が着弾するよりも前に、着弾予想地点から一機のSGが飛び出てくる。

『全く、予備戦力まで使わせられるとは。やはり君はイレギュラーだ』

 所長からの通信に対し、「最初から全て投入しておけば良いものを」と至極尤もな事をハーミットは返す。ハーミットがジャヴォックに対しここまで優勢に戦えていたのは、前提としてハーミットが特別に優れたパイロットだったからというのもあるが、一対一という一機相手に集中できるという環境だったからというのも大きい。仮にジャヴォック一機とSG三機といった布陣でハーミットを囲んでいた場合の勝機はなかっただろう――といのが、ハーミットの見立てだった。画面上に映るマップへ視線をチラリと移せば、先程飛び出て来た一機のSGを含めて新たな敵性反応が三つ。ちょうど、ハーミットが脳内でシミュレートしていた通りの三機。――つまり、この戦力を初めからハーミットにぶつけていたのなら、ハーミットに勝ち目はなかったという訳だった。

次話、007[生体部品強奪/Rusted Parts]/2(最終話)

2025/02/01 21:00頃投稿予定

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