006[新型兵器公開演習襲撃/Disposal]/2
いつかはアルカナ機関によって自身は消されるかもしれない、と思っていたハーミットとしても、このような形で消そうと考えていたとは考えておらず、驚きを隠せない。ハーミットとしてはあるとすれば、アルカナ機関の施設内で就寝中にでも薬を盛るといった番外戦術だった。SGの操縦技術以外にはろくに教えられていないハーミットは、飲食物――といっても水分補給の為の水と糧食しか口にしないのだが――に毒を混ぜられてしまえばそれに抗う術はない。少なくとも、こうして刺客を送り込む方が手間はかかっているように彼女には感じられた。
しかしながら、現実として刺客を差し向けられていた。それはハーミットにとっては本当に予想外であり、驚かざるを得なかった。
その隙をつくべく、潰し切れていなかった砲台からの砲撃が彼女を襲うが、これをこれまで通り回避し続ける。地を蹴り、ブースタを吹かしながら直線的な動きを避け、移動先を読ませないように動き続ける。
彼女――ジャッジメントの駆る機体、クランは実際には見た事ないにせよ、“ルート・ゼロ”の知識を有するハーミットの記憶の奥底からその機体性能を読み取る。
リオネル社製新型SG“クラン”。それは、コンセプトとして産んだメーカーこそ違えど同グループの機体である“ラファル”の正当後継機とも言える高機動型に分類でいるSGである。先程まで相手にしていたジグルズとは正反対ではあるものの、これまでの高機動型SGと比べると比較的強固な装甲を持つ最新鋭機。“ルート・ゼロ”のオンラインランクマッチでの人気も高く、プレイヤーとしてはよく知る機体であった。
そして、眼前にいるクランはと言えば、右腕にショットガン、左腕にはサブマシンガンを携行している。背部の片割れには長い筒のようなものが取り付けられている。この武器に関して言えば、記憶の奥底にもない代物であったものの、とりあえずは相手を“強い”と断定した。その未確認兵器がどれだけ強いか、弱いかを考えている暇など、今のハーミットにはない。
悩む時間はないと意を決しハーミットは一対四ではなく、一対一を繰り返すような展開に持ち込もうとする。だが、それを安易にさせまいとするのが敵の考え。ラファルはその高い機動力で一気に真迅改へと接近する。ハーミットが砲台に意識を向けているからこそ、本来の速度差からは考えられないような光景が繰り広げられる。ラファルの右腕に携行されているショットガンが真迅改を捉えようとして、その寸前に気づいたハーミットはシールドを構えてそれを受け止める。しかし、残るラファル二機も別々の方向から包囲するかのように背部携行用ミサイルランチャーから誘導弾を発射してゆく。
真迅改へ自動追尾で迫る弾頭に対し、ハーミットはまずは機体の進路を右へ向けて引き付けると、頃合を見て逆方向へ機体を動かしてするりと誘導弾を回避する。“ルート・ゼロ”というゲームにおいて、プレイヤーにとっては必須スキルとも言える誘導弾の回避の仕方そのものである。これを実際のペダルや操縦桿で器用にやってのけるあたりにハーミットの並外れた実力が窺える。
しかしながら、攻撃はそれで終わりではない。誘導弾とは別に、ラファルの右腕に携行されているサブマシンガンによる弾幕が真迅改へと襲い掛かる。決して威力があるわけではないものの、軽量で装甲強度に難のある真迅改がまともに受けて良いものではない。シールドを掲げ、弾幕をなんとかシールドで弾き返しながら近くのラファルへと遅いかかろうとする。メインブースタを吹かし、背後に回り込もうとしたところで警報音が鳴り響いて咄嗟に進行方向を切り替える。すると、襲いかかろうとした相手の背後をクランの背部に携行されている滑腔砲の砲弾が通り過ぎる。
『やはり簡単にはいきませんね。警報音からの反応速度が段違いだ』
淡々と、ハーミットを値踏みするかのようなジャッジメントの声がハーミットの耳に届く。ジャッジメント自身は意識していないだろうが、その淡々と評価されているという状況に対してハーミットは不快感を覚えていた。
ハーミットの特筆事項として挙げられるのは、やはり類まれな操縦技術と反応速度だった。決して身体能力は他の強化人間に比べて優れている訳ではない。身体強度はパイロットスーツによる身体保護と彼女の操縦技術込でなんとか身体が壊れない程度でしかなく、生身での戦闘については戦闘訓練を受けていない一般人と比べても脆弱である。そんな彼女がここまでSGの操縦者として長く活動できているのは、身体能力と違って明確に数値で表す事が難しい分野にこそあった。
アルカナ機関は第二第三のハーミットを生み出すべく強化人間技術のブラッシュアップに全力を注いだ。ただ単にハーミットと同等の身体能力を持つ強化人間、生体部品を多く生産した。しかしながら、ハーミットに匹敵する力の強化人間はおらず、結果として大半が早々に戦線離脱した。それでも、何度も繰り返しハーミットの戦闘データ等を参考に、より最適化された強化人間を生み出すべく地獄のような強化人間の生産がハイペースで行われた。
そうして漸く完成品に至ったのが、たった今、ハーミットを消そうと動いている少女――生体部品の“|A-SGLP-8-20《アルカナ機関製SG生体部品第八世代二○系型》”、ジャッジメント(審判)だった。
両社を単なる兵器として敢えて表現するならば、新品同然のジャッジメントに対し、長年の戦闘によって経年劣化したハーミットという比較になる。そして、それはアルカナ機関の考えるジャッジメントに対する最終試験とも言える戦いだった。今よりも劣悪な環境で生産されたにも関わらず、ここまで一線級であり続けた異端者、それを乗り越える事はアルカナ機関の強化人間生産部門にとっての悲願だった。同時に、ハーミットという廃品同然の部品を最後に活かそうという作戦でもあった。
そういった裏事情を、ジャッジメントは特に知り得ない。ジャッジメントからすれば、ハーミットをこの手で倒す事によって“ジャッジメント”という名義に対して箔をつけるという意味しか知らない。ここで、一対一に拘るような子供っぽさは一切ない。上層部からの指示で、「そうしろ」と言われたら「そうする」以外の選択肢を持ちえない。それが、一般的なアルカナ機関の強化人間の常だった。
故に、ジャッジメントの思考は極めて単純だ。
――眼前のハーミットを撃破しろ。
ただそれだけだ。口はよく回るものの、そこにジャッジメント特有の感情がある訳でもなし。あったとて、それは周囲との会話を円滑にするためだけに設けられた機能の範囲内でしかない。
ともあれ、考える事が少ない以上、ハーミットの動きを観察してから行動に移るまでの思考時間を極力短くすることに成功できている。SGという最強の陸戦兵器の戦闘はそれだけ一瞬が生死を分ける戦いであり、そう言った状況においては思考はシンプルである方が迷いは少なく、相手に恐怖を与える。脅威に感じさせる。
それにも関わらず、ジャッジメントとハーミットの戦闘は長引いていた。随伴機のラファル三機がいて尚、ジャッジメントの眼前にはハーミットの駆る真迅改が映ったままである。しかも、クリムヒル四機とジグルズ一機を相手にした後の連戦でこの状態なのである。マシンスペックや、身体能力を考えればまず間違いなくジャッジメントの側が優勢なのは間違いない。攻勢に出ていて、傍目から見ても優勢なのはジャッジメントの側だろう。だが、それだけでは片づけられない粘り強さのようなものが、ハーミットにはあった。
「くそ……っ」
なかなか減らない敵の数に対し、苛立ちを漏らすハーミット。これまで以上の窮地が、彼女の奥底に霧散していた筈の“男性”の記憶を呼び覚ましているのか、あるいは単にハーミット自身が戦いの中で成長しているのか。真相はわからないまでも、今のハーミットにはこれまで以上の人間らしさが見てとれ、これこそがアルカナ機関の考える稼働限界、異端と言える箇所であった。
兵器はただ兵器としてあるべき。
感情による揺らぎはマイナスでしかない。
そういった思想であるアルカナ機関にとって、こうして感情的になることは強化人間の稼働限界、寿命と考えていた。
対するジャッジメントにはそういった様子は見受けられない。この状況が続けば、いずれハーミットを倒せる筈と信じて疑わない。いや、より正確にいうなれば、“疑う事を知らない”、だろう。彼女達にとって確りと数値に現れるデータというのは絶対であり、そのデータに基づいてこの作戦が決行されているのだから、信じて当然なのである。だからこそ、ジャッジメントとその随伴機の動きには余裕が見てとれ、ハーミットはその隙のなさに苛立ちを覚えつつ、それを理性で御していく。
周囲に散開しているラファルからの散発的な攻撃。一見無造作に見えるそれは、ジャッジメントの駆るクランの下へと誘う巧妙な罠。それを初見で読んだハーミットは、ラファルからの攻撃を容易に回避できる見えた道を選ぶ事なく、強引に盾を構えながら一機のラファルの下へと接敵する。その際、ラファルの構えている滑腔砲から放たれた噴進弾を盾を少し斜めに構えると僅かに弾道が逸れて明後日の方向へとすっ飛んで行く。連射はできない、と判断してハーミットはペダルを強く踏み込み真迅改のメインブースタを最大出力で吹かす。その意図を察したジャッジメントだが、反応が遅れる。あくまでもハーミットは自身の用意した回避ルートを進んでくると予想しており、そういう連携作戦だった。その通りに動かなかったという事実に、身体がついてこない。それは、接近されたラファルのパイロットも同様。そして、その隙を見逃さないハーミットではない。
器用に乗機に地を滑らせ、ドリフトターンを決めながらラファルの背後をとると、流れるような動作でレーザー刃を背後から一刺しする。その直後には速やかに後退してラファルの爆発から距離をとる。漸く一機撃破したという事で、ハーミットは小さく息を吐いた。
『……やはり、あなたは異常だ……!』
これに対し、不思議なものを見た気分で声を荒げるのはジャッジメントだった。彼女にとって、SGの操縦というのは綿密に組み立てられたプログラムのように正確無比なものである。要は、特定の状況ではその状況に最適な行動を必ず実施するという無人操縦プログラムを参考にした、いかなる状況でもブレない操縦である。
それはそれで、利点はある。考える事がよりシンプルになり、思考時間が短くなるのは勿論、操縦に意識をより割く事ができる。事実、そのおかげでジャッジメントやラファルはハーミットに対してずっと攻勢を保ち続けていたのだから。
しかしながら、弱点もある。それは、想定していない状況になった場合には、対応策を用意できないという点だ。
無論、一切対応策を用意してはいた。ここまでの戦いでそういった対応策によって対処できていたケースは少なくなかったのだから。しかしながら、このタイミングで対処できなかったのは、ここまでの戦いでジャッジメントたちにもある程度の消耗があったという点。もう一つは、単純にハーミットの戦術の引き出しが多いという点だ。
かつてはゲームという形で“ルート・ゼロ”という世界、SGという機体の特性を薄れながらも記憶していた事によって、ありとあらゆる戦術がハーミットの身体にはしっかりと刻まれていた。その結果、ジャッジメントたちはその稀有な戦術、動きによってラファルを一機失う事となった。
たかが一機。しかしながら、この一機は大きな意味を持っていた。それは、一対多という状況でありながら、すり抜けるように一機を撃破したという事は、数が減っていけばよりハーミットには利があるという事。ハーミット自身の消耗も考えるべきではあるものの、クラン、ラファル二機の動きを見てみれば、当初と比べてハーミット以上に反応速度や操縦精度には陰りが見える。それを自覚しないまま、ハーミットの動きに追従できなかったジャッジメントは現状に怒りを覚える。
それは、ジャッジメントに本来持ちえない要素。感情の発露だった。
「おかしい、おかしい、おかしい、おかしい!」
ジャッジメントからの悲痛な叫びのような、駄々をこねる子供のような声を挙げる。それは、誰の耳に届く事もない。ただ、ジャッジメントの脳波を逐次計測しているアルカナ機関だけが、ジャッジメントの稼働限界を察知していた。稼働限界と判断したハーミットが消耗しつつも戦い続けているのに対し、新品同然だった筈のジャッジメントが稼働限界を迎えてその動きが荒くなっているのはあまりにも皮肉だろう。
「倒してやる倒してやる倒してやる倒してやるゥ! ハァアーミットォオー!」
クラン一機、ラファル二機による連携を継続していけたのなら、勝ち目は十二分にあった。本来ならばハーミットの方が消耗していた筈であり、先に戦闘継続が困難になるのはハーミットが先になる筈だったのだから。しかしながら、感情に振り回され、本来の正確無比な操縦が発揮されないとなれば、戦況は先程までとは真逆になるのはあまりにも自然な事だった。
先程から相手の動きが荒い、連携戦術による圧を感じなくなってきている――とハーミットは確りと察していた。
それがどのような理由かはわからないにせよ、これは好機と気を引き締め直す。自らの消耗も理解している、それでも尚、その限界状態にあっても粘り強く、泥臭くも勝ちを拾いにいこうとする。それが、それこそが数値では測れないハーミットの強さの一端なのは間違いなかった。
先程までのように、ラファルが取り囲んで滑腔砲で真迅改の脚を止めようとするが、各々の位置取りが先程までと比べて甘くなっている。このまま放てば同士討ちになる以上、そのトリガーを引くまでに数瞬を要する事になる。今撃ったらまずい、少しずらして撃たなければ、という本来なら不要な筈の思考と動作を要求される。そのような隙を、ハーミットが見逃すはずもない。
真迅改が地を掛け、蹴り、ブースタで跳躍する。滑腔砲を構えていたラファルの頭上をとり、ライフルを打ち下ろす。ラファルの頭部に直撃し、頭部に集約しているメインセンサー類が機能不全を起こす。胸部にサブセンサーがあるもののそれへの切替が為されるよりも先に、ラファルの背後へと着地、速やかに旋回すると共に予め展開していたレーザー刃で水平斬りする。ラファルの上半身と下半身が真っ二つに割かれて上半身が地に落ちながら爆散する。その爆発に紛れるように真迅改はその姿を消す。
怯えたかのように得物を乱射するラファル。その背後にするりとハーミットは乗機を滑り込ませる。コックピット部分に直接シールドのレーザー刃の口を叩きつけると、そのままレーザー刃を展開させてコックピットに風穴を開ける。
これで、漸くハーミットとジャッジメントの一対一。どちらがより優れているか、という点においてはより正確に測る事ができる状況となっていた。
互いに消耗済。
どちらも高機動型に分類される機体。
アルカナ機関はどちらともに稼働限界という烙印を押している。
あまりにも比較しやすい状況。しかしながら、その精神状態に関して言えば、アルカナ機関の想定外な部分でハーミットが強みを見せていた。そして、それこそがアルカナ機関が今日まで知り得なかったハーミットの真の強さ。強さの源。
人間である以上は逃れられない感情という課題。ハーミットは表向きには人間らしさに欠け、感情の起伏が見られない。だからこそ、脳波等で感情による揺らぎを観測した以上はハーミットの稼働限界はまもなく、とアルカナ機関が判断したのは無理もない。しかしながら、その感情を御しているからこそハーミットは強いという事実をアルカナ機関は知り得なかった。いや、今この瞬間ですらハーミットの強さを技術では説明できないナニカとして処理しようといていた。
「とっとと倒れろよハーミットォ!」
自らがハーミットと同じ、あるいはそれ以上に稼働限界とアルカナ機関に判断されているとは知らず、自分こそがアルカナ機関の最高傑作であると信じて疑わないでいるジャッジメント。彼女は自らの乗機の背部に携行されていた長い筒のようなものを腕部に持ち替えて構える。筒の先端からはレーザー刃が展開される。
リオネル社製|試験型レーザー刃展開装置。通称“ゲイボルク”。ハーミットの乗機、真迅改が携行しているレーザーブレードがシールドを兼ねているのとは違い、徹頭徹尾レーザー刃を展開するためだけの武器。故に、その貫通力や切断力といった性能は、まず間違いなく真迅改のそれを上回る。
それを目視したハーミットもまた、ライフルは背部に移して両腕にシールド――レーザーブレードを携行する。
レーザー刃同士が接触した場合には互いにすり抜ける。チャンバラのような事はできない。故に、ハーミットは考える。
迫るクランとレーザーランスの刃。これを、レーザー刃には触れないように、機体を屈めながらクランの腕部を器用に左腕のシールドで押し上げる。ほんの少しでも反応、操縦が遅れていればレーザーランスに貫かれてもおかしくないタイミングでのそれは、正しくハーミットだから為せる神業と言ってもいい。そして、残っている右腕をクランの胸部へと押し当てながらレーザーブレードを展開する。
『そん……な……!』
そんな断末魔が、通信越しにハーミットの耳へと届くが、集中を増していたハーミットの心にまでは届かなかった。
一通りの戦闘を終え、レーダーには敵影がないことを確認したハーミットの下へ、『まさか、ここまでやるとは』と通信が入る。
聞き覚えのない声、しかしながら状況としては自らに敵対している組織の者だろう、と判断して沈黙を守る。ここで何かを話す事で利を得る事はない。相手に情報を与えるだけだ、と感じていた。それが正しいかはともかくとして、『嫌われたものですね……そのような昨日はない筈なのですが』と声の主が漏らした事で、ハーミットは声の主がアルカナ機関であると断定する。
『全く、どいつもこいつも仕様にない機能を持つとは。兵器の分際で』
「それで?」
“兵器の分際”という言葉に僅かながらの苛立ちを覚えたハーミットは口を挟む。相手から情報を漏らしてくれたおかげで、相手が純粋に自らの敵であると判断できたが故に、つい漏れ出てしまた言葉であった。これに『ん? ああ、そうだな』と返す。
『この場でハーミットを排除できなかったのは痛手だが、こちらにはまだ切り札がある。逃げられるものなら逃げてみればいい』
その言葉に、ここまで考えないようにしていたこれからのアテがないという事実に「く……」と歯噛みする。これまでのハーミットが傭兵として活動できていたのはアルカナ機関という研究施設が彼女自身のメンテナンスや乗機のメンテナンス、移動手段などを担っていたからだ。ハーミットはここで独り野に放たれたとして、待ち構えているのは孤独な戦い。更に、どこかの企業に拾われた場合には人体実験が待ち受けている可能性が高く、真っ当な生活は送れないだろうという事は目に見えていた。
『稼働限界を迎えている第一世代はもう一人いる。こちらで面白い事ができているからな。この場では見逃してやるとも』
「……え?」
そして、唐突な声の主による暴露にハーミットは心底から同様した。
第一世代、もう一人。この時点でハーミットのよく知る人物である事がよくわかる。
そして、面白い事。
それは、ハーミットにとっては面白くない事を意味する言葉だった。
『くくく、これで感情が更に揺れるとはな……本当に活動限界だったのだなハーミット。これまでよく稼働し続けてくれた。ではな』
ぷつり、と通信の切れる音がハーミットの耳に届いているにも関わらず、通信が切れた事に一瞬気がつけず「おい待て――」と声を荒げるが、声の主からの言葉は返って来ない。苛立ちを募らせながら、少なくともここからは脱出しなければと作戦領域外へと機体を出そうとしたその瞬間、『すまない、待たせた!』と聞き覚えのある声がハーミットの耳に届く。
「――あなたは」
『突然、アルカナ機関の輸送船から攻撃を受けてな。それを掻い潜ってこっち来た。何かあったんだろ?』
それは、作戦開始前にあまりにも人間味のある言葉をハーミットにかけた通信士兼運転士の男性だった。今は、ハーミットにとってそれが非常に頼もしく感じられた。そして、ハーミットは心の奥底から湧き上がってきた感情を口からそのまま吐き出した。それは、長い間ハーミットが無意識に閉じ込めて来たものだった。
「……アルカナ機関に襲撃をかける。付き合ってくれる?」
『あぁ、いいぞ。まずは輸送船を奪いとるか。カタパルト、必要だろ?』
既にアルカナ機関からの攻撃を受けていただけあって、通信士の彼はノリよくそう答え、『あ、そういや』と続ける。
『悪い、名乗るの忘れてたな。俺はマルト。マルト・キャリーってんだ』
「よろしく、マルト。……じゃあ、一旦回収お願いできる?」
ヘリコプターのアームで機体を固定し、宙に浮く。コックピット内に用意してあった飲料水と糧食に手を伸ばしながらハーミットは目や脳を休ませる。それでいながら、頭の片隅は確りと輸送船を奪いとりカタパルトを使うための作戦を立てつつあった。
輸送船の保有する戦力は一切ない。輸送船に積載されていたのは、マルトの運転するヘリコプターと、ハーミットの真迅改だけだったのだから。一応、輸送船自体に迎撃用の機関砲が数門設置されているものの、その程度であればハーミットの敵ではない。更に言えば、輸送船を強奪してしまえば、輸送船の内に積んである真迅改の予備部品や弾薬も使えるようになる点も考えて、今後どのように動くにせよ必要な物資を得られるのはあまりにも大きかった。
『よし、輸送船が見えた。ここから輸送船まで飛べるか?』
マルトがそう言うと、ハーミットは「もう少し近づける? 接敵されるまでのメインブースタへの負荷と、迎撃された時を考えると足場が無さ過ぎる」と返す。輸送船の側も有利な海上から大きく動く事はない。このままでは、ハーミットは輸送船にとりつく事も叶わない。しかしながら、ヘリコプターが輸送船に近づくのはあまりにも危険だ。ヘリコプターに固定されて身動きのとれない真迅改へダメージを入れる事は勿論、下手をすれば、先にヘリコプターを撃ち落とされてしまう可能性もある。だが、『任せろ』とマイトはただ一言応える。
輸送船に備え付けられている対空気銃がヘリコプターを襲う。しかしながら、対空気銃による弾幕を器用に避けていく。元々真迅改とヘリコプターを輸送する為の船、戦闘用の船舶ではない。乗組員も戦闘に優れる人員ではない事を踏まえれば、作戦領域近辺まで単独で飛行するヘリコプターの運転士の方がより技量に優れ、肝が据わっているのも一理ある。
十分に近づいたと判断したハーミットは「ここまででいい!」と叫ぶと、『わかった! 拘束解除!』とマイトが返し、大きな音を立てながら固定されていた真迅改が自由になる。その瞬間に、ハーミットはペダルを踏み込んでメインブースタを最大限に吹かす。機体が加速し、宙へ飛び出してゆく。対空気銃が慌ててその照準を真迅改へと向けられるがヘリコプターよりも小さな的で、超加速してくるものに対して素早く合わせられるはずもなく、弾幕が真迅改の少し後を追いかけるような形となる。そうすれば、弾幕はいつか真迅改においつく。しかしながら――輸送船にとりついてしまった後だと、話は変わる。
輸送船の甲板の上へと辿り着き、機体を着地させる。そうなると、対空機銃はピタリと撃つのをやめる。なぜならば、撃ち続けてしまえば、船体や甲板、艦橋を破壊してしまうのだから。乗組員も、自らの命と引き換えに真迅改を――ハーミットを仕留めようという覚悟がキマっている人間などではない。艦橋へとアサルトライフルの銃口を突きつけてしまえば、乗組員も大人しくせざるを得ない。
「この船は私達が乗っ取った。指示に従ってもらう」
『そういうこった!』
ハーミットが宣言するのに合わせて、マイトがヘリコプターを輸送船の甲板へと着地させた。無事に輸送船を奪った事でハーミットは安堵の息を吐く。だが、勝負はまだこれから。アルカナ機関へ殴り込みをかけるという大一番が残っている。自らの頬を軽く叩き、気合を入れ直すのだった。
【TIPS】
Disposal
廃棄。アルカナ機関にとってはハーミットを廃棄する事ありきの作戦であった。
結果としてハーミットが大暴れして全てがおじゃんになりましたとさ。
ジグルズ(機体)
騎士甲冑を思わせる意匠の機体。防御と機動性を高めておけば強いの精神。
実際、間違っていないがレーザーブレードは防御無視みたいなとこあるから……。
尚、正式採用される模様。
クラン(機体)
シルエットとしては細身。防御は最低限、機動性を高めた方が強いの精神。
結局こちらは高機動でピーキーな機体なので、ジグルズが正式採用されるのは自然な話。
ジャッジメントはハズレくじを引いたとも言える。
ジャッジメント(人物)
最新鋭の強化人間。ハーミットに代わる最高傑作……になる筈だった。
ゲーム『ルート・ゼロ』内でも登場し、それなりに強キャラ感を出してはいた。
尚、猛者プレイヤーの前には単なるSG乗りの一人としてカウントされる。
次話
007[生体部品強奪/Rusted Parts]/1
007[生体部品強奪/Rusted Parts]/2(最終話)
2025/02/01 18:00,21:00頃投稿予定




