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005[調査拠点強襲/Coming unknown]/2

「なんだ……?」

 敵のヴァルチャが何者かに射抜かれた瞬間を、ハーミットも見ていた。一瞬、ラバーズからの援護射撃かと考えた彼女だったが、だとすればラバーズからの何らかの通信が入るというのが自然である。何より、『なんなのよアレは!』というラバーズからの驚愕する声も耳に届いた為、ラバーズではないというのが確定した。だが、そうであるならば何者かというのが重要だった。そして、マップ上に所属不明、アンノウンを示すものが一つ、新たに現れていた。

 ――それは、今まで誰もが――いや、“プレイヤー”としての記憶を微かに持つハーミットを除いた全員が目にした事のない代物だった。

 それは宙に浮かび、機体の正面には大きな砲塔を三つ備え付けている。竜の頭のようにも見える機体先端部に主砲と見られる一番大きい口径のものが一つ、翼のようにも見える側面にある大きな部位にも左右それぞれ一門ずつ。明らかに、パシングの主砲を上回る代物が三つもあるというのは火力面においては非常に強力なのは間違いなく、本体もパシング三つ分よりも明らかに大きい。推定で全長一○○メートル以上はありそうだとハーミットは考える。

 巨体の側面にある大きな翼や各部にブースタが備え付けられているように見えるものの、どのような原理で浮いているのか、飛行しているのかというのは、初見では理解する術がない。この機体の襲来はAA側にとっても想定外だったのか、これまでハーミットらに攻撃をしていたパシングの二両とも意識が未確認機に向いているようだった。しかし、その瞬間に未確認機の砲塔からは弾頭が放たれて、それがパシングへと向かう。一両は回避に成功するが、もう一両は比較的装甲の薄い車体直上を貫かれて撃破される。

 先日苦労して撃破したパシングをあっけなく撃破した巨大兵器、それを見て彼女の奥底で微かに残る記憶がある名前を脳裏に浮かべる。“ベルゼブ”。それが、ハーミットの眼前にいる巨大兵器の“ルート・ゼロ”ゲーム内における正式名称。“男性”の頃の記憶によれば、とある神の蔑称に由来すると思われていたそれは、ゲーム内においても猛威を振るっていた。豊富な火器はそれだけでプレイヤーにとっては脅威であり、多くの初見プレイヤーはこの巨大兵器を前に何度も立ち向かう事になった。どうやってこの巨大兵器を倒せたか、といった部分を彼女は薄れゆく記憶から手繰りよせようとするが、思い出せずに舌打ちを一つ。微かに残る記憶のせいで、余計に苦労を背負っている事を考えれば、こういう時位は役に立って欲しいものだ、と苛立ちながらもそれ以上は感情を表に出さない。

『どういう事よ……?』

「少なくとも、AAの機体ではなさそうだが……」

 ラバーズの困惑する声に返しながら、ロックオンされた事を示す警報音が鳴り響いて耳に届いた瞬間、ハーミットは咄嗟にペダルを踏み込む。地を蹴って跳躍すれば、先程までいた場所を弾頭が通過していた。あまりの弾速に、恐らくはレールガンだろうかと頭の隅で考えながら、本題としてはこの未確認機をどうしようというのが一番の課題であった。

 幸いにして、この未確認機が大暴れし始めた事によって、AAの湧出調査拠点はもう壊滅状態にあった。残り一両のパシングは徹底抗戦の構えで、主砲やミサイルランチャーを放っているが、それらの攻撃が何故か未確認機には届かない。機体前方に何やらおかしなものがあるらしい、という事だけを一旦彼女は記憶する。ともあれ、乱入者のおかげで作戦目標については孤軍奮闘しているパシングさえ倒せば全て達成できるという状況になってはいた。

 だが問題は、この未確認機はハーミット、ラバーズ両名をも攻撃の対象に含んでいるようだった。これでは、パシングを撃破した所でビーコンを射出して撤退するような余裕がどこにもない。

 すると、コックピット前方ディスプレイの隅が点滅し出したのを彼女は視認した。清暦から災暦にかけての混乱期を経た現在、共通回線というものが存在していた。如何なる所属であろうと共通回線への通信を飛ばす事で、受信側がそれを受けさえすれば周辺の通信機器との通信ができるというものだった。どうやら、AA側の誰かなのではないか、とハーミットは判断してその通信を受ける。

『お前ら、聴こえるか。こちらAA社のNBT乗員、ジョンソンだ』

 耳ならぬ声に、ハーミットは「ああ。こちら独立傭兵だ」と返す。『子供……?』という声も通信機器が拾ったのをハーミットは耳に入れながら、「要件は?」と問いかける。

『アレをお前らは知ってるか。俺らは知らない』

「こちらも知らない。そもそも、あの未確認機は無差別のように見える」

『確かにな。だから、ここで提案だ。一時的に共闘できないか?』

 その提案に、通信先――パシングの乗員の一人から『車長!』と非難する声が挙がるのを意識の隅に追いやり、眼前の未確認機からの砲撃を回避しながら「僚機に確認する」と返して一旦通信を切る。「ラバーズ、どう思う?」とラバーズに問いかけてみれば、『正直、選択肢はないわよね』という回答が返る。ハーミットもそれは元から理解できていた。即答しなかったのはあくまでも形式的なものであり、ラバーズの連絡を取り合う時間を設けたかっただけだった。

 上空に浮かぶ未確認機からの無差別な砲撃。その発射間隔の合間には機体側面から大量の小型ミサイルが放たれて、それらがこの拠点内に降り注ぐ。施設は既に壊滅状態であり、AAにはまともな防衛戦力が残っていない。上空からの砲撃を避けつつ、器用に装甲の厚い箇所で小型ミサイルを受け止めるという形で孤軍奮闘するパシングがいるにせよ、長時間戦えば疲弊するのは目に見えている。SGを回収する輸送ヘリが来ない事には撤退ができないハーミット、ラバーズにとっては、現状頼りになるのは先程まで敵だった筈のパシングしかいないという事だった。

「先程の件、了承した。僚機含め、あの未確認機の撃破に協力する」

『……感謝する』

 未確認機――ベルゼブを視界からは外さず、延々と続く砲撃とミサイルの雨を回避しながらパシング乗員からの通信をハーミットは聞く。

『結論から言えば、アレは恐らく正面からの攻撃を受け付けない。どのような原理なのかは検討もつかないが、背後に回り込む必要がありそうだ。しかし、パシングの最高速度ではアレの背後へ回り込むより先に頭上から攻撃が降って来て終わりだ。そこで、背後に回り込む役というのを、頼みたい』

「念の為聞くが、報酬は?」

『未確認機が撃破されたら、乗機を放棄して離脱しよう。これでどうだ?』

 そもそも、ベルゼブを撃破できるかは怪しい。更に言えば、ハーミットがベルゼブの背後に回り込む際の陽動は当然ながらパシングが正面から攻撃を加える事になるのだろうが、撃破するまでの間パシングが無事であるという保証もない。つまり、実質的に報酬は一切ない依頼という事になる。しかしながら、ハーミットとラバーズの二人だけで同様の作戦を行えるかと言えば怪しいのもまた事実。あくまでも一機のSGに過ぎないラバーズのヴァルチャと大型戦闘車両で火力面の充実しているパシングとでは後者の方が火力に優れており、パシングの方が今回の場合では優秀な陽動役と言える。そういう事もあって、ベルゼブの正面から攻撃をして陽動してくれるというのが最大の報酬とも受け取れた。

 ラバーズからは『私も正面からの陽動に加わるわ』との通信がハーミットの耳に届く。深く息を吸って、吐く。


『了解した。こちらは一旦施設残骸の裏に潜み、メインブースタを冷却する。未確認機への強襲の一○秒前に再度通信を入れる』

 真迅改のパイロットからの通信が切れて、マップ上に映る真迅改の反応は施設の残骸の裏――未確認機からの砲撃が直撃しないコースに潜むというのは確からしい、とパシングの車長――ジョンソンは認識する。

「車長、本当にいいんですか! アイツらは襲撃犯ですよ!」

「襲撃犯だが、傭兵に過ぎない。利さえあれば、こちらを裏切るような事はしないさ」

 確かに、AAにとって今回のSG二機は襲撃犯であり敵である。しかしながら、あくまでも独立傭兵という事を考慮に入れれば話は別である。この苦境を生き延びた後、報酬さえ積めば逆に今度はAAに利のある行動をしてくれる――それが、独立傭兵というものだ。それに対し、現状最大の脅威である宙に浮く未確認機はそうでない。所属もわからず、目的もわからない。襲来する予兆もなく、まさに神出鬼没。そのような脅威を野放しにした場合、どのような被害が出るのか――想像するだけで、ジョンソンは吐き気を覚えた。

 苛立ちを見せる操舵手に対し、ジョンソンは「今はアレの方が野放しにできないだろ!」と一喝すれば、不満気ではあれど操舵手は真剣な顔でレバーとペダルの操作に集中したのか、反論はそこで止まった。ふう、と息を一つ吐きながらジョンソンは宙に浮かぶ未確認機を画面越しに睨みつける。

 宙に浮かんでミサイルの雨を降らせつつ、大きな主砲で敵機を射抜く――その姿はパシングが求められていたもの、その完成系のように彼には感じられた。ブースタを用いる事でこれまでの戦闘車両にない走破性を獲得したパシングだが、流石に浮遊し続ける事は想定されていない。しかしながら、浮遊し飛行する兵器というのは、如何なる地形にも左右されない強力な兵器であるのは間違いない。

 パシングはAAにとっては新時代を築くであろう新製品であり、主力製品である。だというのに、眼前にいる未確認機はパシングよりも先にある兵器という事実に対し、ジョンソンは恐怖を覚えていた。一体、どのような陣営がこのような兵器を用意したのか、と。少なくとも、パシングはAAの技術の集大成であり、それを上回るものなど簡単には作れないはずだと車長は考えていた。だからこそ、未確認機に対しての恐怖を車長は拭えない。だが、その恐怖を塗りつぶしながら乗員へと命じる。

「砲手、副砲手は全ての火器を未確認機に向けて斉射! 弾幕を切らすな! 操舵手、回避は基本任せる。敵の砲撃のタイミングだけこっちから知らせる。いいな!」

 ジョンソンの指示に、乗員は『了解!』と声を返す。そして、パシングの全ての火器が火を噴く。主砲に機関銃、ミサイルランチャー。それら全てが未確認機の正面へと向かってゆく。すると、それに合わせるようにもう一機の襲撃犯の駆るヴァルチャからも様々な弾頭が放たれて未確認機へと向かう。どうやら、陽動役はパシングとこのヴァルチャ――一両と一機であり、背後に回り込むのは真迅改一機のみという事らしい、と車長は察する。

 ――うまくやってくれよ。

 恐らく、自身と他の乗員は助からないだろう、とジョンソンは考えていた。だが、そうであったとしても、この所属もわからない得体のしれない化け物を何としても倒さなければ、という義務感から宙に浮く未確認機を画面越しに睨みつけた。何か一つでもこの化け物の弱点を見つけなければ、何かこちらがわに利のある情報を得なければ、と。


『カウント一○秒前』

 ハーミットの声を耳に入れながら、ラバーズはトリガーを引いてペダルを踏み込む。警報音が鳴り響くと同時に放たれる主砲をペダルを踏み込み、乗機が地を蹴って跳躍する事で回避しながら、降り注ぐミサイルの雨は左腕のシールドである程度は防ぐ。その過程で、そのシールド一体型ガトリングガンの銃身は被弾で圧し折れ、役に立たなくなった事から、シールドからガトリングガンの部分を投棄して軽量化を図っていた。

 ラバーズの乗機に残されている武装は、アサルトライフルに垂直発射型ミサイルランチャー、スナイパー・レールガンの三つ。ミサイルランチャーからはミサイルを上方へと射出しながら、アサルトライフルで弾幕を張りながらスナイパー・レールガンを時折放つ。しかし、そのどれもが未確認機に直撃する様子がない。まるで、何か未確認機の前方に見えない壁があって、その壁によって阻まれているかのように手前で弾頭が爆散している。

『五秒前』

 これまでの戦闘で熱されていたメインブースタを冷却する事で、可能な限り航続距離を伸ばして飛距離を伸ばした跳躍。それによって、未確認機の背後に回るというのがハーミットの役割だった。だが、背後に回るまでの間にハーミットへ攻撃が向かってしまい、真迅改が撃破されるような事になれば作戦は破綻する。その為にも、ラバーズの駆るヴァルチャと、パシングによる陽動――決死の攻撃は止める訳にはいかなかった。

『三、二、一』

 ゼロ、とハーミットが口にした瞬間、マップ上に映る真迅改の反応は高速で移動した。

 地を蹴り、メインブースタや姿勢制御ブースタなど、あらゆるものすべてを飛び立つ事に注ぎ込み、その推力で短時間の飛行を可能とする。それは、軽量かつブースタ推力に優れる真迅改でなければ不可能な技。

 そちらには手を出させまい、とパシングからの攻撃の密度がさらに濃くなるのをラバーズは視認する。同時に、ラバーズもやや前進ながら全ての火器を未確認機へと放つ。

「ハーミットは撃たせない! あの子だけは……!」

 ラバーズにとって、ハーミットは数少ない同期ともいえる存在だ。実際に共に過ごした時間こそ短いが、同じ陣営の同じ施設で生活する仲間という意味で、ラバーズにとってハーミットの存在はあまりにも大きい。それは、共に戦場を駆ける僚機というよりも、単に“仲間”と言った方がより正確だった。

 ヴァルチャ、パシングによる一斉射撃を受けて尚、未確認機は一切びくともしない。何らかの手段でその攻撃全てを遮断し、砲撃とミサイルの雨を浴びせてくる。ミサイルの雨の一部が、パシングの履帯やブースタへと的中し、パシングの移動手段が失われる。だが、それでもパシングの攻撃の手は緩まらない。主砲が、ミサイルランチャーが、機関銃が、その全てが未確認機へと放たれ続けている。しかし、移動手段を失えばあとは直撃を受けるのみ。車体上部へ降り注ぐ主砲がパシングを貫通して、パシングはその場で爆発四散する。

 その様を視界の隅に捉えながら、ラバーズはトリガーを引きながらペダルを踏み込んで砲撃の数々を回避してゆく。ヴァルチャの機動性は比較的新型という事もあって及第点ではあれど、真迅改のような機動性に特化した機体と比べれば劣る。ミサイルの雨がアサルトライフルに直撃し、未確認機先端の主砲から放たれた砲弾が右腕を直撃する。その衝撃がコックピットにまで伝わり、自身の右腕に激痛が走った事でラバーズは顔をしかめる。

 ラバーズの身体は決して丈夫でない。最近の出撃でも被弾の衝撃で身体の骨が折れ、神経にもダメージが出た事から義足となった身である。ハーミット同様、後頚部の接続口とコックピットを繋ぎ合わせ、脳波での操縦に対応しているとはいえ、身体へのダメージは操縦にも大きな影響を及ぼす事に違いはない。痛みがある事から感覚は残っていると判断した彼女だが、だとしても現状右手が動かない事に気づいた彼女は、右手が担当していた操縦を全て脳波で制御するようにした。自身の身体よりも、今は機体の操縦をどうにかしなければ、とその判断に彼女は一切の迷いを見せない。

 右腕はどうなるのだろう、という疑問すらも持たずに操縦方法の切替をラバーズは脳波で済ませつつ、左手では照準を未確認機に合わせながらトリガーを引き続ける。必ずハーミットを未確認機の背後まで送り届ける。生体兵器として任務を完了するまでは撤退しない、というだけではない。それ以上の意志が、彼女を突き動かしていた。


 マップ上からパシングの反応が消えた事を視認しながら、跳躍し飛行しているハーミットは未確認機ベルゼブとの位置関係を確認する。

 乗機の軽さとメインブースタの推力で強引に上昇しながら接近し、未確認機の直上やや前方へと辿り着いていた。しかし、ここに来てベルゼブの機体上部にある機関銃が火を噴き始める。これまでは攻撃手段として使ってこなかったものの、ハーミットがここまで接近した事で追い払う為に掃射してきたのだろう、と彼女は推測する。左腕のシールドでそれを防ぎながら、そのままハーミットは突き進む。大型の機体というだけあり、機関銃の口径も大きい。連射速度から機関銃という枠に入れてはいるものの、その口径はSGが携行するものと比べると遥かに大きい。その一発が的中するだけでも、SGが携行できる大口径武器に匹敵する。それもあって、左腕のシールドは数発だけ受けて爆散する。それに合わせて、右腕を既にシールド装備に切り替え、構えながら左腕は背中にマウントしていたアサルトライフルに手をかける。――そして、右腕のシールドに二つの弾痕が刻まれた時には真迅改の姿はベルゼブの背後にあった。クルリ、と姿勢制御ブースタを一瞬吹かして乗機を一八○度旋回させて、ベルゼブの背面を視界に入れる。

 正面には主砲に副砲が二つ、機体各所からミサイルを盛大にばらまきながら、機体上部には機関銃――あまりにも火器を満載しているベルゼブだったが、背後から見るとミサイルの発射口こそあれど、背面の多くがその巨体を制御する為の大型ブースタで構成されていた。それを見て、ハーミットはある事を思い出す。

 ――ベルゼブの弱点は、機体背面でむき出しになっている二つのジェネレータである。

 ――遠距離攻撃を阻む視認できないシールドは、機体正面にしか張られていない。

 記憶の奥底から漸く手繰り寄せた強敵の弱点、それを脳裏に浮かべたハーミットは、眼前にいるベルゼブの背面を見る。そして、そこには大型の機械――ジェネレータが外付けされているのが見てとれた。そこから伸びるパイプはその巨体の各部にあるブースタへと伸びており、このジェネレータで発電し、そのパワーを巨体の各部位へと伝えていたのだろうと推察できる。背面に攻撃を防ぐものがないのも、本来このベルゼブが他の機体に上をとられる事を想定していないと考えれば理解もできる。

 だが、そのような事、今はどうでもよかった。真迅改の左手に握らせたアサルトライフルのトリガーを引きながら、右腕のシールドからレーザー刃を展開する。むき出しとはいえ、保護カバーのような装甲に一、二発目の弾丸は弾かれるも、数発連続で違わず一か所に叩き込んだ事で、そのカバーが削れてゆき最後には貫通に至る。装甲のない発電機が耐えられる筈もなく、一基のジェネレータをまずは破壊する。その瞬間を見届ける事なく、ハーミットは乗機の右腕を振りかぶり、レーザーブレードでもう一基のジェネレータを斬り裂く。切断力に優れるレーザーの前に最低限の保護力しかないカバーはなす術もなく、一振りでジェネレータにまで届き爆散した。それを視界に入れながら、ハーミットはメインブースタを吹かして上昇する。

 その瞬間、ヴァルチャの左背にあったスナイパー・レールガンの一射がベルゼブを撃ち貫いた。

 巨体を動かす為のジェネレータ、それが二つとも破壊されたとなれば、機体全面に展開していた不可視の壁――バリアとも表現できる――を展開などできる筈もない。陽動を続け、撃ち続けていたラバーズの攻撃が、未確認機にトドメをさした形となった。

 下方で起きている大爆発から逃れながら、ハーミットはラバーズに声をかける。

「状況終了。周囲の敵影を確認しようか」

『そうね、了解』


 一方、某国某所の一室にとある一報が届く。

『“ベルゼブ”が撃墜された、だと?』

 それは、とある巨大兵器――ベルゼブが撃墜された、というもの。この集まりに出席しているものは皆、そのような報告に対して様々な反応を示す。『所詮は試験機だ。課題が見つかっただけマシさ』と冷静に考えるものや、『だが、だとしてもそう簡単にアレがやられる筈なかろう!』と声を荒げるもの。それらを耳にした出席者の一人はため息をつく。

 ベルゼブが撃破された事、その一点に限ればこの報告には価値がなかった。出席者の一人が言うように、ベルゼブは“試験機”に過ぎない。これまでにない新技術を盛り込んだ機体であり、事前に予想された弱点が実際に弱点であるかを確認する為の試験を実施予定だったところ、実際に弱点を撃たれて撃破された、となれば試験の意味があったという事になる。

「独立傭兵――それも、アルカナ機関出身の奴らにやられたというのは本当か?」

 つまり、問題なのはベルゼブを撃破した者の正体だった。その一言を一人が発する事で、この場の空気が一変する。ベルゼブの基本設計が妥当であったか、あるいはそもそも開発するべきではなかったか――そういった議論は中断され、議題はベルゼブを撃破した者についてというものになる。

『えぇ。撃墜される直前、ベルゼブから取得できた戦闘ログを確認した所、確りと撃破に関与したSG二機の情報を取得していました』

 陸戦の最高戦力に数えられるSGは、その動力としてエルピスを用いた発電機、ジェネレータを内蔵しているのだがそのジェネレータの製造段階でどうしても生じる僅かな誤差によって、稼働時に発生する電波がそれぞれ固有のものになるという特性がある。無論、ジャミング等で電波障害が発生していればそれを読み取る事はできないが、現状の技術ではこの固有の電波を他の電波に改竄するといった事ができない事は明らかにされており、その情報をもとに二名の独立傭兵を割り出したという事は何らかの事情で搭乗者が異なるといった事がない限り、それは確定情報だと言える。企業から直接機体を与えられる正規兵なら兎も角、独立傭兵で複数の乗機を所持しているケースは極めて少なく、WIMU所属の独立傭兵に関して言えば、この固有電波を拾えば確実に特定できると言っても過言ではない。

『情報を解析したところ、二機ともアルカナ機関の息のかかった独立傭兵。真迅のハーミット、ヴァルチャのラバーズ――どちらもWIMUでは特級傭兵に該当する実力者です』

 ハーミット、ラバーズ。それはどちらも独立傭兵としては名の知れた特異な存在だった。独立傭兵の集まりであるWIMUには、名を連ねる傭兵達の実績を一目で把握できるようある程度のカテゴリ分けがされている。単純に依頼を何度遂行したか、という基準で分けられるものだが、そもそも様々な前歴から独立傭兵になるものが多い以上、企業の正規兵と比べて実力が劣る事の方が大半である。それが単独行動する以上、その生還率は極めて低い。それにも関わらず、依頼を遂行した上で生還するという時点で、最低限の実力の保証という事に繋がっていた。

 その中でも、特級はまさしく特例とも言える存在。独立傭兵が安定した職業でないのは明白だ。企業などの陣営から依頼がなければ仕事がなく、その仕事も安全とは限らない。そして、様々な陣営の仕事を請けるという事は、どの陣営にも自身に恨みを持つものがいるという事にも繋がる。その為、上級傭兵の中には特定の企業や陣営から引き抜かれ、正規兵となるというケースも少なくない。それにも関わらず、独立傭兵を続けるような者というのはあまりにも異質である。

 そして、この特級傭兵は数が少ない上にハーミットとラバーズは同期、しかもどちらもアルカナ機関出身という表向きの経歴がある以上、この場に集まった者達の意識はその出身――アルカナ機関へと向けられる。

「アルカナ機関の所長からは何と?」

『“あれらはイレギュラーだった。こちらで近日中に処理を済ませる”――との事です』

『全く、不手際を起こしておいて何を言うか。先に処理をしないとは』

『しかしながら、両名が稼いだ外貨によってアルカナ機関――そして、我々ESAがここまで成長できたと考えると厳しい判断ではあっただろうよ。代わりとなる戦力がなかなか生産できずに苦労したとも聞く』

 アルカナ機関に対する様々な言葉が発せられる。まるでアルカナ機関がESAの傘下にあるかのように、この場に集まった者達は口をそろえてハーミット、ラバーズという生体部品について苦言を呈する。しかし、この集まり――ESAに関わる者達がこの場で話し合うべき内容は、ベルゼブに関するものだけではない。集まりの中の一人が、咳ばらいを一つすると場が突如静まり返り、その人物が発言するのを待つ。そして、一人が口を開いた。

「まあ、良い。ハーミット及びラバーズの処理は、アルカナ機関にやらせるとして、だ。折角こうして皆集まったのだ。――今後の事について、最後の確認をしなければ」

【TIPS】


Coming unknownサブタイトル

未確認機が来るぞ気をつけろ!(意訳)

……本当にその通りなんです。


ベルゼブ(機体)

所謂メカアクションあるあるな巨大兵器。

あまりにもあんまりな弱点があったが、そもそもその弱点を狙えるヤツがおかしい。

尚、ゲーム『ルート・ゼロ』ではアプデの度に強くなったり弱くなったりした模様。


次話

006[新型兵器公開演習襲撃/Disposal]/1

006[新型兵器公開演習襲撃/Disposal]/2

2025/02/01 10;00,12:00頃投稿予定

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