004[孤立部隊合流支援/Break the siege](後)/2
「これでアイツらは大丈夫だろう」
渋谷一佐は、ハーミットが無事に海樺島前線基地の南方に向かっていったのをマップ上の表示で確認しつつ、乗機は北方へと向かわせる。乗機の武装で残されているのは、右手にあるガトリングガンと、左背のレールガンのみ。コックピット内の画面には、既に複数のエラーメッセージが表示されていて、警報音が鳴り響いている。各関節への負荷や装甲の損失。様々な理由のエラーを目にして、「ここまで来たら笑うしかねぇよなあ」と渋谷一佐は笑みを浮かべる。
旧型の機体というだけでなく、かつて戦場で実際に搭乗していた愛機という事もあって経年劣化による性能低下も影響していた。定期的なメンテナンスも現行機種が優先されるという事もあり、その手の劣化は致し方のない事ではあった。そもそお、動く状態を維持できていたというだけでも、本来ならばあり得ない状況ではあった。動態保存できていたのは、どこか職人気質を感じさせる因幡重工だからこそと言える。とはいえ、そんな因幡重工であっても旧型機体のメンテナンスは大きな手間がかかる。どうしても、現在では生産していないパーツ等もある為、そういった面でも手間やコストがかかっていた。これには、渋谷一佐としてもはっきりと“迷惑をかけた”という認識はしていた。だが、それでもこの機体、三笠に拘っていたのは、単に“戦場から去るなら愛機である三笠で”という意識を渋谷一佐が持っていたからだった。
そのような我が儘を聞いてもらえた理由としては、渋谷一佐がこれまでどれだけ因幡重工に貢献して来たかという点に尽きる。海樺島をめぐる明華企業郡との戦いにおいて、長い間前線を支え続けた勇士として渋谷一佐は称えられている。だが、それと同時に因幡重工社内の派閥争いにおいては厄介な人物とも評されていた。特定の派閥には属さず、ただ戦場で名を挙げた名パイロットにして名指揮官。仮に、自身の派閥を立ち上げようものなら、それに賛同する社員が大勢出てくるというのは、誰の目にも明らかだった。
その結果、渋谷一佐はどれほど戦果を挙げようとも、海樺島という因幡重工本社からは離れた対明華企業郡の最前線に置かれ続けていた。その実力が評価されていたのも事実ではあるが、要は渋谷一佐に社内の実権を握られたくないという人々に追いやられたというのがより正確であった。
だが、渋谷一佐にとって、そのような事はどうでもよかった。社内の実権などはじめから興味はない。因幡重工の一人のパイロットとして戦い続けた彼は、最前線でSGに乗って戦う事しか考えられなかった。基地の司令等と言う役割も、“できたからやった”だけであり、本質としては、今でも一人のパイロットに過ぎない。年齢もあって、身体のコンディションを整える事は難しくなった今でも、その心持は若い頃から変わらない。
乗機の状態、身体の状態ともに劣悪。このような状態では、眼前に迫る敵機の相手をすれば一瞬にしてやられるだろう、と冷静な頭は判断していた。怯える心も同居している。今すぐ撤退したいと思う心も持ち合わせている事くらい、彼にはわかっていた。だが、それでも最期の瞬間まで戦い続けたいという意思が、渋谷一佐を突き動かす。
「最後まで付き合えよ、俺の三笠ァ!」
敵機を捕捉して、彼はトリガーを引いた。
『……渋谷一佐は……?』
海樺島前線基地の南方、撤退中の部隊になんとか追いついたハーミットへかけられた言葉。それに対し、彼女は答えるまでに僅かな間をおいた。救えたかもしれないと思ってしまうが故に、こうして一人で戻った事に対して彼女は気にしていた。因幡重工の兵士たちに何を言われてもおかしくない、そのように感じていた。だが、かといって嘘をつくのも彼女としては良くないと感じていた。
「彼は、花火を打ち上げました。それだけです」
“花火師”という異名を持つ渋谷一佐。だからこそ、彼の事を伝えるにはこの一言で十分だった。どのような状況であれ、渋谷一佐は敵機へと向かい、どのような結末があろうとも乗機の手に持つガトリングガンを、最期の時まで撃ち続ける。そういう人間だという事は、この場にいる因幡重工の兵士たちにはよくわかっていた。
『なんで、あっちにつかないんだ……! 俺達より――』
「――彼が、あなたちだけでも助けたいと北方に居残ったのにですか?」
傭兵ハーミットの言葉に、武内一尉は次の言葉を発せられなかった。渋谷一佐が撤退中の自分達だけでも無事に海樺島南部の本拠地まで帰らせたいという意図をもって、殿を務めたという事くらいは理解できていた。そして、傭兵が何と言おうともその戦場から離れる事を拒んで戦い続ける事を選んだというのも、想像に難くない。
だが、それを理解した上で彼としては受け入れがたかった。
「くそ……っ」
武内にとって、渋谷一佐はまさしく英雄に等しかった。常に領土、利権をめぐっての戦闘の絶えない海樺島において、因幡重工側のエースと言えば間違いなく渋谷一佐であった。長い間、明華企業郡からの攻撃を防ぎ続けた防波堤と言い換えてもいい。海樺島の前線基地にいる面々の内、新兵を除けばほぼ全員が渋谷一佐の大きい背中を見て今日まで生きて来たのだ。だからこそ、そんな存在が失われるという事実を受け止めるのは彼にとってはあまりにも苦痛だった。
その時、マップ上に敵性反応が一つ現れてこちらに向かっているというのを、彼は目にした。その瞬間、『敵性反応。こちらで対処します』という傭兵の声が耳に届く。「あ、あぁ」とその声に返すが、その声を待たずに傭兵は敵性反応の方へと向かっていった。
今の自分たちに、その敵戦力に対して抵抗する力は残されていない。乗機のメンテナンスをしたのは随分と前の話であり、行えたのは精々が現地改修という名のその場しのぎしかない。コックピットの画面上には多くのエラーメッセージがあり、警報音はもう聞き慣れていた。そのような状態で、果たして何ができるだろうか。
『隊長?』
部下からの通信を耳にして、無意識に歩みを止めていた事に武内は気づく。自身の頬を自ら軽く叩きながら、「いや、問題ない。このまま撤退するぞ」と返す。これ以上の醜態を部下に見せる訳にはいかなかった。
真迅改が、ブースタを吹かしながら低空を跳ぶ。それを捉えようと戦闘ヘリや戦闘車両がその銃口、砲口を真迅改へと向けるものの、それらは真迅改を捉える事はない。並外れたメインブースタの推力もあって、加速力や最高速度は平均的なSGを大きく超える。敵機からの攻撃を受けるよりも前に仕留める。そう考えながら、ハーミットは乗機を動かす。
強襲用という用途の機体というのもあって、彼女の乗機のスピードという面については間違いなくSGの中では随分と上に該当する。その速度で戦闘車両の懐に潜り込みながら左腕――レーザーブレードのレーザー刃を展開してある――を一振り。まずは一両を撃破しながら、もう片方の手――右手に握るライフルを戦闘ヘリの方に向けて連射する。一つ、二つ、三つと放った弾丸が三機のヘリの燃料タンクを貫通し、空中で爆散する。一瞬にして四つの敵性反応を消滅させながらも、ハーミットは乗機を停止させずにそのまま駆け抜けてから、一八○度旋回しながら停止する。土埃が上がり、一瞬だけ真迅改の姿を覆い隠す。すると、その煙を突き抜けて真迅改が残った戦闘車両へと肉薄する。
「助けられると思ったか、ハーミット」
ハーミットは乗機の左腕を振るい、レーザーブレードによって戦闘車両を撃破しながらも、通信を切って誰も聞いていない状態で独り呟く。ゲームのストーリーモード中に登場する人物、それを救出できる好機かもしれないと動いたものの、結果としてはそうならなかった。そういった展開を期待しなかったかと言えば、期待していた。既に色々な事柄を諦めて来た彼女にとって、今回の事は久々に訪れた好機だったのは間違いない。
しかしながら、状況がそれを許さなかった。原作への介入という行為は、彼女にとってはやってみたい事の中では最上位に入るものだったが、今回の状況においてはまず間違いなく不可能であった。乗機の状態は完璧でなく、消耗済というのが一つ。もう一つがあまりにも多勢に無勢であるという事。これが前線基地からの撤退戦ではなく前線基地の防衛戦だったのなら、また少し違った展開もあったかもしれないが、現実はこの通り。兵力にはかなりの差があり、どう抗おうとも数的不利が最終的に因幡重工陣営を追い詰める。そのような状態で、消耗した友軍機を救援するというのは実績を積み上げてきたハーミットにとっても無謀と言わざるを得なかった。
もしかしたら、助けられたかもしれない――という考えが、浮かんでは消えてゆく。消したとしても、しつこく残り続ける。冷静な頭では“無理”だとしているのに、消えていたと思い込んでいた人間らしい感情が“やってみなければわからない”と叫び続ける。ここまで混沌とした精神状態は、ハーミットには初めての経験だった。
精神状態が劣悪で、集中力は普段よりも欠いているという自覚が彼女にはあった。だが、それでも今この瞬間においてはその程度の雑念で致命的な場面を迎えるような実力ではなかった。微かに残っている冷静な頭は、敵機の動きを確りと見極めて、その判断を受けて身体が手癖のように自然な流れで敵機を撃墜してゆく。気が付けば、撤退中の部隊に追いつけそうな敵戦力はマップ上には映っていなかった。
『――ハーミット聴こえるか』
敵性反応が消えた事を確認した直後、通信が入った。アルカナ機関の輸送機からのものという事に気づき、「はい」と淡々と返答する。どうやら、自身と乗機を運んでいた輸送機が近くまで来ているようだという事を、この通信から彼女は察する。
『目標の達成を確認した。こちらの位置情報を送っておいた。帰投しろ』
「了解」
そして、撤退中の部隊が海樺島南部の本隊との合流を無事に果たしたのを知った。海樺島の前線基地北方にはまだ明華企業郡の戦力がいる可能性こそあれど、その戦力で本隊とぶつかりあう事はまずない。少なくとも、現状のマップ上に敵性反応がない以上は問題がないだろうと彼女は安堵の息を一つ吐く。すると、『ところで』と声をかけられる。
『突然、前線基地北方に向かったのは何があった?』
その問いに、彼女は眉をひそめる。冷静にあらゆる物事に対処し、無駄のない行動をしているのであれば、まず間違いなく撤退中の部隊から離れるのはあってはならない。少なくとも、撤退予定の進路からの不意打ち等があった場合には部隊は危機にさらされるためだ。無論、進路をそのまま進めば因幡重工の基地がある事を考えれば、なかなかその地点からの不意打ちという可能性は低いと言えるものの、その低い確率に対しても対処するというのが本来ハーミットに求められた動きであった。だというのに、それ以外の動きをしたという事は、命令違反をしたのと同義であるという事だ。
「……撤退中の部隊からの要請です。北方に敵機が確認された為、その排除を」
『北方に行かずとも撤退中の部隊の近くで北方を警戒すればよかったと思うが?』
「私は表向きには傭兵です。依頼主陣営の友軍からの要請には答えるべきでは?」
アルカナ機関の保有戦力であるハーミットは、しかしながら表向きにはアルカナ機関出身の独立傭兵という肩書きである。依頼の取捨選択はアルカナ機関が用意した代理人によってされているものの、少なくとも依頼主からの要請があればそれに応えるというのは極めて自然なものである。つまり、状況的には要請があったのならば北方まで行くのが自然であるというのがハーミットの主張だった。
僅かな間。暫くして、息を一つ吐く音が彼女の耳に届く。
『……わかった。とりあえずは帰投しろ。座標を送っておいた』
通信士のそんな言葉に、彼女は「了解」と返す。自身の主張が通ったかと言えば、そのあたりについては微妙だろうと彼女は感じていた。ここで更なる追及等がなかったのは、単に早く帰投しようとしているだけだろうというのがハーミットの推測だった。とりあえず、息を一つ吐く。何はともあれ、今日も生還できたのだから。
『ハーミットの後頚部から検出された脳波について、報告があります』
アルカナ機関にある一室では数人の職員が集まっていた。この職員は一般的な職員などではなく、少なくとも主任以上の面々のみがこの場にいた。そして、そこに通信を飛ばしてきたのは輸送用ヘリに搭乗している通信士だった。アルカナ機関の保有する強化人間が傭兵として出撃する際には必ず、一人以上の職員が輸送ヘリか輸送船に搭乗する事が定められていた。どうしてそのような事が定められているかと言えば――。
『アレは稼働限界を迎えています。そろそろ、処理が必要かと』
――生体部品としての稼働限界の予兆をいち早く察知して、アルカナ機関の上層部へと報告する為だった。
アルカナ機関の最高戦力であるハーミット、その稼働限界という言葉に対しこの場にいる職員たちは大きな反応を示さない。なぜならば、強化人間にはいつかかならず稼働限界が訪れるという事は知っていたからだった。通常の人間とは異なり、初めからSGの操縦に適した身体で生み出される生体部品。そして、動かなくなるのなら新たな部品を生産すれば問題がないとも認識していた。
「所長。そろそろ、次のハーミットの準備が必要そうですね」
一人の職員がそう言うと、所長と呼ばれた男は「生体部品製造班、準備は?」と問いかける。これに対し、「既に」という回答得た所長は、笑みを浮かべる。無論、代わりがいるからと言って、アルカナ機関の最高戦力であるハーミットの穴を埋めるのは厳しいだろうというのが、この場にいる職員たちの共通見解でもあった。少なくともハーミットは、所謂オーパーツじみた生体部品であり、今でもハーミット程の戦績を残す生体部品は未だ現れていない。
だがしかし、そんなハーミットが仮に戦闘中に倒れ、その身体を他陣営が回収してしまうのだけはアルカナ機関にとっては避けなくてはならない事態であった。ハーミットの身体のデータは他陣営からすれば喉から手が出る程欲しい代物だろうというのは、この場にいる誰もが理解していた。アルカナ機関のこれまでの研究において、ハーミットの強さの秘密を解き明かす事はできていない。しかしながら、他陣営が回収して研究をする事で、強化人間の仕組みを理解されてしまう恐れがあった。その程度でハーミットを超える強化人間を他陣営が生産できるとは誰も思っていない。だが、だからと言ってそんなハーミットを野放しにするのもまた違う。
「“審判”の準備は?」
「初期設定の最中です」
所長の口にした“審判”という単語を耳にした職員達の一部から、「流石にそれは……」という明らかに動揺した声が漏れる。だがしかし、そのような事で所長は動じない。
「まさか、生体部品に情など抱いているなどとは言うまいな?」
ここで動じるような職員は、少なからずハーミットというアルカナ機関の最高戦力という存在に大なり小なり情を抱いている人間であるというのが、所長には丸わかりであった。アルカナ機関にとって、ハーミットは確かに最高戦力かもしれないが、それ以上に単なる生体部品でしかない。これまでのハーミットの戦績はあまりにも異常であった。その為に、ハーミットらの生み出された当初を知る職員以外からは、頼れるエースパイロットという認識になりつつあるのが所長にとっては一つの誤算であった。
ハーミットと同等の戦績を残す強化人間を確実に生産できるようになったわけではないが、ハーミットの生産された当時と比べれば生体部品の性能について個体差は大分なくなってきていた。更に性能の下限も大きく引き上げられた点を含めれば、高性能な生体部品を複数運用すれば、ハーミット単体よりも確実に戦績を積み上げられるだろうという試算が出ていた。故に、所長の頭の中では既にハーミットは不要という考えに至っていた。
だが、仮にもアルカナ機関の最高戦力。雑に放逐してしまえば、アルカナ機関にとっての脅威になる可能性が捨てきれない。そうなると、確実にその命を奪う手段が必要となる。その為の“審判”の準備だった。
「とりあえず、審判の準備が完了するまではハーミットには稼いでもらおうか。これまで通りにね」
無用になるその瞬間まで、ハーミットには傭兵として外貨を調達してもらう。それが所長の――アルカナ機関としての総意だった。
【TIPS】
花火師(異名)
渋谷一佐が大暴れしていた現役時代の二つ名。
……渋谷、花火師、ガトリング……後は言うまい。
次話
005[調査拠点強襲/Coming unknown]/1
005[調査拠点強襲/Coming unknown]/2
2025/01/31 18;00,21:00頃投稿予定




