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墓無忍夢  作者: 地辻夜行
五章 難攻不落の城に、呪いの牙が喰らいつく
28/43

(二十八)

 お(あや)はこれまでにないほど神経をつかって歩いていた。

 これまでも、相手の視界に映らないからといって、おざなりに歩いたことなど一度もない。常に細心の注意を払って移動してきた。見えないことに頼りきらず、必要な時以外は人目を避ける努力をおしまなかった。

 ただ今回はかなり勝手が違う。いま忍び込んでいる場所は北条の本拠地である小田原城。しかも、その本丸なのだから。ただでさえ屋内は足音がたちやすいのに、警備も厳重ときている。なによりも今回は一人ではない。あたりに警備の者がいないことを確認し、できる限り小さな声で連れに話しかける。

「お信磨(しま)、とまるよ」

「はい。ねえさん」

お礼としっかりと手を繋いでいる見えないお信磨が、彼女と同じように小声で返事を返す。

 お礼の姿を見えなくする呪言は、自分以外の者にも効果を発揮させることができる。そもそも半珠の使い方が、他の八犬士とは大きく異なる。吉乃の半珠は、本人の身体ではなく道具にはめ込んであるというだけで、半珠を中心に呪言の力が展開されることにかわりはない。

 しかし彼女の呪言は違う。『礼』と『畜』の二つの半珠の中身を削り、削ったものを小三治の呪言の液で溶かし、人体に害がなくなるまで水で希釈。これを塗布することで、光を反射せず表面で光を迂回させる。これで他者の眼には、あたかもなにも無いように映るらしい。

 初めて生野(いくの)に抱かれた夜、寝物語がわりに生野が語って聞かせてくれたのだが、お礼にはまったく理解できなかった。

 とにかく塗布すれば使えるので、見えなくさせる対象は選べる。いまは身につけている物も含めて、自身とお信磨に塗布しているという訳だ。

 ただし使用量には限度がある。作れたのは皮袋六袋分。その全てを使いきって二人でここまで来たのだ。お礼がいま腰から下げている二つの皮袋は別の代物。

 残された二つの半珠には、もう削るだけの厚みはなく、薄い水晶の膜となって、提げている革袋の内のひとつに収められている。

「いいかい。予定通りここで別れるよ。騒ぎが起きたら、あんたはとにかく天守閣を目指すんだ。いいね」

 ふたりがここに忍び込んだ目的は、お信磨を本丸の屋根へとたどり着かせ、屋根を油まみれにすることにある。

お信磨の呪言は、体から汗や涙といった水分のかわりに、可燃性の高い油を流すというものだ。彼女の動き回った後に火をつければ、火は瞬く間に広がる。一昨日の夜に風魔の小太郎屋敷が一瞬で燃えたのはこのためだ。

 さらには攻撃にも高い耐性を得る。どんなに鋭き刃も彼女の体に触れれば油の膜に覆われ体表を滑るばかり。であるから、強引に守りを突破し目的地に向かうこともお信磨には可能かもしれない。

 だが彼女の体には、決定的な弱点がある。火に弱いのだ。なにせ体から油を出すだけあって、彼女の体は脂肪の塊である。非常に燃えやすい。火矢を使われでもしたら、お信磨はあっという間に消し炭にされてしまう。

 彼女の呪言を風魔の里で一度見せてしまっている以上、お信磨の弱点に気がつかれてしまっていると予測できる。だからこそ、お信磨を目的地に無事に到達させるためには、お礼の呪いを使う必要があった。

「うん。任せてねえさん。必ず成功させる」

「あと風魔には気をつけるんだよ。あいつら耳も勘もいい。床の軋む音を聞き逃さないし、迂闊に近づけば音をたてなくったって気づくかもしれない。姿を見たらできる限り動かずにやり過ごすんだ。それから、あんたが汗をかくと水を弾いちまうから……」

「ねえさん、話長い。ばれる」

 彼女の呆れた声に、お礼の頬が緩む。

 八犬家五代目の子供たちの中で最年長のお礼は、ずっと他の子供たちの面倒を見てきた。故に大人になったいまも、お節介が過ぎるところがある。

「ごめんよ。それじゃ、あたしはいくからね。気をつけるんだよ」

「ううん。私こそごめんなさい。ねえさんは心配してくれただけなのに。どうかねえさんも気をつけて。後で必ず会おうね」

「ああ。必ず」

 お信磨の気持ちのこもった言葉に背中を押され、お礼は彼女の手をはなし、一人で歩きだす。

 ここから先、お信磨を上の階へと無事に行かせるためには、姿が見えないだけでは足りない。階段に張りついている兵を引きはがす必要がある。かつての彼女ならばともかく、いまのお信磨の体重では、音をたてずに階段をのぼるのは不可能。

 そこでまず、お礼が騒ぎを起こし、敵を引き寄せる計画だ。お礼の腰に結びつけてある二つの皮袋のうちの一つには、お信磨に分けてもらった油が詰め込んである。これを使って放火する。むろん、これで小田原城が燃え尽きてしまっては、単なる付け火になってしまうので、燃え広がりすぎないように気をつける必要はあるのだが。

 最終的に小田原城を炎上させることが目的ではあるが、それを付け火によってこそこそとやっては意味がない。敵の前に堂々と姿を見せ、里見八犬士であると堂々と名乗り、小田原城を、できれば氏康もろとも炎という武器で壊滅させることに意味がある。

 自分たちが死んだとしても、義堯(よしたか)と義弘の耳に、『小田原城を落城させしは八犬士』と届かせるために必要な儀式。

 彼女は騒ぎになりやすく、消火まで適度に時間がかかりそうな場所を探す。

 もしも上手くいかない場合は、奥の手を使うしかない。先に命を落した八犬士のことを思いながら、お礼は決意をあらたにした。

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