4話 「再起」
「ようやく気づいた……さっきから横でずっと呼びかけてたのに、全然反応してくれないから……」
……そういえば、今俺は奈留と家に帰ってる途中だった
「……ああ、そうか……ごめん、奈留のことすっかり忘れてた」
「ねえ、さっきは何があったの?いきなり叫びだしたからびっくりしたんだけど」
まあ、この事は奈留にも伝えておいた方がいいだろう
「実は……」
「何をやっているんだ?我がライバルよ」
「……鈴木、お前こそ何やってんだ?心が傷ついたから家に帰ったんじゃなかったのか?」
「ふっ、あの程度の傷、とっくにママに治してもらったわ。まったく、ママというのは世界最高の医療機関だな」
「そんなことより、さっきから浮かない顔をしているな。何があった?」
「別に……お前には関係ない話だ」
「まあそう言うな。悩み事というのは、誰かに話すだけで、心が軽くなることもある」
「……じゃあ、聞いてくれるのか?俺の話」
「まあ、聞くだけで、俺が力になれるかはわからんがな」
「……いや、それでも助かる」
――そうして俺は、鈴木と奈留に、思い出したことを全て話した。
「そんなことが……」
「おじさん……」
「そう、俺は最低な野郎なんだよ。妻と娘のことを忘れて、自分だけ幸せになろうなんて考える……最低のクズ野郎なんだ」
「高井、お前……」
「ああ。自分がどれだけ最低なことをしたのかはわかってる。殴りたいのなら、気が済むまで俺を……」
「そんなに辛いことがあったのか……さぞや、さぞや大変だっただろう……よく、ここまで頑張ったな(泣)」
え……なんでこいつ号泣してんだ?
「そういうことなら仕方ない。俺に出来ることなら、何でも協力しよう」
「……本当か?」
「ああ。この「熟女の覇王」が、お前に手を貸そう」
……こいつは、めちゃめちゃいい奴なのか、それともめちゃめちゃバカなのか……恐らくどっちもだろう。
「鈴木が協力してくれるのはありがたいとして、奈留はどうする?こんな最低なおじさんと一緒にいても、楽しく無いと思うぞ?今からでも警察に相談しに行くか?」
「……おじさんがいい人なのか、悪いひとなのかは、私にはわからない……」
「…………」
「でも、おじさんは私を助けてくれた。私に、優しくしてくれた。だから、少なくとも私にとっておじさんはいい人だと思う」
「奈留……」
「だから、私もおじさんに協力する。おじさんが辛かったら、私が支える。だから、一緒にいさせてほしい」
やべえ、マジで泣きそう。やはり幼女は最高だったか。
「二人ともありがとう。でも、入院費はもう払ったし……あとは」
「手術もしなきゃだめだろ。娘さん、あのままにしとく訳にもいかねえだろ」
「でも、もし失敗したら……俺は……」
「失敗したら、俺とその子でお前を支えてやるよ。どの道、植物状態なんてのはほぼ死んでるようなもんだろ。なら、少しでも助かる可能性がある方を選ぶべきだ」
……確かに、鈴木の言う通りだ
「でも、手術するなら金銭面に問題があるな。俺の給料じゃ、俺と奈留の生活費を稼ぐのに精一杯だ」
「……私……邪魔?」
「そんな訳ないだろ。奈留のお陰で俺のメンタルはだいぶ回復した。それに、奈留がいなくても、貯金できる金は今とそんなに変わらないと思う」
「金のことなら、この俺に任せておけ」
「……それはありがたいけど、手術費は相当高いぞ?ニートのお前に払えるのか?」
「まあ、今の俺には無理だな。だから、あそこに向かうとしよう」
「どこに行くんだ?」
「決まってるだろ……ハローワークだ」
「何!?お前、あそこはニートにとっての死地だろ!大丈夫なのか?」
「安心しろ。今こそ、伝説のSKとしての実力、見せてやろう」
「……でも、なんでそこまでしてくれるんだ?俺の娘のことは、お前には関係のないことなのに」
「馬鹿野郎、男が女を助けるのに、理由なんざいらねえだろ」
「鈴木……」
あれ……コイツってこんなイケメンなキャラだっけ?
「私も……働く。ぱぱかつっていうの、聞いたことある」
「それは絶対にダメ!!!」
「それは絶対にダメ!!!」
「でも、私にはそれしか、できないから……」
「そんなことないよ。奈留はそばにいてくれるだけで、俺の疲れを癒してくれる、最高の幼女だ。俺の娘の次にな」
「……キモ……」
こうして俺たち3人は裕香の手術費を稼ぐため、各々自分の出来ることを自分の出来る範囲で精一杯頑張ることにした。
鈴木はニート脱却して会社員として働き、既に会社員の俺は土日の時間をバイトに費やして、奈留は俺ん家の家事全般をしていた。
――そうして、そんな生活をして一か月がたった頃。
「なあ高井、手術費ってのは普通、そんなに高いものなのか?」
「いや、普通はそこまで高くないはずだ。けど、裕香の病気の手術は他と比べて相当難しいみたいで、最先端の医療技術に頼るしかないらしい……」
「だから、そんだけ高いのか……んで、あとどれくらい金を貯めればいいんだ?」
「今の俺たちのペースで行くと、あと1年くらいだな」
「この生活を1年か……やってみて思い知ったけど、仕事をするのってこんなにキツイんだな。体力的にも、精神的にも」
「ああ……俺たち含めて、働いてる奴ってのは相当頑張ってると思うぜ?」
「そうだな……なあ高井、お前はニートについてどう思う?」
「……?なんだよ急に。別にどうも思ってないぞ?ただ……働かなくても生きて行けるってのは、羨ましい気もするけど」
「まあ、ニートになったことのない奴は、普通、そう考えるだろうな」
「ニートってのは最初は最高に楽しいもんだ。学生やら社会人やらと違って、一日に24時間という大量の時間を好きに使うことができる。その時間で、自分のやりたいことがいくらでもできる」
「でもな、自分のやりたいことをやっていくってのは、同時に、自分のやりたいことがどんどん減っていく事を意味するんだ」
「そうやってニートを続けて最終的に行き着く先は、「何もやりたい事がない」っつう地獄だ。そんな地獄を何年も続けていれば、必然的に心が荒んでいくだろ」
「……は~ん」
結局その後も、鈴木の話は俺には少し難しくて、よくわからなかった。
ただ、一つだけわかることがあるとすれば、こいつの今までの人生は、あまりいいものではなかったようだ。
――そしてその日、とある犯罪者が脱獄したというニュースを、俺は見ていなかった。