第六話:推測上では(ゼウデス視点)
まぁ、最初から目を惹いていたのは確かだけどね。
私は目の前の執事とメイドにヘラテナの出生に纏わる秘密を話しつつ、学園で初めてヘラテナを見た時の事を思い出した。
儚げな容姿に先王陛下に似た面差し。
先王陛下が女好きに見せかけた一途なお方だったことは父から聞いていたが。あの面差しはよく似ている。先王陛下をお見かけしたのは小さな頃に一度だが、人の顔を覚えるのが得意な私は、忘れた事は無い。国王陛下は先王ではなく先王妃に似てらっしゃるから。
あの先王陛下に似ている令嬢は誰なのだろう。
ーーそれがヘラテナとの出会いだった。
先王陛下に似ている、と言っても見る人が先王陛下を思い描いてみれば、の話で。先王陛下が女好きでも子は国王陛下と王弟殿下だけだと思っている貴族達が、ヘラテナを先王陛下と似ているとは考えないはずだから、誰も気付かないだろう。第二王女も似ているなんて思わないはず。
最初は、それくらいの興味だった。
だけど。
婚約者のいない私に必死にアプローチをしてくる令嬢達から逃れ、第二王女も遇らって逃げていた私が、一人になれる所を探していたら。
ヘラテナが独り言を言っているところに当たった。
「ああ、わたしを受け入れてくれたお義父様やお義母様達のために頑張りたいけどっ! 貴族特有の、あの遠回しな言い方は理解出来ないよぉ! 母さん、父さん、なんで死んじゃったの……。わたし、貴族生活苦手だよ……」
グスッと鼻を啜って独り言を言っているから、聞いてはいけないことを聞いた気がして、早々に立ち去ろうと思った。
「泣いても仕方ない。母さんと父さんは生き返らない。父さんの姉さんの、お義母様とその夫のお義父様とお義兄様とお義姉様のために頑張るって決めたんだから。なんか、第二王女様がわたしを気に入ってくれて、色々頼んでくれるんだし、一所懸命やれば報われるよね!」
……なんて言いつつ、両手を拳を握って高く突き上げた姿が面白すぎて。この時から私はヘラテナに興味が尽きなくて。第二王女であるあの女に、嘲笑されようと、使用人並みに扱われようと、それでも独り言で色々吐き出しながら、乗り切っていく姿に、ずっとこの子を見ていたい、といつの間にか思っていた。
とはいえ、私が彼女に興味を持った事など知られるわけにはいかない。公爵家という貴族達の中では最上位の身分。そして嫡男。その妻の座を狙ってくる令嬢達……という事は無い。いや、狙われているのは知っているし媚も売られているのも理解している。だが、あからさまには狙われてもいないし媚られてもいない。
第二王女が居るからだ。
婚約も交わしていないというのに、婚約者気取りで近付いてくる令嬢達を威嚇・威圧・脅迫で蹴散らしている。第一王女殿下は早くから隣国の第二王子へ嫁ぐ事が政略で決まっていたが、正直なところ、第一王女殿下ならば私の妻としてなんの問題も無い。淑女としてもだが、強かで敵を排除するのもあからさまではなく、いつの間にか、の手腕を持つから。
我が公爵家は王家の裏仕事、つまり後ろ暗い相手を処理する実行部隊を担っている。それには、第二王女のような表立って誰かと衝突するような傲慢な性格よりも、表面上は穏やかな割に中身は腹黒く誰にも裏の顔を見せずに敵を排除出来る第一王女殿下の方が、私の妻に相応しい。
まぁ隣国と争ってまで手に入れたいわけでは無いし、第一と第二の王女を比べて、の話という事だけ。
「そういえば」
私が第二王女の鬱陶しさを思い返していると、エリイアがふと思い出したように呟いた。
「報告し忘れか」
アポメスに促されたエリイアは、「いえ」 と返事を濁しつつ伝えてくる。
「ゼウデス様の顔が麗しい事は理解しているみたいですが、好みでは無いって言ってたなぁ」
まぁ、ゼウデス様は気にすることじゃないですよね、と続けるエリイアの声が酷く遠く聞こえた。
ガシャン
そんな音が聞こえて我に返る。なんだ? 何の音だ?
「ゼウデス様? どうかなさいましたか?」
アポメスに尋ねられて、怪訝に思う。私が、どうかしたか? だと?
「ゼウデス様、お怪我は?」
エリイアに言われて、なんだ? と思いつつ、エリイアの視線の先を見る。何故か、アポメスに淹れてもらった紅茶のカップが割れていた。
「……何故、カップが割れている?」
「いえ、ゼウデス様が何故かカップを落とされたので」
私の疑問にエリイアが驚いたように返事をしてきた。私が? 私がカップを落とした? 何故? あ、いや、何か直前に聞きたくないような事を聞いた、よう、な……
「エリイア」
「は、はい」
何故かエリイアが怯えている。
「先程、なんと言った?」
「え、ええと、顔は麗しいと理解しているみたいですが、好みではない、と」
怯えた目で私を見ながらエリイアが繰り返す。
そう、そうだ。
好みでは無い、と言っていた、と聞いた。
それが何故か苦しい。辛い。……悲しい?
「ヘラテナは、私が好みでは、無い、と?」
「は、はい」
その肯定がなんだか酷く胸を痛ませる。
嫌だ、と。そんな言葉を聞きたくない、と頭の中でグルグルと言葉が過ぎる。
そういえば。
おそらく、私の推測上では、ヘラテナは第二王女に命じられて、私の婚約者を引き受けたのではないか、と思う。
第二王女の命令程度で私の婚約は決まらないが、国王陛下の命令も出たから、ヘラテナは第二王女が国王陛下に頼んだと思っているのだろう。だから、ヘラテナ自身の意思ではない。私の婚約者になりたい、と彼女が願ったわけじゃない。その事実に思い当たった私は、何故か胸が痛くなった。
この胸の痛みはなんだと言うのだろう。
そうだ。
飼っていた犬が病気で死んでしまった時のように悲しいと思う。
あの時の衝撃と同じ……。
私は、衝撃を、受けている……?
何故……
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