第五話:変な令嬢(公爵家メイド視点)
今話は説明回なので長めです。
「ああ、いくらなんでも平凡顔のデブなんて、酷過ぎたかしら!」
アポメス様から言われて速攻で別邸にやって来た諜報員数名。そのうちの一人が私・エリイア。我等が尊敬するゼウデス様に対する暴言許すまじ、と勢い込んで来たわけだけど。いやいやいや。普通の令嬢がこんな大きな独り言は言わない! 誰も居ないと思っていても、無い無い。……えっ。何、この子。変な令嬢だわ。というか、いくら王命でもこんなの送り込んで来ないでよ!
今度は王家に対して憤慨している私は、ヘラテナとか言うモンバル侯爵・ユーズ家の令嬢の粗探しをするべく他の者達と散り散りになったのだけど。
結論から言えば、粗探しも何も、ただのポンコツだった。
例えば、この独り言の後。
「デブでは無い事は存じ上げているわ。本当は筋肉なのよね。筋肉が太っているように見せていらっしゃるのよ。もちろん、そうなるまで努力をなさったのは、あの筋肉の付き具合から予測が付きますわ。でも! 見た目を罵るなんて、何も思い浮かばないのですもの! いくらご命令でも難しいですわ! 平凡顔とは申し上げましたけど、どのご令嬢方も歓声を上げる程の麗しさなのも存じております。わたくしも確かに麗しいとは思いますわ。あら、という事は、わたくしの美的感覚は狂ってませんのね? ああ、いえ、今はそこでは有りませんの! 確かに麗しいので罵る言葉が出て来ませんのよ……。だから、仕方なく。仕方なく! わたくしの好みのお顔では無いので……平凡顔などと無礼な事を申し上げたのですわ……。だって褒め言葉は出て来ても、罵る言葉は思い浮かばないのですもの。美醜の感覚が狂っていないので有れば、後は自分の好みか、そうでないかくらいなものですもの……」
という、長々とした独り言が加わった。
……もしかして。
この令嬢、ずっとこんな感じ⁉︎
いやいやいや、きっと何か悪い事を企んでいるはず。公爵家の財産狙いとか、乗っ取りとか、はっ、もしや暗殺とかでは⁉︎
……なんて思っていた時も有りました。
直ぐにポンコツだって気づいたけど。
取り敢えず、この日はずうっと反省しかしていないから、アポメス様とゼウデス様に報告すべく本邸に戻ったわけだけど。(直ぐに寝たんだよね、あの令嬢)
「どうだった?」
「なんですか、あのポンコツ令嬢」
ニヤリとしたゼウデス様と未だにお怒りのアポメス様に対して、私はそう告げた。アポメス様は「ポンコツ⁉︎」 と驚きゼウデス様は「あ、やっぱり独り言叫んでた?」 と解っていらっしゃるように仰った。
「ご存知で?」
「だって彼女、学園でも独り言言ってたし。一応誰も居ない所を選んで独り言を言っていたようだから、知っている人は少ないと思うけど」
あっさりとしたゼウデス様の発言に少々衝撃が。学園でも独り言って、淑女教育どうなってんの⁉︎
しかも知っている人は少ない、という事は知っている人も居るって事⁉︎ ええ……何そのポンコツ令嬢……。変な令嬢を寄越さないでよ、国王陛下……。
「ゼウデス様は何故ご存知で……」
「一人になれる所なんて限られているからね。私も彼女も一人になれる所を選んでいれば」
成る程。そりゃあご存知になられるわけだ。
「他にも何人かは知っているだろうけど、誰も指摘しなかったのは、彼女が生粋の貴族令嬢じゃないから、悪口は言っても語彙力が無いみたいで陰険さが無いから、独り言の注意が無かったんだ」
あー、令嬢方の陰険さって怖いよねぇ。下位貴族限定だけど。上位貴族(公爵・侯爵)の令嬢方は陰険というより、あっさりと相手の家にダメージ喰らわせる方だから陰険さがどうのこうのじゃないわ……。
というか。
「生粋の貴族令嬢ではない?」
アポメス様はそこに引っかかったみたいだった。
いや、私も引っかかってますけど。
「ヘラテナは、同い年。学園最終年の十七歳。モンバル侯爵家の養女。侯爵夫人の弟の結婚相手の連れ子の元平民」
「平民⁉︎」
いくら、夫人の弟と結婚していたからと言って平民が貴族令嬢なんて有り得ない。アポメス様が愕然とした表情を見せている。……この方のこんな表情、初めて見た。
「表向きは、ね。ヘラテナも知らない出生の秘密を陛下から伺った」
平民の小娘一人の出生を陛下がご存知なわけがない。それをご存知という事は。
「陛下の隠し子で?」
アポメス様もそこに気付かれたのか、迂遠な言い回しも無しに切り込んだ。
「ちょっと違う。彼女の母が陛下の異母妹」
サラッと告げられた真実だが、ああ、と納得する。先王陛下は、とても女好きだった。あまりにも有名。国政は蔑ろにしないけど、一夜限りのお相手が沢山居たらしい。でも、側妃も愛妾も作らなかった。正妃を愛していて、正妃殿下以外は妻にしたくなかったらしい。
「うーん。噂を王家が流したからそう思うだろうけど、実際には先王陛下は別に女好きじゃなかった。一夜限りのお相手というのは、単に夫や義両親とかに虐げられていた女性の保護が殆どだった。一度でも国王のお手つきになった、という建前が有れば蔑ろにされないから」
と、ゼウデス様が仰る。はぁ。そうなんだ。
「だから別に正妃殿下以外と子を生すつもりは無かったんだけど。正妃殿下が子を産めなくなってね。とはいえ、王子を二人産んだし、別にそれで良かったはずなんだけど。正妃殿下が女の子が欲しい、と先王陛下に頼んで。産まれた子がヘラテナの母親。先王陛下の正妃殿下は、それはそれは可愛がっていたそうなんだが。先王陛下の子を産んだ女というのが、城のメイドで元男爵令嬢だったんだけど。先王陛下の寵愛を受けた、と勘違いしてね。正妃殿下が自分の娘を可愛がっている事に対しても調子乗ったみたいで。女の子を産めない正妃殿下には……みたいな口の利き方をしたとかで。先王陛下が激怒して。牢屋にぶち込んだんだよね」
かなり重い話を良い天気だ、という口調で話さないで下さいよ、ゼウデス様!
「で。正妃殿下がヘラテナの母親はお咎め無しに、と先王陛下に懇願してお咎め無しになったんだけど。殆ど正妃殿下が育てたから、本当の母娘のようだった、と現王陛下の談。現王陛下も王弟殿下もヘラテナの母親を妹として可愛がっていたんだけどね。正妃殿下が流行病に罹って儚くなって。その喪が開けた途端、先王陛下はヘラテナの母親を殺そうとしたらしい。よっぽどメイドだった男爵令嬢の増長が我慢ならなかったんだろうね。正妃殿下の願いだから生きていただけで、本当は憎かったそうだよ。正妃殿下の願いのために産ませただけの女に良く似た、自分の娘が」
重い!
ですから、ゼウデス様、重い話っ! それ、ただの公爵家の暗部の一員が聞いて良い話じゃないぃぃぃ!
「先王陛下は、正妃殿下を愛しておられたのですねぇ」
何、しみじみとした口調なのさ、アポメス様っ。私はこんな重たい話は聞きたくないよぉ!
「とはいえ、外見が似ていても中身は傲慢さも無い、愛情をたっぷり受けて育って、ちょっと我儘だけど素直なヘラテナの母親を、現王陛下は死なせたくなくて、ね。王弟殿下に密かに逃すよう頼んだらしいよ。で、王弟殿下が腕が立って賢い自分の護衛に、ヘラテナの母親を守るよう伝えた。その護衛は地方の子爵家の次男だったから、その子爵領に逃げ込んだ。で。ヘラテナの母親と王弟殿下の護衛は思い合って密かに結婚し、ヘラテナが産まれた。先王陛下は現王と王弟の諫言により、王都に立ち入らない事を条件にようやくヘラテナの母親の命を諦めた」
うわぁ……。
もう、あれだ。観劇の内容みたいな話だ。
ここまで来たら最後まで聞きたい。
「ただ、その護衛だった男……ヘラテナの父親が、ヘラテナが三歳の時に、馬が暴れた制御の効かない馬車から平民の子を守るために身を投げ出して。子は無事だったけど、ヘラテナの父親は死んでね。それで頼る相手の居ないヘラテナの母親は、ヘラテナと共に護衛だった男の実家である子爵家を頼った。男の両親は孫可愛さに受け入れたが、直ぐに息子……つまり護衛だった男の兄に代替わりした。元々その予定だったらしいが、当主交代になった途端、男の兄は、弟が死んだのはお前と結婚したからだ、とヘラテナの母親を詰って追い出した。それで困ったヘラテナの母親は、その間に先王陛下が亡くなっていた事から、王都に戻っても大丈夫かもしれない、と判断した。その時には、現王陛下も異母妹であるヘラテナの母親が王都に戻って来たことを知って。再び城へ住まわせようとしたらしいが、ヘラテナの母親が断ったらしい。その頃にはヘラテナの母親は自分の産みの親のことを、夫だった護衛の男から全て聞いて、先王陛下が憎んだ理由も知って、自分が城に行くと迷惑が掛かる、という事で」
はぁ……。あのポンコツ令嬢の母親は、随分と波瀾な人生を送ったらしい。
「で。ヘラテナの母親はヘラテナと共に平民になって生活をしていたわけだけど。現王陛下は異母妹を心配して、今度はとある貴族家の次男で、平民になり絵描きとして活躍していた男に、密かにヘラテナ母娘の様子を見守るように頼んだ。で。その絵描きの次男は、ヘラテナの母親に一目惚れしてちょっと強引に結婚した。ヘラテナの継父だね。それで安心したのか、それとも無理が出たのか。ヘラテナの母親は病に罹った。流行病では無いが、治らなくてね。結局、ヘラテナの母親はヘラテナが七歳で息を引き取った。絵描きの次男はヘラテナの母親を喪って気落ちして、生きる気力を失って、こちらも病に罹った。ヘラテナを可愛がったけれど、生きる気力にはならなかったんだろうね。でも、やっぱり可愛いから、死ぬ前に自分の姉にヘラテナの事を頼んだ。この絵描きの次男は、ヘラテナの母親の出自や背負うものを何にも知らなかった。現王陛下に頼まれた臣下が彼に近づいたからね。多分、彼はヘラテナの母親が何処かの貴族の愛人の子程度に思っていたのだと思う。ヘラテナの事を頼む姉への手紙から、そう現王陛下は推察された。現王陛下は身寄りを失い孤児になったヘラテナを託された絵描きの次男の姉夫婦を信頼して事情を打ち明けてヘラテナを養女として引き取らせた」
「つまり。絵描きの次男というのは、モンバル侯爵夫人の弟だった……?」
アポメス様がコクリと喉を鳴らしつつ尋ねた。
「そう。ヘラテナは自分の母親の出自を知らない。だから継父の最期の願いを受け入れてくれたモンバル侯爵夫妻は善意で受け入れてくれた、と思っている。まぁ実際、善意は善意だけどね。で。ヘラテナは一所懸命恩を返せるように、侯爵家の令嬢になろうと奮闘していた。ただ、平民時代は一人で居る事も有ったからなのか、独り言を言う癖は治らなかったみたいだけど」
ポンコツ令嬢っ。そこは治しておけよっ。
「で。ヘラテナだけど、学園に入学して直ぐに第二王女殿下に目をつけられた」
は?
今、また凄い事をサラッと告げたよ? ゼウデス様?
「第二王女はヘラテナの事を知ってたわけじゃない。単に、自分より人目を引く容姿が嫌いでね。ホラ、ヘラテナは王家の血だけど、王家の色は無い。でも先王陛下似の優しげな面差しだろう? 加えて、現王陛下曰く。祖母に当たる元男爵令嬢は、儚げな雰囲気で。ヘラテナも良く似てるそうだよ。当然彼女の母親・陛下の異母妹もそんな感じだったそうだけど。ヘラテナは母親似らしくてね。窓から射し込む光のような金髪も静かな湖面を思わせる深い蒼の目も祖母・母と同じらしい。髪が柔らかくうねっているのもそっくりで優しげな面差しに儚げな雰囲気は、入学当初からずうっと男女問わず人目を引いてね。第二王女はそれが気に入らない、と目を付けられてたよ。侯爵令嬢とはいえ、養女だからと良く嘲っていたし、ヘラテナを使用人のように扱ってた。表立って私や他の者が助けると、更に第二王女が酷くなるのは目に見えていたから助けはしなかったけど」
ゼウデス様を好きな第二王女だもんね。それにゼウデス様以外だと学園に在籍していて王族に意見を言える人も二人しか居ないから、そりゃ誰も助けられないし、ゼウデス様含めた三人に諫められようものなら、更に扱いが酷くなりそうだな、確かに。あの王女、傲慢で人を人とも思わないとこ有るし。
「……ああ、第二王女殿下・イリス様はゼウデス様の妻になりたい、と国王陛下に強請っていらしたから……って、良くイリス様がこの婚約に反対しませんでしたね」
アポメス様が第二王女を思い出してため息をつく。いや、気持ち分かる! アポメス様筆頭に公爵家の使用人全員が苦労したもんね、あの王女には。
「第二王女は隣国へ留学しているからな」
そういえば、そうだった。陛下が無理やりに近い形で留学させてたわ。
「陛下はヘラテナが己の娘のせいで不幸になるような結末を望んでおられない。そんなわけで、第二王女に執着されている私と第二王女に目の敵にされているヘラテナを婚約させたのさ」
成る程。この婚約はそんな背景がっ。
そしてゼウデス様、本当に第二王女殿下が嫌いですよね。名前も呼ばない。呼んで、とか言われても「殿下」 しか言わないもんね。
「私はさっさと了承したよ。何せ、毎回毎回ヘラテナの独り言を聞くたびに面白くて仕方なかったからね。あんな面白い令嬢を私の婚約者に? と思えば退屈しないだろう、とも考えたからね」
ゼウデス様、悪い顔になってますよー。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
侍女(上級使用人)ではなくメイド(下級使用人)なのは、隠密任務だからです。(何となく)
メイドの名前・エリイアは、ゼウスとヘラの子から取りました。(エリスとエイレイテュイア)
第二王女のイリスはギリシャ神話の虹の女神の名前そのものです。