第四話:いくら王命でも……(エレメ公爵家執事視点)
王命にて、エレメ公爵家次期当主となられる予定のゼウデス様に婚約者が出来ました。私はエレメ公爵家の先代の頃から仕える筆頭執事・アポメスと申します。次期当主のゼウデス様の時には家令に昇格予定だ、と内々に現当主様から伺っておりまして、骨身を惜しまず公爵家を盛り立てて行くつもりでございます。無論、現当主様は基より次期当主であらせられるゼウデス様もお仕えの甲斐が有る聡明で時に冷酷さも垣間見せる優秀なお方。王家の信も篤いエレメ公爵・キッドル家の次期当主様の婚約者は、政略結婚とはとんと縁が無い予定でした。……ええ、予定でございます。まさか、私も王命が下るとは思ってもみませんでした。他家で有れば政略的なものも王命も下ってもおかしくないのですが、エレメ公爵・キッドル家には、王命も政略的なものも有り得ない事でした。
理由は簡単で、エレメ公爵領は非常に肥沃な土地により作物が育ちやすく、国の主要食糧の一つ、小麦の六割はエレメ公爵領にて賄われております。更に温暖な気候のお陰で国内有数の花の名所として栽培も盛んで、観光地としても力が入っております。つまりそれだけ領地が広いという事にございます。となれば収益も当然多いわけでして。
ええ、そうです。
要するに政略的な結婚をしなければならない程、金銭的な問題で困る事は有りません。
また、手っ取り早く婚姻という形を取って相手を支援する方法ではなく、契約書を交わして契約を互いに守ることで契約が即座に破棄されるような関係にもなりません。仮に相手が契約を一方的に破棄をして来ても、こちらは痛くも痒くも無い、という状況。寧ろ痛いのはあちら側。侮られるのは許されませんから報復は当然としても、正直な話、支援金が返還されずとも動じない程度の収益が有るわけです。
更には元々は十一代前のエレメ公爵様は時の国王陛下の弟……つまり王弟でした。王弟殿下が臣籍に降下して興したのがエレメ公爵・キッドル家。王弟殿下……初代様は年齢が時の国王陛下より十六歳下でしたが、かなりの切れ者と噂されておられたとか。初代様は五歳で臣籍降下を表明し、八歳で王太子殿下に第一子がお生まれになられた事で王位継承権を放棄。十歳で国王陛下が戴冠されると臣籍降下。そしてエレメ公爵・キッドル家が興ります。そして三代目の当主の妹君は王妃となられ、七代目の当主様は王女殿下を娶られましたので、それなりに王家の血が入った家でございますから、下手に王家も介入出来ないのでございます。
で。
代々の当主様は領主としての手腕を発揮されておりますから、優秀で権力も有るわけで。ついでに王家の相談役みたいな立場でございますから、要するに、これ以上の富も権力も不要なわけでして。
王家もエレメ公爵に力が集中することは避けておられるのか、王命による政略結婚は無かったのです、これまでは。
他国との繋がりも断つ事で王家の顔も立てて来たのですから、益々婚姻に関して王家の横槍など入るはずも無い。
それなのに。
此度、エレメ次期公爵予定のゼウデス様へ、王命による婚約者を与えた。
当然、裏が有ると思うわけです。私は筆頭執事として、探るつもりでおりました。
ところが。
「不要だ。婚約者はヘラテナだったからね」
ゼウデス様がとても愉しそうにニヤリと口角をあげられました。このようなゼウデス様は滅多にお見かけしません。余程気に入った相手で無ければ見せない表情。という事は、下手に裏を探るなり婚約者に定められた令嬢を調べたりすれば機嫌を損ねる、と判断した私は調査をしませんでした。
しかし。
その判断を私は悔やむことになりました。王命で結ばれた婚約者の令嬢はモンバル侯爵・ユーズ家の養女でございました。養女である事は然程問題視をしておりません。問題ならば現当主様が既にやんわりと国王陛下にお断りされている事でしょう。あからさまに断れずとも、迂遠な断りは出来る程度にはエレメ公爵・キッドル家は力が有りますので。ですからそこが問題なのでは有りません。
現当主様は領地におられ、王都には次期当主のゼウデス様がおられるのみ。だからこそ、この王命による婚約の裏を探るつもりでしたが、ゼウデス様の機嫌を損ねたくないために調査しなかった結果がこれ。
まさかの暴言でございます。
「あなたのような平凡顔のデブと一緒に暮らすなんて、わたくしが可哀想ですわ!」
まさか、公爵夫人としての教育の一環として公爵家に移って来てもらいましたのに、我等使用人一同との初顔合わせにて我等が次期主人にこの様な暴言を吐くなどと思ってもみませんでした。これは私の失態。やはり調査をしておくべきでした。こんな性格の悪いご令嬢をよもやゼウデス様の婚約者に、などと、おのれ、国王陛下といえど許すまじ!
暴言を吐いて我等使用人一同に見向きもせず、世話も要らぬと別邸に引っ込んだモンバル侯爵・ユーズ令嬢に怒り心頭ですよ、私は。
大体、ゼウデス様のどこが平凡顔のデブだと!
ゼウデス様は、王家の血を表す銀髪を首の後ろで緩やかに結わえ、同じ年頃の子息達より頭一つ分抜き出た背丈。公爵家の次期当主として、誘拐どころか命も狙われていた故に身を守る為に剣の扱いは基より拳による接近戦も考慮して鍛え上げた体躯。しかしながら先ずは逃げる事が先決、と足は長く速い。また、敵から素早く逃げるために、王都内の地形に熟知し咄嗟の決断も高く、学園の成績も常に五位以内を保持しつつも戦になれば倒すための作戦も常に三つは立てられるだけの聡明さ。それを表すかのような涼やかな一重瞼の切長な目に意志の強さを表すかのような髪と同じ銀の眉毛は太い。瞼の奥の目は相手の心を見透かすかのような透明な緑色で鼻は高く口は薄い。その薄さが冷酷さを醸し出す。また体躯に見合う筋肉隆々な二の腕は、領民達を守るのに安心感を与えると言われている。
また顔全体が卵のような形で目も鼻も口もバランス良く配置されていて、整った顔立ち。使用人一同だけでなく、世の令嬢達も歓声を上げて頬を染めてゼウデス様に見惚れるにも関わらず。
平凡顔のデブ
とは、あの令嬢の目は節穴か! いや、目の病気かもしれん!
「平凡顔のデブ、か……。うーん。体型が太っているように見えるのは筋肉だからなぁ……。平凡顔。そうか、ヘラテナには平凡顔に見えるのか。……益々気に入った」
憤慨していた私、アポメスを筆頭に使用人一同は、ゼウデス様のお言葉を耳にして戦慄した。
「お、おそれながら、ゼウデス様」
「なんだ?」
私は意を決して、そして皆の気持ちを代弁するかの如く、ゴクリと唾を飲み込んで尋ねた。
「あの、侯爵令嬢様、を、気に入った、と……?」
これは、全員の気持ちだと私は理解している。
衝撃でしかない。
「ああ。……ふむ、そうか。アポメスは私の機嫌を損ねないために、ヘラテナの調査をしなかったのだな?」
「は」
「という事は、ヘラテナの発言を鵜呑みにしたな?」
ゼウデス様の問いの意図を読めずに頷けば、ゼウデス様はニヤリと腹黒く笑った。
「別邸へ行くと面白いものが見られるぞ」
それは監視、という事か。
私はそう解釈してその日から別邸の隠し部屋等に公爵家の暗部部隊の中でも諜報に特化した者達を数人送り込んだ。
その結果が、ああいうものだ、なんてさすがに想像もしていなかった……。いくら王命でも。
あんなポンコツ令嬢、寄越すとは思ってもみなかった。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話も視点が変わります。
執事の名前はアポロンとヘルメス(どちらもゼウスの息子の名前)を合わせたものです。