最終話:雇われ婚約者は嫌われなかった
イリス第二王女殿下が病気に罹り、それも治る見込みの無い病ということで、第二王女の位を剥奪し、離宮で静養していると公表されたのは、あの日からおよそ三十日後の事でした。病気になっても普通は地位の剥奪は無いので(勉強しました)地位が剥奪されたと公表された時点で、余程のことをやらかした、と思われるようです。そして、わたくしは知らなかったのですが、イリス第二王女殿下は、かなり傲慢だったようで同世代だけでなく親世代……つまり現在当主を務めている方達に対しても、かなり当たりが強かったらしくて、当然だと思われているようです。とはいえ、大っぴらに「やらかしたから離宮に追いやったよ」 とは言えないわけですし、病気というのが手っ取り早いのでしょう。反省したら戻ってくるのでしょうか。いえ、でも、地位を剥奪されていたら戻って来られないですよね……? もしや、幽閉というやつ、でしょうか。いえ、考えないことにしましょう。
ところで、わたくしピンチです。
いえ、エレメ次期公爵様が、ですね? イリス第二王女殿下に婚約者にしない、妻にしない、とハッキリ言ってしまったわけで。
もう、婚約続行が確定した気がするんです。……気のせいだと思いたいですけど。でも気のせいじゃないみたいで。
「ヘラテナ。君は、わざと私やエレメ公爵家に仕える使用人達に嫌われる振る舞いをしていたんだろう? あの元王女のことは、君以上に我が家は皆、辟易していたからね? 性格を考えれば、そういうことだと思っているのだが」
と、とてもイイ笑顔でエレメ次期公爵様が仰いまして。見抜かれている……と声が出ませんでした。
「あ、ちなみに、あの元王女が関係している、と分かったら、使用人達は寧ろ君に同情しているみたいで、全然嫌われていないからね」
「えっ⁉︎」
イリス第二王女殿下の件が公表された直後から毎日のようにわたくしの元を訪れるエレメ次期公爵様と、使用人さん達。思わず、執事のアポメスさんとか、わたくしの専属侍女にする予定とかって話のエリイアさんとか、他の方達の顔を見てしまいました。皆さん、コックリとエレメ次期公爵様の言葉を肯定するように頷かれます。
「そ、そそそそそんなぁ! あれだけ、嫌な態度や失礼な言葉を出していたから、てっきり嫌われているとばかり……! 嘘ですよね⁉︎」
「ヘラテナは嫌われたいの?」
わたくしの叫びにエレメ次期公爵様が首を傾げます。というか、いつの間にか、わたくしは呼び捨てにされてます。なんで? いつから? どういうこと⁉︎
「王命とはいえ、皆さんに嫌われれば、拾って頂いた恩を返すべく、ユーズ家に帰れるかと思ったんですっ!」
あ、いけない。本音を溢してしまいました。
「ヘラテナ。君、学園でも思っていたけど、勉強もマナーも努力するし、振る舞いも頑張っているのに、その大声で本音を言うくせが治らないから、台無しになってるって知ってる?」
エレメ次期公爵様の指摘に、肩を落とします。解ってるんです。独り言凄いし、大声出すし。あら? でも……
「じゃ、じゃあ、台無しなので婚約解消に……」
「ならないよね」
わたくしが提案しかけたら、エレメ次期公爵様が笑顔でぶった斬りました。なんでですか……。
「そんなことで婚約解消出来るような王命なんて、無いから」
「それはそうかもしれませんが……。でも、わたくしはエレメ次期公爵様と、家としては釣り合いが取れていても、他で釣り合うとは思えませんし。エレメ次期公爵様は、学園内でも令嬢方から憧れる存在として見られているわけですし。別にわたくしじゃなくても良いと思うのですが」
「ヘラテナ。君さ、それ、気になっていたんだけど」
「それ?」
「エレメ次期公爵様って呼び方。婚約者なのだから、ゼウデスと呼んで欲しいよね」
「し、しかし、わたくしは仮初めの婚約者ですし」
「いや、王命で、きちんと互いの当主が交わした婚約証明書を提出して受理された、本物の婚約だし」
そういえば、本人同士のサインも書きましたね、あれ。というか。そういえば……。
「わたくし、エレメ公爵様と奥様にもお会いしたことないですし、認められていないと思いますから、婚約解消……」
「だから、するわけ無いから! 父上と母上は領地経営に力を入れてるから、領地だよ。母上が領地から出てこないから、母上大好きな父上も基本は領地。当主としての仕事で王都に来ないといけない時くらいしか出てこないよ。書類仕事は領地に送って、父上が決裁したら王都に戻されるし、急ぎの時はアポメスが領地へ馬を飛ばすし、それでもどうにもならないものは、仕方なく王都に出て来るんだ。その時は、母上を無理やり連れて来て、母上に叱られているけど。だから、ヘラテナが嫌われているなんて無いから。寧ろ、さっさと領地に連れて来てって母上から手紙が来てる。本当は、父上が王都で公爵の仕事。母上が領地経営って役割分担があるけど、父上は母上と離れたくないために領地に行きっぱなしなんだ」
なんとっ。
公爵様は愛妻家のようです。素敵です。
「愛妻家なのですね。素敵です……」
うっとりとしてしまいます。わたくしも、折角生まれ変わったので、そんな風に誰かに愛されてみたいものです。
「ちょっとヘラテナ? 君の婚約者は私だよ? 父上じゃないからね? 愛妻家が良いなら私も父上の子だから、愛妻家になれる自信があるよ?」
ジト目をするエレメ次期公爵様が、ちょっと可愛く見えたなんて、失礼ですかね。わたくしはクスリと笑って「そうですか」 と言いつつ。
「ですが、わたくし以上にエレメ次期公爵様の妻に相応しい方が居ると思います」
と、断ります。だってねぇ。王命だと解っていても、婚約が無くなることが前提の婚約だったので、どうしても婚約続行という気になれないというか……。
「ゼウデス」
「えっ」
「ゼウデス」
これは、名前を呼べ、と?
「ええと……ゼウデス、様?」
「様も要らない。ゼウデス」
「ぜ、ゼウデス」
「よし。私の妻に相応しい相手は私が決める。ヘラテナが決めることじゃない。そして、ヘラテナはきちんと夫人教育を受けているから、振る舞いも国内の主要な貴族を覚えているし、国外のいくつかの言語も勉強している。何も問題ない」
あー……、もしや、頑張り過ぎていたのでしょうか、夫人教育……。
「そして、私も使用人達もヘラテナを嫌っていないし、父上と母上も認めている。王命だから覆ることなど有り得ないが、仮に覆ることが出来たとしても、私は婚約を破棄しないし、解消しないし、白紙にもしない。私は続行という答えしか受け入れない」
まさかの、続行以外の返答不可でした……。
「ええと。わたくし、ユーズ家に恩返しをしたくて、ですね」
「私との婚約続行ならばモンバル侯爵も恩返しだと思ってくれるだろう。まぁ、モンバル侯爵・ユーズ家の方達に今回の一件について説明しに伺った時に、恩返しなど考えなくていい、と仰っていたが。そんなことより、君が幸せになることが一番の恩返しだと言っていたぞ」
いつの間にかゼウデス……様は、義家族に会いに行っていたようです。わたくしが幸せになることが一番の恩返し、ですか……。
「でも、わたくしに公爵夫人は荷が重いというか」
「教育を受けている。順調だと聞いている。問題ない」
「他のご令嬢方から嫉妬されるのは……あまり嬉しくないと言いますか……」
「私が守る」
ええと……ええと、どうしましょう。悉く反論されてます。
「それともなにか? 君は何か公爵夫人ではなく、やりたいことがあるのか? それとも、好きな男でもいるのか?」
えっ、なんでこんなに熱くなられているのでしょう。落ち着いてください。
「好きな方はおりません。好みの方は……二番目のお父さんみたいな方でしょうか。一番目のお父さんは、身体が強そうだったのですが、事故とはいえすぐに亡くなってしまいましたが。二番目のお父さんは、病弱でしたけど、こちらが思うより長生きしてくれましたから……。後は、二番目のお父さんが絵描きでしたので、絵を教わっていたので、平民になって絵描きなんて面白そうかな、と……」
他にも生活力は一応あるので、炊事洗濯掃除は大丈夫だと思うので一人暮らししながら働いてお金稼いで、あと、恋愛をしてみて。それで結婚出来ればいいなぁ……なんて。
「よし、分かった」
「えっ、婚約解消ですか⁉︎」
「何故、そうなる。婚約は続行だ。病弱にはなれないが、長生きすると約束する。絵を描きたいなら、夫人としての仕事の合間に描くのも構わない。これならば婚約続行出来るだろう」
え、ええと……。一人暮らしはダメですかね。
「自分の好きな料理を作るとか、洗濯するとか、掃除するとか……。お仕事してお金を稼ぐとか」
「毎日料理・洗濯・掃除は無理だが、週に一回ならやっていい。仕事? 公爵夫人は仕事みたいなもの。それでも稼ぎたいなら、商売でも何でもすると良い」
えー。商売なんて考えてないです……。でも、そうですね。公爵夫人がお仕事ならば。
「では、公爵夫人のお仕事にお金を下さい」
「それは構わないが、稼いでどうするんだ?」
「好きな物を買いたいです」
「それは公爵夫人としての予算内で買えばいいのではないのか?」
「自分の力で働いてお金を稼いで買うことで、その物への愛着や価値が生まれると思います」
「成る程。それは面白い考え方だ。益々気に入った。元から君のそういう面白いところが私は好ましいと思っていたから。だから婚約を受け入れた。その上、こんな面白い考えをしているのなら余計だ。だから、婚約は続行する。これは決定だ。反論は聞かない」
……どうやら、ゼウデス……様は、婚約続行の返事しか聞いてもらえないようです。わたくしがやりたいことは、それなりにやらせてもらえるようですし、仕事してお金ももらえそうです。
今のところ、わたくしが幸せだと考えることは、これくらいで。その全てを受け入れてくれるのなら、婚約続行でいいですかね。王命が覆ることは無いし、夫人教育も無駄にするわけにはいかないですし。
「分かりました。婚約続行で。これからもよろしくお願いします」
わたくしが頭を下げると、ニヤリと笑ったゼウデス……様。なんでしょうか。
「じゃあまずは、別邸から本邸に、私の隣の部屋に引越しだな」
……ちょっと早まったかも、しれません。
(了)
お読み頂きまして、ありがとうございました。