第十三話:婚約者は自身の出自を知る(ヘラテナ視点)
次期公爵夫人の教育の一環として、国王陛下からの召喚状を手にしたエレメ次期公爵様が別邸にいらしたのは、イリス第二王女殿下と相思相愛では無いし、婚約もしない、という衝撃的なお話をされてから数日後のことでした。あの時のお話では、イリス第二王女殿下が勝手に思っていただけだそうで。なんていうか、エレメ次期公爵様のことを女性の見る目が無い方だと思っていたことを謝りたい気分です。イリス第二王女殿下があまりにも自信満々で仰るので、てっきり真実だと思っておりました。でも、それと婚約を続行することは、わたくしの中で別というか。いえ、確かにイリス第二王女殿下と婚約されないのならば王命に逆らうわけにもいかないですし、エレメ次期公爵様にお咎めがあっても困ります。それを考えれば婚約を続行するのは当然なのですが、最初から婚約が無くなると思い込んでの婚約でしたから……ちょっとどうすればいいか分からないのです。
ユーズ家のお義父様とお義母様にご相談した方がいいのでしょうか。
そんなことを考えていた矢先に、陛下からの召喚状を見せつつ、夫人教育の一環として共に登城して欲しい、とエレメ次期公爵様に言われました。そういうものなのか、と了承したわたくしは、当日、自身では着られないドレス姿だということに気付いて、本当に申し訳ないと思いながら本邸の侍女さん達にドレスを着付けてもらい、なんだかとんでもなく高価に見える首飾りもつけられました。
「ひっ……。あ、あああああのっ。こ、こここここの首飾りは、付けなくてはいけないものですか? き、傷をつけてしまったら首を刎ねられそうな首飾りなんですけれど……っ」
着付けてくれた侍女さん達に涙目になりながら尋ねれば、全員が声を乱れさせることなく「ゼウデス様のご意向ですので」 と返事をされました。ど、どうしましょう。こんな高価なドレスに加えて値が張りそうな首飾り……。粗相をした瞬間、わたくしの首と胴体が離れてもおかしくないと思うのです。
そう思いながら、怖々とエレメ次期公爵様のエスコートで登城しました。国王陛下にお会いせず、どうやらイリス第二王女殿下にお会いすることが召喚状の内容のようで、イリス第二王女殿下の元に向かうそうです。エレメ次期公爵様からは、わたくしは喋らなくていい、と言われましたので、少し安心しました。何か言われてもエレメ次期公爵様がご対応下さるそうです。
それにしても、ドレスは着慣れないせいか動き辛いです。でもサイズぴったり。次期公爵夫人教育の一環で、ドレスの採寸もして、ドレスも何着か作らなくてはいけない、とかで、作った一着です。全身緑色のドレスに銀糸の刺繍がされてます。図柄は公爵家の紋章なので、成る程、次期公爵夫人教育の一環としてのドレス製作というのは嘘では無いみたいです。それにしても、わたくし、緑色って似合わない気がするんですよね。尚、好きな色は水色です。でも作ってもらったのにこの色が似合うとは思えなくて、違う色じゃダメですか? なんて言えません。取り敢えず、このドレスも汚さないように気をつけて動きましょう。
そうして、現在イリス第二王女殿下のお部屋に入りましたが、入った途端にイリス第二王女殿下がエレメ次期公爵様に駆け寄ります。……貴族令嬢として七歳からつい最近まで、勉強やマナーを教わっていたわたくしが言うのもなんですが。淑女としてはしたないってことではないでしょうか。そういえば、お勉強嫌いだという話でしたよね。つまり、そういうことですか。なんて考えている間にもエレメ次期公爵様とイリス第二王女殿下のやり取りが続きます。
「平民出の拾われ女がわたくしより劣ると⁉︎」
その通りですが拾われ女、と改めて言われるとちょっとだけ胸が痛みます。そりゃあ拾われました。でも、わたくしだって二番目のお父さんとお母さんと一緒にずっと暮らしたかったです。ユーズ家の義家族が嫌いというわけじゃないです。厳しくそして優しく接してくれます。でも、それでもお母さんと一緒に居たかったです。イリス第二王女殿下は、相変わらず人の痛いところばかり突いてきます。
そんなことを考えていたら、わたくしの耳に「では、どこかの貴族家の子だと……?」 という愕然としたイリス第二王女殿下の声が聞こえて来ました。えっ……。わたくし、本当は貴族の家の子なんですか? ショックでそれ以上の二人のやり取りが耳に入らないまま、隣に立つエレメ次期公爵様を見ました。そうしているうちに、なんだかイリス第二王女殿下の声が聞こえなくなって。
「あ、の、エレメ、次期公爵、さま……」
わたくしはただそう呼びかけるしか出来ず。エレメ次期公爵様に支えられるようにして、いつの間にか公爵邸の別邸であるわたくしの部屋に帰って来ていました。
ソファーに座っていて、誰かに肩を摩られています。その手を見て、腕を見て肩を見て顔を見ました。エレメ次期公爵様でした。
「あの……」
「済まない。驚いたみたいだね」
「は、はい。わたくしは、貴族の血を……?」
信じられず、縋るようにエレメ次期公爵様を見ます。わたくしは実はお父さんとお母さんの子では無いのでしょうか。
「ヘラテナの両親について、私は聞かされていることがある」
「それは、わたくしは聞いてもいいこと、でしょうか」
「知りたいなら話すが」
少し考えて首を振りました。なんだか色々あって疲れたので頭がパンクしそうですので。
「では、ヘラテナが知っている方がいいことだけを伝えよう。君の実の父は子爵家の出身だ」
「最初のお父さんも、貴族……。あ、そういえば。最初のお父さんが亡くなってから、大きなお屋敷に少しだけ居たことが有りました。もしかして、それが……?」
わたくしは、色々あった幼い頃の記憶からポンッと突然その記憶が飛び出るように思い出しました。
「おそらく。それからもう一人の父親はモンバル侯爵夫人の弟だから貴族の出身」
「はい」
そう。それに二番目のお父さんは、病弱で線の細い方だったけど。わたくしに文字を教えてくれたり絵本を読んでくれたりわたくしの絵を描いてくれたり、していました。平民の識字率は低いので、お父さんが貴族の出身だと聞いて頷けます。
「それと、ヘラテナの母親もとある方の愛妾の子だ」
「お母さんが……? お母さんは、愛人の子だった?」
ああでも、そういえば。最初のお父さんが亡くなった後に少しだけ居たお屋敷でそんなことを言っていた人が居た、ような気がします。なんだか幼な心に聞いてはいけないことを聞いた気がして、忘れた気がします。
「君の祖母は男爵家の令嬢だから、下位貴族の出。祖父にあたるのは、男爵家より上だと思ってくれればいい」
「エレメ次期公爵様は詳しいのですね」
「公爵家に入る人だからね。調べはする。勝手に調べて済まない」
わたくしのことをわたくし以上に知っているエレメ次期公爵様。確かにわたくしは王命とはいえ婚約を結ぶ相手です。背後関係は調べる必要があるのでしょう。謝られる必要もありません。
わたくしは静かに首を振りました。
エレメ次期公爵様は、王命といえども怪しい女を妻には出来ない、と調べただけのこと。何も悪くないのですから。
「エレメ次期公爵様は、お母さんが誰の子なのか、つまりわたくしの祖父が誰なのかもご存知ですか」
わたくしの問いに、エレメ次期公爵様はコクリと頷かれました。
「今、わたくしは知りたいとは思っていませんが、いつか知りたいと思った時は、教えて下さいますか」
「約束しよう」
「祖母の家は……」
「男爵家か? 今はもう無い」
跡取りが居なかったのでしょうか。それとも別の何かがあって無くなったのでしょうか。ただ、聞いてはいけない気がして、それ以上は尋ねませんでした。
わたくしが貴族の血を引く、と知った時は衝撃でしたが。思い返してみれば……と思う記憶も片隅にあります。だから、やっぱりわたくしは貴族の血を引いているのでしょう。
「教えて下さりありがとうございました」
「いや」
「申し訳ないのですが、色々なことがあって疲れてしまいました。休ませて頂きたいのですが」
「分かった。よく休むと良い」
侍女さん達を呼んでくれたエレメ次期公爵様に頭を下げて見送りました。それからドレスを脱いで首飾りを取ってもらったわたくしは着脱しやすいワンピースを着て、侍女さん達に礼を述べました。
「あ、そういえば一つ確認したいのですが」
色々あって疲れたわたくしは、ドレスを目にして、ハッとしまして。侍女さん達に尋ねました。
「あの、水色というのは無いですか? わたくし、水色が好きなもので。次に着る時はせめて好きな色ならもう少し頑張れそうな気がして」
「残念ながら水色はございません」
わたくしが水色が好き、と言った途端に侍女さん達が何とも言えない表情になっていますが。わたくし、変なことを言ってますかね。でも即答で水色が無いことを教えて下さったので、諦めます。
「そう、ですか。すみません、ありがとうございました」
わたくしはしょんぼりした気分で、お礼を言いました。まぁ仕方ないです。こちらは作ってもらった身ですからね。ドレス製作時に色指定が出来ない、と言われてしまったからには、そういうものだと諦めるべきです。他のドレスの色が楽しみですね。もし、次に着るとしたら、どんな色でしょうか。
ドレスの色は濃淡の差はあれど、全て緑色に銀糸の刺繍入りだということをヘラテナは知りません。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話は最終話です。