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第十話:雇われ婚約者は婚約破棄する(ヘラテナ視点)

 取り敢えず、義家族が咎められることは回避出来ました。……多分。信じられる、とは言えないですが、信じるしか有りません。エレメ次期公爵様に瑕疵が無いように、わたくしから婚約破棄を告げる、なんて、随分と無茶を言います。礼儀とかマナーとか学力も教養も詰め込まれるように勉強してきました。

 その中で特別に、婚約破棄と婚約解消と婚約白紙の違いも覚えました。なんでも意味をきちんと理解しないまま気軽に婚約破棄を申しつける者が昨今多いのだとか。さて。婚約破棄は、相手に何か落ち度が有って相手の有責を意味するそうです。婚約解消は、相手側も自分側も納得済みの妥協点を提示した円満なもの。婚約白紙は抑々の婚約が無かったことになるそうで。解消か白紙ならば良かったのに……。多分、イリス第二王女殿下の事ですから、ご自分の命令なのに関わらず、エレメ次期公爵様に婚約者が居た、という事実が気に入らないのでしょう。入学してからイリス第二王女殿下と関わり合いになりましたが……それでも為人は充分に理解出来ました。

 あまり尊敬したい、とは思えないお方です。王族の方はあの方しか存じ上げませんが……あんな方が王族でいいのでしょうか。王族教育がきちんとなされていないのか、それともあの方ご自身の資質なのか、まさか我が国の王族は皆、あのような方ということは……無いですよね。前世は所謂平民ですから王族や皇族は雲の上の存在でしたが、現世はあのような方が王族と知って、かなりガッカリです……。いえ、落ち込んでいる場合では有りませんでした。


 イリス第二王女殿下に呼び出された翌日の本日。

 頭を悩ませるのは、どうやってエレメ次期公爵様に婚約破棄を突き付けるのか、という事です。

 イリス第二王女殿下に命じられた通り、あまり関わらないでいたのでわたくしがエレメ次期公爵様と話をする機会を作るのが難しいのです。

 本邸に行くのは次期公爵夫人の教育の時のみ。

 その時にいつもお会いするわけでは有りませんし。今まで関わろうとしなかったわたくしが、いきなり話をしたい、と言い出して、エレメ次期公爵様が了承して下さるでしょうか。あの執事さんかどなたかに取り次ぎをお願いするとして、スムーズに取り次いでもらえるでしょうか。

 そのようなことをアレコレ考えてしまうと、どうしたらいいか溜め息をついてしまいます。とはいえ、さっさと婚約破棄を申し出ないと、イリス第二王女殿下が癇癪を起こすのは目に浮かびます。


「女神様……、エレメ次期公爵様と、どのようにお会いすれば良いのでしょうか……」


 偶に聞こえてくる女神様に、つい呟きますが、さすがに女神様だってわたくしの願いばかりを聞くわけにもいかないでしょう。

 取り敢えず気分転換に別邸に面している庭に出て散歩しましょう。散歩に出たからといって、良い案が浮かぶとも思えませんが、気分転換は大事です。

 この別邸に来て布団がフカフカだとか、窓ガラスが綺麗だとか、侯爵家の屋敷も広くて迷いそうだったけれど、公爵家の別邸だというのに、やっぱり迷いそうだとか、庭が花々に彩られるだけじゃなくて、大きな樹木がどっしりと聳え立っていて前世の御神木を思い出して心が穏やかになるとか。

 ーーいつの間にか、この別邸が自分の居場所みたいで居心地が良い、とか。

 エレメ次期公爵様と少しだけ交わす会話の中で、わたくしを気遣ってくれる優しさは、少しだけお父さん……本当のお父さんじゃなくて、お義母様の弟だったという二番目のお父さんに似ていて。ちょっとだけ胸が暖かくなってちょっとだけ胸が痛い気がします。

 でも、もう。こんな生活もエレメ次期公爵様の優しさに触れるのも終わりです。

 御神木に似た樹木は、多分楡の木だと思うのですが……その幹に手を翳して目を閉じます。どうか、エレメ次期公爵様に婚約破棄を告げられますように。……きっと上手くいくはずです。王命だとは解っていますが、それはイリス第二王女殿下が国王陛下にお願いしたからこそ、の婚約ですし。わたくしは嫌われるように振る舞って来ましたし、イリス第二王女殿下が、エレメ次期公爵様の愛する方が帰国したのですから、受け入れてもらえるはずです。


 ガサリ

 そんな音が背後から聞こえて振り返ります。エレメ次期公爵様が、立っていらっしゃいました。

 女神様が、わたくしのために此処に連れて来て下さったのでしょうか。そんな風に思ってしまうくらい、良いタイミングでした。


「ヘラテナ嬢」


 わたくしがエレメ公爵家に来た日と変わらぬ優しく穏やかな声でわたくしの名を呼びます。


「エレメ次期公爵様。どうして、こちらに……」


 お会いするのはいつも本邸でした。別邸には近付かない方でした。でも。ここはエレメ公爵家。エレメ次期公爵様がいらっしゃってもおかしくないのです。……それなのに不自然なほどに本邸でしかお会いしませんでした。学園に通っているのに、学園でも会わず。馬車が別々でも同じ敷地内なのだから馬車停めで会ってもおかしくなかったのに。

 ……ああ、そうか。

 婚約破棄を告げる今になって気付きました。


 ーーずっと、わたくしを気遣ってくださっていたのだ、と。


 わたくしがエレメ次期公爵様との婚約を不本意だと態度に言葉に表していたから。少しでもわたくしが不快な想いをしないように、なのか。わたくしがエレメ公爵家に慣れるように、なのか。わたくしが婚約に前向きになれるように、なのか。そのお気持ちは解りませんが、わたくしを気遣ってくださっていたからこそ、不自然なほどに本邸限定で。それもどうしてもわたくしの意見が必要な時だけ、会っていたのでしょう。本当にお優しい方です。


「昨日……第二王女に呼び出された、と聞いて」


 ああ。そういえば、わたくしへの呼び出し状はエレメ公爵家本邸の執事さんが持って来て下さいましたね。そうか。相思相愛のイリス第二王女殿下と何を話したのか気になりますよね。一応婚約者なのですから。


「ご安心ください。わたくし、エレメ次期公爵様が愛するイリス第二王女殿下に対して、何も申し上げておりません。きちんと婚約者とは名ばかりだ、とご安心頂きました。それでも、イリス第二王女殿下は不安なご様子でしたが。わたくしもいくら王命とはいえ、相思相愛のお二人を引き裂く気は有りません。婚約を破棄してください。エレメ次期公爵様からでは王命に叛くわけにはいかないでしょうが、わたくしから告げたからには、わたくしに咎めがあるはずです。通常ならば、告げられた側に落ち度があると思われますが、エレメ次期公爵様は貴族の方々から認められている素晴らしいお方。わたくしが王命というものを理解していなかった、と皆さまがご理解下さるはずです。エレメ次期公爵様は、どうか相思相愛のイリス第二王女殿下を婚約者としてお迎えくださいませ」


 なんて言おうか、何も考えていなかったのですが。エレメ次期公爵様のお顔を見たら、スルスルと悩んでいたのが嘘のように言葉が出ました。成る程、これが前世の諺の一つ、案ずるより産むが易し、ですね。などと余計なことまで思い浮かぶほど、わたくしの心は余裕を持って告げられました。






お読み頂きまして、ありがとうございました。

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