ここにいる
◆◆◆◆
「結局またオレ1人か」
数カ月後。
央海にぽつりと浮かぶ島へ、リディと共に聖堂騎士団の者らを伴って訪れていた。
理由は、未だにマギステアとの接触を拒み続けている召喚士の里との橋渡しを『紅樹の民』に依頼するためだ。
既にカジムのやり方に反発して離反していった者らがフランクラッドに集団で流れているが、それでもなお召喚士の里に残っている者の態度は強情だ。
だから、かつては召喚士の里の民と共に生きていたという紅樹の民に間に立って貰うことにした。
『お前は交渉事には向いてないからこっちは俺だけで充分だ。だからあいつの事はお前に任せる』
なんてリディに言われて、今は部下も連れずに1人で村をほっつき歩いている。
一応、部下達にはおおまかなあいつの人相を伝えておいて、後で戻ったときに見かけていれば俺が来ていることをあいつに伝えておくようにはしているが。
交渉事には不向きと言われて、ほんの少しの怒りすら湧いてこなかった。確かにその通りであると、自分に対する呆れすら湧いてきた。
思えば、幼少の頃からろくな育ち方をしてこなかったから、礼儀作法はおろか一般常識すら怪しい始末。結構頭に血がのぼりやすい性格である自覚もあるし、しっかりと身に付いている技術といえば戦うことだけ。
「よく六大聖天なんてやってられるな俺」
成り行きとはいえ、自分のような者が六大聖天に任命された事も奇妙な話だ。それで何だかんだ上手く回っているのだから、案外適当なものなのかもしれないが。
しかし、どこを見ても居るのは森人族ばかりだ。現代に生き残っている召喚士といえば森人族しか居ないのだから当然か。そのほとんどの傍らには大小さまざまな魔物がついているのが、また見慣れぬ光景で奇妙だ。
「(マングローブと一体になっているような独特の建築。露出の多い服飾に、あのボディペイントには何の意味があるんだろうな。元々の文化レベルは高かったんだろうが、外界から隔絶された環境と相まってアンバランスな雰囲気がある)」
あいつの姿を探しつつ、村の様子を観察しながら歩いていく。その途中でふと、この村では浮いた存在が居ることに気が付き足が止まった。
「(基人族の子供…?)」
村にいるのは森人族だけだと思っていたが、どうもその限りでは無いらしい。
ただ、桟橋に腰を下ろして海を眺めている彼は、格好からして他の村人とは様子が違った。服装はフランクラッドで見るような見慣れた布の服だし、ボディペイントもしていない。しかし、彼もまた召喚士の1人ではあるようで、傍らには雷竜の子供らしい小さなドラゴンの姿があった。
アイツの現状については姉から少し聞いている。
だから自然と彼の居る方向へと足が向いた。
重たい金属鎧など着ているから、木板を踏むたびにゴツゴツと音が響いた。その音で彼も背後から誰か近付いてきているのに気付いたようで、ゆっくりとこちらを振り返って見上げ、驚いたように目を見開いている。
「あ……」
「お前、ランドだな」
「き、騎士様……どうして僕の名前……」
「知り合いなんだよ。お前の、あー……育ての親になってる奴と」
「っ!セシルは……パパじゃない」
表情を強張らせて、彼はうつむく。
雷竜の子供は、急にどうしたのかと不思議そうな様子で彼を見上げて首を傾げている。
「何だ。嫌いなのか? そいつの事」
「嫌いじゃない……けど」
「けど?」
「…………」
複雑そうな内心を隠せずにいる少年を見て、思わず口から小さく笑いがこぼれた。善意でこうしているんだろうが、あいつも随分と苦労している。普通は笑うところじゃないだろうが、神様にもどうにもならない事があるのだというのが可笑しかった。
「嫌いじゃないなら良いじゃねえか。お節介焼きだが悪い奴じゃないだろ、アイツは」
「……騎士、なんだろ」
「ん? まぁ今はそうだな」
「大陸から、来たんだろ。だったら、僕をフランクラッドまで連れてってよ!」
いきなり無茶を言い出すものだから呆れてしまった。まあ、まっとうに両親に可愛がられて育ったのだろう幼い子供だから、無茶とも思わなくて当然だろうが。
「あァ? なんで俺がそんな事」
「アンリは、すぐ諦めちゃって、でも……だって、ちゃんと、自分の目で確かめなきゃ!」
「へェ」
両親の事、既に話したのかと少し驚く。
理解出来ない事も込みで、隠さずにしておく判断をアイツはしたのかと。子供に対して随分キツいようにも感じるが、しかしこの少年の様子を見ていると――
「(実感が無いのか。心の中で消化している途中なのか。強いな)」
ほんの少しだけ、昔の自分の姿と彼の姿とが重なって見えた。何となく、親を失って行き先を見失っている姿が似ているように思った。
必要なのは目標だ。
しかし、昔の自分のように目標と手段が入れ替わってしまっても困る。
とりあえずずっと見下ろしているのも何だから、その場にどかっと腰をおろして胡座をかく。
「俺は連れて行けねえよ。誘拐になっちまう」
「……」
「ハァ……そいつは? 召喚士になったんだろ、お前」
ふと、彼の傍らに寄り添っている雷竜の子供を指差してそんな事を聞いてみる。
突然雷竜の事を聞かれて驚いたのか、ランドはきょとんとした表情になった。
「え、と……『スピラ』は、その、セシルとニアハに、お前もやってみたらどうだって。セレスお姉ちゃんが召喚士になった時に、きっと才能があるから……って」
「へェ、良かったじゃねえか才能あって。俺はたぶん何の魔物も呼び出せねえだろうなァ」
ニアハとは誰だと一瞬考えたが、おそらくニニィの事だろう。一度は死体を見ておいてこう思うのも何だが、死んでも死ななそうな女だから生きていて驚きも無い。
「だったらよ、そいつと一緒に強くなって、それからまた里帰りすりゃ良い。今急いで帰ったって、人っ子1人残っちゃいねえしな」
「そんなことどうしてわかるんだ!」
「俺の元仲間がお前の親の仇だからだよ。あいつはやるときゃ徹底的にやる奴だった」
「っ……!?」
少年はハッとしたように目を見開いて、すぐに雷竜の子供を伴って距離を取った。
いつでも攻撃してやれるという態勢。こんなところで1人ぶらついているものだから放任主義なのかと思えば、案外教育はよく出来ている。
「戦い方は誰から教わった? ニアハか? セシルか? それとも両方か」
「……あいつの仲間なの」
「『元』つったろ。今は連中の敵だ。まだ残党が世界中に散らばって悪さをしてやがるから、俺達マギステアの聖堂騎士団が後始末に奔走してるとこだ」
嘘は言っていない。あの後もカジムに従っていた者らの内のいくらかは未だに諦めずに各地でテロ行為を繰り返しているし、それにマギステアが憂慮していた通りに亜人族が聖獣擬きと変化しやすい事が明るみに出た事による弊害も生じている。
龍脈なるものを人の手で再現できたのならば、再度亜人族を聖獣擬き化させて兵器として運用できるのではないかと、非合法な組織による亜人族の誘拐が多発するようになった。
災厄を世界にばらまいた者らの責任が、マギステアとイヴリースの生き残りには求められている。だから、聖堂騎士団の仕事はもっぱら戦争の後始末だ。
ただ子供には難しかったか、言っていることがよくわからないとでも言うかのように、ランドの眉間にシワが寄る。代わりに自分が敵ではないことをどう伝えたものか、軽く思案してまた口を開いた。
「まあ、なんだ。今はお前の育ての親達の仲間だ。平和の為に戦ってんのさ」
「セシル達が戦ってるの……見たことない」
「そりゃ今はお前らを優先してるだけだ。あいつらは強えぞ。たぶん、この世界じゃ並べる相手すら居ないだろ」
ランドはそれは本当に?とでも言いたげな目を向けてくるが、そんな話をしていたからかいくらか警戒も解けているように感じた。
そろそろ、こちらも本題に入らせて貰おうかなと、胡座をといて立ち上がる。
「それはそうと、俺はセシルと……たぶんニアハって奴にも用があるんだ。家まで案内してくれないか?」
「なんで僕が……」
「んなもん何処に住んでるか知らねえからに決まってんだろ」
「ええ……」
「お前もどうせ暇してるだろうし良いだろ? ほら、案内してくれたらお前の里帰りの手伝いくらいはしてやるよ」
それを聞くと、彼は仕方ないなとばかりの呆れた顔で「じゃあついて来てよ」と背中を見せる。彼について自分も歩いていこうとしたその時だった。
「あ!やっぱりまたここに居た!」
「うげっ」
「先生も呆れてたよ、また学校サボって」
木々の奥へと続いている道の方から、蒼く煌めく鱗を持った小型のドラゴンを伴った少女が歩いてきて、ランドの姿を見つけたかと思えば怒ったような表情になって彼を指さした。
ばつが悪そうに表情を強張らせるランド。少女は自分の事を覚えていなかったようで、一瞬だけこちらを気にしたもののすぐにランドに駆け寄ってきて叱り始めたが、自分はその少女に見覚えがあった。
「(こいつ……確かカジムの野郎が龍神の巫女だとか言ってた……)」
以前、それの奪還を命じられた事があったか。
カジムがこの少女をどこから連れてきたか知らないが、ここに居ると言うことは彼女もまたセシル達と暮らすことになったのだろう。
何か少しでも歯車が噛み合って居なかったら、この少女もまた犠牲になっていたのだろうと思うと、ズキリと胸の奥が痛む。
随分と長い間、感じることのなかった“罪悪感”。
それがこの頃になって急に戻ってきた。自分がしてきた事の全てが間違っていたとは思わない。むしろ、それで救われた人間もまた居るのだと感じている部分もある。
ただ――間違いについて。特にアイオーンの一員になってからして来た事、その結果を六大聖天になってからの任務で目の当たりにする場面が増えた。
そうして思うのだ。自分もまた、何も知らされずにただ盲信的に亜人族を殺す事が正しいと使命を全うしてきたマギステアの騎士団員のように、正義の二文字に酔っていた1人なのだと。
「お前、学校サボったのかよ」
「んなっ、悪いかよ」
「悪いに決まってんだろバァカ」
ランド少年の肩を小突いてそう言ってやると、彼は煩わしそうな様子でこちらを振り返る。獣人の少女の方は「ところでそこの鎧の人は誰なの?」なんてランドにまた問いかけていたが、彼も今は話したく無さそうにしていたから、ひとまずそれは置いておく。
「嫌なんだよ……勝手に、今までを無かった事みたいにして、頑張れとか」
「そいつはセシルに言われたのか?」
「違う……けど……」
「お前が勝手に思ってるだけなら、やめとけ。まずは目の前のことからそいつと進めていくんだな」
目の前の事に見当がつかないのかキョトンとした表情になるランド、その肩に雷竜の子供がぴょんと飛び乗って小さく欠伸をしていた。
◆◆◆◆
「もうすぐ来るね」
「誰が?」
「テオだ。元アイオーンの1人で、今は六大聖天の1人をやっている。ニアハもオラクルで一度だけ戦ったでしょ」
ナイフで手に収まる程度の木片を削りながら、ふとニアハに話しかける。彼女は先ほど勉強で疲れて寝てしまったばかりのアンリの頭を撫でているところだった。
「ああ……あの時の。またお得意の未来予知かい?」
「うん。時折、少し先の未来の記憶が流れ込んでくることがある」
「難儀だねぇ。ずっとそんな調子じゃ精神が持たないんじゃあないかい?」
「そうでもないよ。ただまあ、最初はこれが世界の管理を任されるって事なのかと面食らったけどね」
薄い紫色のグラスの中、氷がとろけてカランと心地よい音が響く。
ふと、彼女の視線が削られていく木片へと向けられた。
「……本当はもっと前に未来が見えていただろ?キミ」
「どうしてそう思ったの?」
「そいつを彼にくれてやるつもりなんだろう」
手のなかでは、ドラゴンをかたどった小さな木彫りの像が出来上がりつつある。見栄えはそれほど良くないが。
「私にもそれくらいはわかるさ。それにはキミの加護が込められている」
「やっぱりわかる?」
「ついでに言うなら、もっと先の未来もなんとなく見えているんだろう? 彼を生かしておいた方がよりよい未来につながると、キミが判断した。私も何も思わない訳ではないけどね、一応は恩人でもあるようだから」
呆れたようなため息をひとつ吐いて、困ったような表情で彼女は笑う。
「あまり1人で抱え込まないでくれよ。少しくらい、私にもその重荷を背負わせてくれ給えよ」
「……本当に、ニニィはこれで良かったと思ってる?」
「それは死んだ人間の名前だよ。セシル」
あの戦いの後、賢者マギの完成した心臓を手に入れ、究極召喚の神が一柱ホムンクルスとしての生を新たに歩み始めた彼女は、それまでに名乗っていたニニィの名を捨てると伝えてきた。
ニニィ・エレオノーラの名前は、大切な人の名前を永遠に忘れないようにと己に科した戒め。その彼女が大いなる流れへと還った今、その未練は失われニニィ・エレオノーラもまた終わりを迎えたのだと彼女は語った。
『それに、彼女と再会する頃には名前も姿もまるきり変わっているだろう』
死は永遠の別れではないと知ったから、心が軽くなった。そんな事を話していたが、だとすれば尚のこと何故ホムンクルスとしての永遠の命を選んだのかが腑に落ちない。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ニアハは頬杖をつきながら続けた。
「一人ぼっちは、寂しいからねぇ」
慈愛に満ちた眼差し。
しっとりとした語り口に言葉の重みを感じる。
「二人ぼっちなら寂しくないだろう?」
「それは……ありがとう、ニアハ」
「ンフフフ」
出会った時から変わらない、変わった笑い方。
彼女とならば永遠に続く時も歩き続けていける、そんな確信にも似た予感があった。
魂は巡る。
いつか、エレオノーラもニアハとの約束の通りに、また会いに来る日がやってくる。以前とは全く違う姿でも、自分達ならきっとわかる、記憶していられる。
いずれこの世界で出会った人々との別れの日もやってくるだろう。そして、彼らとの再会の日もまた同じように。
そして、その時には何回でも同じ挨拶から始めるのだ。
「さて、そろそろ噂の彼が来るみたいだよ。子供たちも一緒だ」
「僕が出よう」
一旦作業の手を止め、玄関の方へと向かう。
壁に立てかけてある姿見に、半人半龍の異形の姿が映って通り過ぎてゆく。
ちょうど玄関に到着したところで、コンコンと戸を叩く音がしてドアノブに手をかけた。
扉を開けた先には予想していたとおりに、セレスとイリスにランドとスピラの大切な家族たち、そしてマギステアの聖堂騎士団の鎧にその身を包んだテオの姿が。
彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、安心したような柔らかな笑顔を見せる。
「や、久し振り」
「ったく……探したぜ。お前には色々聞きたいことがあるんだ」




