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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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快晴


◆◆◆◆



 聖獣擬きと化した生物の群れは更に膨れ上がり、黒い泥の柱の傍らで肉色をした蚊柱の如くマギスタリアの空に伸びていた。


 その中を、必死に飛び回る小さな黒い影が1つ。

 ヘカトンケイルだ。


 小型のゴーレムを守るようにその腕に抱え、熱線を放ったり剣のついた片腕を振り回してなんとか切り抜けている。


「クソッ! こいつらキリがねえ!」


 ヘカトンケイルの操縦席で、リディは顔中からどっと汗を流しながら叫ぶ。

 黒いドロドロからの脱出に成功したヘズの小型ゴーレムを、追っ手の触手から守ったまでは良かった。伏兵として用意していたのか、直後に大地を割って飛び出してきた聖獣擬きと化した虫の群れに囲われ、抜け出せなくなってしまったのだ。


 ヘズの小型ゴーレムは脱出専用。戦闘で頼りに出来るほどの装甲は用意出来ていなかったらしく、一瞬でその片足が聖獣擬きにより破壊された。

 ヘカトンケイルの方は元々戦闘用である事と、セシルによって施された龍脈結晶の装甲のおかげでギリギリなんとかなっている。だから、片腕でヘズのゴーレムを抱えて逃げる事を選んだ。


「(見通しが甘かったか……!?)」


 機体が揺れる。聖獣擬きが飛び掛かってきて、ヘカトンケイルの腕にしがみつかれていた。

 結晶剣が装着されている方の腕だ。攻撃の勢いを削ぐ為なのか、関節のあたりから全身でがっしりと掴まれて上手く動かせない。

 もう一方の腕は既にヘズのゴーレムをかばうだけで手一杯だから、聖獣擬きを引き剥がすのには使えなかった。


「チィ……だったらヘカトンケイルの熱線で消し炭に……!」


 ヘカトンケイルの熱線の照準を腕にとりついた聖獣擬きに向けて狙いを定めようとした瞬間だった。唐突に視界が何かに覆われ、またしても機体が大きく揺れた。

 視界を埋め尽くす柔らかそうな何かを見て、瞬時に何が起きたのかを理解した。ヘカトンケイルのカメラを覆うようにもう1頭聖獣擬きが取り付いて来たのだ。


「これじゃ狙いが――」


 躊躇い。焦り。

 操縦する腕を止めている間も時は流れる。


 ろくな知性など持っていないだろうに、戦いが長引くにつれて何者かに操られるように聖獣擬き達は息のあった連携を見せるようになってきている。


 次の瞬間にはまたしてもヘカトンケイルの機体が何かに当たって揺れ、ゴンゴンと激しく外から打ち付けるような音が鳴り始めた。


「――っ、ブースターが! 畜生……!」


 迷っている暇はもう残されていない。

 間違ってヘカトンケイルの機体もろとも撃ち抜く事になっても、このままじわじわとなぶり殺しにされるよりはマシだ。

 直前まで見えていた視界と己のカンだけで狙いを定める。


 覚悟を決めて放ったヘカトンケイルの熱線は果たして、カメラを隠すように取り付いていた聖獣擬きを撃ち抜き、腕を固めていた聖獣擬きも消し炭にしてみせた。

 しかし、熱線はそれだけでなくヘカトンケイルの腕にも直撃し、龍脈結晶の装甲と剣までは無傷だったものの、龍脈結晶に覆われていなかった駆動部に甚大な被害を与えた。


「腕が――」


 動けなかった間も他の聖獣擬き達は迫ってきていた。

 熱線の余波で一瞬開けた群れの穴もすぐに塞がって四方八方から囲まれてしまう。


「セシルはまだなのか……!」


 フランクラッド軍も今はまばらな聖獣擬きの相手で精一杯だ。

 この場で頼りに出来そうなのは、黒いドロドロの内部へと突入していってしまった半人半龍の彼しか残っていない。

 しかし、その彼もいつ戻ってくるのか、そもそも無事に脱出してこられるのかすらわからない。


 それに、彼もまだ黒いドロドロの内部へ突入してから数分程度しか経過していない。

 離脱が遅れて敵に囲まれる結果となってしまったのは自分の落ち度だ。


「っ、来る!」


 ヘカトンケイルの腕は動かない。

 完全に駆動部がダメになったようでギギギと鈍く低い軋むような音が鳴り響く。

 かと言って、強力な熱線も連続では使えない。


 しかし、剣が残っているなら身体を振り回してやれば無理やりに使えないこともない。


 飛び掛かってきてきた聖獣擬きの一匹を体当たりのようにヘカトンケイルの胴体をぶつけながら切り裂き、この包囲からの脱出を目指す。が――


 がくん、と。

 不意にヘカトンケイルのスピードが落ち、降下を始めた。背中側に張り付いていた聖獣擬きを振り払えず、とうとうブースターがやられたらしい。

 激しく警告音が鳴り響く機内。ヘカトンケイルは墜落を始めていた。

 更に追い打ちのように動きの鈍ったヘカトンケイルへと聖獣擬き達が群がってくる。


「ここまで……か……!」


 死を覚悟したその時だった。

 ズンという衝撃が全身に走り、丸くなった身体を起こしたその時には目の前に広がる景色が一変していた。

 黒いドロドロと聖獣擬きの群れが、手のひら程度の大きさに見えるほど遠くに映っている。


 何が起こったのか理解できずに固まっていると、ふと背後からぜえぜえと苦しそうな呼吸音が響いてきているのにやっと気がついた。


「……テオ!」

「何ッ……で、あんなとこ、居やがる。全員、死ぬとこだったじゃ……ねえか……」


 気絶していたはずのテオが起き上がり、操縦席の背もたれに腕をかけて寄りかかるようにして立っている。

 口ぶりからして目覚めて間もないのだろう。彼がヘカトンケイルや抱えているゴーレムごと自分たちを瞬間移動させて聖獣擬きの群れから抜け出ることに成功した、という事らしい。

 あれだけ戦っておいてまだそんな魔力が残っていたのかと感心するが、テオの方はどうにも落ち着かない様子だった。


「セシルの奴は、たぶん大丈夫なんだろうが……お前、ニニィの死体は何処へやった」

「何? 彼女ならばずっと後ろに――」

「無いぞ。最初から何も無かったように、さっぱりだ」


 そう言われて背後へと視線を向ける。

 確かにテオが言った通りに、ニニィの遺体は忽然と消えていた。


「俺は知らないぞ。お前が瞬間移動させた時に移動させ損ねたんじゃないだろうな」

「命の恩人に向かってその言い草はねえだろうが。……ハァ、俺が目覚めた時にはもう無くなってたぞ」

「そんな馬鹿な」


 まさかまだ生きていて、勝手に出ていったとでも言うのか。しかし、確かに彼女が息絶えている事をヘズもセシルも確認していたはず。


『こちらもだ。抱えていたはずのドラゴンが消えた。何が起きたのか、理解できていない』

「ヘズ様もですか……」


 狼狽(うろた)えつつも、視線を前へと戻した瞬間だった。

 突然黒いドロドロの根元あたりがボコリと大きく膨らんだ。自分とテオの視線が1点に注がれる。


 ギャアギャアと耳障りな鳴き声を撒き散らしながら黒いドロドロの周囲を飛びまわっていた聖獣擬きの群れが、唐突に何かから逃げ出すように散り散りになっていく。


 黒いドロドロから伸びる触手はその動きを止め、一瞬だけ震えた、次の瞬間――


「うおっ!?」

「何だ!」


 黒いドロドロは内側から弾け飛び、内側から眩い光が溢れ出した。


 目にしたのは神々しい姿をした1頭のドラゴン。

 光り輝く翼を持ち、その頭上には幾何学的な模様を描く光輪が宿っている。


 そのドラゴンの全身から溢れ出し広がり続ける光が、黒いドロドロや逃げ出そうとした聖獣擬きを触れた先から消滅させていた。

 輝きを放つドラゴンは凄まじい速度で黒いドロドロの体内を空へ、空へと一直線に飛翔している。


 誰もが戦いの手を止め、ただその光景を呆然と眺めていた。


「あれが……」


 神か。


 溢れ出した光の輪が黒いドロドロを内側から突き破り、遥か地平線の彼方へと広がってゆく。

 上空で渦巻いていた雲はその光に押し退けられるように(またた)く間に霧散させられてゆき、気がつけば暖かな陽光が青い空からこの廃墟と化したマギスタリアの街へと降り注いでいた。


 聖獣擬き達の喧騒だけが耳に響く。

 次の瞬間、激しい閃光がほとばしり思わず瞼を閉じる。次に目を開けた時、空を埋め尽くすほどに飛んでいた聖獣擬きや黒いドロドロと共に、光り輝くドラゴンの姿は跡形もなく消えていた。


 残されたのは、大量の瓦礫の山と呆然と立ち尽くすフランクラッドの兵達、そしてヘカトンケイルの中に居る自分達。


「―――消えちまった」


 ぽつりとテオがそう呟いて、やっと意識が現実へと引き戻される。

 全人類を滅ぼそうとした悪、カジムは完全に滅ぼされ、イヴリースの軍勢はもう残っていない。

 フランクラッド軍は本当にカジムを討伐するためだけにここまで来ていたのか、これ以上戦いを続けようとする様子は無かった。


 マギステアとイヴリースの戦争は、短くも両陣営どころか全世界に甚大な被害をもたらし、ここに終結した。





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