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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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87/90

ニニィ≠エレオノーラ



◆◆◆◆


――お……て……おき……!


「ん……」


 意識がはっきりとしない。

 まるで、随分と長い間眠りについていたかのように、記憶にモヤがかかっているようだった。

 心地の良い暖かさの中で、水面に浮かんで揺られているような感覚は、いつまでもこうしていたいと感じさせた。


――おき……!!……き……!ニ………た……!


「誰だい……さっきから、やかましいねぇ……」


 そんな幸福を邪魔するかのように、何者かの声がずっと耳に響いていた。


 突然、ぐらぐらと力強く揺さぶられる。


「ニニィ! 起きてってば! お勉強が終わったら一緒に遊ぼうって言ってたのに、忘れちゃったの?」

「うん? あっ、あれ……??」


 はっきりと聞こえた自分の名前で、驚いて飛び起きた。

 さきほどまで自分の事を上から覗き込んでいた少女も、驚いて少し仰け反っている。


 やっと意識がはっきりとしてきた。


「なんで、私はこんなところで眠って……??」


 見渡す限りに色とりどりの華が咲き誇る、小高い丘。そんな丘にぽつりと生えている1本の木の下で、自分は昼寝をしていたらしい。


 だが、それより前に何をしていたのか。

 それがどうしても思い出せない。


「本当よ、何で寝てたのかしらね? 私はニニィと遊ぶために急いで勉強こなしてきたのに〜」

「えっと、キミ、は……」

「ちょっと……ニニィったら大丈夫? なんか様子おかしいわよ? 口調も変だし……」


 ぷくりと頬を膨らませて怒っていたかと思えば、今度は自分の方を見て心配そうな表情をする明るい茶髪をした少女。

 歳のほどは12くらいに見えた。

 表情豊かな彼女を、確かに自分は知っている。


「ああ、ええっと……寝起きで頭がはっきりしていなかったみたいだ」


 どうして彼女の名前を忘れていたのだろうか?

 大切な友人で、いずれ自分が仕えるべき主人となる人。


「待たせちゃってごめんね、()()()()()()


 それが、彼女の名だった。







「あははっ!ニニィこっちこっち!」

「1人で進み過ぎないでエレオノーラ。屋敷の周りの森でも危ないよ」


 見せたいものがあるのだと彼女に連れられて、屋敷の周りにある森の奥へと歩いている。


 エレオノーラ・カスティリオラ。

 カスティリオラ伯爵家の令嬢である彼女の、遊び相手兼護衛。

 それが、私『ニアハ・ニーベルング』に与えられた使命だった。ニニィというのは、エレオノーラに付けられた愛称だ。


 代々カスティリオラ伯爵家に仕える騎士の家系で、何人か居る兄妹の中で唯一の女が私だった。

 エレオノーラとは歳も近く、小さい頃から遊び相手で仲良くしていたから、そのまま彼女の側仕えにしようと言う話になったのだろう。


 物心ついた頃から兄達に混ざって父から剣の指導を受け、みるみるうちにその腕を伸ばしていった。

 何があろうと、エレオノーラの命を守りきることが出来るように。



「ついた〜〜! ね、すっっっっごい綺麗でしょう?」

「これは……」


 天真爛漫な笑顔を見せながら、彼女はぱっと手を広げてこちらを振り返る。

 彼女の後ろには、蒼く澄んだ美しい湖が広がっていた。


 水面には桃色の可愛らしい水草が咲き誇り、穏やかな風に吹かれて揺れている。

 瑠璃色の美しい羽を持つカワセミの姿や、水を飲みに来たのか小さなリスの姿も見える。


 鮮やかな蒼と艶めく緑の中、無邪気に笑う彼女の姿はまるで絵本の中の1ページを切り取ったかのように映った。


 彼女は靴と靴下をぬいで素足になり、スカートの裾が水につかないように持ち上げて湖の中に歩いていく。

 自分もそれについていって、しかし湖の中に足は入れることなく、手頃な岩場を見つけてそこに腰をおろした。

 乾いた岩の表面は陽に照らされてほどよい熱を持っており、自然と肩の力も抜ける。綺麗な水のそばにあるからか、空気も澄んでいるように感じられた。


「ニニィは水につからないの? 冷たくてとっても気持ち良いよ〜」

「私はここで貴女を眺めているだけで充分楽しいから」

「え〜、もったいない」


 確かに、ここの水に足をつけたら気持ち良いだろうとは思うが、一応は護衛も兼ねているのだから何か起きた時に素足では彼女を抱えて逃げることも出来ない。

 自分も遊びたい子供心を抑えつつ、胡座なんか組んで背を丸めながら頬杖をつき、ぱしゃぱしゃと水を蹴り上げる彼女の様子を眺めて微笑ましく思っていた。


「いつも思うけど、なんだかニニィって男の子みたいね」

「男所帯で育ったからかな。うちは父さんだけだし、周りも男の兄弟ばかりだからね」


 身に付けている服も、あまり女の子らしくはないなと思う。スカートなんて普段はまったくはかないし、ドレスもエレオノーラについてパーティなんかに出る時の為に用意しているものしか無い。

 父さんは手探りながらも少しでも女の子らしくしてあげようと思っているのか、時たま何か欲しい服や気になっている趣味なんてないかと聞いてきたりもするが、自分は今の生活に慣れきってしまっているから今更変わりようも無かった。


 母さんが生きていたら、自分ももう少し違った少女になっていたのだろうかとふと思いつつ、水面に映る自分の顔を覗き込んだ。


 短く切られた黒髪。

 エレオノーラはよく美人だと褒めてくれるが、やはり兄達によく似た少年らしい顔つき。

 見慣れた自分の顔が、波に揺られてぐにゃりと歪んだ。


 その瞬間、自分の顔から意識がそれると同時に浅瀬に何か小さな生き物が居るのを発見する。


「イノリだ」


 手に乗るくらいの小さなドラゴンの子供が、じっとこちらを見上げている。

 図鑑で読んだことがあるから知っている。


 しかし、記憶が間違っていなければ、このあたりは生息域から遠く離れているはずなのだが。

 誰か、ここに捨てていったのか?


 手を伸ばしてそれを捕まえようとした瞬間、指先はすっと水を通り抜けた。イノリの姿は、まるで最初から居なかったかのように、跡形もなく消えている。


「あ、あれ……?」

「ニニィどうしたの?」

「いや、今ここにイノリが居て……小さいドラゴンなんだが」

「ドラゴン? ニニィって魔物にも詳しいのね。私そういうの本当にさっぱり」


 持ち上げた手のひら。

 指先から水滴がぽたぽたと落ちて、湖に波紋を広げている。


 一瞬、水面に映る自分の姿がほんの少し大きくなったように見えた。


「……え」


 世界がほんの一瞬、赤に染まる。

 その時だけ水面に映る自分の姿が、確かに変化していた。


 今まで着たことの無いような露出の多い服なんか着て、死んだ魚のような目を向けてくる自分にそっくりな黒い髪の女。


 驚いて顔を上げる。

 既に景色は元の美しいものに戻っており、エレオノーラはきょとんとしたような顔をして、不思議そうにこちらを眺めている。


 しかしまたしても世界は瞬時に赤に染め上げられた。

 森は焼けて黒い煙を撒き散らし、赤に染まった湖からは生き物の姿が全て消えている。

 そして、湖の中に立つエレオノーラの胸にはぎらりと光る剣が深々と突き刺さり、白いドレスを真っ赤に染めていた。


 思わず息をのみ、岩場から立ち上がって後ずさる。


 どう見ても死んでいるようにしか見えない彼女は、目や口からだらだらと血を流しながら語りかけてくる。


「どうしたのニニィ? 今日のあなた、やっぱり変だわ」


 その瞬間、また世界は元通りの美しさを取り戻した。

 彼女の胸にも剣は刺さっていないし、あたりからは鳥の鳴き声もする。


 何が起きているのか理解できなかった。

 こんな幻覚を見せるほど、自分の頭はおかしくなってしまったのだろうか。

 確かに今日はどうにも、思考が明瞭になっていないように感じる。


「……ニニィ?」

「い、いや、気にしないで。虫! 虫がいたんだ」

「ニニィって虫苦手だったかしら? でも、ニニィにも可愛いところがあるって思うと、何だか安心しちゃうわ。うふふ」


 彼女は笑っているが、こちらはまるで気が休まらなかった。いったい自分の身に何が起きていると言うのだろうか。

 そもそも、今日自分は今まで何をしていたのだろう。エレオノーラと遊ぶ約束があって、それで丘で眠っていた……?

 眠っていた時より前に、何をしていたのかまるで記憶が無い。どうせ普段通りに兄弟と共に剣の訓練に励んでいたか、家の書斎で勉学に励んでいたか、そう簡単に忘れるはずもないのに午前中の記憶がすっぽりと頭から抜け落ちている。


 では、昨日は?


 おかしい、思い出せない。

 さあっと全身から血の気が引いた。


 自分がこうなった原因が必ずあるはずなのに、ほんの少し前の記憶すら出てこなくなっている。自分が普段何をしていたのか、なぜエレオノーラと過ごしているのか。

 全部知っているのに、何時何をしていたのか、具体的な日時が出てこない。


 それでも必死に記憶を掘り起こそうとしていた時、脳裏にいくつもの景色がフラッシュバックした。


 焼け落ちる屋敷、廃墟の街で4人の人間を殺す自分、父と兄弟達の死に顔、赤い宝石のついたネックレス、龍を従えた森人族(エルフ)の男。


 激しい頭痛に襲われて、頭を抑えてその場にうずくまる。

 ふと気が付けば、どこから来たのか一匹の子狐がすぐ足元にまとわりついて、心配そうに鳴きながらこちらを見上げていた。




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