刻限
決戦に向けての準備は滞りなく進められた。
残っていたマギステア兵達の協力もあり、リディとテオの装備は今用意できる一番良い状態のものになり、技術者の指導を受けながらヘカトンケイルの動力炉を龍脈由来のものへと置き換える事にも成功した。
更に、装甲にも以前自分がそうしていたように龍脈結晶を纏わせて強化し、両腕にも同様に龍脈結晶の剣と盾を装着、ある程度なら『神』由来の力とも打ち合えるようになった。
「しばらく休んで体調整えといてくれよ。いざヤツと戦うってなった時に俺達の主力がへばってちゃしょうがないからな」
ヘカトンケイルのコックピットの中、3人で入るには狭いそこで羽と尻尾を丸めて身体を休める。
マギスタリアまではヘカトンケイルの飛行能力で進む。目標を発見次第、移動による消耗ゼロの自分とテオを突入させて一気にカタを付ける。ヘカトンケイル自体は後方からの火力支援に徹し、戦闘不能になった味方の撤退を任せる。そういう予定になった。
自分はともかく、テオについては『勇者』の力で能力を底上げすれば勝負の土俵に立つ事は何とか出来るだろうという判断だ。
半ば行き当たりばったりで不安は拭いきれないが、やると決めたからには最善は尽くす。
「マギステア兵、マギスタリアに到着するのはあと何時間後くらいになる?」
「そうだな……こいつの速さなら2時間ってところかな」
「わかった。俺は寝るから近付いたら起こせ」
テオも身体を縮こめて、コックピットの壁にもたれるようになって眠り始める。
「すみませんリディさん、私も少し眠ります……」
「ああ、休んどけ」
目を瞑り意識を暗闇へと沈めていく。
ゴウンゴウンと一定のリズムを刻む音と揺れる機体に誘われて、眠りに落ちるのはすぐだった。
◆◆◆◆
「千日手だな、これは」
ヘズ・トラキアの超巨大ゴーレム内部は、戦闘開始前から変わらずチリ一つない美しさが保たれたまま、穏やかな陽の光が射し込んでいる。
ステンドグラス越しに浴びる色とりどりの光を受け、広間に立つのは3人の男女。
「どいつもこいつも不死身だからねぇ……面倒になったならいい加減諦めて隠居してくれても構わないんだよ? その方がずっと自分の為にもなる」
「小娘が私に説教か? ふ、そんな簡単に諦められるなら永遠など手にするものか」
「何やったって過去は変わらないし、死んだ人間は二度と生き返らないよ」
「……ん?なんだ、お前も同類か」
カジムの言葉に、ニニィは眉間にシワを寄せる。
ふと窓の外を巨大な影が通り過ぎて行って、一瞬だけ広間は薄暗くなった。
影の正体は言うまでもない。
戦いの最中、一瞬だけ龍脈の力を引き出したカジムによって産み出された聖獣擬きだ。正確には人も魔物も全て引っくるめた生き物全て、聖獣擬きに変異させられたのだが。
「サイコ野郎に同類扱いされるなんて、イヤになるねぇ……」
唐突にパチンと指を鳴らすニニィ。
即座にその場から飛び退いたカジムを、どこからともなく降り注いだ何本もの光線が襲った。
すんでのところで避けきれなかったカジムの身体にそのうちの一本がかすり、ジュッと言う短い焼けた音と共に彼の片腕が吹き飛んでいく。
続けざまに放たれた光弾の連撃を、カジムは苦笑しつつ水の障壁で的確に防いでいく。
「諦めろと言っているんだよ、私は。お前は過去に囚われすぎて正常な思考を失ってる。見ろ、お互いいくら重症を負おうが死ぬどころか傷一つ残らない。例え私が居なくても、誰かが必ずお前を止めに立ちはだかる。不毛だ」
「何だ、今度は説得するつもりか?」
ちぎれた腕を再生させながらカジムは失笑する。
「無理な話だな。お前には未来が見えていない。私には勝利のビジョンがある。戦いをやめない理由はそれだけで充分だ」
「どうかな。私が探している黒髪の男も、ここには居ない」
パッとニニィの姿が無数の光の球となって霧散した。
次の瞬間、カジムの胴体にばっさりと袈裟斬りにされた傷があらわれ、咄嗟に防御として構えた杖にニニィの太刀がぶつかって火花が飛び散る。
「少なくとも、単純な殺し合いなら私が上だ」
「血の気の……ッ……多い女、め……っ!」
光の速度で縦横無尽に駆け回るニニィを相手に、カジムはまともな防御手段も攻撃手段も持っていない。高火力の魔法に、物理的な攻撃をほとんど受け付けなくなる概念魔法、どちらも強力だがニニィに対して致命的なまでに相性が悪いのだ。
互いに不死身でなければ、カジムはとうに十数回は死んでいる。
「『ヤシェド・ギ・グノー』」
「第一聖天! 棒立ちしていれば良いものを」
唱えられたのは生命力を奪う魔法。
唐突にカジムの全身が痩せこけ衰え始め、落ちくぼんだ目がヘズを睨みつける。が、急激な身体の衰えによりニニィの膂力に耐えられなくなり、首をはねられそうになりながらもニニィに対抗して攻撃魔法を発動。
しかし、苦し紛れの魔法は光弾によって相殺され、爆発を起こした自らの魔力と追撃の光弾の雨とで吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「ただ棒立ちしていた訳でもない。ニニィよ、倒れていた龍神の方はこちらで確保したぞ。死にかけだが……息はある」
「殺さないでくれよ。そいつはたぶん、ウチの身内が探してた妹だからねぇ」
「全く厄介なものだ……ニニィよ、外の聖獣擬き共の数が増えてきた。そろそろ対処しなければこちらもまずい。アレの相手は頼めるか」
「構わないよ」
ヘズの身体が水に沈むように床の中へと消え、カジムとニニィだけが残される。
カジムの姿はいまだ煙の先にあって、どういう状態になっているのか確認できない。
「自分は絶対に死なないとでも、思っているのかね?」
「……ン?」
唐突に、煙の先のカジムからそんな言葉がニニィへと投げかけられた。
「私は既にお前が死ぬ瞬間を目にしている」
「っ……苦し紛れの口から出任せだ」
ニニィがパチンと指を鳴らした瞬間、突風が砂煙を裂いて血まみれになったカジムの姿を晒した。
壁に半身をめり込ませ、全身の骨が粉砕されて歪んだ身体でなお、ヘラヘラと笑みを浮かべている。
「ここまで邪魔をされるのは予想外だったさ。なんせここは見ていない。だから腹も立った」
「『劫炎砲』!」
「……はぁ」
ニニィの真正面に現れた魔法陣から極太の熱線が発射され、カジムを飲み込んで消し炭へと変える。
聖堂の壁に人型の煤だけが残り、しばしの静寂が訪れる。
しかし、すぐに残った煤と舞い散る灰がつむじ風にさらわれる枯れ葉のように集められ、やがてローブを纏った森人族の男の姿を形作っていく。
「痛みすら無かったのは情けかね? まあ、どれだけ死体が原型を失おうが見ての通りだが……諦めるのはそちらだ」
「チッ、『氷牢――』」
「理解しているんだろう!君も!」
「っ!」
大袈裟に両手を広げて叫ぶカジムに、ニニィの詠唱が中断された。現れかけていた魔法陣も蜃気楼のようにかき消える。
「お前も馬鹿じゃないだろう。とっくに理解してたんじゃあないか? 過去は絶対に変えられない。その意味を」
「……決まっているのは終わりだけだ。線の部分までは決まってないさ」
「果たしてそう言い切れるかな。こうして現に違う時間の未来を見た人間が2人居る。どうして未来の流れが確定していないと信じられる?」
ニニィの頬を汗が伝って落ちていく。
肉体的な疲労ではない。魔力も充分に残っている。
ただ――
「先程お前自身が言ったばかりだろう、『過去は変わらないし、死んだ人間は二度と生き返らない』。その通りだ、私も身に沁みている。過去も未来も、変わらない。とうに決まった歴史の流れの中を私達は生きている」
カジムの指がニニィの顔を指差した。
「さて、そちらはもう『時間』が来たようだ」
ニニィの視界の中で揺れる真っ黒な髪。
その中の数本から、色が抜け落ちていた。




