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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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79/90

雨が降る


「……生かされた?」

「そりゃどう言う意味だ。このマギステアにおいて、何故亜人が殺されなければならないのかは、最早俺のような一兵卒ですら知るところだが……なぜそんな亜人を六大聖天ともあろうものが逃がす?」


 思いもよらない言葉に、思考すら一瞬忘れて思わずオウム返しをしてしまう。同じく彼の言葉を聞いていたリディさんの方はと言えば、マギステアにおける亜人種の現状を知っているがゆえに、緊張した面持ちで剣の切っ先をまだテオへと突き付けていた。


 テオは突き付けられる剣に怯むこともなく、淡々と続ける。


「セシル、お前が龍神の巫女を奪い返すために飛び立って行った後、俺はニニィに六大聖天の男共々捻り潰されて意識を失った。増援もない、敵地のど真ん中でだ。当然マギステアの騎士団に捕まり、忌々しい六大聖天の連中から尋問を受けていた」


 かちゃり、と彼が己の手首にはめられた腕輪に触れる。


「これでも個人的な目的の為にイヴリースについてたんだ、忠誠心は無くとも目的を達成する邪魔だけは死んでもさせられない。俺は何も吐かなかったさ。ただ……コイツだけは口をつぐんでいたってどうしようも無かったんだな」


 そこまで言うと彼はふっと顔を上げ、こちらではなくリディへと視線を向けて問いかけた。


「マギステアの兵士さんよ、なんで俺が未だにバケモンにならないのか、疑問には思わないのか?」

「……? そういえば、何故だ? セシルは話を真に受けてやるなら、人に化けたドラゴンだから気味の悪い怪物にならないようだが……お前は普通の獣人族(スロゥプ)だろう」


 くっくっとテオが一人で笑う。何処か投げやりになった様子で、彼はまたひとしきり笑った後にため息を深く吐き出した。


「ハァ……六大聖天ってのは凄いもんだ。この腕輪のおかげでバケモンにならずに居られるってすぐに見抜いてきた。カジムの奴が一人で隠してた古代魔法の知識、当然のように持ってる奴がいるとはな。どうすれば聖獣擬きにならずに済むのか、あっという間に研究されてカジムの干渉を受けない新品まで丁寧に用意された」

「だから前に付けていた物とは違っていた訳だ」

「ああ。カジムから与えられた腕輪は、言わば時限爆弾だ。必要なタイミングになれば、いつでも聖獣擬きにするスイッチを入れられる、俺達の首に当てられた刃。だが、そのスイッチを取り払われた事で、ある意味俺は敵に救われたのさ」


 心の中に溜まっていた鬱憤を晴らすように、穴の空いた袋から水が溢れ続けるように止まることなく、彼の言葉は続く。


「喜んでたんだぜあいつら『これでもう殺さなくて済む』ってな。今まで散々亜人を殺してきた癖に気持ち悪ぃ。挙げ句、イヴリースとの戦いが本格化すれば、重要な捕虜のはずの俺を簡単に逃がして『後は好きに生きろ』なんて言いやがった! ふざけんな! なにが()()()だ! 舐め腐りやがって!!」

「……」

「あんた……」


 三人以外に何の気配も無い、静寂に包まれた森。

 何も言葉をかけられずにいる中、どこか憐れみを含んだようなリディさんの声が妙に大きく響いた。


 がさり、と落ち葉の擦れ合う音。

 テオに突き付けていた剣を鞘に収め、おもむろにリディさんがその場に座り込む。それに続くようにして、自分も。


 三者三葉。

 所属も立場も、種族も考えも、それぞれ違う三人が円を描くように向かい合って座っている。


「この際、敵とか味方とかどうでもいい。そこまでしてでもマギステアと戦いたかった理由は何だ? 亜人を排斥し続けた歴史があったからか?」


 最初に口を開いたのはリディさんだった。

 心の内を悟らせないような静かな顔で、俯くテオをじっと見つめて言葉を紡ぐ。


「…………違う」

「なら、何だ」

「マギステアとの戦争は()()だ。必要なものがマギスタリアに封印されていたから、六大聖天と戦わざるを得なかった」


 ふと、顔を上げた彼がこちらをピッと指差した。


「こいつと同格の神がマギステアの大地に縛り付けられている。亜人が聖獣擬きに変化するのは、それの魔力が抑えきれずに垂れ流しになっているせいだ。俺達は、それの制御権を手にして全人類に反省の機会を与える。その予定だった」


 信じられない事を口にする彼に、今まで自分はマギステアとイヴリースの戦争においては部外者なのだからと無言を保っていたのがとうとう耐えられなくなった。

 大量のイヴリース兵の命を消費して作った聖獣擬きの群れ。あの戦いを見ていたからわかる。亜人を聖獣擬きに変化させるあの力は、聖獣擬きにされる亜人もそれに殺される人々の命もいたずらに奪うだけのものだ。反省などと優しい話で収まるようなものではない。


「反省だと? 人の命を奪うだけの力で反省など――」

「その力が、恐怖が必要なのだ! 基人族(ヒューム)だけではない、無為に偽りの平和を貪る森人族(エルフ)獣人族(スロゥプ)洞人族(ドワーフ)も同罪だ! 古い時代の悪習は未だ世界各地に根付いている。違法な奴隷取引の場で扱われるのはいつも亜人ばかりだ。尊厳を踏みにじられ、同じヒトに命を削られ続け、消費されてはゴミのように捨てられる! 俺の姉も、その一人だった!」

「同じような話なら洞人族(ドワーフ)の男からとうに聞いた。聖獣擬きも大勢相手にした、その上で言っているんだ。あれは反省など与えはしない、裁くべき相手も(たが)えている」

「黙れトカゲ! なら何が人々の目を覚まさせる!? 代わりになるような都合の良い答えがあるんだろう、お前も神なら!??」


 激昂した彼に胸ぐらを両手で掴まれ、何度も、何度も身体を揺さぶられる。表情では怒っているのに、目にはじわりと僅かに涙が浮かんでいて、彼が内心で救いを求めているように感じた。


 お前も神なら。その言葉が胸に深く突き刺さる。


 まだ人間だった頃。自分が1度目の死を体験する前。

 自分は神なんて信じていなかったし、実際に科学的に神の存在は否定されていた後だった。それでも神を心の拠り所として信じている人は一定数居たし、神の存在が否定されてもそうした信仰の存在は当たり前にあるものとして受け容れていた。


 人が神を創り上げるのだ。心にできた不安を埋めてくれるものが必要だから。時にそれは人の欲望や悪意に利用されることもあるが、それでもついて行く人々が居るのは支えてくれる何かが必要だから。人の心はそう強く出来てはいない。


「思い通りの答えは、出せません。見ての通り、ただの人間なので。でも一つだけ確実に言える事は……ムジカを、カジムを止めなければならない。賢者マギも勇者セシルも、それを求めていた」

「……ふ……ふざけるなよ…まともな答えすら出せずに綺麗事をべらべらと……! そんな程度のおめでたい脳味噌でよく俺を責められたものだな!」

「おい待て二人共!そこまでにしておけ、興奮し過ぎだ」


 更に勢い付いて食って掛かろうとした彼の腕をリディさんが横から入ってきて掴み、なだめるように肩をさすりながら僕から引き離していった。

 テオはまだ何か言い足りないようすで荒い呼吸を繰り返していたが、妙に態度が柔らかくなったリディさんに勢いを削がれたのか大人しく彼に従って再びその場に胡座をかいた。


 自分も彼を傷付けたくて声を上げたわけではないのだ。今も感じているマギステアに満ちた龍脈の魔力の高まり、より濃密になりつつある嫌な気配を前にして己がやるべき事は定まった。


 言葉よりも、行動で示さなければ。


「テオさん、貴方の意見を真っ向から否定したのは申し訳ない。ただ、貴方が今感じているように人々は決して思い通りには動いてくれない。貴方の言う“恐怖”を与えた所で、思ったように彼らが反省するとは考えないで欲しい。きっと貴方は現実に理想を否定されて更に苦しむことになる」

「………」


 射抜くような視線。

 彼が今の自分に不満を感じるのは仕方のない事だと理解している。


「私はカジムを止め、マギステアより龍脈を消し去ります。私の大切な人々、そしてこれから大切な人になるかもしれない誰かの為に。その後に……貴方の目指す理想の為にこの力を貸すことを良いとも思いました。私にも、守ってあげなきゃいけない子が居るので」

「は……?」


 そう言って立ち上がった自分に向けて、テオの口からぽろりと間の抜けたような声が漏れた。こいつはいったい何を言っているんだと、目も非難するような目つきからおかしなものを見るようなぽかんと見開かれた目つきに変化する。


 心の中、思い出すのは両親を喪ったランド少年とその幼馴染のアンリに、不思議な力を持つ獣人族の少女セレス、目の前まで行ったのに助けられなかった妹のイリス。

 旅路で仲良くなった冒険者のラバルトとその仲間の冒険者達、紅樹の民の村長やウィニアとメルゥの姉妹、レインツィアにて力を貸してくれた冒険者酒場を仕切る獣人族の女性カティアさん。

 そして、ニニィ。


 亜人を怪物へと至らしめる忌まわしい力、マギステアの大地に広がる龍脈の魔力。それが今の身体にはかえって良い影響をもたらしたのか、未だ万全からはほど遠いものの身体の調子が良くなってきているのを感じる。


「リディさん、私はもう行きます」

「行くって、何処にだ」

「マギスタリアです」


 ギチギチと嫌な音を響かせながら背中の羽を広げる、そして飛び立とうとした、その時だった。


「っ!?」

「何だ!」

「……!!」


 全身の鱗がざわつくような寒気。

 三人同時に感じた、身体の芯まで冷え切るようなその気配。


 さっきまで明るかった空が灰色の雲に凄まじい勢いで覆われてゆき、しとしとと雨が降り始める。その雨に先ほど感じたばかりの嫌な気配を感じて、即座に雨を浴びることが無いように魔法を放つ。


「【大氷界(ヨトゥンヘイム)】!!」


 三人の頭上を覆うようにして、木々を巻き込みながら巨大な氷のドームが作られて雨を阻む。

 だが、反応が一瞬遅れたばかりに既に雨はテオの身体を打っていた。


「うぐぅ…っ!? な、ぜだ……!?? ……これ、は」

「て、テオ……あんた腕が」


 雨に触れてしまったテオの右腕。テオは必死に抑え込もうと小刀を突き立てているが、沸騰した湯のようにボコボコと指先から膨らみ始めている。


「セシル! どうにかならないのか!」

「リディさん腕を……!」

「無駄だ、マギステア兵!抑えている内に俺を殺せ!」


 腕を斬れば助かるはずと叫ぶが、テオ本人がそれを即座に否定する。リディさんは言われるがままに剣を抜き放つも、あれだけ話を聞いた後だからかその刃を振り下ろせずに固まっていた。


 どうすれば彼を殺さず、助けられる?

 必死に思考を巡らせて、一つだけ可能性がありそうなものに思い至る。


「龍神の力でこれが起きているなら、同格の力で」

「おい、何をしているトカゲ!早く俺を、殺せ!」

「殺さない!」


 テオの身体に直接触れ、勇者の力を彼へと流し込んで身体を強化する。自分の手の甲にも彼の手の甲にも光り輝く剣の紋章が浮かび上がり、彼の身体を蝕んでいた龍脈の魔力が抜けていくと共に腕は元通りの形へと戻っていく。


「も、戻った」

「ハァ……ハァ……何だったんだ、クソ。腕輪の効力は、消えていないはず、だろう」


 大量の汗を流し、肩で息をするテオ。その場で続けて、小刀を突き立てていた腕を治療していると、リディさんの悲痛な声が響いた。


「……村が」


 その声にハッとさせられ、テオと共に村がある方角へと視線を向けて、絶句した。


 テオ以外には亜人などいなかったはずの村で、何匹もの聖獣擬きが暴れ回り、あちこちから悲鳴が響いて火の手が上がっている。

 その意味を理解して、もう残されている時間は僅かだと、不安が確信へと変わった。


「カジムは殺すつもりだ。亜人も、基人族も全て」


 灰色の雲は海の向こう、見えない遥か彼方にまで凄まじい勢いで広がっていた。



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