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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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78/90

腕輪の男



 男が広場を離れてから追いかけ始めるまでにそう時間はかからなかったから、後をつけていくのは難しくなかった。


 腕輪を身に付けた男は避難民のキャンプがある方へとは行かず、村の家々が立ち並ぶ方へと歩き、村の外れへと。

 方向としてはマギスタリアへと向かう道。森を抜けて行く街道が伸びる場所。しかし彼は見張りの兵がついている街道へは向かわず、人気(ひとけ)のない森の中へと入っていった。


「あの男……森の中で何をするつもりだ?」

「わかりません。むしろ、此方に気が付いていて来るように誘っている可能性の方が高い」

「……そりゃそうか。いつ不意を突かれても良いように身構えてはおくが」


 戦闘は出来る限り避けたいとは考えているが、相手が何を考えているのか今は何もわからない。会話だけで済めば良いが、戦闘の準備は怠れない。


「今まで変な動きとかする様子は無かったんですか?避難民は把握してたんですよね」

「ちゃんと見てたさ。時折避難民同士でトラブルはあれど、俺の知る限りじゃ今まで皆普通に暮らしてた」

「なら……原因は私ですか」


 彼の見た目じゃない。こちらがあの腕輪に気が付いた事に、彼もまた気が付いたのだ。

 既視感の正体は、オラクルの街で戦った時に聖獣擬きへと変化した森人族(エルフ)の男が身に付けていた金色の腕輪だった。

 色……というか、素材こそ別物だったが、あの腕輪に施された意匠はそっくりそのまま、森人族の男が付けていたものと同じだったと記憶している。だとすると、基人族に見えた彼は何らかの方法によって姿を偽っている森人族の男と同郷の亜人種の一人であるか、基人族でありながらイヴリース側についた者なのか。

 イヴリースのスタンスからして後者は考えにくいが、とにかく蓋を開けてみるまではわからない。



 彼が入っていった森へと自分たちも進み、周囲を警戒しつつ進んでゆく。

 さほど深くはない。むしろ森へと入ってすぐの場所に、彼はこちらが来るのを待っていたように立っていた。


 こちらがある程度近付くと、彼はどこからともなく小刀を取り出してその切っ先を向け、その場で近付くのをやめるように示した。


「兵士まで連れてきたか」


 隣に立つリディさんへと一瞬視線を向け、鬱陶しそうな様子で彼は呟いた。

 聞き覚えのある声、腕輪と同じく既視感のある得物。おそらく、自分は彼の正体を知っている。即座に『個体検査』の魔法を無詠唱でかけるものの、何らかの魔法で防御されているのか不発に終わる。


「ええ、今の私では正直戦いになった時不安だったので」

「それに……被難民に紛れて敵国の兵士が忍び込んでたって話は、マギステアの兵士の一人として聞き捨てならないからな」


 ぴりぴりとした空気が流れる……が、まだお互いに敵意は見せていない。リディさんは柄に手をかけた状態のままであるし、彼もまた小刀を向けてはいるがそのまま闘おうという様子は無い。

 互いに相手の目的がわからないから、反応から何をやりたがっているのか様子を探るに留まっているのだ。


 だから、ここは意思をはっきりと示すべき。

 結果として、それが悪い方向に働いたとしても。


「こちらは貴方を捕まえるつもりも無ければ、害そうというつもりもありません。ただ話に来ただけです。それ以上は、何もしません」


「……そうか、お前、どこの所属だ?」


「所属……?」


「気付いたんだろ、()()に。だからわざわざ追い掛けて来た。違うか?」


 こちらへと向けた小刀は一切揺らぐ事なく、もう一方の空いた手で手首に付けている腕輪を指で弾いた。

 コンという小気味いい音が響き、それが見た目通りの金属製である事が示される。


 唐突な彼の動きに反応してリディさんが剣を抜きかけたが、咄嗟に片手で制してそれ以上彼を刺激しないように抑えた。


「どうしてお前がその()()()()の姿で自我を保っていられるのか知らないが……木端の連中にこいつは配られない。そもそもコレを付けてる奴に、部隊を率いていたようなのはほとんど居ない。お前、何者だ?」


 苛立っているような声色。元より表情の固かった彼だが、話している内に更に顔をしかめて睨み付けてくる。

 その顔を見ていてやっと記憶が繋がった。


 腕輪を見たのはオラクルの街で間違いなかった、だがその腕輪は今目の前にいる彼のものではない。それに、彼の素顔すら完全には見れていなかった。

 理由は単純で、自分が死にかけて意識が朦朧としていた事と、彼が顔を隠していたからだ。だが、こうして対面すれば目元と声である程度判断はつく。


「テオ・サラメーヤ……そろそろ自分にかけた幻を解いたらどうだ?」


「ッ!?」


 次の瞬間、彼は驚いたようにカッと目を見開いたかと思えば、一瞬の内に目の前にまで接近し、首元めがけて小刀を振り抜いていた。

 咄嗟に仰け反り、傾く視界の中でもう一つ銀色のものが弧を描く。リディさんの抜き放った剣が、テオの横腹めがけてその切っ先を近付けている。


 一秒にも満たないほんの一瞬の攻防だった。

 流石に回避を優先したテオが空中で身を翻しながら小刀で剣を受け止め、弾かれるようにして衝撃を逃がしつつ距離を取る。

 テオの顔には明らかな焦りの色が浮かんでいた。


「何者だ!カジムの手先か!?」

「カジム?何を言って……」

「そうで無ければ、先の言葉をどう説明付ける?!」

「先の言葉、名前を呼ばれただけで何故? そもそも、どうしてカジムがお前を襲わせる必要がある」


 こちらの問いかけに対し、彼は口をつぐんだまま警戒を解こうとはしない。多少警戒されるのはわかっていたが、彼がいったい何にそこまで怯える必要があるのかわからなかった。


「どうなってるセシル、知り合いじゃないのか? 話がまるで見えてこないぞ」

「いや、それは私も……」


 困惑した様子のリディさんが前に立ちながらそう問いかけて来るが、返答に詰まった。イヴリースの特殊部隊であるアイオーンの1人、テオ・サラメーヤ。

 それが何故味方であるはずのカジムを恐れるのか、状況を飲み込めずにいた。


「……ただ、私も一つにリディさんに嘘をついてしまった事があって」

「は?」


 ぽろりとこぼした言葉に、むっとした表情で彼が一瞬こちらを振り返った。

 その瞬間、テオ・サラメーヤの姿が掻き消える。


「っ!リディさん右です!」

「ぬ、うおっ!?」


 咄嗟の叫びに彼は反応して、振り向きざまに振るった剣で何とかテオの小刀を受け止めた。

 途中から急激に加速したリディの動き、戦士として格上であるテオの膂力を受け止めた筋力。本人までもが驚きに目を見開く中、剣を握る彼の手の甲に浮かび上がる剣のような形の紋章。


「こいつ、急に……っ!?」


 リディの剣を受け止めながら、その肩越しにこちらへと視線を向けたテオの表情が強張った。


「誰だか知らないが、そういう事か……」


 テオはそう言うと再び距離を取り、今度は握っていた小刀を消す。


「居たのか……4()()()。なる程な、たしかにカジムの手先では無いようだ。あいつがそんな力を持っていたとして、俺一人になぞぶつける訳が無い」

「はあ?2回も斬り掛かっておいて何一人で納得してやがる……ってかセシル、お前も結局何隠してたんだよ、この……何か光ってるの……」


 ただ1人リディさんだけが事態についていけず困惑する中、自分とテオは大方の状況を把握しつつあるように感じられた。

 今のテオ・サラメーヤは、敵ではない。オラクルでの戦いの後、何かがあってイヴリースから離反し、カジムによる粛清を恐れている。


「リディさん、言い出せずに居たんですが、私はイヴリースの兵士じゃないんです。もっと正確に言うなら、人ですらありません」

「っ、はぁ!? いやお前何言って……」

()()()、と言ったか」


 リディさんの疑問を遮るように、テオは強く言葉を放つ。


「名前と、その口振りからして……到底信じがたいが、オラクルで俺が刺してやったドラゴンか。少しばかり龍神の巫女の恩恵を受けただけの、ニニィのおまけ程度と思っていたが、どうやら俺の目は節穴だったらしい」

「そのオマケに得物を折られた癖に……まあお互いにオラクルの事は水に流しましょう。それより、何故カジム直属の兵だった貴方がここに? 今はカジムとも敵対しているようですが」


 そう言うと、彼は深くため息を吐いてその場にどかっと座り込むとあぐらをかき、心底疲れたような様子でぽつりぽつりと話し始めた。


「六大聖天の連中……あいつらに、生かされたんだよ、俺は」

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