不死と不死
ニニィが大聖堂に到着した時、大聖堂は奇妙なほどの静けさに包まれていた。
マギステア対イヴリースの戦争でマギステアの主戦力となる六大聖天の内、下位の3人は北方からのイヴリース軍を抑え込むために首都を離れており、第二聖天ジハードは東海岸での戦闘で死亡。第三聖天ガドラムも、マギスタリアの防衛戦で死亡したと聞いている。
一方のイヴリース側のカジムと龍神を除いた主戦力となるアイオーンだが、そちらは残っていた連中を先程自分が皆殺しにしてしまった。
となると、おそらくマギステア最強の聖堂騎士、第一聖天のヘズ・トラキアが龍神を手に入れたカジムと戦闘を続けているはずなのだが、戦っているような音どころか足音1つしないのだ。
それどころか、激しい戦闘の余波で破壊されたであろう構造物も、美しい意匠のその細部に至るまで、今まさに完成したばかりかと思うほどに綺麗に残されている。
「何だいこれは……気味が悪いねぇ。カジムにこんな事をする意味は無いだろうし、第一聖天とやらの能力なのかね」
そう呟いて、ふと正面入口から入ったすぐ横の柱に、何者かがぐったりと倒れているのが見えた。
腹部の半分に凄まじい力でえぐり取られたような傷を残し、息絶えている法衣を纏った老人。倒れているすぐ横には身の丈ほどはありそうな長い杖が転がっている。
「シェアト教皇か」
以前に新聞で顔を見たことがあったから、その老人が何者なのかはすぐわかった。
こうしてここで死んでいると言うことは、彼もまたカジムの野望を止めるために戦い、そして散っていったと言うことなのだろう。
「龍脈による混乱から世界を守ろうとしての行いとはいえ、虐殺を良しとした者の末路か。だいぶ上等な死に方じゃあないか」
正直、マギステアの聖堂騎士団の連中は嫌いだった。
彼らを一言で表すなら、『正義』。
下っ端の、実情を良くわかっていない連中は踏みとどまる理性があるぶんまだマシだが、実情を理解した上でマギステアの教えに殉じている上層部の連中は『正義に狂っている』と言っても過言ではない。
そうする他に無かったのだろうというのも、もちろん理解は出来る。事実、大量の亜人種の兵を送り込んだカジムによってマギステアの大地は聖獣擬きであふれかえり、その一部は国外へと飛び出して既に各国で被害をもたらしているのだから。
命を簡単に天秤にかけられる、彼らの在り方が気に食わなかったというのもあるのだろうと、死体を眺めながらしみじみと思う。
「簡単に割り切れる君達が少し羨ましくもあるよ」
吐き捨てるようにそう言って、大聖堂の奥へと足を向ける。部屋の奥には、大広間へと繋がるのだろう大きな扉が見えている。
第一聖天のヘズと、龍神を従えたカジムはあの扉の先にいるのだろう。
「私は割り切れないから、こんな事をしているんだ……セシル」
扉に手を掛け、そして勢いよく開けて両腕を広げた。
その瞬間、
―――ドウッッッ!
大気に穴を開けるような鈍い音と共に、部屋の奥から撃ち出された光線がニニィの身体の中心をすり抜けて飛んでいった。
「っ……! ニニィ・エレオノーラ!」
「やあやあ、いきなり殺す勢いで撃ってくるなんて、とんだご挨拶じゃないかい?」
龍神を従えた神代の大召喚士カジム。
現代最強の人間にして、不死身の冒険者ニニィ。
同じ不死の呪いを受けた者同士が、ここに相対す。
「仇討ちのつもりか。ニニィ」
「ンフフフフ……いいや? どうせお前も私も、ここじゃ死ねない事くらい理解しているだろう? だけど、お前が作ろうとしている世界は私にとって都合が悪くてねえ」
軽口を叩きながら手のひらの上に光球を創り出す。
眼の前に見えているのは、度重なる激しい戦闘でローブのあちこちに焦げ跡を作ったカジムと、その背後にいる壊れかけのプロテクターを装着した龍神。
カジムと戦闘中だと思っていた第一聖天のヘズの姿は、どこにも見当たらない。
先ほどまで見えていた様子から、既に倒されているなんて事は無さそうだが、いったいどこへ隠れたのか。
それに、建物が修復されている原因と静けさの理由がまだわかっていない。
「第一聖天に続いてニニィ、お前とはやり合いたくないんだがな」
「私には戦う理由があるよ。どうせお前も私と同じで死なないのはわかりきってるけど、満足するまでサンドバッグにでもさせて貰おうかな」
次の瞬間、ニニィの手から離れた光球は大広間の中央へと勢いよく飛び上がり、その表面から周囲に向けて無差別に光の刃を放ち始めた。
美しい円をえがくように次々と放たれる刃は広間の壁を、天井を、床を、柱を目にも止まらぬ速さで切り刻んでいく。
「この女、正気か!? 貴様の大切にしていたトカゲの身内がいるのだぞ!」
「お前にはそいつが必要なんだ。必死こいて守るだろう?」
「気狂いめ!」
「お前にだけは言われたくないねぇ」
龍神をも巻き込みかねない攻撃に憤慨しつつも、ニニィが指摘した通りにバリアで龍神ごと自分を包み、斬撃を防ぐカジム。
龍神から龍脈の魔力を吸い上げ、更に己のホムンクルスの力による膨大な魔力とをあわせて生成したバリアは非常に強固なものだったが、一方で絶え間なく降り注ぐ光の刃により反撃のタイミングが掴めない。
「厄介な……」
「これだけじゃあ終わらせないとも」
瞬間、ニニィの姿がその場からかき消える。
ハッとしたカジムが龍神を連れて飛び退いた時、既にニニィはその手でバリアの一部を削り取るように消滅させながら迫ってきていた。
「バリアを消滅させただと!? 私と龍神の魔力を注ぎ込んで作ったのだぞ!」
「膨大な魔力にかまけて、安易な物理障壁などに頼るからこうなるのさ。さて、残りも消し飛ばそうか」
宣言通りにニニィの手がバリアに触れると、触れたその部分からバリアは泡のように弾けて消滅していく。いや、ニニィの手だけでなく、身体のどこに触れても同じように消滅していっているのだ。
「相当量の魔力を圧縮して作ったのものが、こうも簡単に……っ、まさか、触れた場所から光に変換しているのか!?」
「当たりだ。全て、光へと還してあげよう」
そう言って手のひらにまたしても光球を創り始めたニニィを見て、カジムはバリアの維持をやめて全力の魔法攻撃による迎撃を開始する。
龍神には超高温のブレスを撃たせ、自身は六大聖天達とセシルを屠った荷電粒子砲を。
発射と同時に大気が割れるような轟音が響き、大聖堂の壁面に巨大な穴が空き、マギスタリアの街を破壊しつつ光の奔流が遥か遠くへと消えてゆく。
更に、龍神の放った火球はニニィがいたその場所に着弾、爆炎を撒き散らしながら大聖堂を粉々に砕いた。
概念魔法により肉体を別の何かへと変質させていようと、その物質ごと破壊し尽くしてしまえば良い。概念魔法の使い手に対しての最善手であり、至極単純な火力勝負。
しかし――
「私を消し飛ばすには足りないねぇ……ンフフフフ!」
爆炎の中から光の剣を握ったニニィが凄まじい勢いで飛び出して来て、カジムへと斬り掛かる。幾らかダメージは入ったのか、見えている皮膚の表面にかすり傷や火傷は見えているが、賢者の石により不死を得た身体はすぐにそんな傷は治してしまう。
「チィッ! 【無双雷水天】!」
光の剣がカジムに触れる直前、紙一重で発動した概念魔法によりカジムの身体は水の塊へと変化。光を吸収された剣は威力を弱め、袈裟斬りにしたものの表面に浅い切り傷のみをつける。
少し驚いたように目を見開いたニニィの四肢へと、さらに電気の塊がまとわりつき、拘束するように紐状に変化してニニィの身体に電撃を放つ。
「なんだ、お前も使えるじゃあないか、カジム」
「龍神!やれ!」
続けざまに龍神から特大の火球が放たれ、拘束されたニニィの身体を飲み込んで建物の外へと吹き飛ばした。燃え盛る炎は石も鉄もガラスも全て、熱湯をかけられた氷のようにドロドロに溶かして消し飛ばす。
その瞬間、深く削り取られた大広間の床に僅かに小さく、だが確かにぽっかりと穴が開き、紫色の瘴気が漏れ出しているのが見えた。
「あれだ……!」
穴を見つけたカジムはそう呟くと、龍神を連れてその穴の先へと移動を始める。第一聖天のヘズはいまだ戻らず、ニニィも退けた今、邪魔になる者は誰も居ない。
だが、カジム達が進み始めた途端に異変は起きた。
「っ! 奴め、まだ死んでいなかったか」
時間を巻き戻すかのように、破壊された大聖堂が元の形へと戻っていく。消し飛ばされて瓦礫すら残っていない場所も、まるで建物自体が自己再生を行っているかのように足りない部分を補っていく。
周囲を見渡したカジムの視界に一人の鎧姿の男が映る。
至る所に凹みや欠けのある銀色の鎧に、焼け爛れた緋色のマント。異様なのはその男の身体であり、あらわになっている顔はまるでひび割れた陶器人形のように一部が欠けて崩れ落ちている。
だと言うのに、欠けた部分からは肉も見えなければ血も流れず、男は痛みなど感じていないのかただ無表情でカジムを見つめていた。
「今度は欠片すら残さず消し飛ばす」
大広間に佇むヘズへとカジムは即座に杖の先を向け、懐から取り出した小さな金属球を杖先へと放る。次の瞬間、微細な粒子へと弾けた金属球は眩い光の塊となり、大気を震わせながら彼へと放たれた。
しかし、その光はどこからともなく現れた瓦礫を張り合わせたような盾に阻まれて霧散した。思わず歯噛みし、龍神を連れて距離をとるカジム。
「封印……」
直後、ぽつりとそう呟いてヘズは両手をぴたりと床に付けた。その途端に大広間の床に巨大な天秤の紋章が現れ、その紋章から放たれた蒼い光がカジムと龍神を包みこんだ。
光が龍神に触れた瞬間、龍神に装着されていたプロテクターから紫色の模様が失われ、同時に龍神の身体から力が失われて落下していく。
龍神の巨体はずんと大聖堂を揺らし、天井からパラパラと細かな石のかけらを降らせる。墜落した巨体は、まるで石にでもなったかのように、そのままぐったりと動かなくなった。
「ぐ、ううっ?!」
魔法により飛行していたカジムもまた光を浴びた瞬間にコントロールを失い、フラフラと落下していき膝をついた状態で大広間の床に倒れ込む。額には汗を浮かべ、杖をついて片膝立ちするのがやっとという様子でカジムはヘズを睨みつける。
「この、封印術。そう、か……やけに死ににくいとは、思っていたが……まだ生きていたのか」
杖を握りしめるカジムの手の甲で、天秤の形をしたアザが赤く瞬く。それに呼応するように、ヘズの頬にもカジムのものと全く同じ天秤の形のアザが現れる。
カジムが睨んでいる間も、ヘズの欠けていた顔はみるみるうちに周囲の瓦礫から砂を吸い上げるように修復されてゆき、元通りの形へと復元された。
「比肩し得るは、同じ賢者の石を持つニニィだけ……そう、考えていたが、『抜け殻』にすら、命が宿るか」
「正確には私は生命ではない。賢者の死体から造られた、マギステアの中でのみ動く事を許されたゴーレム。この国の最終防衛線」
途端、ヘズの大理石の床についた両腕に、紅く発光する蜘蛛の巣のような亀裂がビシッという音を立てながら入った。それを目にして、カジムは冷や汗を流しながらもほくそ笑む。
「成る程、所詮は残りカスで造った紛い物、か」
それならばまだやりようはある、とカジムは覚束無い足を震わせながらも杖に頼って何とか立ち上がった。
「あと少し、あと、少しで私の悲願が達成されるのだ。ここまで来て、邪魔などさせるものか……」
震える腕を後ろに伸ばし、倒れ伏した龍神の額にぴたりと付ける。そうして接触した部分からカジムは龍神の持つ魔力を吸い上げ始めた。
先程よりも更に激しく発光し明滅する天秤のアザ。吸い上げ続けている魔力をその身体が拒んでいるのか、ニニィと同様に不死身であるはずのその身体は逆に自壊を始め、眼は赤く充血して血が滴り、鼻からも血がボタボタと流れ落ち、ところどころの皮膚には血管がくっきりと浮き上がる。
たった1つでも人間の身体には有り余る神の権能を、一度に2つもその身に宿そうとしているがゆえの暴走。
「馬鹿な、自ら命を断つ気だと……!」
「いいや違う、違うぞ、賢者マギの残りカス。私はまだここでは死なない、死ぬべき時は既に賢者の石を手にした瞬間に見せられた! 死なないとわかっているから、死ぬ気の無茶が出来るのだ!」
一瞬、龍神から魔力を吸い上げ続けている左の手の甲にあった翼を広げたような形の痣がその色を濃くし、蒼い光を激しく放つ。
その途端にカジムの片腕は空気を入れられすぎた風船のように膨張し、鮮血を散らして弾けとんだ。二つの神の力を取り込もうとした結果、人の身体という器が耐えきれずに崩壊を起こしたのだ。
だが、その崩壊による余波は彼の身体のみに留まらなかった。
「これ、は……っ!?」
カジムの身体を中心として周囲へと放たれた膨大な魔力。ヘズはその正体を一目で察し、即座に封印術を解いてその場から飛び退く。
放たれた魔力が僅かに彼の足を掠めた瞬間、その箇所からボコボコと音を立てながら鎧ごと変形を始めた。ゴーレムである彼の身体に有機的な肉体など存在しているはずもないのに、その変化はイヴリースの亜人達にも発生した聖獣擬き化とまったく同じもの。
「龍脈……! それもかなり濃い」
剣を抜いたヘズは変化が始まっていた己の足を斬り落とし、再度周囲から砂を集めて足を再構成する。
その前で、カジムもまた弾けとんだ腕を不死の力で再生していた。
「龍神は……もう使い物にならないか。前のやつと比べてあまりにも貧弱過ぎる。これもあのガキが逃げ出したからだ……召喚士としての才も低く、己の使命も満足に果たせない、薄汚い獣に産ませたのが間違いだった」
ぐったりと倒れたまま動かなくなった龍神へと視線を向けながら、苛立っている様子を隠そうともせずに彼は吐き捨てる。
そんな彼の言葉を耳にして、ヘズは眉間に深いシワを作った。
「やはり、貴様は死ぬべき人間だ」
「一度でもマギステアに足を踏み入れた亜人とあらば、虫のように殺してきたお前がそれを言うか?」
嘲笑するカジム。
だが、対するヘズは表情を変えぬままに、引き抜いた剣の切っ先をただ静かにカジムへと向ける。
「ハ、冗談だろう。駆除対象の相手に一丁前に罪悪感だけは感じていたのか? ゴーレムが? まったくもって反吐が出る!」
「原因を作った本人に言われたくは無い!」
カジムは杖を芯に圧縮した魔力を形成する事で剣を生成、ヘズは人外の身体能力を更に魔力で強化して斬りかかる。両者の剣は激しくぶつかり合い、甲高い音を立てながらオレンジ色の火花を散らした。
目にも止まらぬ速度で行われる剣戟の応酬。互いに譲らず、その性質ゆえに多少の傷は無視してただひたすらに剣が振るわれる。
「『ヒヒリ・サウリオラ・リンド』」
「古代魔法……!」
飛行魔法を応用しての急接近からのヘズの懐を狙った切り上げ、それと同時にぼそりと呟かれた意味を成さない言葉の羅列。
咄嗟にそれが古代魔法の詠唱であると気が付いたヘズは、切り上げを剣で受け流すこと無くそのまま受け止めると、杖を握るカジムの腕を素早く掴んだ。
「『ヒヒリ・クヤワリワ・テミアス』」
ヘズがそう唱えた直後、唐突に彼の周囲に現れた魔法陣から先に鋲のついた鎖が飛び出してきて、彼の身体めがけて襲い掛かった。しかし、それは直撃する寸前に幻のように揺らめいて空気に溶けてしまう。
「反対属性の魔法……!」
「予想していたよりも私が恐ろしいと見える、カジム。古代魔法による強力な封印とは、随分わかりやすい手を取ったな」
「貴様こそ、古代魔法が使えるという奥の手をさっさと晒してくれて助かった」
カジムがニヤリと笑った瞬間にその身体はぶくぶくと泡立つ水の塊へと変化し、腕を掴んでいたヘズの手は空を切った。水の概念魔法を再度発動し、一時的に己の身体を服ごと水へと変化させたのだ。
追撃の手を失ったヘズは一旦立て直すために飛び退き、同じくヘズの封印に失敗したカジムもまた次なる手の準備の時間を稼ぐために距離を取った。
即席の一手として水の槍を十数本その場で産み出したカジムに対し、ふとヘズは口を開く。
「随分決着を急いでいるのだな、カジム・ニグ・デアロウーサ。知っているぞ、お前の持つその不死は確かに完全だが、永遠ではない」
「ほう、知っていたか。まあお前はアレの抜け殻だそうだからな、知っていても不思議は無いだろう」
「不老不死などヒトの望むものの一つ。それがなぜ呪いになるのか、貴様もマギの心の臓から賢者の石の片割れを奪い取った時から承知していたはずだ。アレは限りある不死を与えるもの。手にした者に『己が死ぬ瞬間の未来の記憶』を見せ、いずれ訪れるその瞬間までの不死を約束する。手にした者はいつ来るかもわからない、知っているその死の瞬間に怯えながら長い時を過ごすのだ」
「……それが、どうした?」
水の槍が凄まじい速度で射出される。
まずは4本。様子見も兼ねて撃ち出されたそれは、ヘズの剣によって軽くいなされ、広間のあちこちに突き刺さって弾け飛んだ。
「対する私は動力源すら必要としない、永遠に動き続けるゴーレム。やろうと思えば貴様と何百年、何千年でも戦い続けられる。お前にその時が来るまで」
「悪いが、その時とやらは訪れないさ。何事にも例外というものは存在する」
「随分と自信があるらしいな……その余裕の正体は目的のものを既に見つけたからか? それとも――」
何かに気が付いたカジムはそこで即座にその場から姿を消した。蜃気楼のように消える身体、周囲に漂う水の粒子を操って己の姿が見えなくなるように幻覚を作り出したのだ。
同時にカジムの後方で倒れていた龍神も幻のように溶けて消える。それは、カジムの計画にとって龍神の存在が未だ必要不可欠であると言うこと。
「――そう動いてくれると、思っていた」
次の瞬間、ヘズが剣を大広間の床に突き立てると同時に、大聖堂はバチバチと激しい音と紅い電撃を周囲に放ちながら変形を始めた。
ヘズの下半身は大広間の床に飲み込まれるようにして融合し、更に建物は上へ、上へと持ち上がってゆく。外から見た大聖堂は地中に埋もれていた胴体を露わにさせ、天を突くほどの巨大なゴーレムと化していた。
「逃さない」
「っ! こいつ……!?」
透明になって大聖堂からの脱出を図っていたカジムと、ヘズの視線がぴたりとあった。
ハッタリじゃない。確実に、視えている。
追跡を逃れようと咄嗟にヘズへと向けて残りの水槍全てを射出、追い打ちの荷電粒子砲を放つも、半球状の見えない障壁に阻まれて攻撃は無駄に終わる。
「龍神のものと同等の物理障壁か! ならば!」
純粋な魔力による物理障壁、それも通常の方法では突破不可能なほどのものともなれば、対策は限られる。
今、カジムが取れる対策は二つあった。
一つはニニィがしたように、物理障壁を形成している魔力ごと別の物体へと変換して障壁としての機能を失わせてしまう方法。
そして二つ目は、混沌の力を持つ龍神の魔力を使い、無理矢理崩壊させてしまう事。マギステア東海岸での戦いにおいて、セシルが使った結晶剣がこれにあたる。
カジムが選んだのは、後者だった。
「こいつで終わらせてくれる!」
振り上げた左腕。
確かに龍神の魔力を吸い上げた手応えはあった。
だが――
「――は?」
龍神の魔力を収束させて作り上げた結晶剣。
それは彼が予想していたよりもずっと、小さくなっていた。
龍神の魔力が足りていない?そんな筈はない、マギステアの大地は先代の龍神の死骸から溢れる魔力で満ちている。ならば原因は一つ、龍神の魔力を操る動き、もしくは龍神の魔力との繋がりが何者かによって阻害されている。
そこで思い至る。
そういえば、ヘズ自身は兎も角、この巨大な大聖堂を動かしている動力源は何だ?と。
「抜け殻……ぁぁぁぁああァッ!」
「彼女もそろそろ戻って来る。仕切り直しと行こうか」
半ばやけくそ気味にヘズへと投げ付けられた結晶剣は、巨大なゴーレムの装甲を外側から一気に破壊して突き進んできた一条の光に阻まれ、砕け散った。




