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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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死の街にただ独り



◆◆◆◆◆◆◆



「なぁんで私はこんな所に来ちゃったかねえ…」


 マギスタリアの大通り……が、あった場所を、ニニィはゆったりとした足取りで、街の中央にそびえる大聖堂へと進んでいた。


 いつもならば、食事や買い物に来た人々で溢れかえるお昼時。静まり返った大通りは今や見る影もなく、並んでいた建物もことごとくが穴だらけの廃墟となり、あちらこちらにマギステア兵の死体や聖獣擬きの死骸が転がっている。


 マギステアの軍はイヴリースの侵攻を止めることが出来ず、遂に首都マギスタリアという国の喉元にまで噛みつかれていたのだ。


「話には聞いていたけど、想像していたよりも酷いねえ……これは」


 逃げ遅れたのだろう、瓦礫の下敷きになって死んでいた親子の姿を見つけ、何も見なかったことにして目をそらす。


 なぜこの場所にやってきたのか。それは、今から数日ほど前にさかのぼる。



 フランクラッド王国の西部にある町にて、セレスを狙ったイヴリースの連中からの襲撃を受けたが、幸いセレスの守りについてくれる人間がいたおかげで自分は戦闘に集中でき、難なく全員始末することが出来た。


 話があったのはそれからだ。

 彼らの正体がなんとなく掴めた時からカジム討伐に手を貸すのには乗り気だったが、見返りとして要求した話、召喚士の女、ラトリアが告げたセレスについての事実は実に胸糞悪いものだった。


 復讐のためにイヴリースを利用している男、カジムがなぜ『龍神の巫女』なるものを求めたのか。どのようにしてセレスをその手に囚えていたのか。

 答えは至極単純で、一度龍神の究極召喚を行ったカジムには龍神を再度召喚する力は残っていなかったからだった。


 再びマギステアに攻め入り、死した龍神の力『龍脈』を掌握したい。だが、召喚士とはいえ只人(ただびと)の身体では、龍脈の力を操るには少々無理がある。だから、己の手で龍脈をコントロールするための道具として、新たな龍神の身体が欲しい。しかし、今生き残っている召喚士には、新たに究極召喚が宿るほどの才がある者は一人も残っていなかった。


 だから、()()()()()()のだ。


 手始めに亜人を誘拐し、奴隷として売り払っていたギャングのグリセントファミリーのトップにいた連中を一人を残して皆殺しにして掌握。そして、若いスロゥプの女性を捕まえさせては、自分の元へと送らせた。


 なぜ、わざわざスロゥプに限定したのか。それは、人間でありながら魔物に近い性質を持ち、召喚士でなくとも魔物と心を通わせる才が強い種族であったから。召喚士の種を撒けば、高い才を持つ召喚士が産まれる事が期待できたから。


 目的のため、何人も己の種で孕ませ、失敗すればゴミのように処分し、冒涜的な作業を繰り返した果てに彼女は産まれた。


 カジムの才を受け継ぎ、究極召喚をその身に宿した者。


 産まれてすぐに母親は殺され、彼女は『龍神の巫女』として召喚士の里にて幽閉された。

 カジムは彼女が大きくなった頃に究極召喚を行わせるつもりだったが、先代の龍神の死骸が残っていた影響なのか、それとも彼女自身が願ったのか、究極召喚はセレスの手から離れた不完全な形で行われ、この世の命の1つとして現れる事となる。セレスが彼女の事を哀れんだ二人の里の召喚士によって里から逃されたのも、この頃の事だと言う。


 龍神の存在を召喚士以外でこの世で唯一認知しているマギステアに龍神を始末されることを恐れたカジムは、大急ぎでダミーとなる龍神擬きの卵を部下を使って世界中にばらまきマギステアの情報網を撹乱。

 そして、私と龍神擬きの一匹だったセシルのもとに、右葉曲折あってセレスはやってきて今に至るのである。


「復讐するにしたって、普通ここまでやるかね」


 死臭と灰の匂いに満ちた廃墟の街を歩きながら、独りごちる。


 当の婚約者を殺した人間だって、とうの昔に死んでいるだろうに、それでもなお復讐と称して人の命を奪うことに余念がないのは、心が壊れきっているからなのか。


「終わりのない復讐の念に囚われて、盲目になってしまったんだろう。キミも……そうは思わないかい?」


 歩みが、止まる。


 ニニィが視線を向けた先には、戦斧を携えたドワーフの男が道の中央に仁王立ちしていた。アイオーンが龍頭のクラッガ・バジウスだ。


「……死ねずのニニィ。ここから先は、通さぬ」


 問い掛けに対する返事をせずに、得物を構えてただそう答えた彼にニニィは苦笑した。途中でカジムという男の異常さに気が付いて足抜けする選択を取れる連中ならまだしも、最後の最後になっても彼を信じて付き従って来た連中だ。当然、対話など出来るわけがない。


 周囲からは他にも、いくつかの人間の気配を感じる。

 おそらくは残りのアイオーン全員を、ここの足止め要員として集めておいたのだろう。


「そうだねぇ……アイオーンなんて大層な肩書きを付けてるけど、所詮は多少出来る程度の人員の寄せ集め。マギステアの六大聖天の相手は厳しいから、せめて戦闘の邪魔になるような人間の足止めにと残された、って所かな?」


「そうだとしても、やることは変わらん」


 先に動いたのはクラッガ。地を蹴って駆け出した彼は、その体格からは想像もしないスピードでニニィとの距離を詰め、振りかぶった戦斧を横薙ぎに叩き込まんとする。

 それと同時に周囲の建物に身を潜めていた3人のアイオーン達も飛び出し、槍・ナイフ・弓と各々の得物をその手にニニィへと同時攻撃を仕掛けてきた。


「そう。けど、私も君たちが居たところでやる事は変わらないよ。彼を殺した落とし前、つけてもらわなきゃ満足できない」


 次の瞬間、ニニィへと迫っていた攻撃の全ては、ニニィの身体をするりと通り抜けた。まるで、そこに居たニニィが蜃気楼であったかのように。


「な……っ!?」


「もう使()()()()()んだよ、アイオーンの間抜けさん」


 咄嗟に戦斧の柄で防御出来たのは、積み重ねられてきた戦闘経験の豊富さが為せる技か。ニニィが瞬時に創り出した光の剣はクラッガの戦斧の柄の表面を斬りながら、その身体を大きく吹き飛ばした。


「ぬぉ!?」


 クラッガは吹き飛ばされる途中、空中で瞬間移動の魔法を使って体勢を立て直すが、次の瞬間には眼の前に光の剣を握ったニニィが槍持ちの男の首を刎ね飛ばしたのが見えた。


 光の概念魔法。光を自在に操り、その性質すらも変化させることが可能な力。


 圧倒的な光の速さの前には、反撃する事すらも許されない。


「【次元転影(ヴィジョンスネア)】!」


 仲間があっさりと殺されたのを見て、ナイフを握った暗殺者の女は即座に切り札を使う。アイオーンだった、テオ・サラメーヤが使ったものと同じ魔法。


 瞬時に女の分身が無数に現れ、ニニィを囲う。

 この場で倒せないのであれば、己の数を増やして時間だけでも稼いで見せる。


 だが、その願いは通じなかった。


「甘いよ」


 何の予備動作もなく、唐突に宙から現れたいくつもの炎の剣が分身を八つ裂きにし、分身に紛れていた本体ごと焼き尽くしたのだ。


 それだけでなく、死角から飛んできた矢を見もせずに光の剣で叩き落とした彼女は、弓持ちが隠れている場所を静かに指差した。


「あとは、キミだけだ」


 そのセリフはどういう意味なのか、クラッガが答えに至るよりも早く、断末魔と共に火達磨になった男が建物の窓から落下していくのが見えた。


 ぐしゃりと潰れるような音が響き、それがほぼ確実に死を意味するものであると彼は察した。


「光と炎、同時に行う概念魔法……化け物め!」


「怖がってくれて嬉しいよ。キミも私にとっての仇の一人だから。ここまでに来る間、レインツィアで聞いたよ。セシルの家族を奪った罪、その命で償ってもらう」


 ニニィがマギスタリアへとやってきた理由。それは、平和な世界をセレスの為に残してあげたいという思いもあった。だが、最後の一押しになったのは、冒険者酒場からの連絡でレインツィアに向かい、そこで出会った少女の話だった。


『ちゃんと故郷まで帰れた。旅の手助けをしてくれてありがとう』


 そんなそっけない言葉だけを残してマギステアへと単身で向かった彼の末路は、新聞屋の号外のおかげでもう知っている。書面では「野生のドラゴンがイヴリース軍を襲撃。原因は縄張りへの侵入か」なんて書かれていたが、そんな理由ならとうにマギステア国民が襲われていたはずだ。なぜこのタイミングでなのかを考えれば、そのドラゴンの正体もほぼ確定している。


 滅ぼされた故郷を前にして、彼は何を思ったのか。

 一人で戦場へと赴いた彼は、何を考えていたのか。


「そんなにトカゲ風情が大切か、ニニィ!」


「大切だとも。私を孤独から救い出してくれた、かけがえのない存在だった。だから許せない。セシルの故郷を滅ぼしたキミも、セシルを殺したカジムも」


 強気に吠えてみせるクラッガだったが、勝機は万に1つも無いのは明らかだった。人間が一匹のアリを足裏で擦り潰すように、越えようのない圧倒的な強さの差が存在していた。


 ふと、クラッガの後方、マギスタリアの大聖堂がある方向から爆発音が響く。ニニィがちらりと視線を向けると、崩れかけた大聖堂の屋根が爆発で更に吹き飛ばされ、内側からひしゃげたプロテクターを身に着けた大型のドラゴンとローブを纏った小さな人影が飛び出してくるのが見えた。


「あれがセシルの家族……ね」


「隙……!」


 ニニィが自分から注目を外したと判断したクラッガ。間髪入れずに瞬間移動で彼女の背後へと回り込み、その首を切り飛ばさんと全力で戦斧を叩きつける。


「(身体を光に変化させているのなら、同じ光属性の力を纏わせた攻撃ならばダメージは通るはず!)」


 瞬時に魔法で光属性の力を己の戦斧へと纏わせ、うなじへと刃先を向ける。深い戦略や、明確な勝算があったわけではない。正攻法では勝てないと判断したゆえの特攻。


 だが、彼の安易な特攻は無駄に終わった。


「ッ!」


 振り抜いたはずの斧がニニィの身に触れた瞬間、触れた刃先から纏わせていた光属性の力ごと泡のようにパチンと弾けて光の粒となり霧散していったのだ。

 手応えなく通り抜けた戦斧からは、ニニィの首を刈り取るはずだった部分がそっくりそのまま消えて無くなり、柄だけとなった戦斧だけがクラッガの手元に残った。

 ただの金属片と化した刃の一部が通りの石畳の上に転がり、カランカランと軽い音を立てながら滑っていく。


「武器が――」

「キミも、()()と同じようになるんだ」

「――くぅっ!」


 振り向きざまに振るわれた光の剣がクラッガを襲う。咄嗟の判断で身体を仰け反らせつつ瞬間移動で距離を離したが、完全に魔法が発動するよりも早く光の剣の剣先がクラッガの右腕を掠めていた。


「がっ、は……!!」


 飛び退いた勢いと唐突な体重の変化によりバランスを崩し、足をもつれさせながら地面に転がる。クラッガの右腕は肩口から先の丸々全てが消えて無くなり、焼け焦げた肉だけが露出していた。


 握り締めていた戦斧の柄すらももう無くなり、戦おうにも得意の瞬間移動魔法では最早どうにもならない状態。


「どうにも、ならんか……」

「一応聞いておくけどさ、奴の計画にキミが命をかける価値があると思っているのかい?」

「今、ここでやめて……死んでいった仲間の命を無駄に出来ると思うか」

「そうかい」


 ニニィは残念そうにたったそれだけを呟いた。

 そうして、ぴたりとクラッガの頭を指差し――


「なら、これでおしまいだ」


 どさり、と音を立ててクラッガの身体がその場に崩れ落ちる。

 完全に息絶えた彼の額には、焼け焦げた小さな孔が1つ、ぽっかりと開いていた。


「さてと、最後の一人も片付けなきゃねえ」


 クラッガの死体には目もくれず、ニニィは再びマギスタリアの大聖堂へと向けて歩き出す。ふと視線を向けた大聖堂は、先程吹き飛んだばかりの屋根がまるでもとからそうであったかのように完全に元通りになっていた。




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