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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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思惑、重なり合い



 バキバキと音を立てながら砕け散る甲板。

 イリスの張ったバリアに巻き込まれ、吹き飛ばされるイヴリースの兵士たち。


 激しく揺れる船の上で、へりにしがみついてまだ必死に魔法をこちらに撃ち続けている魔術師もいる。


 後のことなど考えず、半狂乱になって海へと飛び込む船員もいる。


 驚愕、恐怖、あるいは茫然自失。


 様々な感情の籠もった視線が向けられる。


「龍神は一頭だけじゃ無かったのか!?」


 ふと、そんな声が聞こえて、左斜め上の方向に気配を感じた。


 先程の空中で呆然とこちらを見ていた森人族の男だ。

 逃げたと思ったのに、あのあと全速力で追い付いてきたらしい。


 男は僕を止めようと、刀を抜き放ち光のようなスピードで突っ込んでくる。


「先程は不覚を取ったが……死ね!クソトカゲ!」


『……鬱陶しいんだよ!』


 彼の全力で何度も振り抜かれた刀は真空の刃を作り出し、重なり、網目のようになって飛来する。


 そのまま身体で受けたところで、たいしたダメージにはならないだろう。だが、彼の攻撃に自動で反応した炎の剣の一振りがスッと間に入り込み、その斬撃のことごとくを防いだ。


 自身の攻撃が防がれた瞬間を見た森人族の男の目が見開かれ、その表情が絶望の色に染まる。


 自律して動く炎の剣は柄のあたりを軸にしてそのままくるりとその刀身を回転させ、男へと襲いかかった。ゴウッという音を響かせ、あたりに炎を振りまきながら。


「な、くそ……っ!」


 咄嗟に彼は刀を盾に身を守ろうとした。

 それが彼の最期だった。


 刀は炎に触れたところからチョコレートのようにどろりと溶け、一瞬で刀を焼き切った炎の剣が彼の身体に触れてその身を焦がす。


 彼が声をあげる間もなく、炎の剣は一人の人間の身体を防具ごと灰へと変えた。


 彼が僕へと向けて刀を振るってから、数秒もたたない間の出来事だった。


 行動と装備からして、森人族の剣士の男は幹部格の男だったのだろう。

 彼の灰が風に流されてゆくさまを目にしたイヴリースの兵たちからは発狂者が現れ、唐突に自ら命を断ったり、無闇矢鱈に剣を振り回しながら迫ってきて炎の剣に巻き込まれたりしてその命を散らしていく。


 そんな中で、一人だけ動揺の色を少しも見せず、無表情でじっとこちらを見つめている森人族の男に気が付いた。男は長くしっかりとした杖を持ち、イリスの背後、操舵輪がある横に立っている。


 それと同時に、全力でイリスを押し込んでいるのに何故かこれ以上先へ進めなくなっている事にも気が付いた。


「その胸の紋章……あの男を、思い出すよ」


 ふと、その男はそんな事をぽつりぽつりと話し始めた。

 右手に持っていた杖を左手に持ち替え、右手の甲をこちらに見せてくる。


 そこには、天秤のような形をした蒼く光り輝く紋章があった。


「私がダミー用の卵を作ったとき、お前のような異界の魂の気配は感じられなかった。私の部下が卵を世界中にばら撒いた後に、あの男が魂を植え付けたのだろうな」


 その言葉を聞いて、イリスを操っている者が何者か気付いた。

 今、目の前に立っている、あの男だ。


 しかし、このままイリスをバリアごと押し込んでしまえば奴を倒せるというのに、何故かどれだけ力を強めてもバリアにヒビが入るだけで一向に前へと進めない。


「クラッガから聞いてはいたが、本当にドラゴンが『勇者』になっていたとは。こうして私の元を訪れるのも、想像していたよりも早い」


 イリスの張っているバリアと結晶盾がぶつかり合う音と、逃げ惑ったり必死に攻撃を加えてくるイヴリース兵たちの喧騒の中で、彼の声だけがはっきりと聴こえてくる。

 何が起きているのか理解が追い付かず、この膠着状態から脱するための良い策も浮かんでこずに時間だけが無為に過ぎていく。


姿形(すがたかたち)が変わってもよくわかるとも、その気配。あの男とそっくりだ。どういう関係かは知らないが……今、ここで断ち切らせて貰う!」


 突然、彼の手の甲に浮かんでいた天秤の紋章がカッと激しい光を放った。


 その光を浴びた瞬間に、じわじわと体力を削られていくような感覚を覚え、イリスのバリアと僕の結晶盾・結晶剣は力を失って砂のように風に乗って散ってしまう。


『何を、した……!?』


「答える義理は無い! 私の復讐と大義のために、ここで散れ!」


 咄嗟に羽ばたいてその場から飛び退けたのは幸運だった。


 先程まで自分がいたその場所に、船ごと貫く勢いで巨大な結晶剣が突き刺さっていた。先程まで自分がこの手に装備していた、それと非常に酷似したものが。


『お前、どうやってその力……!』


 そう言って、彼を見て、やっと気が付いた。


 彼が着ているローブの胸元。

 きらりと光を反射して輝く蒼い宝石。


『魔王カジム、天秤のアザ……賢者マギの力を奪っていたのか!』


「その呼ばれ方も久し振りだ。『魔王』、所詮は復讐者に過ぎない私には良い肩書きだろう? ヤツの記憶を覗いた時に知った言葉だ。私こそ、勇者に仇なす存在!『魔王カジム』!」


 嫌な予感を覚え、急上昇して距離をとる。


 遥か下方で、彼が懐から銀色の小さな球体を取り出すのが見えた。


 それと同時にイリスは彼の背後に回り込むようにゆったりと飛行を始めて、彼から一定の距離を取った。


「お前達の世界にはこんなものが存在していたそうだが……今の私なら容易く再現できる!」


 彼の手から宙に浮かされた銀色の玉。

 それに杖の先を真っ直ぐに向けた途端、球体の周囲からバチバチと電撃がほとばしる。


 次の瞬間、球体は目映い光を帯び、発射地点の周囲に凄まじい爆風と電撃を撒き散らしながら、こちらへと向けて熱と光の奔流となって放出された。


 荷電粒子砲。僕が人間だった頃の世界では、かつてSFの中にだけ存在するとされていた兵器。実用化されたそれは、地球上を人々の命ごと破壊して回っていた。

 魔法によって物体をその場で粒子に変えていたり、砲身や発射地点での周囲への防護などは省略されているが間違いない。


『【龍脈結晶(ドーラクリスティオ)】!』


 あのスピードでは避けられないと判断、即座に結晶盾を生成し、今度は両腕に装着してそれを受けた。


『ぐ、うっ!』


 直撃と同時に感じるのは骨にまで染みてくるほどの熱。


 周囲の大気を爆発させながら直進してきた光の奔流は龍脈の力を引き出して作った結晶盾すらも、氷に熱湯をかけたような勢いで粒子へと分解して破壊していく。


 結晶盾でも受けきるのは無理だと判断し、残った盾で受け流しつつ落下して生身への直撃を避けたが、結晶盾を削りきられた部分からやられたのか、両腕の鱗の一部が剥げて焦げた肉が露出していた。


『ふざ、け……っ』


 悪態をつきながらも、思考は次への手へと移行する。

 あれだけの威力の技をまともな防護すらせずに放ったのだから、彼もただでは済んでいないはず。今からすぐに反撃を加えれば、相手に何かしらの手を打たせる前に倒しきれるのではないか。

 仮に倒しきれなくとも、イリスに施された洗脳を無理やり解除させられるかもしれない。


 なんとか体勢を立て直して彼の居た場所へと視線を戻す。


 その瞬間、血の気が引いた。


「な、んで……お、おれおれオレオレオレオレ」

「い、ひぎっ!ぎいいいいぃぃ!??」

「ははははははははハハははははははは!!??」


 船に乗っていたイヴリース兵達が奇声を発しながら、ボコボコと身体を膨らませて変化していっている。オラクルでの戦いで見た、聖獣擬き。


 彼らに変化を起こさせた犯人は、反動で肉が吹き飛んだ腕を通常ではありえない勢いで再生させながら、こちらに杖を向けていた。


『あいつ、自分の仲間を』


「はなからまともに戦争なんてする気は無かったとも。マギステアが守っている龍脈の根源を手にし、人の世を終わらせられればそれで良い! たとえ、最後に立っていた者が私で無くとも構わない!」


 イリスに装着されているプロテクターの模様が紫色に強く発光し、それに応じてか彼女の口から極太のビームが発射され、僕へと襲いかかる。

 咄嗟に避けたが、動きが鈍っている。僅かに羽をかすめたビームによって肉が焦げるような臭いがした。


「お前もそうだろう、奴と同じ名を持つドラゴン。お前も『妹を救いたい』なんて独りよがりのエゴで戦っている。私が世界中にばら撒いた卵から生まれた一匹に過ぎないお前は、この龍神と血など微塵も繋がってもいないのに、勝手に妹だと思い込んで私に戦いを挑んでいるのだから!」


『違う!僕は、僕とイリスは……!』


「いいや違わないさ。私が喪ってしまった彼女のためにこの道を選んだように、お前は勝手に家族だと思っていたドラゴンを私から奪う道を選んだ。戦いなど元を辿れば所詮はエゴとエゴのぶつかり合いなのだ!私のエゴを貫き通すために、次死ぬのはお前の番だ、『勇者セシル』!」


 いつの間にか、海へと飛び込んでいたイヴリース兵すらも聖獣擬きと化し、海中からもおびただしい数の聖獣擬きたちが襲いかかってくる。


 結晶剣やブレスでどうにか薙ぎ払いながら逃げるが、四方八方から襲ってくる聖獣擬き達の群れに加えて、イリスのブレスやカジムの魔法による攻撃が次々と身体を襲い、徐々に鱗は剥げて、だらだらと流れた血が海を赤く染めていく。


 攻撃も、防御も追い付かない数の暴力。


「ヘカトンケイル隊、撃てーーッ!」


 そんな中で唐突にそんな声が響き、何本もの紅い熱線が僕へと殺到していた聖獣擬き達を散らした。


 ちらりと背後を見やれば、マギステアの軍が体勢を立て直して、あの巨大なゴーレム兵達による砲撃が行われたようだ。僕がおとりになっている今のうちに聖獣擬きの頭数を減らしておきたいのか、短い間隔で何度も、何度も熱線がゴーレム兵から発射される。


「ドラゴン! お前、ニニィのところに居た奴だろ!」


 ふと、そんな声がして、海中から次々と飛び出た石杭によって何頭かの聖獣擬きが串刺しになった。


 声のした方を見れば、火傷痕が残る男が不自然に大地から飛び出した石柱の上に乗っている。着ている鎧が若干溶けたように変形しているのを見て、その男が先程まで黒焦げになってうずくまっていた人影だと気がついた。

 魔法か、それとも何らかの道具を使ったのか、動けるまでに傷を癒やして前線へと戻ってきたらしい。


 ともかく、マギステア軍の援護によってある程度の余裕が生まれた僕は彼に言葉を返した。


『どうしてその事を?』


「はは、ホントに喋るんだな。一時期、お前のことをイヴリースの連中が探している龍神だと間違えて監視対象にしていた。()()を見るに俺達は間違ってたみたいだがな」


 そう彼は言い、イリスへと視線を向けた。


 彼の言葉に、ニニィと共に旅をしていた時の出来事を思い出す。そして、僕を庇って死んだマギステアの騎士の事も。


 正直、マギステアのやり方は理解は出来ても納得は出来なかった。

 確かに力というものは、必ず悪用する人間が現れる。マギステアの大地による亜人種の異形化。この情報が広がれば、間違いなく倫理という柵を飛び越えて軍事利用しようと考える輩は現れるだろう。

 だからといって、マギステアの土地に侵入してきた、もしくは図らずに入ってきてしまった亜人種までも皆殺しにするのはたとえ正しくとも受け容れられなかった。事実、マギステアの外で聖獣擬きが現れたような噂は聞いておらず、ラバルト達が救出した亜人達は変異せずに済んだのだろう。もう少し、やりようはあったのではないかとやり切れない気持ちになったりもした。


 同様に彼もまた僕に対して良いイメージは抱いていなかったのか、少し口調に少し固いようなものが感じ取れた。


 だが、今は互いに細かいことを気にしている暇は無い。

 共通の敵としてイヴリースのムジカ・ニグ・デアロウーサを見ているのならば、(おのず)ずとやるべき事は理解できた。


『僕は……家族を助けに来たんだ』


「家族って、もしかしてアレがか? 確かに魔導具か何かで思考の自由は奪われてるようだが。まぁ……お前が龍神ってのもあながち間違いでも無かったって事かね」


『そうかも、ね。……それで、()()()()()()()()()


 正直、彼が参戦してくれたところで勝算は薄い。

 彼が魔王カジム、もしくはイリスの相手をしたとして、勝利の目はどう考えても無い。せいぜいが時間稼ぎだろう。

 その時間稼ぎすら、出来ないかもしれないが。


「露払いはヘカトンケイルと騎士団に任せろ。俺は、ムジカ・ニグ・デアロウーサの元へ行く」


『……出来るんですか』


「最初からわかっていた事だ。俺達は死兵だってな。ドラゴン、お前はあの鎧を引っ剥がす事に集中しろ」


 彼はそう言って周囲の聖獣擬き達へと牽制の岩棘をおみまいしつつ、大地を作る作業に集中し始めた。


 死兵。ここで魔王カジムを相手に時間稼ぎをするために、命を投げ捨てる。

 彼等にもまた、彼等の正義があってこの場に立っているのだと、胸の奥がきゅっと締まるような感じがした。


『ドラゴン、じゃない。セシルだ』


 そう言うと、彼は少し驚いたように目を僅かに見開いた。


「……ジハードだ。名前なんて、もう覚える必要無いけどな」


 両翼を開き、その翼膜から全身へと、龍脈から吸い上げた力を使って結晶体を薄く纏わせる。相手の攻撃で飛行能力を奪われないように、とは言っても気休め程度にしかならないけれど。


『【陽光天(サンバースト)……超狂化(ボルテージ)】!』


 陽の光を浴び、炎の力をこの身に宿らせて身体能力を底上げ。

 更に勇者の紋章の力も使い、自身とジハード、そしてマギステアの兵たちの力を増強させる。自身の手の甲の上に剣の形をした紋章が現れた事に彼も少し驚いた様子だったが、すぐに意識を敵へと戻して大槍を構えた。


「先に俺が奴の射線を切ってやる。そっからどれだけ保つかはわからんが、お前も頑張れよ」


 ふぅ、と一息ついた彼はそう言って、風のようにマギステアの船へと目掛けて飛び出した。

 その途端に、ほの暗い海中から次々と石柱群が飛び出してきて、彼の足場、そして魔王カジムの攻撃を防ぐ盾となる。


『……うぅぅおぉぉぉぁぉぉっ!!』


 チャンスは一瞬。


 ジハードが魔王カジムに攻撃を仕掛け、それに魔王カジムが乗って反撃をかけたその瞬間を見て僕も全速力で飛び出した。


 目指すは魔王カジムの守りへと戻ろうとしているイリス。

 こちらの特攻に気が付いたからか、イリスも移動を中断して再び周囲にバリアを張り巡らせて空中で迎え撃たんと待ち構えている。


―――バチィッ!ジッ!ジジジジッッ!


 再び龍脈の力同士がぶつかり合った。今度は武具とバリアではなく、結晶を纏わせた拳とバリアとが。

 衝撃により発生した魔力の暴走により、真昼だというのに激しく閃光が(またた)いて視界を白く塗り潰す。


『イリス!』


 どれだけ強く語りかけても、返事はない。

 この薄い膜を通り抜けたすぐ先に彼女はいるのに。


『この、プロテクターが……ふぅぅぅうざけるなァァァァァ!』


 もうなりふり構わず四つ脚で球形のバリアに組み付き、身体を魔力の暴走で焼きながら何度も、何度も、何度もバリアにめがけて結晶体を纏わせた拳を振り下ろし続ける。


 イリスはバリアの維持に集中しているのか、バリアの内側で身を丸めて身動きもしない。


 だが、こうしている間にも時間は過ぎてゆく。彼がカジム相手にどれだけ持ちこたえられるかもわからない。もしかしたら、もう。


『理不尽なんて、もううんざりなんだよ!』


 感情が爆発する。

 全身の鱗が感情の昂りにあわせて玉虫色に波打ち、拳にまとわせていた結晶体がひときわ大きくなった。


 もう一度、拳を振り降ろす。

 今までよりも、更に力を込めて。


――バチィッ!ビキキッ!


 激しい衝撃と共に、今度こそ、初めてバリアにヒビが入る。

 少しでも防御を破った事に驚愕したように、彼女の頭に取り付けられているプロテクターの紫色の光が揺らめいた。


『壊れろ!』


 バリアを修復させる時間など与えない。間髪入れずに二撃目、三撃目とヒビめがけて拳を振り降ろす。自身の皮膚が焦げる匂いが漂ってくるが、痛みも無視して一心不乱に攻撃をし続ける。


 変化は、突然だった。


――ジジ!ジッ!………パキパキパキッ!


 激しい閃光がほとばしった直後、ヒビの入っていた部分のバリアが卵の殻が砕けるように、陥没しながら大きな穴を開けた。


 それと同時にプロテクターに浮かんでいた紫色の光がいっそう強く光り、揺らめき、僕という外敵に抵抗するためにイリスから更に力を吸い上げて凄まじい熱波を放つ。


 バリアに空いた穴からは迸る熱波が火柱のように吹き上がり、たった今バリアに穴を空けた僕の腕を灼いた。


 ドラゴンの身体でも耐えられないほどの熱に鱗は赤熟し、融解して癒着する。激痛で思わず穴から腕を引き抜こうとする身体を理性で押さえつけ、焼け焦げていく腕の表面に結晶片を生成して防護しつつ、内側からバリアを無理矢理に引き剥がした。


『が、あああっ!』


 透明だったバリアが引き剥がされた部分から粉々に砕け、シャボンのような歪な虹をその表面に浮かばせながら散ってゆく。

 一度ほころびが出来たバリアは思った以上に呆気なく崩れた。外側からどれだけ攻撃を仕掛けてもヒビの一つすら入らなかったのが嘘のように。


『……ぐぎ、ぃ……イリ、ス……!』


 プロテクターを付けた彼女の頭が、バリア越しではなく直接目の前に現れる。炭のように黒く焼け焦げた左腕は、もはや感覚すら残っていなかった。


 それでも、残った動く右腕を伸ばし、彼女を操っているプロテクターを剥がそうとその表面に手をかけた。その瞬間――


『なっ、あ゛……!?』


 全身に電流が走ったような感覚とともに頭を激痛が襲う。

 凄まじい量の「()()()()()」が脳に直接、濁流のように流れ込んできていた。



 あなたなら大丈夫。きっと上手くやれるとこちらに微笑みかけてくる美しい森人族の女性。覚えるのは小さな不安と、暖かな感情。

 そして、自分の腕の中で愛しい人が冷たくなってゆく絶望。生への執着すら失うほどの深い哀しみと、その哀しみすらも凌駕するほどの憎悪と殺意。

 いくら力を振るっても治まらない感情の昂り。自身を裏切った究極召喚の神への失望と、召喚士としての力への不信感。


『『私の力は、私に不幸しかもたらさなかった……!』』


 気付いたときには自分の口からそんな言葉が飛び出していた。誰かの声と重なるように。


『今の、は……?』


 いつの間にか静かになった空の上で、僕とプロテクターを着けたままのイリスは向かい合って浮かんでいた。イリスは糸の切れた操り人形のように、何をするでもなくただぼんやりと浮遊している。


 今、いったい何が起きていたのか。

 流れ込んできた記憶が誰のものなのか、その正体はなんとなく見当が付いたが、どうしてこんな現象が起きたのかわからず思考が停止してしまう。


 その一瞬が命取りだった。



「トカゲが……私の……心に、土足で踏み入るなぁぁぁっ!!」


「ドラゴン!避け――――」


 魔王カジムの狂ったような絶叫。

 振り返った先で見たのは、杖の先から極太の光線を放ってジハードを消し飛ばしたムジカの姿。


 うちわで砂でも吹き飛ばすようにムジカを消し飛ばした光線は止まることなく、杖と共に振り抜かれ、雲を吹き飛ばしながら凄まじい勢いでこちらへと迫ってくる。


 イリスごと自分を消し飛ばすようなコース。

 イリスを抱えたまま避けるような時間はもう残っていない。それに、この龍の身体とて万能ではない。あれをまともに受ければ、即死は間違いないと見た瞬間に確信できた。


 思考もままならぬ中、咄嗟に手が出たのは奇跡だった。

 どうかイリスだけには当たらないように、力いっぱいその身体を押して避けさせる。


 そうしてイリスの身体をギリギリで直撃コースからそらした瞬間、痛みの感覚すら消し飛ぶほどの衝撃が全身を襲い――



 ――意識が、ぷつりと途切れた。



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