双龍、向かい合い
◆◆◆◆◆
見える。もう戦いが始まっている。
季節外れの大雪の中、何十もの聖獣擬きの死骸と巨大なゴーレムの残骸が転がっているのが見えた。
マギステアの兵士たちは、まだ生き残っている聖獣擬き達を相手に必死に戦っている。
雪の大地にぽつんと焼け焦げた一人の騎士の姿も見えた。
宙に立ってじっとこちらを見つめている森人族の男の姿も見えた。
そして、変わり果てた探し人の姿も。
「(イリ……ス……)」
この季節外れの雪を作り出した原因が誰なのか、すぐに見当がついた。
彼女だ。この世界でたった一人。生き残っている最後の家族。大切な、僕の妹。
『返せ!僕の妹を!』
透明化の魔法を解き、姿を現す。
全身の鱗が怒りの感情に反応してざわつくのを感じる。
敵がどれなのかも、即座に見当がついた。
宙に立って呆然とこちらを見ている森人族の剣士と、海の向こうにいる艦隊。
まずは、あの宙に立っている男から。
「オロロォォオアァアァァァ!」
胸のあたりがじわりと熱くなる。人間態の時に紋章が浮かび上がったあの時と似た感覚だ。
ガパリと大きく口を開き、全力のブレスを男めがけて発射。
――ゴオォォォォッ!
雷が落ちた時のような、空気がビリビリと震える音を発しながら、青と赤が混ざりあった色のブレスは一直線に男が居た場所を通過していき、射線上にいたイヴリースの船を1隻消し飛ばした。
狙っていた森人族の男は間一髪でかわしたようだ。
ぴょんぴょんと空中を蹴るようにして、かなりのスピードで走って逃げていっている。
逃がすものかと追おうとして、騒がしい下の様子に気が付いた。マギステアの兵士たちが聖獣擬き達に押されてきていた。
自分は特別、マギステアの味方という訳ではないのだけれど。
敵の敵は味方という言葉もあるだろう。
「フルゥゥ……ロォアァァァッ!」
一瞬の逡巡の後、翼を大きく広げて周囲に熱波を振り撒いた。
自身の周囲に炎の槍が何十も囲うようにして現れ、嘶きと共に下方で戦闘を行っている聖獣擬き達めがけて降り注ぐ。
着弾と同時に炎の槍は小規模の爆発を引き起こし、聖獣擬き達を次々に焦げた肉片へと変貌させてゆく。
『【陽光讃歌】!』
更に、この大雪を塗り潰すために自分を中心に天候操作魔法を展開する。
魔法の出力ではイリスと比べてこちらが勝ったようで、空を覆っていた灰色の雲は天の蒼に吸い込まれるようにして消滅し、燦々と大地を照らす太陽が顔を覗かせた。
『……さて』
一先ずの整地が完了し、宙で位置を保ったままイリスへと向き直る。
あの頃と比べて彼女も随分と大きくなって見た目も随分と変わったが、目の前にいるのは間違いなく妹のイリスだ。だが、久々の再会だというのに彼女は言葉どころか反応一つ見せようとしない。
何者かに思考の自由を奪われているような。あからさまにその原因らしきプロテクターが装着されているが……。
『イリス!僕だ、助けに来た!わかるなら反応してくれ!』
彼女に正気が僅かにでも残っていることにかけて、念話で彼女に直接語りかける。果たして――
「キュオォォォォォォン!」
彼女の甲高い鳴き声があたりに響き渡り、その瞬間に生成された6つの火球がこちら目掛けて勢いよく放たれた。
やはりと言うべきか、彼女に正気は残っていなかったようだ。もっと自分が早く故郷に帰れていたならばと、また後悔が思考を掻き乱す。
だが――
「フル゛ルゥ……ルゥゥアァァァァッ!」
咆哮と共にそんな考えを吹き飛ばし、6つの氷塊を生成して射出。イリスによって放たれた火球へと衝突させ、空中で対消滅させた。
そうだ。僕は兄なのだ。
こんな事で折れていては駄目だ。
何のために力を求めて強くなり続けたのか。
家族を守るのが兄の役目だろう!
心の中でそう自分で自分を奮い立たせ、強く羽ばたいてイリスへと向けて突進を開始した。
『【氷炎武装】!』
突進をかけつつ、まずはいつも通りに全身を甲殻のような形状の氷の鎧で固め、更に4本の巨大な炎の剣を周囲に生成。
『【龍脈結晶】!』
間髪入れずに続けて魔法を唱え、右の拳をぐっと握り締める。その途端に、大地から何かを体内へと吸い上げたような、ふつふつと身体の底からエネルギーが湧き出てくるような感覚に襲われ、握り締めた拳が七色に光を乱反射させる透明な結晶に包まれた。
拳を包み込んだ結晶体はみるみるうちに成長し、あちこちへと六角柱に伸びたその内の一つはやがて、分厚く巨大な一振りの大剣へと変形した。
【勇者】の力が宿ってから、新しく行使できるようになった力だ。
『そのプロテクターを、壊せば良いんだな……!』
結晶の剣を装着した右腕を振りかぶり、彼女の身体を可能な限り傷付けないようにプロテクターの接合部へと狙いを定める。
突進してゆく僕に反応してか、イリスも先程放ってきた巨大な火球を8つも生成し、更に口を開いてブレスを放たんと魔力を集中させ始めている。
「クゥゥオォーーーッ!」
魔力は凄まじいスピードで集中しきり、こちらが大剣の間合いに彼女を収めるよりも早くブレスは放たれた。
先程、僕が森人族の男へと向けて放ったブレスと全く同じ色、同じ見た目の破壊の螺旋。
――ギャリギャリギャリギャリ!
直撃すれば今の僕でもそれなりのダメージは免れないであろうそれに、自動で反応した4本の炎の剣が瞬時に僕の体の前で重なり合い、即席の盾となった。
ブレスのエネルギーを逃がすように重なり合った炎の剣はゆっくりと回転し、削れるような音を立てながら彼女の放ったブレスを力技で散らしていく。
『らぁぁぁぁぁっ!』
口から漏れるのは龍の咆哮。
ブレスを無理矢理に散らし切って彼女の眼前まで迫った僕は、振りかぶった右腕を狙い通りにプロテクターの接合部目掛けてパンチの要領で思い切り突き出した。
拳と密着している結晶の剣が凄まじい勢いで空気を裂き、不快なノイズを響かせながら切っ先が彼女へと迫る。
しかし、それは彼女へと到達する直前で見えない壁によって阻まれた。
――バチバチバチバチ!
結晶の剣と彼女の身体を囲う透明な球場の膜。
その衝突地点では、電撃のような炸裂音を放ちながら魔力の粒子が迸る。
それを見た瞬間に察した。
自分の結晶の剣と、彼女のバリアは同質の力によるものだと。
『ぐう……硬い……っ』
バチン!という一際激しい魔力の炸裂と共に、空中で互いに自身の力をぶつけ合っていた僕とイリスの身体は離れるように吹き飛ばされた。
空中で姿勢を崩してしまい、落下しそうになる身体をなんとか羽を動かして支え、体勢を整える。
彼女も同じく落下しかけたようで、空中で転がるようにして高度を下げながらもなんとか体勢を整え直していた。
距離をとって、空中にて再び対峙する。
力は今のところほぼ互角といったところ。
爆心地から吹き飛ばされた距離から見れば、僅かにこちら側に分があるだろうか。
だが――
『(厄介な防壁を張っているな。龍脈由来の力で生成した結晶剣だから攻撃が通っていると考えたほうが良さそうだ)』
何者かに操られているイリスが展開している透明な防壁。
通常の魔法で生成した炎の剣で防げる程度のブレスしか放てない彼女の地力からしては、少々不釣り合いに思えるほどに堅固な守りだった。
彼女を操っている者の知恵による産物なのだろうが、あれのせいで彼女の自由を奪っている原因らしきプロテクターに手が出せない。
『(くそっ……僕は攫われたイリスを取り戻すためにここまで来たのに。なんでイリスと戦っているんだ……!)』
突破口の見えぬ苛立ちに、思わず拳を握り締める力が強くなった。それと同時に、また右腕の結晶剣が僅かに大きく、そして強靭になる。
『……【龍脈結晶】』
だが、とにかく今自分にやれることをやる他にない。
もう一度龍脈から力を引き出し、今度は左の拳をぐっと握り締めた。
左腕の甲のあたりに剣のような紋章が浮かび上がり、それを中心にして半透明の結晶で構成された円い盾が生成される。これは龍脈の力を防御の為に圧縮させたものであり、単純な強度であれば龍脈由来以外の力も併用することを考えて生成される結晶剣を遥かに上回る。
『(どこかにイリスを操っているヤツが居るはず。それを探して、叩く……!)』
纏った氷の力を右腕の結晶剣にも流し込み、無色透明だった刀身を薄い青色に染める。変色した刀身からは凍てつくほどの冷気が白い煙となって流れ始めた。
狙うはイヴリースの船だ。
相手の姿がわからなくとも、船さえ破壊してしまえば術者はその姿を現すはず。あわよくば、船ごと倒せるかもしれない。
「ル゛ゥ゛ゥ゛……ガァァァァッ!」
自らを奮い立たせる為に力強く叫び、イリスから注目を外してイヴリースの艦隊へと突撃を始める。
イヴリースの艦隊に乗った兵たちが慌てた様子で激しく魔法を放ったり矢を射掛けてくるが、バレルロールからの急降下、水面すれすれでの高速飛行でそれらを回避しつつ一気に距離を詰めていく。
更に突撃をかけつつ魔法を使い、何十もの火炎弾を船めがけて射出した。が、船への攻撃をイリスを操っている何者かが許すはずもなく、射線上にイリスが割り込んできて先程のバリアによりそのことごとくを防がれてしまった。
妹を盾に使われたことにまた怒りと苛立ちを感じながらも、だからといって手加減するわけにもいかず、そのまま彼女と激突するルートのまま加速をつける。
『このまま、押し込む……っ!』
左腕に生成した結晶盾を身体の前に構え、イリスをバリアごと艦隊まで押し込むべくシールドバッシュをかける。
翼も最低限の揚力を受けつつスピードを出すために大きく広げ、イリスのバリアへと全体重をかけて突っ込んだ。
――バチンッ!バチバチ、ジジジジッ!
バリアと水晶盾が衝突すると同時に、再び相反する魔力の反発が発生し激しい炸裂音が鼓膜を刺激する。全体重をかけたシールドバッシュはしっかりと効果を発揮し、ぐいぐいとイリスを後方へと押し込んでゆく。
だが、そのまま艦隊にダメージを与えるには勢いが足りない。
「キュイィイイィィィ!」
『く、そぉ……【陽光変速】!』
言葉を失ったイリスの鳴き声が耳をつんざいた。
僕は更にスピードを上げて彼女をイヴリースの艦隊まで押し込むために、先程自分で塗り替えた天候を使い、両翼に熱のエネルギーを溜めていく。
魔法により熱が蓄積された両翼は紅々と輝き、その直後に両翼から後方へと向けてロケットもかくやというほどの炎が真っ直ぐに放出され、爆発的な推力を得た身体はイリスをバリアごと吹き飛ばすほどの勢いで進んでいく。
熱し尽くされた空気により景色は揺らめき、重ねて自身のスピードにより視界が中心部へと凝縮していくような錯覚を覚える。
「キュァァァッ!ギォッ!キィィィ!」
抵抗しようと足掻く彼女の身体がぐらりと揺らぎ、ピシリとバリアにヒビが入る。
気が付いた瞬間には、僕の身体はバリアを張ったイリスの身体ごとイヴリースの戦艦を粉砕しながら突っ込んでいた。




