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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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戦場にて、巡り合い



◆◆◆◆◆



 大氷壁が現れるより、少し時間は遡り、イヴリースの船にて。


 マギステアのゴーレム兵達に群がられながらも、船に乗っているイヴリースの魔術師達の懸命の守りと乗り込んできたゴーレム兵を次々に倒している兵士達によって船は問題なくマギステアの首都マギスタリアへの一直線のルートを進み続けている。


「流石にマギステアの軍はよく訓練されていますね。聖獣擬き達ももう少しダメージを与えるくらいはすると思っていたのですが」


 太刀を携え、モノクルをかけた若い森人族(エルフ)の男はそう話しながら、甲板に出て戦いの様子を眺めていたムジカの隣へと歩み寄った。


 だいぶマギステア側に押されている状況なのだが、ムジカは落ち着き払っており、大地を作りながら近付いてくるジハード達を見て薄ら笑いすら浮かべていた。


「いくら強いと言っても所詮は単純な思考しかできない魔物。マギステアの兵なら当然対処出来るでしょう。それも、第三位以上の聖天が率いる兵ならば」


 今も目の前ではマギステア兵を食い殺そうと突撃していった聖獣擬きが黒鉄の巨人ヘカトンケイルに掴み掛かられ、まともな抵抗すら許されずにモノアイからの熱線を浴びせられて両断されて死んでいった。


 あれが元はなんの特別な力も持っていなかった森人族の兵士だと言うのだから何とも奇妙な話だが、あれでは無駄死にもいいところだ。


「まあ、我々の思想に反抗的な兵士をわざわざ集めて作ったものですし、使えない兵をヘカトンケイルに一人でぶつけられる程度に仕上げられたと思えば上々でしょうな」


「性格が悪いですよ、ジオ。ちゃんと彼らは役に立ってくれていますとも。こうして彼らは私達に近付いてきてくれている」


 ムジカは隣に立ったエルフの男をジオと呼び、歩いてきているジハードを眺めつつ、手に持っていた杖で甲板をトントンと二度叩いた。


 その途端に甲板に円と複数の三角を組み合わせたような魔法陣が浮かび上がり、火花のようにパチパチと魔力の粒子を迸らせながら紫色に光を放ち始める。

 甲板で戦闘を行っていた者たちも、それに気がついて魔法陣から離れてゆく。


「頃合いです。彼もこちらの意図に気付きかけている様子ですし」


 ジハードがもう一度大槍を投擲しようとしている事に注意を向けながらムジカは両手を高く掲げ、高らかに呪文を唱えた。


「さあ出番ですよ、【イシェーラ・ゴ・グラベディオ・ドレギア】!」


 呪文と共に魔法陣の輝きはいっそう強くなり、激しくバチバチと閃光を迸らせながらその内側から巨大な生き物がせり上がるようにしてその姿を現した。


 途端に周囲は冷気に包まれ、ジハードの投擲してきた大槍は突如として船の前に現れた大氷壁によって阻まれ、瞬時に凍り付かされた。


 魔法陣の中から現れた生き物。それは、一頭のドラゴンだった。深い海を思わせる分厚い藍色の鱗に包まれた身体。がっしりとした四つ脚の指には水かきがあり、そのドラゴンが水棲のいわゆる『海龍』と呼ばれる種であることを示していた。額からは水晶のような透き通った一本角が生え、神秘的な雰囲気を放っている。


 だが、異様なのはその身体の各所に取り付けられた金属製のプロテクターのようなものだった。中でも頭部に取り付けられたプロテクターは両目を覆うようにして装着されており、その表面に刻まれた何かの文字のような模様の中で淡い青の光が揺らめいている。


「……出てきただけでこれですか。凄まじいオーラだ」


「ふふふ……これでも万全ではない上に、私がコントロール出来る程度には力を抑え込んでいるのですがね」


 そう話すムジカの左手の甲には翼を広げた龍のような形をした紋章が浮かび上がっていた。召喚されたドラゴンの胸にも、それと同じ紋章の痣が。


「キュォォオオォォォォ!」


 ドラゴンは首をゆったりとした動きでもたげさせると、吹きすさぶ北風のような声で高く(いなな)いた。

 その瞬間に再び強烈な冷気がドラゴンから発せられ、船に群がっていたマギステアのゴーレムを狙い撃つように、瞬時に生成された数多の氷柱(つらら)が射出されて撃ち落としてゆく。


「ォォォキィュイァァァ!」


 ズン、と船を揺らしながらドラゴンは四つ脚で立ち上がる。

 そして強くその羽を羽ばたかせて、ゆらりと螺旋をえがくように、重さを感じさせないほどに優雅な動きで空へと昇っていく。


 やがてその巨体の周囲には煌々と輝く4つの火球が現れ、衛星のようにドラゴンの周りを廻り始めた。


 宙へと舞い上がったドラゴンの姿を認めたマギステアのヘカトンケイルから次々と熱線が撃ち込まれるが、見えないバリアでも存在しているのか、そのどれもがドラゴンへと行き着く直前で硬いものに弾かれたように霧散して無力化されてしまう。


「さて……ジオ、貴方にも仕事をしてもらいますよ。肩書き通り、未だ全力を出せない龍神の手足として、マギステアの第三聖天を抑え込みなさい」


「承知致しました……アイオーンが『左龍腕のジオ』、いざ、いざいざ!」


 待っていましたと言わんばかりの獰猛な笑みを浮かべながら、ジオは柄に手をかけつつイヴリースの船の甲板から弾丸のように飛び出した。

 それと同時に、彼の進路を空けるように大氷壁が崩れ落ち、その氷塊の隙間をくぐり抜けて跳んだ彼は数秒の後にジハードの目の前に到達。鯉口が切られる。


森人族(エルフ)ッ! アイオーンとかいう連中か!」


「大将首、寄越しなさい!」


 空中からの居合斬り。銀色の閃光がジハードの首めがけて放たれる。


 だが、その刀はすんでのところでバックラーに弾かれ、軌道の逸れた剣筋はジハードの髪を僅かに切って通り過ぎてゆく。


「【武身転心(デミス・グロリアス)】!」


 カッと見開かれたジハードの目。瞬時に彼の手元に先程投げた大槍が戻ってきて、ジオの腹部を貫かんと全力の突きが繰り出された。


 しかし宙で身を捻ったジオにその大槍はかすりすらせずに通り過ぎてしまう。


 二人の視線が交錯し、立ち位置が入れ替わる。


 ジハードはイヴリースの艦隊に背を向けた状態に。

 ジオはマギステアの軍隊に背を向けた状態に。


「はは……そう簡単には取らしてくれませんよねえ」


「ちっ、こいつは足止め役か」


 味方のヘカトンケイルが、ドラゴンが放ったと思われる火球に衝突してパイロットごと上半身を蒸発させられた瞬間を横目で目にし、どういう意図で敵軍の真っ只中にこのエルフの剣士が送り込まれてきたのかジハードは察した。


 ヘカトンケイルはイヴリースにとって六大聖天の次に脅威となる戦力。まともな手段でヘカトンケイルを破壊することなど出来ないことは理解しているのだから、唯一ヘカトンケイルを楽に突破できるあのドラゴンをヘカトンケイルの破壊に集中させたいのだ。


「ならば、存分に暴れてやるとも……!ヘカトンケイル隊、あのドラゴン相手に無駄死には許さん!全員撤退しろ!」


 ジハードの叫びと共に彼の足元の大地は塔のような形へと勢いよく隆起し、更に船の進行を遅らせるために海へと向けて大量のトゲが突き出したような形に海岸線が変形する。


 命令通りにヘカトンケイル達は足と背部のブースターを吹かして急ぎ撤退を始めたが、そうしている間にも逃げるヘカトンケイルへとドラゴンが放った火球が直撃して一面の雪原に真っ赤なクレーターとスクラップを残していく。


「足掻くじゃないか、だが空中戦はそこまで得意じゃあないんじゃないか?!」


 大地の変形に全力を出していたジハードに凄まじいスピードで壁面を駆け上がってきたジオの刀が迫る。よく見れば、ジオの足は空中の何もない部分をしっかりと踏み締めて、それにより素早い空中の移動を可能としているようだ。


「そんなにお空が好きなら吹き飛ばしてやるよ!」


 ジハードは一瞬相手のスピードに驚いたものの、すぐに落ち着いて自身の周辺に激しい砂嵐を発生させた。

 ドラゴンが作り出した吹雪の中ゆえに大きな砂嵐を発生させてもすぐにかき消されてしまう。が、ごく小さな部分に力を集中させればいくらでも維持していられる。


 吹き荒れる砂に刀はガタガタと震えながら弾かれ、更にジオの身体も宙へと吹き飛ばされる。しかし、ジオの顔に焦りは無かった。



 なぜならば、既にジハードの背後にドラゴンの火球が迫っていたから。



「……なっ!」


 反応する間も無く、ジハードが居た場所が巨大な火球に包まれる。


 塔のような形で隆起していた大地はその頂点が綺麗に削り取られていた。


 一歩間違えればジオごとドラゴンの火球に呑み込まれていただろう、完璧な連携。


「がっ、ばぁ゛ぁ、ぅうあ」


 ふと、火球から黒いものが抜け出てきて落下し、雪が降り積もる大地に着地して転がった。その黒いものは、呼吸荒く、手に持った大槍を杖にしてなんとか立ち上がる。


 ジハードだった。

 たったの一撃。それだけ貰っただけで満身創痍。

 全身が焼けただれ、焦げきった髪の一部がボロボロと崩れ落ちてゆく。立ち上がるだけで精一杯。


「しぶといねえ……」


 そんな彼を空中から見下ろしながら、ジオは呟く。

 嘲るように、どこか恨みの籠もった声色で。


「止めは、貰っても良いんですかね?」


 ちらりとジオはドラゴンの方を見遣った。


 ドラゴンに動きは無い。

 ただ静かに羽ばたいて、遠くの空を見つめたまま何もしていない。


 ではジハードの首を取ろうかと、ジオは下へと視線を戻し――



 ――違和感に、気が付いた


「………なんで、止まっている?」


 ドラゴンにジハードの止めを刺させないにしろ、あれにはヘカトンケイルの数を減らすという役割があったはず。だというのに、動きを止めてじっと遠くの空を見つめている。


 まさか、目の前の脅威よりも危険な()()が迫ってきているとでも言うのか?


 そんな考えに至ったジオは、ドラゴンが見つめている先の空へとじっと目を凝らした。



 よく観察しなければ、それには気が付かなかっただろう。


 マギステアの空の一部が、プリズムのように一瞬だけ(きら)めいた。



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