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生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜  作者: 青蛙
最終章・永久の龍神

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59/90

レインツィア





 レインツィア。

 デュレシア大陸中央部に位置している雨の街。


 大陸の中央部にありながら、頻繁に雨が振るこの一帯は、この地域に住まう魔物たちによって気候が維持されている。


 水を操る魔物が多く存在するこの一帯では、彼等の作り出す水によって木々が青々と育ち、恵みを求めて大陸の各地から魔物が集まってくる。


 とはいえデュレシア大河も近く、多くの河川が流れるこの地域では降雨量も相まって川の氾濫が多い。水による恵みと災害が同時にあり、自然と命のバランスが保たれているのである。



 熱帯雨林にも似た気候のこの地域では、年中湿度が高く保たれている為に、人々もそうした気候にあわせた暮らしを形成してきた。


 たとえば、街に並ぶ建物はほとんどが高床式のものであり、湿気による建築物の劣化や食料の傷み、増水した際の被害を避けるようにされている。レインツィアは、そんなフランクラッドでも特異な土地なのだ。




「レインツィア、久々だなあ」


 検問を抜け、街に入ってきた僕とウィニアさん。

 彼女はレインツィアに入ると、ぐいっと両手を上げて伸びをしながらそうこぼした。


「ウィニアさんはここで冒険者を?」

「はい! ここって、なんだか故郷の村に雰囲気が似てて、暮らしやすかったんですよね」

「なるほどね。確かに似てるかも」


 環境は海と大陸とでだいぶ違うはずなのだが、建物の雰囲気や市場に並ぶものなんか、なんとなく似ている気がしなくもない。


 門からすぐ入ったところにあった大きな市場には、このあたりの大きな河で採れたらしい魚が山のように積まれ、中には一匹で数メートルになりそうな怪魚まで。


 スパイシーな香りが漂ってくる鳥の丸焼きの屋台や、美味しそうな色とりどりのジュースが並ぶ店、人の顔のような凹凸がついた不気味な野菜が並んでいる奇妙な屋台。


 見ているだけで、楽しい気分になってくる。


 ウィニアさんはそんな市場の店の一つに近付いていくと、捻れたグレープフルーツのような果物を二つ買ってきて、店員によってストローが刺されたそれを片方僕に差し出した。


「はい!セシル!」

「ありがとう……これは、なに?」

「シャークフルーツですよ。形がサメの卵に似てるでしょう?」

「確かに、ちょっと似てるかも」


 言われてみれば、海底に卵を産み付けるタイプのサメの卵に形が似ている気がしなくもない。さすがにあれほど尖った形はしていないが。


 おそるおそるストローに口を付けてその中身を吸い上げてみれば、爽やかな酸味とほのかにバナナのような風味が香る甘味が口の中に広がった。

 果汁に混ざるプチプチというグミのような種の食感も、これまた舌を楽しませてくれる。


 ここは南国どころか若干北に寄っているぐらいの場所なのだが、なんとも南国らしいフルーツだろうか。

 こういった果物は、わりと好物だ。


「おいしい……!」

「これ、冒険者時代によく食べてたんですよ」

「いいね。だいぶ長い間飛んでたからちょっと疲れてたけど、その疲れも吹っ飛ぶくらい美味しいよ」

「えへへ、お勧めして良かったです!」


 彼女とふたり、シャークフルーツを味わいながら市場を歩く。


 そうして、色々なものが売っているのだなと、市場を眺めながら思っていたとき、ふと思った。


「そういえば、お金が無いな……」

「お金……と、言うと、すぐに稼ぐなら冒険者酒場ですけど。セシルは、フランクラッドで何をしようと思ってたんです?」

「ああ、僕は……」


 少し、空を見上げながら考える。


 フランクラッドに戻ろうとしていた理由は、離れ離れになってしまった妹と再会するためである。


 だから、まずは故郷の村を探す予定だ。


 だが、その後は?


 ニニィとセレスとの再会。

 英雄セシルの頼み。

 ニニィの呪いについて。


 妹の事だって、すんなり行くとは限らない。


「とりあえず、故郷を目指そうと思う。妹と会って、これからどうするか話し合って、それから……もしかしたら、マギステアに戻るかもしれない」

「マギステアに?戦争が起こるのに、危ないですよ」

「それはわかってる。ただ、まだはっきりしていないけど、龍神としてやらなきゃならない事があるんだ」


 魔王カジムの討伐。


 それで今ある問題が全て解決するとは思わない。

 だから、僕にはきっとその先にやることがまだあるのだ。


 ニニィを存命させる方法だって、まだわかっていないし。


「なら、私もお供します」

「……えっ?」

「龍神様のお手伝いなら、例え危なくても頑張りますよ」

「い、いやそれは駄目だって」


 流石になんの関係もないウィニアさんを危険には巻き込めない。


 いくら彼女が龍神様を信仰していたとて、神ならば自分を崇めてくれるものは極力危険から守るべきだろう。


「ウィニアさん、僕はもう既に貴女に助けられている。そんな危険に自ら飛び込むような真似は、させたくない」

「龍神様……」


 ちらりと横を向いてきた彼女の瞳が、僕の瞳をじっと見つめてくる。


 彼女の紫色の瞳は街明かりに照らされて、水晶ような透き通った光を放っている。


「なるほど。では、龍神様についていけるように、私も強くなりますね」


 ニッコリと笑った彼女。

 口から飛び出してきた言葉に僕の目は僅かに見開かれた。


 彼女、本気だ。

 長老からは片道だけの付き合いだと聞いていたのに、僕の旅に最後まで着いてこようとしている。


 これがもっと平和な旅ならば構わなかったのだが、いかんせん僕のこの旅には命の危険が常に付きまとう。

 ただ故郷に帰るだけならばまだしも、夢の中で出会った父さんの話を聞いて、マギステアとイヴリースの戦争に介入する事すらも考えているのだから。


「いや、そういう事では……気持ちは有り難く受け取りますが。やっぱり、いずれ戦場になるあの国にあなたを連れて行くのは、僕には出来ないです」

「それで構いませんよ。私が勝手にセシルについていくだけなので。できる限りついていけたら良いな、ってぐらいにしか思ってないですから」

「あまり、無理はしないで下さいね……」


 少々、『龍神様』への信頼が強すぎるのではないだろうか。

 僕は彼女と出会ったばかりだと言うのに、好感度が異常なほどに高い気がする。僕の旅の手伝いをしたいからといって、わざわざ戦場にまでついてくる必要なんて無いだろうに。


 とりあえず、僕が彼女の近くにいる内は彼女の事を強くできるようにするし、危険から守ろうとは思っているのだが。


「まあ、まずは先立つ物が必要ですから、冒険者登録が一番先ですけどね」


 先のことから目をそらすように、今の事を考える。


 とはいえ、事実としてお金は必要不可欠だ。今はウィニアさんがお金を出してくれているが、いつまでも頼るわけにはいかないし、ひとつここで人間社会について学ぶのも良いだろう。


 僕は彼女をつれて街を歩き、そしてこの街の冒険者酒場に辿り着いた。


 建物の雰囲気はほかとあまり大差ない。

 高床式で木造。一つ違うのは、かなり広く敷地を取っていて、高くても二階までというところ。

 あまり詰まった造りにはせず、風通しが良いように窓や宿舎へと続く渡り廊下など工夫がされていた。



「懐かしいなぁ。ここで、パートナーの魔物とずっと暮らしていたんです」

「酒場の宿泊施設で一年も。元々はそこまで滞在する予定じゃなかったんですか?」

「へへへ……最初はちょろっと旅行する程度の予定だったんですけど、楽しくなっちゃって」


 冒険者酒場の建物を前にしてそんなことを話していると、彼女は恥ずかしそうに頬をほんのりと赤く染めて笑った。


 しばらく話していてなんとなく思った事だが、彼女は人一倍好奇心が強いタイプで、きりりとした容姿とは裏腹に楽天家なのだろう。


 リスクだとか恐怖だとかよりも、興味が勝るのだ。

 一度やってみようと思ったら、出来るまで曲げないタイプなのだろうと思う。


 一歩前へと踏み出し続ける勇気が彼女にはある。

 それは僕には無い才能で、尊敬すべき点だ。


「じゃあ想い出の場所ですね。さ、入りましょう」

「はい!」


 二人、足並みをそろえて建物の入口へと近付こうとした、その時だった。



「ぐあぁっ!!」



「ウィニアさん!」

「な、なに!?」


 突如として入口の戸が内側から勢いよく開き、一人の大柄な男が外へとふっ飛ばされてきた。


 気配を察知して、いち早くウィニアさんの身体を引っ張って横へと避けた僕らの前の空中を男は飛んでゆき、多くの人々が行き交う通りの真ん中で背中を打ちつけつつ転がった。


 男は痛がりながらもゆっくりと起き上がり、冒険者酒場の入口を睨みつける。


「てめぇ……っ! この、クソアマがあ!」


「そう睨むなボウヤ。これは君の自業自得だ」


 いつの間にか、冒険者酒場の入口から一人の虎のような特徴を持つ獣人族(スロゥプ)の女性が出てきて立っていた。

 女性の割にかなり大柄かつ筋肉質で、顔には闘いで出来たのだろう傷痕が残っている。上半身を覆う布は胸に巻かれた一枚の布だけで、あらわになった腹部は発達した腹筋でくっきりと割れていた。



 男の口ぶりから察するに、彼を建物の外へとふっ飛ばしたのは彼女なのだろう。


 建物の外へと出てきた彼女に続いて、ヒューム、エルフ、スロゥプ、ドワーフと様々な人種や性別、年齢の冒険者達が続いて現れて男へと視線を向けた。


「なんで、俺がこんな目に……!」


「証拠は上がってるんだよ。ボウヤ、新人を脅して随分と儲けてたみたいじゃないか。他じゃどうか知らないが、ウチはねえ、君みたいな迷惑者は要らないんだよ」


「……ぐうぅ」


 彼がここで暴れたとて、あのスロゥプの女性が相手では恐らく一対一でも彼に勝ち目は無いだろう。あのスロゥプの女性、今建物の外に出てきている冒険者達の中でも、頭一つ抜けた雰囲気を身に纏っている。



 男は悔しそうに歯軋りをすると、立ち上がり逃げ出そうとした。


 しかし、いつの間に集まってきていたのか、街の衛兵たちが野次馬の間を縫って現れ、逃げ出そうとした男の身柄を捕える。


「んなっ、クソっ!呼んでやがったな!」

「冒険者は来る者拒まずとは言うけどね、犯罪者を野放しにしとくほど甘かないよ。牢の中でゆっくり反省すると良い」


 男はそのまま衛兵達に取り押さえられて、何処かへと連れて行かれていった。


 集まっていた野次馬達はあっさりと終わった事の顛末を見届けると散っていき、外へと出てきていた冒険者もまた何事も起きなかった事に胸を撫で下ろしつつ建物の中へと戻っていく。


 残ったのは、あのスロゥプの女性だけだ。

 彼女は冒険者酒場の入口横に避けていた僕らに気が付くと、こちらに視線を向けてくる。


 ふと、背後からそわそわと動く気配を感じた。


「……ウィニアさん?」


 振り返ってみれば、ウィニアさんが控えめに笑顔を作りながらスロゥプの女性に向けて小さく手を振っている。


「えへへ……お久しぶりです、カティアさん」


「ウィニア……帰ってきたのかぁ!!」


 カティアと呼ばれたスロゥプの女性は、一瞬呆けたような表情になったかと思うと、カッと目を見開いて叫んだ。


 大股でずんずんと歩み寄ってきた彼女は、ウィニアさんをぎゅうっと力強く抱き締める。


「なんだ、随分と大人っぽくなったじゃないか。そこの男は……もしかして、()()かい?」


 チラリとこちらへと視線を向けた彼女は、ウィニアさんから少し身体を離すと、小指をピンと立たせて見せる。それを見たウィニアさんの顔はかあっと紅く染まった。


「そ、そそそそ、そんなんじゃないですって! セシルさんは故郷の方でお世話になった人で、それでこっちの方の案内をしてるだけで………ぅぅ」

「ふふふ、まあ今はそれで良いさ。お兄さんは、ウチに何の用事だい?」


「僕は冒険者の登録をしに来ました。旅をしている身なのですが、なにぶん稼ぎは必要でして」


「成程ね。二人共入りな。話したいことも色々あるし、普段はやらないが私が登録の手続きもしよう」


 僕とウィニアさんは、カティアという名のスロゥプの女性に連れられて、冒険者酒場の建物の中へと入った。




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