両生類、仲間と食卓を囲む
「全く、探したぞ!急に飛び出すものだから驚いた」
「……おねえさん」
どれほど時間がたっただろうか。
しんしんと冷えるこの街で、彼女の身体を暖め続けていると、さくさくと積もった雪を踏み締める音が遠くからきこえてきて、気が付くと僕らの前にニニィが立っていた。
獣人族の少女はぼんやりとした表情で彼女を見上げ、どこか申し訳無さそうな声でぼそりと呟いた。
「暖かいな……セシル、君がやったのか」
『凍えさせちゃいけないと思ってね』
「はぁ、感謝するよ。さ、帰ろうか」
ニニィはそう言うと、地面でうずくまっていた少女を僕ごと抱き上げる。僕は少女の腕の中からするりと抜け出すと、ニニィの肩へと移動した。
僕が暖め続けていたとはいえ、降りしきる雪から完全に守る事は出来てない。おかげで少女はすっかりびしょ濡れになり、泥もついて汚れてしまっていたが、ニニィは少しも気にしていない様子で彼女を抱き締める。
「全く、心配したぞ……セシルがいなかったら、キミは凍えていたんだからな」
「わたし、もり、かえりたくない。みんな、いじわる」
「ああ、わかったとも。好きなだけ私達と居るといい。ただし、キミの言う『もり』で何があったのかについては、後でちゃんと話してもらうからな」
「………うん」
彼女が背中をさすりながらぎゅうと抱き締めると、少女も大人しくなって素直に頷いた。彼女も、ニニィが自分の事を気にかけてくれているという事は、ちゃんと理解しているのだろう。
『ニニィ、かえろう』
「そうだな、セシル。そうだ、先程ラバルトの奴と入れ違いになってな、少し問題が出来て話があると言っていた。この子の事があるから今は大事を起こしたくはないんだが、一応キミも一緒に聞いてくれるかい」
『もちろん。僕もそれなりにやれるようになってきたし、ニニィの力になれるなら構わないよ』
「ンフ……ありがとう。さて、帰ろうか。帰ったらすぐ、この子を風呂に入れてやらないとねえ」
「おふろ?」
『風呂』という単語を知らないのか、首を傾げる少女。きっとこの後、彼女は熱い湯につけられたり、目に染みる泡を頭からかけられて大騒ぎするに違いない。
少し先の事を想像して、ほんのちょっとだけ笑顔が漏れた。
「ふろ、すごい。ふろ、あつい」
『……ええと、大丈夫?』
宿の部屋に戻るとすぐ、ニニィによって風呂場に連行された彼女は念入りに洗われ、泥汚れや今までちゃんととれていなかった汚れまで落とされてぴかぴかになった。
彼女の髪も元々綺麗な黄金色をしているとは思っていたが、いざしっかりと洗ってみるとそれなりに汚れていたようで、汚れが落ちたあとは小麦というよりも金糸のように艶めいている。
ただ、やはり風呂というものに慣れていなかった彼女は案の定ニニィによってもみくちゃにされ、風呂から出てきた頃には『すごい』と『あつい』を繰り返すだけの機械と化していた。
身体からほかほかと湯気を立ち上らせ、呆然とした表情で椅子に力なくもたれている姿はなんだかシュールで、彼女には悪いがちょっと面白いな、なんて思ってしまう。
「えっと、その子、大丈夫か?」
『たぶん大丈夫だよ、ラバルトさん。ニニィに綺麗にしてもらっただけだから』
「あ、うん。大丈夫だってんなら、まあいいか」
ニニィと少女が風呂からあがってきてから数十分たったぐらいだったと思う。同じく冒険者酒場の部屋をとっていたラバルトがこちらの部屋を訪ねに来た。用事は、ニニィが言っていた『少し問題が起きた』というやつの内容についてだろう。
今はニニィが「食事でもしながら話そう」と提案したことで、下の酒場から夕食が送られてくるのを待っているところだ。当のニニィはと言うと、何やら先程から荷物から色々なものを引きずり出しては作業を続けている。
『ニニィはさっきから何をしてるの?』
「うん? ああ、これはねキミの為にちょっと便利なものを用意しているのさ」
『僕の、為?』
「出来てからのお楽しみさ」
そう言って彼女はンフフと声をあげて笑う。
どんなものを作っているのかわからないが、僕の為に何かを作ってくれているの言うのだからありがたい。完成したらニニィにまた感謝しなければ。
そうこうしている内に時間は過ぎ、やがて部屋に食事が届けられた。
僕とニニィ、獣人族の少女、ラバルトの三人と一匹で食卓を囲んでの夕食が始まった。
今日の夕食の内容は、大皿で届けられたパエリアのようなものと、シーザーサラダ、そして温かいコンソメスープ。この街は海からは少し離れていると聞いていたのだが、パエリアには貝やエビなどの海の幸がいっぱいに散りばめられている。流石に飛空艇港があるだけの事はある。輸送についても、海から新鮮なものを持ってこられるだけ技術が発達しているらしい。ガラスの材料も、ここで取れないものは輸送してきたりするのだろうか。
それに、食事の内容も僕が人間だった頃とよく似ていることが多い。似た生物で、似た環境で暮らしていれば、自ずと食べるものも似てくると言うことなのだろうか。
まあ、それは兎も角。
「さっそく本題に入るんだが、今日、依頼主ともう数人の協力者と会ってきた」
パエリアを小皿に取り分けながら、ラバルトは話し始めた。三人と一匹、それぞれの前に取り分けられたパエリアが並べられていく。
先程までニニィによって全身を綺麗にされた事で呆然としていた少女も、料理の香りに誘われて見事復活を果たし、目の前に取り分けられたパエリアが置かれるとすぐに食べ始めた。
「一応、それで国外に避難させる予定のグループと会ってきたんだがな、そこで問題が起きた。どうも、元々いた中から三人、ラパストレにいた連中と同じ奴らに拐われたらしい」
「同じ連中……『グリセントファミリー』の奴らかい?」
「その通りだ。三人を拐っていったのはグリセントファミリーの下っ端の奴ら。拐われたのは何れも若い女で、おそらく性奴隷として売り捌くつもりだろう、ってな」
「まだそんなの残ってたのかい。性奴隷どころか、奴隷なんて違法になってからもう150年は過ぎてるぞ」
「まだ一部の富豪の間じゃあ需要が根強いんだ。見つかれば罪に問われるが、見つからなけりゃあ好き放題やれる。頭のイカれたやつはどの時代にも居るし、変わりゃしねえってこった」
そう言ってラバルトはふんと鼻を鳴らす。
はるばる助けにやって来た矢先にこんな事が起きてしまったのだから、彼も相当に頭に来ているのだろう。
『あの、そのグリセントファミリーっていうのは?』
「うん? ああ、簡単に言うと世界的な犯罪組織だ。わかりやすく例えるなら、デカくなりすぎた盗賊団ってとこだな。それなりに強えやつも抱えてるし、無駄に力を付けたせいで一部の権力者とも繋がりがあるって言われてる。厄介な奴らだな」
「しかしねぇ、ラパストレに続いてオラクルでもそいつらが出てくるなんて、妙だね。確かに奴らは人拐いもやるが、こうも頻繁に目立つようなやり方はしないだろう」
「そこだな。そこは俺も引っ掛かってたところだ。おそらく誰かが裏で糸を引いてやがる。どんな目的でやってんのかもわからねえ。だが、今は拐われた三人の救出に行かなきゃなんねえってのが一番だ」
彼はそこまで言い切ると、ジョッキになみなみと注がれていたエールを一気に喉に流し込んだ。ごくごくと彼の太い首が音を立て、喉仏が上下する。
そのまま飲み干してしまった彼は、ジョッキをテーブルに叩きつけるように置き、すっかり酒臭くなった口を開いた。
「俺は明日、救出に向かうメンバーの一人になった。だが、敵の戦力がわからない今、俺を含めた数人の冒険者だけじゃあ不安が残る。だから『ヒヒイロカネ』のニニィ、あんたに『正式な依頼として』頼みたい。傭兵として、救出作戦に参加してほしい」
彼はそのまま、ニニィに向けて深く頭を下げた。
【ドウナガネジレエビ】
パエリアに使われていたエビの魔物。ネジレエビという、海底の砂地に縦穴を掘って生活するエビの一種。体長は約27センチ。他のエビの魔物と比較しても体長に対する胴体の長さの割合が大きく、その姿からこの名前が付いた。味は『こちら側の世界』で言うクルマエビに近い。可食部が多く、生育・繁殖が容易であるため、央海の比較的温かい海に面した場所で養殖が行われている事が多い。
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