両生類、出逢う
『亜人……?』
「ああ、キミは知らなかったね。亜人というのは、簡単に言えば私達『基人族』以外の人種の事さ。みな基人族から派生して生まれた種族だから『亜人』。例えば、不老長寿で魔法の扱いに秀でた『森人族』とか、身体の一部に魔物に似た特徴を持っていて凄まじい身体能力を誇る『獣人族』とかね」
彼女曰く、同じ『人間』のくくりであってもその性質は多種多様であり、ゆえに様々な場面で種族格差が生じてしまっていたのだという。
そうした中で、バランスの取れた人種である『基人族』は、同時にあらゆる人種に対して何かしらの点で劣ってしまっているという問題を抱えており、『基人族』の中には他の人種に理不尽な恨みまで持つ人も少なくない数いるそうだ。
そうした考えは宗教の中にも定着しており、その筆頭として挙げられるのが、マギステア聖国の中央教会だ。
「マギステア聖国の国教、『マギ』。教義として基人族至上主義を掲げている一大宗教。世界を創り出したっていう古代の基人族の魔法使い『マギ』を唯一の神として崇めている宗教さ。元々はこの『マギ』を崇めているだけのどこにでもあるような宗教だったんだけど、いつからか基人族至上主義的な考え方になってしまってね。原因といえば、まあだいたい国の支配層のせいなんだが」
『それで、マギステア聖国の人たちはその『亜人』の人々を差別してるって事なのか』
「流石に全員じゃあないさ。だけどまあ……そうだね、この国から亜人を一人残らず排除したいっていうのは、今のマギステアの考え方で間違い無い」
『亜人の人達は、あの聖堂騎士団に捕まったら、どうなるんだ?』
「そりゃあもちろん――」
彼女は右手を握ると親指だけを立て、その指先を自分の首に向けてみせる。そして、ピッとすばやく真横に切った。
「――こういう事さ」
次の日の、朝。
出発に向けて荷物をまとめ、部屋を出て酒場フロアに来た僕らは、酒場で朝食をとりながら同じように荷物をまとめていたラバルトに出会った。
昨日あんな別れ方をしたから大丈夫だったかと心配していたのだが、案外彼も元気そうで朝っぱらから重たそうなドリアなんてかっこんでいる。
「よう! 昨日は悪かったなあ、いきなり別れちまってよ」
「どうせあいつら絡みの件なんだろう? あんな露骨な逃げ方されたら勘付くさ」
「んまぁ、そう、なんだがなあ。まあ、わかってるなら話は早いぜ。『オラクル』まで一緒に行こうぜって、俺から言っといて何だけどよ、わりぃ、やっぱ一緒に行けなくなっちまったわ」
「ふぅん……ま、きみが良いならそれで私達もいいけどねぇ。一人で大丈夫なのかい?」
「さすがに無関係のお前らを巻き込むのは忍びねえよ。俺は大丈夫だからよ、二人はゆっくり旅を続けてくれや」
ただ、そんな元気そうに見えていた彼も色々とあったのだろう。少し疲れた様子で、そんな事を言った。
彼の指の隙間からスプーンがこぼれ落ち、皿に当たってカランと冷えた音を立てる。朝から賑やかな冒険者酒場だったが、不思議とその音は大きく響いた。
『ラバルトさん……』
「お前も気にすんなよ。ってか、奴らにお前が喋れることバレたら危ねえからなあ。お前も気ぃつけろよ。さて、俺は行くとすっかなあ」
食事を終えた彼は立ち上がり、荷物を背負うと使い終えた食器を片手に酒場の食器返却カウンターへと歩いていく。
その瞬間、わずかに彼の足取りがふらついたのを、僕とニニィは見逃さなかった。
「セシル、今の……」
『うん、【個体検査】』
ラバルト・ヘルムート 37歳 ♂
種族:人間
体長:185
状態:右足大腿部に裂傷、皮下骨折
生命力 5200
魔力 3324
筋力 4100
防御 1500
速度 3541
魔術 6630
技能:身体強化、個体検査、風魔法系統合、土魔法系統合
『やっぱり、怪我してる……』
「もうやり合ってた後かい。仕事だかなんだか知らないが、馬鹿な事に首突っ込んじゃって」
さすがのニニィも彼の様子に心配したような声をこぼす。
だが、彼は僕らを避けるように歩いて、冒険者酒場を出ていってしまった。
『……ニニィ』
「心配だけど……あいつが望んでる事だ。関わってほしくないって言うなら、必要に迫られない限りそうしないのが賢明だろう」
彼のことは心配だが、彼の気持ちを尊重すれば手は出せない。十中八九、亜人絡みの事件なのだろうが、なんの情報もない僕らに今出来ることは何もない。
僕とニニィは予定通り『オラクル』行きの馬車に乗るため、冒険者酒場を後にして馬車の停留所へと向かった。
だが、その道中で事件が起きる。
事件が起きたのは昨日の市場とはうってかわって、人気の少ない集合住宅の立ち並んだ住宅街だった。
閑静な住宅街に男たちの怒号が響き、昨日見た聖堂騎士団の騎士が何人かバタバタとせわしなく駆けていく。
『あいつら……!』
「おやおや、結局事件に巻き込まれる訳かい」
『ニニィ……?』
「たぶん、あいつの言っていたのはコレだろう? 手伝ってやろうって言ってるのさ」
そう言って彼女は表情をきゅっと引き締めると、地面に手を当てて土魔法を使用して鉄製の刀を創り出した。相変わらず凄まじい高等技術を平気でやって見せる。
魔法の発動を補助する詠唱もせず、必要な魔法陣を全て自分の中で構築しているのだ。
「セシル、奴らが追い掛けてるヤツを探すよ」
『うん! 僕はいったん上から探すよ。見つけたら空に向けて合図する』
「それ、敵にもバレやしないかい?」
『でも、どうせニニィは全員斬り倒すつもりなんでしょ?』
「ンフ………あっはっは!その通りだねぇ。じゃ、関係ない。頼んだよ、セシル」
彼女の肩からぴょんと飛び上がり、羽を羽ばたかせて舞い上がる。いくらか飛んできたところで建物の壁に張り付いて、レンガの隙間に爪を立てながらガシガシと登っていった。
建物の上まで登りきると、想像していた以上に高く感じる。ふと下を見てみれば、ニニィが聖堂騎士団の連中が走っていったあとを追いかけていくのが見えた。
『よし。ニニィはあっちに行ったから、僕はこっちを探そう』
建物の屋根から屋根へと飛び移り、薄暗い路地を上空から探索していく。建物と建物の間の路地は狭い上に日も当たりにくく、薄暗い。
もちろん人通りなどほぼ無く、そんな道を純白の鎧を来た集団が走り回っているのは酷く目立っていた。
『っ、あ、あれ!』
ふと、金属と金属のぶつかり合う音が聴こえてくる。
音のしたほうへと向かってみると、見覚えのある男の姿が見えた。
ラバルトだ。狭い路地で器用に大鉈を振り回し、3人の聖堂騎士団を相手に大立ち回りを演じている。
なぜ彼が戦っているのかと、更に周囲を確認してみれば路地裏を駆け抜けていく小さな人影がちらりと見えた。そして、それを追い掛けていく二人の聖堂騎士団の騎士の姿も。
おそらくラバルトは、聖堂騎士団の連中からあの小さな誰かを守ろうとしているのだろう。だが、一人では全員を抑えられず、今のような状況になってしまった、と。
『あれか……! 追いかけなきゃ!』
屋根の上を駆け抜けて、人影が走っていった方向を目指す。
僕が追い付いた時、二人の聖堂騎士団の騎士は小さな人影にほぼ追い付いていた。それどころか、路地の突き当たりに追い詰められてしまっており、捕まってしまうのは時間の問題だろう。
昨日の夜、風呂場でニニィが言っていた言葉が頭を過る。
―――そりゃあもちろん、こういう事さ
首を切るジェスチャー。
フードで顔を隠した小さな人影は怯えた様子で壁に張り付き、びくびくと震えている。
『っ、ニニィは!』
咄嗟に周囲の路地を確認したが、ニニィは別方向に行ってしまったので近くには居ない。ラバルトも3人を相手にしている事から、動くことは出来ないだろう。
二人を待っているような時間は残されていない。
今、動けるのは僕一匹だけ。
『【炎弾】!』
野球ボール大の炎の弾を空高く打ち上げ、爆発させることで位置をニニィに伝える。今ので他の連中も気付いて集まってくるだろうが、それはニニィが片づけてくれるだろう。
上空で突如として起きた爆発に驚いたのか、下にいた二人の聖堂騎士も顔を上げた。二人が注意をこちらに向けた瞬間、僕は建物の屋根から一直線に飛び降りた。
『【二頭炎弾】!』
口から先程よりも二まわりはほど大きな炎の弾を生成し、二人の聖堂騎士へと向けて発射する。発射された炎の弾は空中で2つに分裂し、それぞれが凄まじい速度で回転しながら着弾して激しい爆発を起こした。
『きみ、大丈夫? 僕と一緒に、逃げよう!』
着地寸前で羽を羽ばたかせてゆるやかに着地した僕は、フードで顔を隠した何者かに近寄る。近くまで来てみたが、やはり小さい。おそらく、まだ子供なのだろう。
言葉は通じないが、仕草だけで味方であるとどうにか伝えられないかと近付いた、その時だった。
ぺたりとその子供は膝をついてその場に座り込み、そのはずみでフードが取れる。
黄金色の柔らかな髪がはらりとこぼれ、風にさらされて小麦のように煌めいた。そして何よりも目を引いたのは、頭部からぴょこんと飛び出た狐のような尖った耳。
「…………かみさま?」
その少女は、呆けた顔で僕を見つめていた。
【獣人族】
この世界における人種の一つ。身体の一部分に魔物のような特徴を持ち、その特徴も一人一人様々。身体能力に優れ、魔力による強化無しでも魔力による身体能力強化を行った基人族と互角に渡り合えるほど。しかし一方で魔力には乏しく、魔法の扱いに長けた獣人族は貴重。人間でありながら魔物に近い性質を持つせいか、魔物と心を通わせられる者が多い事も特徴の一つ。
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