7.バルで
秋葉原駅前のこじんまりとしたバルで朱里さんと落ち合うことになった。
「ごめん。待たせたよね」
と、朱里さんがやってきた。いつものコスチュームではなく、ゆったりとした淡いグリーンのシフォンブラウスにスキニーのジーパンという出で立ちに、少しばかりドキリとした。
「いえ、大丈夫です」
朱里さんは「とりあえず」とビールを注文した。朱里さんのビールが到着して、乾杯をした。
「3億5千万円おめでと」
「ありがとうございます」
朱里さんはフフっと笑って、ビールを一口飲んだ。
「うまっ」
朱里さんの年齢を聞いたことはない。おそらく俺よりも少しばかり年下だと思っているが、オレがハンターになる前からあの場所にいたため、どうしても敬語を使ってしまう。
「あの、さっきの話の続きなんですけど、亡くなった人って、オレの知ってる人ですか?」
朱里さんは「ああ…」と言って、再びビールを口に運んだ。ふぅ…と一息つくと、
「たぶん知らない」
「なんだ、知らない人ですか」
「でも…見たことはあるかもしれない」
朱里さんはカバンからスマフォを取り出して、検索を始めた。画面をスクロールしては、開いて、閉じて、またスクロールを繰り返し、「あった」と画面をオレに見せてきた。
「この人」
そこには白髪多めモジャモジャ頭の男性が写っている。年齢は50歳くらいだろうか。オレには見覚えが無かった。
「稲塾大学の元教授の岡田さん。石の研究の世界では結構有名だったらしいわ」
「朱里さんは知り合いなんですか?」
「たまにうちに来てたのよ。そっか、戸塚君は会ったことなかったか」
「オークションのお客さんだったんですか?」
朱里さんは吹き出すように笑った。
「違うわよ。商品にならないような小物を引き取ってもらってたの。彼、晩年はオルダの研究してたのよ」
「へえ…。何が原因で亡くなったですか?」
「分からない。警察によると急性心不全だったんじゃないかって話らしいけど」
「突然死的な?」
「うん…。発見されたのが死後数日経ってからだったみたいで、夏だったから、腐敗が進んでたって」
「殺されたわけではないんですよね?」
「警察は他殺ではないと判断したみたいね」
「この人が亡くなったことと、オルダの巣と、何か関係があるんですか」
朱里さんはビールを再び飲み、店員が運んできたソーセージを一口食べた。
「岡田さん、亡くなる直前にうちに来てたの。オーナーと話し込んでたんだけど、私はそれを聞かせてもらえなくて」
「朱里さんが同席できないなんて珍しいですね」
「でしょう?」
朱里さんは少し不服そうな表情をした。
「その数日後に、岡田さんが亡くなったという連絡が入って、オーナー、えらく動揺してたのよね」
「動揺…」
「私がその時に聞いたのは、岡田さん、目玉が溶けてなくなってたんだって」
オレは思わず食べていたものを吐き出しそうになった。
「目玉が溶ける…」
朱里さんは平然とソーセージを口に運ぶ。
「岡田さんには近親者がいなくて、オーナーが警察に友人だと名乗り出て、お骨を引き取ったんだけど、私、その時に立ち会ったの」
「そうだったんですね」
「オーナー、岡田さんの遺品整理がしたいって警察に願い出たんだけど…岡田さん団地に住んでたみたいなのね。部屋中に腐敗臭がこびりついてて、周辺住民からクレームがあるからって、早く片付けなければならなかったとかで、警察が既に遺品処分してしまってたようで」
「警察が処分する感じなんですね」
「その時オーナーがめちゃめちゃ焦ったのよ。遺品の中に和綴じのノートはなかったかって」
「和綴じのノート?」
「警察は処分してしまったから分からないの一点張りで。その直後なのよ、オーナーがオルダの巣の話を始めたの。私、オーナーは岡田さんからオルダの巣の話をされたんじゃないかと思っているの」
まるで探偵になったような口ぶりで朱里さんは熱弁している。
「きっと、そのノートにオルダの巣について書かれていたのよ。オーナーはそれを岡田さんから聞いてた。今度持ってくるとか言われたんじゃないかな」
「なるほど」
「でも、結局岡田さんが亡くなってしまったので実現されず。そのノートも警察が処分してしまったから確認できず。で、岡田さんから聞いた話をもとに巣を探してみないかって五十嵐くんにオーダーしたんじゃないかなって」
「それはありそうですね」
「その五十嵐くんが行方不明」
朱里さんはキッと俺を見た。
「五十嵐くん死んでたらどうしよう」
「いや、まだ探してるだけでしょ」
「もし死んでたとしたら、岡田さんも突然死じゃないかも」
「事件だって言いたいんですか?」
朱里さんは大きく頷いて、
「だから、気を付けて」
オレはオーナーから貰ったメモを取り出した。そこに書かれているのは、ある町の名前であった。オーナーから話を聞いたときは乗り気ではなかったが、朱里さんの話を聞いて、オレは興味を持ってしまった。