5.オークション
煌びやかな会場の照明が変わった。本日のオークショニアを務める朱里さんが壇上に上がった。客席はざわざわし始める。
オレは客席の最後尾に紛れ込んで座っている。
朱里さんは、マイクの位置、手元のハンマーやペンの位置を調整している。そして、会場全体を眺め、常連や新規の人の場所を確認している。そして、マイクのスイッチを入れ、ハンマーをコンコンと鳴らして、
「オークショニアの声が届かないというお客様はいらっしゃいますか?」
すると、オレの隣の客が「聞こえるよー」と返す。
朱里さんはその反応を受けて、オークションの説明を始めた。客席が高揚しているのが分かる。
「では、本日のオークションを開始いたします。最初のORDAはこちらです」
スタッフが宝石箱に入れられた“石”を運んでくる。今日、オレが偶然手に入れた蛙石だ。1万円からスタートし、2万円、3万円と値段が上がっていく。市場のセリと違って、会場では手や指を使って静かにビッドしていく。しかし、小物だけあって、延びは良くない。
「7万円…9万円…Going once. 9万円、Going twice」
朱里さんはハンマーをトントンと叩き
「9万円、Thank you, sir!」
オレは顎を触りながら渋い顔をしていたらしい。隣の客が、
「前座にしては小物すぎるな」
グサリとくる一言だ。あれのために汗水たらしたハンターとしては無念である。ハンターの手元に入るのは、落札額の50%である。つまり、あの炎天下での草むしりの結果は4万5千円ということだ。まあ、小一時間程度で4万5千円ならば良いか、と自分を納得させる。
こうして、オーナー部屋の石たちが次々にオークションにかけられ、次々と落とされていく。しかし、多くは高くても数十万円といったところだ。平均的な金額ではある。
オレの隣の客は全くオークションに参加していない。今のところ、ただ座っているだけである。しかしそれには理由がある。この人は常連中の常連で、オルダに関しては目利きと一目置かれている人物だ。大企業の会長をしているという話を小耳にしたことがある。この人がオークションに参加していないということは、そのオルダは小物ということである。それを知っている他の常連組は、この人の動向をチラチラと窺っている。
「おお、来たな」
隣の客が嬉しそうな声を出した。
「さて、それでは本日のThe best offer」
という朱里さんの声に導かれるように、オレの目玉商品である白い石が運ばれてきた。
白い石の中に黄金の虫のようなものが現れる。オルダである。それは光り輝き、会場はどよめいた。
「黄金だ…」
「こんなの初めて見るわ」
壇上から最も離れているオレの席からもそれはハッキリと輝いて見えた。
朱里さんは誇らしげな表情でオークションを開始した。
「1千万円からのスタートです」
3千万円、5千万円、8千万円、1億円…と、どんどん値が上がっていく。オレはニヤけずにはいられなかった。
そして、とうとう隣の人がニヤリと笑って手を挙げた。
朱里さんはそれを把握して、
「2億…Going once」
隣の人は安心しきった顔で会場を見渡している。しかし、朱里さんの声は更新された。
「3億…Going once」
隣の人は焦った様子で、3億円の主を探した。それはすぐに判明した。オレらと同じ列の反対側の端にその人物は座っていた。30代前半くらいの若めの男性である。こちら(隣の人)を見て、手を振っている。隣の人は小さく舌打ちをし、少し悩んで、手を挙げた。
「3億2千万円…Going once」
すると、若めの男性がすぐさま更新する。
「3億5千万円…Going once」
隣の人は壇上のORDAを見て、綺麗にセットされた髪をかきむしった。
会場は悔しそうな顔で溢れている。
「3億5千万円…Going twice」
朱里さんはハンマーをコンコンと鳴らした。
「3億5千万円、Thank you, sir!」
30代前半の男は小さくガッツポーズをし、こちら(隣の人)に勝ち誇った視線を向けた。
隣の人は一気に老けたように見える。
しかし、オレは自分でも気づいていた。おそらく30代前半の男よりも勝ち誇った顔をしていただろうと。