4.秋葉原
秋葉原駅前のスモーキングエリア。ガラス張りの狭い室内は今日もヤニと煙と人で溢れている。既に夜だというのに、オレの周りは喫煙所のないオフィスから追い出された会社員や、休憩中の配達員、ただ秋葉原に遊びに来た人が溜まっているといった具合だ。よく顔を合わせる人もいて、「どもども」などと声をかけられる。スーツ姿をしているからか、オレのことを秋葉原の会社に勤務している人と認識しているらしい。
「最近異動してきた上司がたばこ時間をチェックしててね、『今日は長かったですね』なんて嫌味を言ってくるんですよ。おたくはどうです? 肩身狭くないですか?」
こんな会話をされ、オレは適当に答える。
「うちは成果主義なんで、時間配分は自由なんですよ」
「え~、羨ましいなあ」
こんな感じで、オレはここに溶け込んでいる。
一服を終え、スモーキングエリアを出ると、オレはトランクを引きずりながら線路越しに見える高いビルへと向かう。
ビルは低層階に飲食店やスーパー、薬局などが入り、高層階はオフィススペースとなっている。
この夜の時間帯にここを利用する人のほとんどは飲食店に向かうが、オレはエレベーターで地下2階へ向かう。エレベーターの中で、オレはスーツの胸ポケットにしまっていた赤いハンカチを引き出して、少し覗かせた。そして、ズボンのポケットから耳栓を取り出して、両耳に入れた。
このビルの地下は駐車場となっている。別に駐車場を利用しているわけではない。所々に並ぶ車の間を抜けて、奥へと進んでいく。すると、奥に観音開きの黒い扉が見えてくる。両脇には黒いスーツの男性が二人立っている。扉の前には、ドレスを着た若い女性と、タキシード姿の中年男性が立っている。中年男性が黒スーツの男にカードを見せると、
「お待ちしておりました」
と、黒スーツ男たちは扉を開く。中年男性は若い女性をエスコートするように中へと入っていった。
一度扉が閉まったことを確認して、オレは扉の前へと進んだ。黒スーツの男たちはオレに気づくと「勝手に入れ」という風に面倒くさげに顎で指示をしてきた。扱いの差に驚く。まあ、当然なのではあるが…。オレは「どーも」と言いながら、自分で扉を開いて中へ入った。
扉の中は地下駐車場の一部と思えないほど天井が高く、煌びやかで、まるでパーティ会場のようになっている。いかにもお金を持っていそうな着飾った老若男女がシャンパン片手に会場に飾られた“石”を眺めている。
「今日は大物があるらしいですよ」
「それは楽しみですな」
などと話している。
オレはそれを横目にトランクを引きずりながら会場の裏側の小さな扉に入った。
「こんばんは」
扉入ってすぐにあるデスクに座っていたバーテンのような姿の女性が声をかけた。彼女は梶原朱里といい、この会場のスタッフの一人であり、オーナーの秘書も務めている人物である。
「どーも」
表の黒スーツの男たちと違い、朱里さんはオレをオーナー部屋へと先導してくれる。
「オーナー、戸塚さんがいらっしゃいましたよ」
オーナー部屋は、先ほどの煌びやかな空間のオーナーと思えない地味な造りとなっている。地下駐車場の管理人室かと思うほどである。壁際にはスチール製のシェルフが並び、大小混合の石が飾られている。部屋の中央には大きな机がデンと鎮座し、その上にいくつもの石が並べられている。
石の品定めをしていたオーナーは、オレに気づくと、ニヤリと笑った。何か言っているが、耳栓をしているためよく聞こえない。覚悟を決めて右耳の耳栓を外した。
ギーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
切り裂くようなモスキート音のようなものが耳をつんざく。思わず顔をしかめてしまう。
「オーナー、早くそいつ等と挨拶させて」
「おお、悪い悪い」
オレは首にかけていたペンダントを取り出した。ペンダントヘッドには白い石だ。この石を机の上にある全ての石に重ねていく。
「お前も大変だな」
オーナーは慌てている俺を覗き込みながら同情するように言った。
すべての石に重ね終えるとモスキート音は消えた。オレは左耳の耳栓も外して、ズボンのポケットにしまった。音が消えて落ち着いてみると、机の上の石は今一つ魅力に欠ける。
「今日、小物ばっかっすね。会場で『今日は大物がある』とか言ってましたよ。大丈夫っすか?」
オーナーは不服そうな顔をする。
「これだって、最近じゃあ上物の方だぞ。というか、お前が大物があるというから、噂を流してるんだぞ。ちゃんと持ってきただろうな」
オレは思わずニヤリと笑ってしまった。
「まあ、見てください」
オレはトランクを開け、中に入っている石を取り出して、机の上に置いていく。
「これはとれたてほやほや。ここに来る途中偶然出会って、炎天下の中で汗をかいて入手したんすけど、汗をかいた割には小物だったかな」
昼間に入手したカエル石を置く。
「で、今日の本命はコレ」
多くの石が緑がかっているのに対し、本命の石は明らかに白く、輝きが違う。
オーナーは「おお!」と感嘆の声を上げ、朱里さんは「すごい」と漏らす。
「元気いいんすよ、こいつ。契約したいくらいの大物」
オーナーは白くて綺麗な石を手に取ると、嬉しそうに眺めた。
「これは、久々の大台だな」
「でしょう?」
二人の反応に、オレは大満足であった。
「オークションが終わったら、また部屋に来てくれないか?」
オーナーは石を眺めながら言った。
「え?」
「実はお前に相談したいことがあるんだ」
「相談? 別にいいっすけど…」
なんとなく様子がおかしいと感じた。オーナーはオレを見ない。一方、朱里さんはチラチラとオレの顔を見ながら戸惑いの表情を浮かべていた。