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ORDA オルダ~蟲の住む石~  作者: ふじしー
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2.市営団地

 店から車で10分ほどの場所にある市営団地パークハイツ。駅から遠く、少々不便な場所に位置している。5階建て建物が3棟並んでいて、全て築45年ほどであったと思う。エレベーターはない。定期的に外壁はペンキを塗っているようであるが、ベランダや階段の手すりは所々錆びている。住んでいる人も少ないようで、階段が縦に二つあることから、1棟20室あると思うが、このうちカーテンが見えるのは半分程度である。

 俺は、吉光さんに伝えられた通りC棟へ向かった。


「302号室…3階だよなあ」


 と、つぶやきながら、ワゴン車のトランクから折り畳み式のコンテナを3つほど取り出した。日頃の運動不足がたたって、少しの運動でも息切れがする。3階まで昇るのも苦労しそうだと思うとため息をつかずにはいられなかった。商品を持って降りるのは、それの倍しんどそうだ。

 俺は、5階でなかっただけマシだと覚悟を決めて、階段を登り始めた。


「おっせーよ」


 302号室のベルを鳴らすと、中から草臥れた背広を着た中年の男が顔を出した。吉光正宗その人である。


「20分経ってるぞ」

「階段昇るだけで5分かかるんです」

「んなわけねーだろ。早く入れ」


 吉光さんに招かれるように室内に入った。鼻を突くような異臭がわずかに残っている。俺は思わず鼻をつまんだ。いわゆる死臭だろう。吉宗さんはこう見えて市警の刑事だ。彼に呼び出されるということは、そこには事件があった、あるいは変死・自殺・孤独死があったということである。だから、このような異臭の現場には度々訪れているが、なかなか慣れない。


「ご遺体が発見された時は死後3-4日だったが、この暑さでクーラーもないから腐敗も進んでいてな。隣の部屋から異臭がするとの通報で見つかったわけだが、それはもう酷い状態で、目玉が腐って無くなっていた」


 目玉のない腐乱死体。想像しただけで吐き気がした。それっぽい跡が確かに床に残されている。


「死後数日で目玉って腐るものなんですか?」

「さあ…俺も初めての経験だ。実際、目玉は無かったんだ」

「怖えぇ…」

「部屋は争った様子もなく、事件性はないということで、病死扱いになった」

「争った様子が無い?」

 

 俺は部屋を見渡した。部屋には大きなものから小さなもの、丸い石から、割られたような角ばった石まで様々な石が散乱している。アルミ製の棚にも大きな石がいくつも並び、その重さから底が床にめり込んでいる。


「この部屋の主は、稲塾大学の生物学の元教授だったらしい。研究室の元教え子によると、研究室もこんな感じで石が散乱することがよくあったらしい」


 大学教授と言われると納得ができるものが置かれている。顕微鏡、水槽、薬品瓶、古い型のパソコンなど研究道具らしいものが見える。リサイクル品としてうちで買い取れそうなものは顕微鏡くらいか。そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんだ。


「教授だったのに市営団地に住むんですね」

「若い時に散財したか、借金でもあって貯金できなかったかなんじゃねえかな。家族も無くて、退任後はここで一人地味に研究を続けていたらしい。だから、あまり目ぼしいものも無いんだが、あの本棚のとか、神保町で高く売れねえかな?」


 吉光さんの指さす方向に専門書のようなものが並んだ本棚があった。コンテナを組み立てながら近づくと、並んでいるのは石関連あるいは虫関連の古い専門書であると分かった。


「生物学の教授って言いましたよね。石と虫の研究ですか?」

「研究室では石の研究をしていたという話だ」

「じゃあ、なぜ虫の本…」

「俺に聞かれても知らんよ。これ、売れそうか?」

「どうでしょう。とりあえず持って行きますけど」


 俺は本をコンテナに詰めていった。コンテナを下すために2回は階段を往復することになると思うと、深くため息をつかずにはいられなかった。

 本をコンテナに移す作業中、パサっと一冊の本がコンテナに落ちてきた。よく見ると本ではなく、和綴じのノートであった。俺はノートをぱらぱらと開いた。一瞬紙で手を軽く切った。石の絵がひたすら描かれている。所々に注釈のような文字が書かれているが、乱字すぎて読む気にならない。研究のメモのようなものだろう。売れるものではないと判断して、本棚に戻した。


 コンテナ3箱分の専門書と、顕微鏡を一つワゴン車に詰め込んで、俺たちは市営団地を後にした。


「どうします? 一緒に来ますか?」


 俺は助手席の吉光さんに尋ねた。


「駅で降ろしてくれ。最近本店からきた若手に目を付けられててな。別に悪いことしてるわけじゃねえんだが、いろいろ探られるのも面倒なんでな」

「了解です」


 駅のロータリーで吉光さんを降ろした。


「んじゃ、後で頼むな」

「金になる予感はしないですが」

「いいんだよ、あの部屋を片付けるのにかかる税金を少しでも減らせれば。ひいては国民のためだ」


 駅の中に入っていく吉光さんを見届けると、俺はワゴン車を降り、側面のマグネットシートを取り外した。

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