1.リサイクルショップくれよん
「兄ちゃん、これの価値分かってる?」
店の窓際に並べた骨董品のような茶壷を眺めていた初老の男性が声をかけてきた。
俺、畑谷健一はリサイクルショップを経営している。経営をしたくて経営しているというより、親が始めた店を無理やり任されたというのが正しい。親は栃木の山奥の方で古民家を安く購入できたとかで突然移住した。『人生の楽園』に憧れたそうである。ブラック企業での安月給・激務に疲れ果てていた俺は、親の提案に深く考えもせず乗ってしまった。だから、店の商品に対してこだわりもなければ、愛着もない。自宅の一階が店になっており家賃はない。生活できるくらいの利益が出れば、俺的には問題ないのである。ただ、小さいころから見てきているのでリサイクル品の相場はしみついている。
「ええ。表示しているお値段のとおりです」
壷には『1540円』という値段シールが貼ってある。つまり、価値はない、古そうに見える只の茶壷である。
「本当か? 私はね、骨董を集めるのが趣味でね、鑑定団だって毎週欠かさず見ているんだ」
得意げに男性は言う。鑑定団を見ているだけで目利きになれるとでも思っているのだろうか。男性は続けた。
「これはね、唐物古錫。底には『御錫屋天下一美作守』とある。市場ならば20~30万円の品だね。1540円なら私が買っちゃうよ。いいの?」
この人は何を言っているのだろう。買いたいなら買えばいいじゃないか。
「どうぞ」
男性は不審そうに俺を見ている。
「偽物なのか?」
「さあ」
「兄ちゃん、やっぱり分かってないんじゃないか」
「何に対しての偽物なのか。それは只の古い茶壷です」
「私は買うぞ、いいのか?」
「どうぞ」
さっさと買ってくれよと思うのだが、男性は逡巡している。そして、手に取った茶壷を置いて、
「来週また来るから、これ取り置きしておいてくれないか?」
「は?」
「調べる時間をくれ」
「はあ…。分かりました」
男性は店を出ていった。
「結局買わないんかい」
男性が出ていった後、店の奥で商品の洗浄を行っていた姉貴が声を出した。息子が中学生になり、暇が出来たということで、毎日ではないが、たまに店に来ては手伝ってくれている。
「1540円なら買ってしまって、家で検索でもなんでもすりゃあいいのにな」
姉貴は女性であるが、口調が少々荒い。
「まあ、いろいろあるんだろ」
俺は茶壷をレジカウンターの下の「取り置き」と書かれた段ボールの中にしまった。同じタイミングで携帯が鳴った。電話の主は「吉光正宗」。どこかの刀剣にありそうな名前であるが、本名らしい。親が洒落のつもりでわざと付けたに違いないと恨みつらみをこぼしていた。
吉光さんから電話があるということは、出張買取の依頼である。
「はい、もしもし」
「おお、出たか。今から来れるか?」
「え、今からですか?」
「そう、今すぐ。市営団地パークハイツのC棟302号室だ」
「前から何度もお願いしているじゃないですか。前日までに連絡をくれって」
「前日は無理だ。今日決まったんだから」
はあ、と深くため息をついた。このような突然の呼び出しはいつものことである。前日までに連絡をくれと言う俺の願いは一向に聞き入れてもらえない。
「どこって言いましたっけ?」
俺はメモの準備をした。
「市営団地パークハイツのC棟302号室。一応、いつものとおり、非表示で頼むな」
「パークハイツ…C棟…302…。念のために聞きますけど、この市の市営団地ですよね?」
「あったりまえだろ。何分で来れる?」
「何分…。準備もあるので…急いで30分くらいですかね」
「そんなに待てないな。15分で来い」
「は?」
「じゃ、あとで」
電話は一方的に切れた。
「また、呼び出し? あたし、今日は3時頃までには帰るよ?」
「ああ、適当に店閉めといて」
俺は店は姉貴に任せ、一通り道具をまとめて、裏口に回った。店の裏に止まる白いワゴン車の側面にある『リサイクルショップくれよん』の文字と電話番号の上に大きな白色のマグネットシートを貼った。吉光さんのいう「非表示」である。彼の現場に行くときのお約束となっている。トランクに道具を入れ、ワゴンに乗り込んだ。