パーティーでざまぁを
メイド長は、とてもいい人である。
見てくれの悪いわたしにお化粧をし、髪を整え、ドレスを着させてくれた。
姿見の前に立つわたしは、自分でも大笑いしてしまいそうなほどドレス負けしている。
それこそ、これだけの高価なドレスや靴、髪飾りや手袋といった物を準備してくれたレイに申し訳がないくらいに。
メイド長は、笑顔で「お似合いです。おきれいですよ」と言ってくれたけど、それがわたしを憐れんでのお愛想だということはわかっている。
でも、せっかくここまで準備をしてくれたのである。
これで隣家に行かないわけにはいかないわ。
開始時間に合わせ、わたしは隣家へと足を運んだ。
徒歩で行けるということは、とても便利だわ。
うちには、すでに馬も馬車もないのだから。
婚約破棄されたあのパーティーに来ていた人々だけでなく、ミラー家の使用人たちもわたしをジロジロと見てからヒソヒソと話をしている。
徒歩で、しかも一人で現れたものだから、当然よね。
パーティーが始まった。
主役の二人は、派手な衣装に身をつつみ、派手な演出をほどこしてご満悦みたい。
それから、二人の両親もそろって出席していて、どちらも葡萄酒の入ったグラスを片手に上機嫌のようだわ。
トーマスとサリーナのお父様は、軍に所属しているのよね。
どちらも、軍部ではかなりの地位ときいたことがある。
だからこそ、トーマスも少佐という地位をいただいている。
そもそもいくら親同士が決めたからって、かれとわたしが婚約者というところでムリがあったのね。
おそらく、トーマスはサリーナとずっと付き合っていたにちがいない。
彼女は唯一の同性の知り合いだけど、友人と呼ぶには付き合いがなさすぎたのかもしれない。
トーマスとサリーナは、おたがい寄り添って料理やお酒、それからおしゃべりを楽しんでいる。
わたしだけが、大広間の片隅で一人ひっそりと佇んでいる。
パーティーに参加したことを後悔しはじめていると、このパーティーの主役である二人がこちらにやってくることに気がついた。
二人とも、片手に葡萄酒の入ったグラスをもっている。トーマスは、空いているほうの手でサリーナの手を取り、導いている。
わたしには一度だって見せたことのない素敵な笑顔が、かれの満面に浮かんでいる。
それを言うなら、わたしが目にするかれのサリーナへの気づかいや行為のすべてが、わたしに対しては一度だって見せてくれたりしてくれたことがなかった。
そもそも、隣家にもかかわらずめったに会っていなかった。
かれとのことは、ただただわたしがバカだったのね。
何も気づけなかったこともそうだけど、かれに興味を抱かなかったこと。
家の事情はどうあれ、婚約を破棄されて当然のことだったのでしょう。
「ミヤ、だよね?」
かれは、足を止めるとわたしを二度、三度と見直した。
「そんなに、きれいだったかな?」
それから、嫌味を投げつけてきた。
周囲の人々が、わたしたちに注目している。
とくに男性たちが、驚いた顔になっている。
それはそうよね。ドレス負けしているわたしですもの。
『あれは、なんだ?』
そんな風に驚きもするわよね。
「ええ、ミヤよ。お二人とも、おめでとうございます。結婚の日取りも決まってることですし、お祝いの言葉を述べても大丈夫よね?」
できるだけ嫌味にならないよう、それからみすぼらしくならないよう、言ったつもり。
「あら、お一人?」
そうとわかっているのに、サリーナが尋ねてきた。
「ええ、そう……」
そのとき、トーマスの両親が近づいてきた。
「おやおやミヤ。すこし見ない間に、ずいぶんときれいになったものだ」
禿げあがった頭をペシペシ叩きながら、ミラー公爵が言った。
また嫌味ね。もううんざり。
「ミヤ、一人でよく来れたものよね」
つぎは、ミラー公爵夫人。
かんがえてみたら、この人たちがわたしの義理の両親になるところだった。
よかったのかもしれない。
そこは、心からホッとしてしまった。
「お招きありがとうございます。わたしの同伴者は、すこし遅れてまいります」
「何もごまかさなくってもよくてよ」
「お義母様のおっしゃる通りですわ。嘘をつかなくってもよろしくてよ」
本当のことを言っただけなのに、ミラー公爵夫人とサリーナは信じてくれない。
まぁ、当然かもしれないけど。
そのとき、大広間の入り口付近がざわめきはじめた。
そのざわめきが、だんだん近くなってくる。
人ごみをかきわけてあらわれたのは、レイである。
いつもの乗馬姿もきれいでキラキラしているけど、正装姿は神々しいくらいに美しい。
この場にいる女性すべてがかれに見惚れているし、男性は羨望の眼差しを送っている。
「ミヤ、わたしの愛する女性。一人にしてしまって申し訳ない」
かれがわたしを見つけた途端、きれいな顔がきれいな笑顔になった。
わたしはきっと、この場にいるすべてのご令嬢たちの恨みを買うことになるのね。
わたしが口を開こうとする間もなく、かれはわたしの前に立つとすばやく片膝を折って跪いた。わたしの片手をとると、その手に口づけをした。
カーッと顔が火照ったのが、自分でもわかった。
「き、きみはだれだ?」
当然のことを、トーマスが尋ねた。
みっともなくも、かれの声が裏返っていた。その横で、サリーナが両手を口に当て、驚きの表情でレイを見つめている。
「わたし?わたしがだれかって?」
かれは立ち上がると、わたしの横に並んだ。
大広間のあちこちから、羨望の小さな叫びやうめき声がわきおこる。
「わたしは、ミヤの婚約者。とはいえ、まだミヤからいい返事をもらっていないが。今夜こそ、彼女からいい返事をもらうつもりでいる」
かれはわたしをわずかに見下ろし、やさしい笑みを浮かべた。
ああ、偽りとはいえ、かれにそんなことを言ってもらえてうれしいなんてものじゃないわ。
わたしも微笑み返したけど、ひきつった笑みにしかならなかった。
「ミヤ、今夜のきみはいつも以上に美しい。そのドレス、きみによく似合っているよ。わたしは、きみと出会ったこと、それからきみを愛する権利をあたえてもらえたことを、あらためて神に感謝したい」
体ごとわたしの方に向き、かれは演技を続ける。
かれったら、いくらなんでも大げさすぎるわ。
そのかれの生真面目な表情を見ながら、内心冷や汗が出るような思いを抱いてしまう。
「ミヤ、あとでチャンスをあたえてほしい」
かれはそうささやくと、体をトーマスたちに向け直した。
「ミラー公爵、レンブラント公爵、貴官らを逮捕する」
これまでとはうってかわった表情と声で、レイは言った。
突然の話のかわりように、大広間は時間が止まってしまったかのように音がなくなり、動きが止まった。
「これは失礼。まだ名のっていなかったですね。わたしは、レイモンド・セルドス。この名で、貴官らはいまの自分たちの状況を把握できるでしょう?」
かれが言い終わらないうちに、大広間に兵士たちがなだれこんできた。
その先頭にいる三人の士官は、レイと最初に出会ったときにいっしょにいた青年たちである。
「両公爵を逮捕せよ。せっかくの婚儀成立のパーティーだ。ゲストは、このまま楽しみたまえ」
「はっ!」
三人は、レイの命令に敬礼で答えた。それから、がっくりと両肩を落としているトーマスとサリーナのお父様を連れて行ってしまった。
「皇太子殿下っ」
だれかが叫んだ。
驚いて見回すと、片膝を大理石の床につけている人もいる。
「こ、皇太子殿下?」
心の底から驚いてしまった。
それはそうよね?
「ミヤ、すまない。だますつもりはなかったんだ。きみに避けられたくなかった。もうこないでくれと言われたくなかった。だから、言いだせなかった」
驚きのあまりかたまっているわたしの前で、レイ、いえ、皇太子殿下が立ってわたしを見つめている。
かたまっているのは、わたしだけではない。
トーマスもサリーナも呆然としている。
「ミヤ。さきほど言ったのは、本音だ」
皇太子殿下は、わたしの驚きなどおかまいなしに続ける。
「きっかけは、かれらに目にもの見せることだった。だけど、こういうことに関して臆病なわたしは、このきっかけを利用してきみに本心を告げたかったんだ」
皇太子殿下は、トーマスとサリーナにさっと視線を走らせた。
「ちょうどこれだけの貴族の令嬢や子息が集まっている。宣言するにはちょうどいいだろう?」
まだ驚きの只中にあるわたしの前で、皇太子殿下は再度片膝を大理石の床につけた。
「ミヤ・ラインハート。わたしことレイモンド・セルドスは、あなたに婚約を申し込みます」
驚きすぎて気を失ってしまいそう。呼吸も忘れ、ただただ皇太子殿下を見下ろしている。
「皇太子殿下、おめでとうございます」
「お似合いでございます」
「美しいお二人に幸あれ」
だれかが叫びだすと、大広間はあっという間に歓声に満ちてしまった。
ええ?ええ?ええ?
わたしのなかで、それしか浮かんでこない。
「トーマス、だったかな?きみが傲慢な浮気者で、わたしの大切なミヤと別れてくれてよかった。感謝するよ」
皇太子殿下は、立ち上がるとトーマスとサリーナの方に向いてキラキラ笑顔で言った。
「それと、主役の座を奪ってしまったことをお詫びする。残念だが、両家は爵位を剝奪されることになる。トーマス、きみもこの一件に絡んでいることは調べ済みだからね。まあ、国外ででもサリーナ嬢としあわせに暮らしたまえ。さあ、ミヤ。つかれただろう?わたしたちはお暇しよう」
それだけ告げると、皇太子殿下はわたしの手を取り、口をあんぐり開けたままの二人の間をすり抜け大広間をあとにした。
ラインハート家の屋敷にもどってから、皇太子殿下はすべてを話してくれた。
皇太子殿下の義理の弟を擁し、軍や王宮内の一部が反乱を企てていた。その軍側の中心が、トーマスとサリーナのお父様方だったそう。
ときを遡り、その計画はもう何年も慎重に進められていたもので、あるとき、その計画を知った者がいた。それが、わたしのお父様だった。
まずは、お父様のレモネードの事業を失敗させた。それから、最終的にはお父様にプレッシャーをかけ、精神的に追い詰めた。
わたしも危ないところだったけど、何も知らないことと、強欲な叔父夫婦のおかげで屋敷から追いだされることもあり、危害を加えられなかった。
トーマスは、わたしを監視する役目を担っていた。
だから、わたしが何も知らず、気がついていないことを確信した途端、婚約を破棄したらしい。しかも、多くの人の前で婚約を破棄することで王都にはいられないようにするという、なんとも手の込んだことをしたという。
皇太子殿下たちと出会ったあの日、かれらはミラー家を調べにきていたらしい。だけど、部下の一人が具合が悪くなってしまった。
わたしがこのパーティーのことを皇太子殿下に告げたとき、この事件の調べはほぼ終わっていた。最後の詰めを行い、令状をとり、駆けつけたという。
「というのは、建前でね。この夜の一幕は、ひとえにきみに婚約を申し込みたかったからなんだ」
わたしたちは、居間の長椅子で並んで座っている。
最初は向かい合わせに座っていたのに、皇太子殿下がわざわざわたしの横に座りなおしたのである。
当然、立ち上がろうとした。でも、皇太子殿下はそれを許してくれなかった。
「一方的で悪かったと思っている。だが、それだけ本気だということを知ってもらいたかったんだ。トーマスとは逆だね」
皇太子殿下は、体ごとわたしの方に向いてやわらかい笑みを浮かべた。
「多くの前で婚約の発表をすることで、きみが断われないようにした」
それから、一つため息をついた。
「もちろん、きみの気持ちも尊重したい。将来、きみは正妃になる。それがどれだけ大変なことか、きみには想像もつかないだろう。しかし、わたしはあの日、きみに一目惚れした。これから先、共に歩めるのはきみしかいないと確信した。それ以降、毎日でもきみに会いたかった。が、最初にきみに出会ったときにいたあの三人に止められた。それは、やりすぎだと。かえって、きみに不信感を抱かれたり気味悪がられると。だから、どれだけきみに会いたいのを我慢したことか」
それが、ほぼ二日に一回だったわけね。
思わず、笑ってしまった。
「さっきも言ったように、もしきみがわたしの申し出を受けてくれるのなら、これから大変なことになる。もちろん、わたしは全力できみを守るし、悲しい思いや寂しい思いはさせない。あっでも、わたしは軍にいるから、戦争が起こるようなことがあれば、すこしは寂しい思いをさせることになるかもしれない」
皇太子殿下の、そんな正直さはとても好感がもてる。
「それから、身分とかそういうのは関係なしだ。ああ、くそっ。わたしは、いったいなにを言いたいんだ?」
皇太子殿下は、金髪をガシガシかきむしった。
「ミラー家に来ていただれもが、今夜のきみを見て嘆息していたよ。トーマスなど、後悔しただろうね。きみの準備を手伝ったメイド長、あの人は王宮のメイド長なんだけど、とにかく彼女は感嘆していたよ。ぜったいに逃すな、と背中をたたかれてしまった」
「このドレスは、皇太子殿下がお選びくださったとか。すべて、このドレスのお蔭ですわ」
「いいや。きみ自身の美しさがドレスを際立たせているだけだ」
皇太子殿下は、本当にやさしい。
「とにかく、ミヤ。わたしにチャンスをくれないか?」
かれは、深呼吸をした。
「ミヤ、あらためて婚約を申し込みたい」
わたしの両手を握り、真剣な表情で申し込まれてしまった。
わたしなど、正妃どころか婚約者としても務まりそうにない。
それでも、皇太子殿下のために何かお役に立ちたい。
いいえ。共に歩み、笑い合いたい。
いっしょにいたい。
すべては、あの日出会った縁によるもの。
わたしは、その縁を信じたい。それから、皇太子殿下のことも。
「わたしでよろしければ」
そう答えていた。
「愛しているよ」
皇太子殿下はさっと口づけをして、ギュッと抱きしめてくれた。
(了)