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第1話『武闘家 バルカン・ハミルカル』②

2、

(キーンコーンカーンコーン)

休憩時間の終わりを告げる鐘が鳴って、アンナとエマは自分の受付に戻った。

アンナは、いつも接客が始まる前に、机に積まれた求人情報の書類を整理する。

聖殿に寄せられる求人情報は、魔王を倒して以降、爆発的に増えた。魔物がいなくなり安全になったことで、多くの商人達が、王国中で新たな事業をいくつも始めているためだ。

もとよりボーデ聖殿は、王都を含む最も広くて人口の多い中央地方が管轄区なので、経済力も高い。聞くところでは、新しい町や街道を作る計画がいくつか進んでいるらしく、マーブル地方の採石場からの求人も、その需要に対応するためだった。

それ以外にも、猫の手も借りたいという状況の求人は多いのだが、それがかえって買い手市場の状況を助長し、冒険者も元々「仕事を選ぶ」タイプが多いということと相まって、アンナが午前中に担当した3件は、どれも話がまとまらなかった。


(キーンコーンカーンコーン)

そうして書類の整理をしているうちに午後の受付開始の鐘が鳴り、アンナが「先頭の方、どうぞー」と声をかけようとしたその時だった。

冒険者たちが並ぶ列の奥にある聖殿の入口のほうから、人々がざわつく声が聞こえてきた。

それはだんだん大きくなって、アンナのいる受付に近づいてくる。

何にざわついているのか受付に座るアンナからは見えなかったが、やがて列に並ぶ冒険者たちも口々にざわつきはじめた。

(あの人、拳聖じゃないか?)

(あの人が、バルカン・ハミルカル?)

(じゃあ、あの爪が、伝説の聖なる破邪の爪?)

その時、受付に並ぶ人の列が割れ、そのあいだから現れた一人の男が、まっすぐにアンナの受付に向かってきた。

他の冒険者たちと比べてもひときわに鍛え抜かれていることが分かる筋肉、長い口髭と辮髪、切れ長の眼、両手には30cmほどの長さの刃がついた美しく輝く“爪”を装備している。

男はそのままアンナの眼の前に座り、鋭い眼光を輝かせて言った。

「私の名はバルカン・ハミルカル。転職をしたいのだが」

アンナはその名前に聞き覚えがあった。だが、その名を聞かずとも、すでに只者ではないことも分かっていた。それほどに、その男の放つ迫力は、周囲の冒険者たちと一線を画していたのだ。

突然目の前に現れ、転職を希望する男に対して、アンナが“今”出来ることは何もなかったので、最大限に丁寧な声色で言った。

「あ。列に並んでもらっていいですか? 順番なので」

―――そうして、男は列の最後尾に回った。


===


気まずそうに列にならぶ“爪の男”に少しだけ申し訳ないと思いつつ、アンナは午後の仕事をテキパキと続け、やがてバルカンの順番が回ってきた。タイミングがいいのか悪いのか、担当はアンナになった。


「先ほどはすいませんでした」

「こちらこそすまない。私の名はバルカン・ハミルカル。転職をしたいのだが」

「かしこまりました。プロフィール書類を拝見しますね」


――――――――――――――

名前 /バルカン・ハミルカル

年齢 /45歳

ランク/SSS

ジョブ/武闘家(LV 131)

装備 /破邪の爪(聖属性・アンデッド特効)

etc…

――――――――――――――


冒険者は、それぞれが持つスキルや実績に応じてランク分けがされており、バルカンが所属するSSSクラスは、世界にもわずか数十人ほどしかいない最高ランクだ。

しかも、バルカンは己の肉体を武器にして戦うジョブ「武闘家」として歴史上始めて,

LV100を超えた男であり、さらに伝説の武器のひとつ「破邪の爪」を装備している、いうなれば冒険者のなかでも超がつく有名人なのだ。

法令がすべての冒険者に転職を促しているので、アンナもいつかSSSクラスが聖殿に訪れるだろうとは思っていたが、まさかのその最初の一人を自分が担当することになるとは思ってもいなかった。

これは難しい案件になるかもしれない、とアンナは覚悟した。

ただでさえ仕事を選ぶ冒険者の中でも、SSSクラスは、極めて難度が高く、かつ条件の良いクエストにしか参加しないと聞いているし、ましてや武闘家なんてこだわりが相当に強そうだ(あの髪型からして)。

「少々お待ちを」と言って、アンナは手元にある今日の求人情報を見返した。

―――商店のレジ打ち、町長の秘書、食品加工、服の縫製 etc

(やばい。どれもダメだ)

どの求人もムキムキ・髭面・辮髪で、拳に爪を付けた男に適した仕事とは思えなかった(人を見た目で判断してはいけないというが)。そもそもSSSクラスの冒険者に適した仕事が、一般求人にあるはずもないのだが…

昨日までなら採石場の仕事を紹介する手もあったが、それはバルカンの経歴から察するに、本日新たに追加された採用条件「一撃で石材を粉々に叩き潰してしまう人材は不可」に引っかかるのが明らかだった。

しばらくのあいだアンナが必死に、無理を承知で「商店のレジ打ち」を紹介しようか、もしかしたら百裂拳的にレジ打ちが得意かもしれない、いやと待てよ、秘書も言い換えれば用心棒ともいえるかも、などと思いを巡らせていたが、その様子をみてバルカンが声をかけた。

「お嬢さん」

「あ、お待たせしてすいません!」

急かされたと思ったアンナは、事態の解決には繋がらないと思いながらも、いつもとりあえずお決まりの言葉を口にした。

「あの、どのようなご職業への転職をご希望ですか?」

すると意外な回答が戻ってきた。

「掲示板に貼り紙されていたのだが、これを希望したい」

そういってバルカンは手に持った1枚の紙を見せた。

「え?」

アンナは驚いた。たしかに聖殿のロビーにある掲示板には求人票が貼りだされているが、それは希望者が見つからなかった、いわば人気のない求人情報だからだ。

「ちょっと拝見しますね」果たしてどんな求人なのだろうかとアンナは手を伸ばした。

「よろしく頼む」

しかし、その瞬間、アンナは伸ばした手を止めた。そして、最大限に丁寧な口調で言った。

「爪、危ないので外してもらっていいですか?」

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