出会いは死臭と共に
そんなポジティブで面白いサダコ先生の授業が終わった後、私は次の授業の準備をしながらコウメイと雑談していた。
「はぁ……今更だけど、なんでこの学校に来てまで、英語を習わなきゃなんないんだろう?」
「必履修科目だから仕方ないよ。やっぱり、嫌なんだ」
「うん。死にたいくらい」
「いやいや。岸川さんもう死んでるだろ?」
コウメイから的確なツッコミが入る。
「まぁでも、気が滅入るのはわかるよ。僕も苦手だし」
「でしょ!? だーかーらー……」
「ダメだよ。式神に頼るのは」
皆まで言わない内に拒否されたけど、ここで折れる私じゃない。拝むように手を合わせ、親友に頼み込んだ。
「そこを何とか! お願いコウえもん!」
「どれだけ頼まれても、式神をサボりには使わないよ。それに、僕はド〇えもんじゃないしね。ゆか太君」
この一言にトドメを刺された私は、お決まりの『ケチ!』の2文字を心の中で叫んで、机に突っ伏した。『願わくば自習になりますように』それだけを願って……だってそんぐらい嫌いなんだもん! 明日この世から無くなっても、私は何も困らない。
なんて憂鬱な気分になっていると、何やらコウメイの様子がおかしい。何かを気にして周りをクンクンと嗅いでるみたい。
「ん? どったの? コウメイ」
「いや。今……何かが腐ったような臭いがして……」
「におい?」
そう言ってると、私が突っ伏してる間にコウメイの横を通った女子が戻ってきて、
「あ、ごめん……臭かった?」
って、いきなり耳元に話しかけてきた。
もちろんそこにも驚いたけど、何よりびっくりしたのは、その子の肌が見るからに腐敗していて、黒ずんでいるところ。それを見た瞬間、私とコウメイは思わず叫び、椅子から転げ落ちた。
「大丈夫?」
「あ、あぁ、うん。えっと、あんたは確か、今年から同じクラスの……」
「うん。そういえば、まともに顔を合わせたことなかったね。敷村霞よ。よろしく」
そう言って霞は、礼儀正しく頭を下げた。
「こ、こちらこそ、よろしく……」
「その……不快にさせてしまったのなら、ごめんなさい」
「き、気にしないで。仕方ないことだし、ね?」
「そ、そうそう!」
必死にそうフォローするけど、多分、鏡で確かめるまでもないぐらい、私達の顔は引き攣っていたと思う。
「そう……じゃあ」
霞はそう言うと、俯きながら教室を後にした。
その背を見送った私とコウメイは、霞の姿が見えなくなったのを確認してから、互いに顔を見合わせ、大きく息を吐いた。
そういえば、サダコ先生言ってたなぁ。『あんたと同じいっぺん死んだ奴がこの学校にいる』って。でも……ゾンビっ娘とは聞いてないよー! 万が一生徒が襲われたらどうすんの!? あ、でも、私は幽霊だから、噛まれる心配は無いか。
そう思ってると、背後から、
「コラ!」
と、いつの間にか後ろに立っていたサダコ先生に怒鳴られた。
「サ、サダコ先生……」
「あんたら、この学校の校則忘れたの?」
忘れるはずがない。その理念を理解した上で、私達は入学したんだから。
「わ、わかってます。『他人を差別せず、親交を深めることに努めるべし』でしたよね?」
「わかってんじゃない。だったら、ゾンビだからって差別しちゃダメでしょ」
そう言われて、私達は猛省した。
本当にあいつが心までゾンビと化していたら、すれ違いざまに襲われているはず。だけど、霞はそんなことは一切せず、終始私達を気づかってくれた。
なのに私達は、ゾンビってだけで、あいつを化け物扱いしてしまった。それがどれだけあいつの心を傷付けたことか……
「……ですよね。あいつも私と同じ、でしたもんね?」
「そゆこと。わかったら折を見て謝りに行きなさい。じゃね。少年少女達」
そう言ってサダコ先生は、手を振りながら教室を出て行った。
考えることは、コウメイも同じみたい。ちゃんと霞に謝らないとね……