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いなづまの転生者  作者: 田吉
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いなづまの転生者

 人に罪はない。

 罪とはその時代、その世界に生きる者達が作る尺度に過ぎない。とは言え、ある程度の一貫性は見受けられる。人が人として生きる上での最低限のルールは往々にして似通ったものになるものだ。けれど、いずれにせよ、我々はそれに関与しない。理由は多々あるが、一つ上げるとすれば――

 我々は人ではないから。

 と、言ってしまうと語弊があるか。私達もかつては人だった。見た目だって人と変わらない。ただ、人の枠を外れたのだ。

 人に罪はない。

 我々はそれを判断しない。だから、人に罰はない。

 人には輪廻がある。生は始まり。でも死は終わりではない。生は廻る。死せるものは、ここへ来て、自らの次世を選ぶ。それが輪廻。

 私達はその仲介人。輪廻を外れた存在。輪廻の輪を廻る者達からは、神とも呼ばれることも多い。確かに、同僚にも自らを神だと名乗るものは多い。けれど、私の意見を言わせてもらえるのなら、そんなもの、戯言にも等しい。私達にそんな権限はない。私達は世界を創造したりしない。

 世界はそこにあった。

 数多の世界がそこにはあった。

 それを創造した者が神を名乗るであればその通りだが、我々は違う。

 ここに来たものには世界を選択する自由がある。かつては各々が好きに世界を選んでいた。科学の進んだ世界。文明がまだ未足らない世界。魔法のある世界。ドラゴンのいる世界。資源が少なく紛争の絶えない世界。豊かで平和な世界。人の想像を超えた、様々な世界がここにはあるのだ。だからこそ世界に貴賤が生まれた。

 生きとし生けるものには魂がある。魂は有限だ。だから魂は廻る。この世でエーテル、ダークマターと呼ばれる未確認物質がまさしくそれに当たるものに違いない。魂がなければ生物は生きれない。生きていない。

 だから、魂の枯渇は、世界の枯渇でもある。

 だから、世界は枯れた。

 枯れた世界は自らの自重に耐える斥力を失う。世界の崩壊。世界の中心に向かって、世界が押しつぶされる。崩壊が進めば進むほどにそのエネルギーは増していき、終には世界の尺度である光をさえも飲み込んでしまう。ブラックホールの誕生だ。

 その影響範囲はその世界に留まらない。近しい世界を軒並み飲み込んでしまう。崩壊の連鎖反応。何としても、それだけは阻止しなければならない。

 だから――私達がいるのだ。

 世界を枯渇させない為に。

 人に罪はない。

 生前の如何なる行動も許容する。

 けれど、全ての自由意志を尊重する訳でもない。

 それが、人が持てる、業。

 なんて、仰々しく言ったものの、私達はあくまでその者の思考傾向と魂の濃度を考慮して相性の良い世界を絞り込んでいるに過ぎない。加えて言うのであれば、その作業さえ、私の仕事ではない。そういった小難しいことは学者連中がやっているのだ。私に渡される物は既に決定された世界のリストとその者の簡単な情報が書かれた紙切れ一枚だけだ。

 だと言うのに――

「お願いします! 後生ですから」

 またか……。私はそんな感想を抱きながら目の前の男に目を向ける。不快感が表に出ていただろうか。目が合うや否や男は可哀想なくらい挙動不審な態度を見せる。

「私は、私は悪く無いんです。いえ、あ、あの……」

 魂に罪はない。そんな説明はここに来るまでに幾度もされていように、あゝ、人という生き物の敬虔さのなんと尊いことか。死してなお自らの罪の重さに苛まされ、そのくせそんなものは無いと嘯く。

 まさに茶番。

 何度も、何度も、言っておるのだ! 人に罪は無いと! 罰など与えぬと! 我々とて送り出した者達に早々に戻って来られては困るのだ。魂の循環には時間が掛かる。適性のない者達が早く戻ってきてしまえば魂の枯渇に繋がりかねない。

「伝者の話は聞いているな」

 あくまで冷静に、淡々と語りかける。別に怒りを抑えている訳ではない。本当に、一々こんな事で感情を荒立ててはいられぬのだ。

 始業の7時から、途中1時間と30分の休憩を挟んで18時までに30人は送り出さねばならない。それが我々『魔導部8課主にクレーマー気質な人達総合送り出し係』の一日のノルマだった。職務に私情など持ち込まない。と言うより、そんな余裕もない。

 このブラック部署め、心のなかで私は悪態づく。

 元は管理室付きだったのだが、業務形態調査の名目で送り込まれたのだ。もちろんその悪質なる実体と改善案は報告したのだが、改善など進む気配さえ見せやしない。そのくせ課長には頼むから改善が済むまでは残留してくれと泣きつかれる始末。8課の課長とは縁があるゆえ了承こそしたものの、その報酬は一日のノルマが20から30に増えるという何とも志高き物だった。我らが上層部の何とも素晴らしきことか。抜本的なものとは言わずとも微々たる改善を積み重ね何とか短縮した労働時間を彼らは業務の遅延を解消する好機と睨んだのだ。

 げに憐れむべきはついこの間まで隣で仕事をしていた係長だろう。彼は業務の改善に大いに喜び、所属の者達と関わりのある伝者、総勢50名を招いての大宴会を催したのだ。その場で彼は涙を流しながら感謝の言葉と、将来の夢を語っていた。

 ノルマ増加の告知はその翌日だった。

 彼は今、魂の慰安の旅に旅立ってしまった。

 還ってくるのは50年後か100年後か……。

「はい……聞きはしたんですが……」

 男は辿々しく言葉を紡いだ。

 伝者とは、ここを訪れた者達に世の理を説明し、それぞれの部署へと案内する者達の事だ。正確には『総務部総務課』の各案内係に所属する者たちをそう呼ぶ。いや、逆か、かつては伝者と呼ばれていた者達がそう呼ばれるようになったのだ。

 記憶の再帰。魂の浄化。魂工学。楽しい魂活。一日で分かる魂の職業体験。などなどなどなどなどなど、我々の仕事は多岐に渡る。故に案内専門の係が必要なのだ。そしてその終の場所。そこにいるのが私達だった。

 まごついている男を前に私はわざとらしくタイマーに目を向けた。やたらと目立つように置かれたそこには急かすように点滅しながら淡々と秒数を刻み続ける数字が表示されていた。

 こいつは、開始ボタンを押すと12分を正確に計測してくれる、ただそれだけの機器だ。本当に、それだけの機器だ。業務改善として面談の時間制限制を提案したのだが却下されたので、仕方なく『我々の業務時間を正確に把握することと、目安をつけ、メリハリのある仕事をするために』こいつを導入したのだ。1時間の5分の1だ。ちょうどいいじゃないか。声を大にして言わせてもらうが、個人の面談時間とは一切合切関係が無いっ!

「その……伝者の方に『そーゆーのはここにいる神様に頼んでね』って言われまして……」

 瞬間、バチンッと、空間が爆ぜるような音が響いた。

「ヒィッ」男は怯えたような表情を私に向ける。が、それに構うことなく私は口を開いた「これは決定事項だ」何が、とは言わない。ただ、真っ直ぐに目を見つめる。所在なさ気な瞳はやや置いて私の目を捉え、そして、弱々しく、伏せられた。

 それ以後は粛々と私の支持に、じゃない、提案に従った。

 別に悪いことではあるまい。

 事実、終の時、転生の泉に沈みゆく男の表情からは卑しさは抜け、どこかスッキリとした様子で、彼は旅だった。

 術式を閉じる。

 ただの水たまりに成り果てたそれを、それが描く微細な波紋をしばし眺める。そして、私は、一言つぶやく。それが無意味な行為であることを理解しつつも。

「幸あれ」


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